Murmure du vent
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その日が最後の休暇だった。 チェックアウトをしている私は、あの人の香りがしたように思った。妻はベル・ボーイに荷物を預け子供達と楽しげに話していた。
一瞬のうちに全ての色彩が鮮やかに塗り替えられ時計が反対廻りしていくように思えた。
完全な人だった。その穏やかな微笑みと手の届かぬもどかしさ、ベッドの中でも終にほんとうの顔を見ることはなかった。
この腕の中で何回抱き締めても余りに手触りがよいシルクのように零れ落ちていく人。
「いつかこうしてまた、お逢いできると思っていました」優しくて柔らかな声が私を包んだ。 「同じ日に到着していましたのよ、私は一人でしたけど」肩にふんわりと髪がかかるスタイルはそのままだった。
世界で一番高価で、世界中の貴重な香りを1000種類も使ったと言われている。 ベルベットのように光沢があり白檀の官能的で扇情的な香りが似合う人だった。
ミルはあの人の為に作られた香り…
2004年11月21日(日) |
ジャルダン・バガテール |
貴方の過去に係わった全ての女たちに嫉妬していた。 指さきに残る肌の温もり、唇が覚えている粘膜の匂い、そして耳元で囁く心を惑わす声。
注がれた喜びが深くなるほどその炎は燃え上がっていった。
標本箱に整然と並べられた蝶を眺めるように、女達とのひと時を独り愉しみながらマンデリンを飲んでいる姿が私を身悶えさせた。
「秘密の花園にいるような香りだね、香りを変えたのかな」シーツに横たわったままで呟く貴方。
跪き髪をかき上げながら粘液で濡れた唇を離す私。 「ジャルダン・バガテール、花の楽園のようでしょう」
愛撫を繰り返し貴方が声を漏らしそうになった時「嫉妬の香りとも言うの…」 舌先を這わせ深く含んでいく。
他の誰かでは感じられない楽園を貴方だけに…
世界中の宝石を集めたような夜景が、眼下に広がっていた。 ルビー色の夥しいストップランプ、虹色のお台場の観覧車、ダイヤモンドをちりばめたレインボーブリッジ。 不意に甘い香りが僕を包んだ。 耳元で彼女が囁いた「貴方を好きになりそう…」
あれから何年たっただろう。
仄暗いバーラウンジで猫のような瞳が私を捉えた。 そしてあの時と同じジャスミンと白檀の秘密めいた香り。
「もっと貴方を好きになりそうなの…」
男を弄ぶ大人の女の香りは輪廻という意味。
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