2010年07月14日(水) |
真夜中に目を覚ます。隣を見ると娘がでーんと、私の顔の方に足を向けて眠っている。また回転したのかと思いつつ、彼女の腹部にタオルケットを掛けてやる。昨日の夜線香を焚いて眠ったから、今もまだ線香の匂いが部屋に充満している。私はこの匂いが結構好きだ。じいちゃんばあちゃんの家を思い出す。 暗闇の中、耳を澄ましていると、がらがららと、豪快な回し車の音が響き出す。あれはミルクだろう。そう思いながら私は目を閉じている。閉じても閉じても、夢の残照が瞼に残っていて、なんともいえない気分がする。 うとうとし始めたか、と思った瞬間、娘にお尻を蹴られる。勢いのよい一撃だった。痛い。これは痣になるんじゃないかと思えるほど。お尻をさすりながら、娘を一睨してみる。もちろん娘はそんなことに気づくはずもなく。くぅくぅ気持ちよさそうな寝息を立てて眠っている。 それにしても風が強い。窓の外、轟々と音を立てて吹き荒んでいる。暗闇の中耳を澄ましていると、まさにその音の只中にいるような錯覚を覚える。台風の直後の海で、こんな音に包まれたことがある。波は一体何メートルあったか、ゆうに私を呑み込む高さだった。それでも、見つめていると、そこに飛び込みたい、そんな誘惑にかられるのだった。 結局そのまま朝を向かえ、私は起き上がる。籠に近寄って見ると、ココアとミルクは家の中に入っているが、ゴロだけ外に出たまま、隅のほうにぺたんと腹ばいになっている。おはようゴロ。私は声を掛ける。そして手を差し出す。ちょっとびっくりしたようなゴロは、それでもとことこと這い出てきて、私の手のひらに近寄ってくる。掬い上げて、鼻キッスをしてやる。まだ半分眠っているのだろうか、手をぱちぱちと私の鼻にくっつけてくるゴロ。 窓を開けようとして、躊躇う。あまりの風だ。街路樹がひっくり返りそうなほどびゅんびゅんと吹いている。少しだけ窓を開け、そこから体を外に出す。途端に翻る髪の毛。私は慌てて後ろ一つに髪を結う。 空を見上げると、びゅんびゅんと雲が流れていくのが見える。それでも空全体を雲が覆っているのに変わりはなく。途切れない雲が何処までも続いている。 街路樹の緑が、白緑色の裏側をひらひらさせながら風に煽られている。でも、風の向きが幸いしてくれたんだろう、私のベランダの薔薇たちは、思ったよりも煽られることもなく、無事にそこに在てくれている。 しゃがみこんで、まずラヴェンダーのプランターを見やる。ラヴェンダーとデージーと、絡まりあっているのを、何とか解いてやる。今解いたって、また絡まることは分かっているのだけれど、そうせずにはいられない。黄色い小さな小さなデージーの花が、きゃぁきゃぁと嬌声を上げているように見える。風に向かって小さな手を思い切り上げて、声を立てているかのようだ。そういえば子供の頃、こんな風の強い日が結構好きだった。薄野がぐわんぐわんと波のように揺れて、竹林もこれでもかというほど唸り声を上げて揺れて。それを眺めるのが楽しくて、あちこち走って回ったのを思い出す。 竹林といえば、痛い目に遭ったことがある。友人と弟と三人で、竹林の向こう側に広がるアスレチックに、こっそり入り込んだ時のことだ。アスレチックの遊具で遊んでいると、こらーっという声と共に大人が手を振り上げて走ってくる姿。私たちは慌てて元来た道を駆け戻ったのだが、途中弟が転びそうになり。それを庇った私が逆に、ごろんと転んで。その瞬間、膝に細い竹が突き刺さった。誰かが切り落としたばかりの、切り口鋭い細い竹は、見事に私の膝に突き刺さり。悲鳴を上げることもできないくらい痛かった。それでも、追いかけてくる大人に掴まらないようにと、私たちは、肩を組みながら必死に逃げたのだった。三人ともいつの間にか泣いていた。ぐしゃぐしゃの泣き顔で、私たちは必死に逃げた。今思い出すと、不思議と笑ってしまう。あの竹林、あのアスレチックは、今もまだあるんだろうか。 ホワイトクリスマスとマリリン・モンローは、風に微妙に揺らされながらも、しかと根を張って立っている。よかった、私はその姿を確かめてほっとする。まだ沈黙の時間を過ごすこの二つの樹だけれども、また新芽を、いずれ出してくれるだろうと、今は信じている。 