見つめる日々

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2009年12月08日(火) 
顔も洗う余力なく、横になった。とにかく横になりたかった。眠りたかった。そんなふうに思うのはどのくらいぶりだろう。疲れていた。自分で自分は疲れていると感じるほど疲れていた。頚部の痛みは酷くなる一方で、それは鎮痛剤を飲んでも無駄で。とにかくも横になってただ眠りたいと思った。
多分かくんと、堕ちるように眠りについたのだと思う。横になってからのことを何も覚えていない。仕事を続けることを諦め、顔を洗うことも放棄し、横になった。午前三時に一度目を覚ましたものの、時計を見、もう一度眠ることを選んだ。
そうして午前五時。いつものように目を覚ます。頚部の痛みは頭部全体にまで及び、頭が鉛のようだった。それでも、習慣とはおもしろいもので、私を起こさずにはいないのだ。顔を洗い髪を梳く。それだけでぱっちりと目が覚める。今朝の仕事を昨日キャンセルしたことを思い出す。あぁ、もっと眠っていてよかったんだと少し後悔。でも今更。身体はもう起きてしまった。さてどうしよう。
ミミエデンに今日も病葉は見当たらない。よかった、一段落ついたのかもしれない。油断は大敵だけれども、それでも嬉しい。蕾たちはそれぞれ順調に膨らんでいっている。他の薔薇たちも、各々新芽を出して真っ直ぐ天を向いている。この真っ直ぐ天を向く様を見るといつも、背筋を伸ばさなければと思う。つい俯いて、自分を守るため俯いて、背中を丸めて歩いてしまうけれど、でも守りたいならなおさら、上を向いて、まっすぐに天に手を伸ばしていたいと、そんなことを思う。イフェイオンとムスカリたちは水を一切やっていないというのに、緑を茂らせている。この強さはどうだろう。誰の手を煩わせることもなく、凛々と、生きてゆくこの様は。憧れてしまいそうだ。

病院の日、診察の日だった。といっても何も変わらず。いつものやりとりと違ったのはひとつだけ私から質問をしたということのみ。それだけ。
袋一杯の薬を受け取り、帰宅しようとして足を戻す。一通手紙を書いて投函してから、と思い直す。朝持って出た絵葉書一枚を本の間から取り出す。そして私は、彼女のことを思い浮かべながら手紙をしたためる。絵葉書だから、行にしたらほんの数行かもしれないが、彼女にそれが本当に届くかどうか。彼女の琴線に触れられるかどうか。そのことを思う。
街はすっかりクリスマス色一色に染まっており。緑と赤とが鮮やかに咲き乱れている。クリスマスは、特別な日であり、同時に、やさしい日常だったのだなと思い出す。クリスマスがたまらなく切ない一日であったことも。共に思い出す。ごたごたありながらも入籍したのがクリスマスなら、離婚を決意したのもその頃だった。クリスマスは、幾重にも様々な思いが重なり合う日だった。
でもそれは昔。今私には、娘がいる。娘はクリスマスを楽しみに待っている。まだ欲しいプレゼントは決まっていないらしい。娘と一緒にケーキを囲もう、ささやかな食事を楽しもう、そんなことを思い描いてみる。クリスマス当日は無理でも、その前に映画にでも出掛けられたらいいなぁ。そんなふうにあれこれ思い描いてみる。
子供の頃。クリスマスの前夜はいつも眠れなかった。どうにかしてサンタクロースを見てやろうと布団の中ごそごそやっていた。真夜中、誰かが部屋の扉を開ける。私は眠ったふりをして布団の中じっとしている。その人は私の部屋の出窓に、いつでもプレゼントを置いてゆく。そして足音を忍ばせて去ってゆくのだった。私はその人の気配が完全に消えたことを確かめてから、出窓に近づく。そこにはきれいに包装されたプレゼントが、必ず置いてあった。
サンタクロースが父と母であることは、だからもうずいぶん小さい頃から知っていた。それでも、やっぱり嬉しかった。プレゼントはいつだって自分の望んだものとは違って、父母の望むものが包まれていたけれども、それでも嬉しかった。中学生になるまでそれは続いた。クリスマスは小学生までの大切な行事だった。
今、娘にとって、クリスマスはどんな日なんだろう。今年もサンタクロースからの手紙が欲しいと私に言った娘だったが、彼女はサンタクロースをどんなふうに思っているんだろう。ねぇ娘。

