いやあ、かっこいいですね、ドクターH。 彼の記念館まで、父の運転する車で行ってきましたよ。 帰省ラッシュになんか負けないで!?
彼の記念館(生家と共に建っている)があるのは、猪苗代湖畔。 磐梯山を望めるその湖畔で、彼は育ったのでした。 1歳半くらいで、いろりに誤って突っ込んでしまった左手が、彼を ドクターHへと導くきっかけになったわけですね。
彼の名は清作。勉強がよくできた彼を、世間が見捨てることもなく、彼のことを 援助してくれる人もいたりして、彼は学業に励んでいきました。 そして、彼の左手を、手術によって使えるようにしてくれた先生との出会いで、 彼は医者への道を歩むことになったわけでした。
「志を得ざれば 再び此地を踏まず」 そう言い残して、彼は育ってきた猪苗代湖畔を出て行きます。 上京してからも、彼は志を得るために、研究に励みました。 そして、世界を又にかけるドクターとなったのです。
明治〜大正の頃に、世界を又にかけるといっても、今みたいに交通手段も発達 していないわけで、それでも中国・ヨーロッパ・北米・南米・アフリカと 渡り歩いた彼は、本当にすごいドクターだったんだなあって、改めてホレました。 たとえ、身長が153cmくらいしかないとしても、そんなことはどうでもいいくらい 彼はかっこいいです。
記念館にあった、彼の持ち物。 あの時代で、あんなものを身につけていられた彼は、本当に偉大な人。 コートなんて、とってもいいもので(虫食いがあったくらい。虫はいいものしか 食べないんだそうですよ)、欲しくなってしまったもの。 靴だって、いい革靴履いていらっしゃいましたっけ。 ・・・って、そんなことばかり見ていたおだっちって、バカ?
さて、ここまで書いて、このドクターHが誰だかわからない方、いますか? 今度、千円札になる方ですよっ! 映画では三上博史さんが演じてましたね。 清作の母「シカ」の役は三田佳子さんが演じていて、主題歌は和田アキ子さんが 歌っていて・・・ってそんなことはどうでもいいかっ。 (ちなみに、昨日、ここに行くことに決まったとき、妹が思い出したように この映画の主題歌を歌い出して・・・。ったくマニアックな奴だ)
「志を得ざれば・・・」と言い残して去った生家にも、上京後15年してから、 彼は戻ってきました。それまでに彼の母が彼宛に書いた手紙というのも、とっても 有名ですよね。「はやくきてくたされ」というフレーズが何度も出て来るあの手紙。 なんだか泣けてきます。
ってことで、今日からおだっちの理想の男性のタイプはドクターHってことで!? あっ、Hってのは、彼が22歳のときに、清作から改名してつけた名前ですからね。 ちなみに、ドクターHの伝記は、きっと、ほとんどの方が読んだことあると思います。 おだっちも当然読んだことありますけど、清作という名前なんて、今日まで忘れて いました(うちの両親は覚えていたけど・・・)。 千円札にもなるということで、記念館は大賑わいでしたね。 志を高く持った男性が、あの記念館をきっかけに増えてくれることを、おだっちは 願っております。
それにしても・・・。 高速は混んでましたね。行きは館林まで一般道を走り、そこから高速を使ったん だけど、やっぱり混んでました・・・。 猪苗代まで4時間くらいかかってしまったよぉ〜。 帰りは途中、スコールに何度か遭いましたっけ。でもって、佐野藤岡ICあたりで いきなり混雑していて・・・。上りなのになんで混むのかなあと思っていたら、 下りでかなり大きな事故があったようで(燃え尽きた車が1台残っていた) みんな、それを見ていたという・・・。そこでみんな、スローダウンするから、 後続が渋滞してしまうんだよっ!!!ったく、日本人なんだから、みんな。
ってことで、明日からおだっちは6日連続出勤です。 超憂鬱です。 群馬では1泊しようかどうか、検討中・・・。
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