ベビーロマンティカは、新芽を綻ばせて、この風の中、歌いながら立っている。新芽からその微かな音が聴こえてくるかのようだ。新芽はもうだいぶ開き始めており。明日明後日にはきっと、ぱっと開いた葉になるに違いない。 そしてミミエデンも。新芽を芽吹かせ始めた。あぁ嬉しい。たった一箇所からだけだけれども、それでも芽吹いていることに変わりはない。あぁこれが元気な葉だったら、なおさらに嬉しいのだけれども。私は祈るように思う。 花芽をつけたパスカリは、必死に風に向かって立っている。蕾のついている長い枝が、くわんくわんと揺れている。その蕾の下の葉は歪んでおり。明らかにそれは病葉で。でも、今それを摘むのは躊躇われる。花が咲き終わるまで、何とか摘まないでいてやりたい。 もう一本のパスカリは、ちょうど壁と壁の角のところにあるお陰か、風の被害をあまり受けないですんでいるようだ。よかった。沈黙の時間はまだ続くようで。新芽の気配は、どこにも見えない。 桃色のぼんぼりのような花を咲かせる樹は、ひっそりとまた新芽を広げており。今のところ、粉は噴いていない。ぴんと張った葉だ。私はほっとする。そっと指でその葉を撫でてみる。他の薔薇の葉にくらべて、薄いその葉は、私の指にぴたりと貼り付いてくる。 そして、挿し木だけを集めた小さな小さなプランターを覗き込むと、もう諦めかけていた枝から、にょきっと新芽が吹き出している。あぁ、こんなこともあるんだ、と、私は思わずほっと息をつく。それはまさに萌黄色をしており。柔らかい柔らかい、新芽なのだった。このまま広げていってほしい。私は祈るように思う。 昨日は教育相談という、要するに小学校の三者面談の日だった。教室まで上がっていく途中、すれ違う子供たちが、こんにちは!と挨拶してくれる。私も大きな声でこんにちは、と返事をすると、子供らはみんな、ちょっと照れたような顔をする。 小学校五年目。ようやく私も、こういう面談という場面に慣れてきた気がする。それまでは気持ちが苛立って、いがいがして、ただ椅子に座っているということさえきつかった。途中ふらふらと眩暈を起こしてしまうこともあったっけ。全く情けない母である。 娘と二人、先生と向き合って座る。こんな感じで学校で過ごしていますよ、と、担任の先生が詳しく話をしてくれる。その中で、林間学校や遠足の時、低学年の子たちをよくまとめてくれると先生が言っていた。それは多分、彼女が何年間かでも、学童という場所に通ったお陰なんじゃないかと、私は思う。学童での体験は、彼女にとって大きかったに違いない。大勢の兄弟に囲まれて過ごした四年間。そこで、上の子を敬い、下の子を世話する、という気持ちは、自然に育っていたのではないだろうか。そうだと、嬉しい。 でも、ちょっとしたことで、誤魔化したりすることがありますねぇ、と先生が笑う。娘も照れくさそうに笑う。失敗を誤魔化したりせず、ちゃんと言ってくれるともっと嬉しいんですけど。先生の言葉に、私は横に座る娘の顔を見る。もうわかってるよぉ、という顔をしていた。だから私は敢えて言う。声を出して返事をしなくちゃいけない場面で返事ができなかったり、そうやって誤魔化したりするところが結構あるので、がしがし言ってやってください。そう言って先生と娘に笑いかける。娘は、へっへっへ、という顔をして、俯いている。 帰り道、娘が、今度からちゃんと返事するから、あんまり言わないでよ、と言い出す。声出して返事してくれれば、ママは何も言わないよ、と私も言い返す。わかったわかったぁ、娘が走り出す。 こういう、当たり前のことが、当たり前にできなかった。長いこと、できなかった。今もまだ、過渡期といってもいいかもしれない。それでも。時は容赦なく流れてゆき。娘はどんどん成長してゆく。この速度に、いつか追いつけるだろうか。追いついてやれるならば、と、そう思う。
娘が一生懸命、ココアに目薬を注そうと苦闘している。ふと私が、ママがやってあげようか、と言うと、すかさず言い返される。私がやらなきゃ意味ないでしょ! 私はその言葉に、にっと笑う。心の中、よくぞ言った、そうでなきゃね、と呟く。あくまでハムスターたちは娘が飼い主だ。娘が留守のときは私が世話してやらねばならないが、そうでなければ、彼女がちゃんと全部をやるべきことであって。 家の手伝いを殆どまだしない娘だけれども。ハムスターの世話だけはちゃんとやっている。それだけでも、よしとするか。
