�_知霆�って、なんか腐ったバナナのにおいに似てる
�■輸錬圍咤妝戡呂膿�券を出したあと、ケータイをいじってると注文したものが早く来る
君といるのが好きで あとはほとんど嫌いで まわりの色に馴染めない できそこないのカメレオン
だれだってそうだよ。 おとこはみんなストレンジカメレオン。だよね?
秋葉原イケベにリーダーと徹夜して並んだ新春セールから、気がつくともう一年ちょっと経っているのだが。
あの夜は一晩じゅう飲み続けていて、実はあの夜のことをあんまり覚えていない。でも夢うつつのなかで日が昇ってから秋葉原の街をひとりでさまよったんだった。「散歩してくる」とか、リーダーに言い残して行ったかどうかも、すでに記憶があいまいなのだが。とにかく朝7時ころ、うっすら朝日に染まった秋葉原の街をおれは徘徊したんだった。
ふらふら街を歩いていると、どこか70年代の雰囲気のある喫茶店をおれは見つけたのだ。ビジネスホテルの一階部分とかだったかもしれない。全面ガラス張りで店内の様子がよく見える。天井からつるされた丸い形のオレンジっぽい電灯。なかには何人かの客とホールスタッフがいるような感じだったので、なにしろ寒かったこともあり温かいコーヒーが飲みたくて、店内に入ろうとしたんだけど。カギがしまってて入れないのだ。ガチャガチャとドアノブを何度かひねってみたんだけど開かない。だからあきらめた。
リーダーのところに戻ってその話をしたところ、「まれさん、こんな早い時間に喫茶店が営業してるワケないじゃないですかあ〜、ホントだいじょうぶですか」みたいなことを言われたので、そのときは「そうかあ〜?あはは」みたいなカンジで終わったんだけど。でもあの店の存在が夢マボロシだったとは、今になってみるととても思えなくて。
その後に秋葉原をふらつく機会がなかったのだけど、こんど機会があったらあのときの喫茶店を探してみたいと思うのだ。見つからないかもしれないけど。もしかしたら本当にまぼろしだったのかもしれないけれど。
| 2011年01月29日(土) |
manemono練とアジア杯 |
今年初めてのマネモノ練。なんか前半はまったく調子出ず。テンションあがらず。静かめの曲であってもテンションあがらなないのはよくない。徐々にアツさを取り戻していったけれども。
それぞれの一曲一曲で、個人個人がやりたいことの方向性がまだ固まってない気がする。それぞれがやりたいようにやっている。それぞれが楽しければいいのか?っていうとそれも違う気がする。擦り合わせる。そのことが大事なのだができてない。余裕がないのか?他人のことまで考えられないのか?暗闇のなかで反省する。反省の先に光があればいいと思う。
こどもらと深夜からアジアカップの決勝を見る。日豪決戦。息子は寝てしまったが、娘と見る。酒飲みながら見る。決勝ゴールはよく覚えてないのだが、コーフンしたことだけ覚えてる。長友がすごかったことだけ覚えている。フリーになった李がすごかったことだけ覚えている。意味ない場面でのスーパースローがオモロかったことだけ覚えている。
| 2011年01月16日(日) |
すべてを捨てて人は死ぬのだ |
本年もよろしくお願いします。
新年早々、なのだが、ドラマーの古澤先生が亡くなった。ぼくが通うスクールの待合室で何度か見かけたことがある。いつも時代錯誤、っていうのか、ヒッピーみたいなファッションが好きなお方だった。ぼくのドラムの先生の先生、であった。だからぼくの先生が葬儀に出席するので、レッスンがキャンセルになったのだ。
ぼくの先生はその昔、古澤先生のドラムにめちゃめちゃ感銘を受けて、弟子入りしたのだという。ぼくは古澤先生のドラムは聞く機会がなかった。今となっては残念。亡くなる一週間前ぐらいまでは普通にライブをこなしていたのだという。虚血性心不全で突然亡くなったとのこと。
どれだけドラムのテクニックを身につけて、神ドラムを叩くことができたとしても、そのテクニックをあの世に持っていくことはできない。もったいない。なんともったいないことか。でもそうやってすべてを捨てて、人は死んでいくのである。
心からご冥福をお祈りします。
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