塾の道すがら読む本を取ろうと本棚に手を伸ばした娘が、あっと声を上げる。そして。ママ、ママ、見つかったよ! ん? ほら! あーーー!!!
あったのだ、あの本が。彼女が先日なくしたはずの本が、あったのだ。私たちは声を上げて笑い合う。「そうだよ、前にママが机片付けなさいって言って、その時ここにしまったんだった」。娘が言う。私はもう言葉もない。「よかったぁ、あって。ママ、ほんとにごめんね」「うん、もういいよ、見つかったんだから。よかったよかった、見つかって」。じゃ、行ってきます! いってらっしゃい。頑張ってね。
彼女がなくしたのは、九巻あるうちの四巻目。私は本棚にその本をそっとしまう。九巻揃った姿を眺め、心底ほっとする。私にとってこの本は、自分にエネルギーを与えるための大事な場所なのだ。いつだって何かあると、この本を開いた。そしてこの本を読みながら泣き、笑い、泣き、そうしてエネルギーをもらった。まだやれる、まだ私はやれる、そう思った。一体何度読み返してきたか知れない。でも必ず、私のそばにこの本があった。そういう本だった。
娘よ、見つけてくれてありがとう。ママは嬉しい。

疲れていた。なんでこんなに疲れているのか分からない。分からないけれども、私は疲れていた。可能なら今すぐしゃがみこみたいほど疲れていた。でも。
私は今ここでしゃがみこむわけにはいかない。私がやらなければならないことがまだ山積みになっている。ここで今立ち止まるわけにはいかない。時間が止まってくれるわけでもないのだから、待ってくれるわけでもないのだから、私はやらなくちゃならない。
沿う思って、自分を叱咤激励し、歩いているけれど。
このままじゃ、私の糸が切れそうだ。
思いついて、娘が見つけてくれた本を、一巻からだっと、かぶりつくようにして読み始める。途中あふれ出す涙など放っておいて。流れるままに放って。ただ読む。何も考えずに、読む。読み耽る。
そうして私は再び思っていた。大丈夫、まだやれる。大丈夫、私はまだやれる。
そう、私はまだ、やれる。

身体はまだだるいけれども、何とかなる。私は寝巻きを脱ぎながら、それをぽいぽい娘の顔に投げてゆく。起きろー、ほれ、起きろー。着替え終わった頃娘が、いきなりただいまと言う。はい? あ、間違った、おはよう、だ。おはよう。金魚が餌まだかって待ってるよ。はいー。
昨晩ずっと、ミルクとココアの回し車の合唱が響いていた部屋。今は朝の陽光で明るく染まっている。娘がおにぎりをあたため始めるのを待って、私は昨夕作っておいた野菜スープに火を入れる。玉葱とブロッコリーの簡単な中華スープだ。コンソメ味より中華味を娘は好む。そこに卵を一個割りいれて、軽くかき混ぜる。ほら、スープもできたよ。娘に手渡す。
東から昇った太陽は瞬く間に辺りをあたため始め。さっきまで眠っていた街路樹も街も、みな目を覚ます。バスは十分おきにやってきては人を乗せてゆく。
じゃね、じゃぁね、またあとでね。娘の手にはミルク。私はミルクを撫でてやる。そして娘と手を振り合って別れる。
公園の桜の葉はほぼ落ちてしまった。木の足元には山ほどの枯葉。まだ先日の雨に濡れたままのものもある。池を覗き込めば、晴れ渡る空に裸の枝を伸ばす木々の姿が映っている。銀杏並木は昨日よりさらに裸になり。その枝の間からは青い空が広く見える。
さぁ行こう。今日も行こう。一日を越えよう。自転車を止め、立ち止まりながら私は空を見上げる。

空渡る鳥の影。今海の方へ。


遠藤みちる HOMEMAIL

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