お湯を沸かし、お茶を入れる。そういえば昨日、リンゴ酢に蜂蜜を入れて、ジュースを作っておいたのだが、どうなっているだろう。一口飲んでみる。まぁこんな感じかな、とひとり勝手に頷く。友人が以前くれた蜂蜜を取って置いてよかった。濃厚な味の蜂蜜だ。リンゴ酢とちょうど合う気がする。 朝練のある娘に声をかけ、私は窓際の席に座る。今回も市営住宅の抽選は外れてしまった。いつになったら当選するんだろう。できるだけ早く引越しがしたい。そんなことを思いながら窓を見やると、カーテンがびゅんびゅんと風に揺れ、その窓の向こうでは、街路樹の緑が翻っている。それでも、微かに陽光が漏れ出している。今日は晴れるんだろうか、雨なんだろうか、ちょっと不思議な空の色合い。
昨日話した、西の町に住む友人。まだ声が出たり出なかったりだと言っていた。これからどうしていいのか、まったくからっぽで、分からないんだ、と言う。私はただ、その言葉に耳を傾けている。とにかく今は、今このときを越えることで、精一杯だったりするよ、と、彼女が言う。そうだろうな、と私も思う。それでも、生き延びてよ、と私が言うと、彼女が、小さく、うん、と返事をする。私は、もどかしい思いを抑えながら、じゃ、またね、と言う。 もどかしい、そうだ、もどかしい。もっと私は彼女に話したいことがある。でも、今の彼女には、自分の思いがこれでもかというほど溢れ出ている最中で、私の言葉は届かない。だから私は、待っている。また話ができるその時を。信じて、待っている。
じゃぁね、それじゃぁね。娘を見送り、私も出かける準備をする。その前に母に電話をしないと。 少し早いかなと思いつつも電話を鳴らす。呼び出し音三つで、母が出る。事情を話し、今年も夏休み、みんなと旅行するのは難しそうだ、と話す。その週、学校の授業があるのだ。振り替えることができないわけじゃないのだが。問題は、別にある。母には秘密だが、ハムスターだ。ハムスターを二日以上放っておくわけには、いかない。母は素っ気無く、はいはい、と受け流してくれた。今年できるなら、一緒に行って、娘の写真を撮りたかった。それだけが、残念だ。また秋に、撮影する日を作ろうと心に決める。 玄関を出ると、ちょうど陽光が東から降り注いできており。校庭では、サッカーの朝練に勤しむ子供たちの姿。濡れた校庭でも、彼らはお構いなしに走り回っている。こういう元気な姿が身近にあるというのは、なんだか嬉しいことだ。こちらも頑張らねばと思う。 自転車に跨り、坂道を下り、信号を渡って公園の前へ。その直前、私は見上げる。とある部屋を。以前あそこに住んでいたことがあった。短い時間だったけれども住んでいたことがあった。娘はあの家に戻りたいと時々思い出したように言う。でも、もう戻れないことも、十分に分かっている。 公園の緑はまさに、轟々と唸り声を上げて前後左右に揺れており。これでもかというほどの撓り具合で。私はしばし、立ち竦む。それほどこちらを圧倒するような、そんな姿だった。 池の端に立つと、池は大きくさざなみ立っており。私はその波にじっと見入る。何処から生まれてくるのか知れないさざなみ。そういえば、以前ここに在たおたまじゃくしたちはどうしたんだろう。ちゃんと蛙になっていったか。 私は立ち上がり、再び自転車に跨って坂を下る。大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。不思議だ、いつもなら、埋立地の方が強い風が吹いているというのに、今朝は違う。さっきより緩い風が流れている。 数少ない、残っている空き地に、今シロツメクサなどがこんもりと咲いている。こういう草を見ていると、ある友人を思い出す。彼女は雑草にとても詳しくて。彼女だったら、ここに咲いている草たちの名前を全部、挙げられるんだろうなぁなんて思いながら、私は走る。 さぁ今日も一日が始まる。雲の割れ目からさぁっと陽光が。私はそちらに向かって一気に走り出す。 |
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