ぽちの日記
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2002年02月24日(日) 見積もり

また式場打ち合わせに行く。

ドレスの場所でまだ変人に「あれがいいよ〜」とか
「足が短く見える」と叫びながら歩くぽち。

ドレス代別なので、現段階の見積もりはぎりぎり200万くらい(?)になった。
式場マジックにかかっているので、
あれー思っていたより安いとか思ってしまった。
恐るべし。


2002年02月23日(土) 経過

朝、叩き起こされました。

あの昨日のメールについてご立腹のようです。
「自分が4時間もかけた手紙にあんなメールで返しやがって」
「あんなメール書いて最後は自分が正しいって言いたいの?自分勝手にも程がある。」
「精神病なんじゃない?」
「感謝の心が足りない」
「ぽちが貯めた貯金は、自宅から通っていたから貯まっただけなんだから自分だけの金だと思ったら大間違いだ。」
「その仏頂面を見ていたらこっちが不愉快になる。どうして人を不愉快にさせる真似が平気で出来るの?」
「ぽちと一緒に外出しても後ろついてくるだけでちっとも楽しくない。一緒に行きたくなんかない。」
「家具選ぶのだって、付いてきてもらっているという感謝の心がない」
「会社にいたときの方がよかった。あんた自分がどんどんブスになっていくのに気づいてないの?」
「ドレスの試着の写真でどんどんブスになっていくんだから、結婚式でもブスだよ。」
「こんな人間が幸せになれるわけない。変人にだって、家を出たいから結婚したんだろうと後で見くびられるんだ。」

まぁポイントは感謝の心がないというところにあるようです。

私は、ずっと敬語で答えてました。
「なんか言うことないの?」とますます感情が高ぶってきたようです。
「ありません、」とか「すみません。」とか「時間を下さい。」「努力します。」と言っていたら、
「こんな性格なんだから友達なんかいないよ。よく人間関係を築けるね。」とおっしゃっていました。

その後友達と会ったのですが、
話しているうちに不覚にも涙してしまいました。

その後通称ボスにも言ってみました。
珍しく話聞いてくれました。
これはとっても珍しい出来事です。

最後に変人に言った時はかなり平常心になりました。
変人役に立ってない訳ではないのですが。

ここまで来たら、もう諦めの心が完全に支配しました。
もう、いいです。期待もしません。
残った家族3人で家族ごっこでも何でもやっちゃってください。

ようやく煩悩から少しだけ脱出出来た気もします。
吹っ切れたと言えば吹っ切れたのかもしれません。

ドレス少しヒール2cmになったお陰で気に病んでましたが(足が相当短く見える)、頑張りたいと思います。


2002年02月22日(金) 手紙

昨日の手紙の件です。

「読んだ?」
と聞かれたので、「うん」と言ったものの、感想がその場で言えませんでした。
「もうちょっと待って」と言ったら、
「手紙にしたほうがいいかもね」と母。
その場では終わりました。

自分はその感想を求められるまで、2つの心で悩んでいました。
「なんでも教えて下さい。」とか「何か私がしたでしょうか?」「許してください」というのを言葉通り信じていいのだろうかという心。
これは歩み寄りのお手紙なんだろうかという心。

それとも、これは予定調和で「手紙を書いている自分に酔って当然娘が改心するもの」と思い込んでいるのだろうという心。

その感想を求められた時、心は後者に比重を傾けました。
大変卑屈な心ではありますが。

その後外出してメールを母宛てに書きました。
約4000字。
「手紙への感謝。
上記のように信じることが出来ないということ。
自分を解って欲しい、自分がウチが大変だからと何度となくあったセリフは、前々から重々理解しようとし、その様に行動していたということ。
またこれ以上解って欲しいというのはもう飽和状態なので押しつぶされそうなこと。だから時間を下さいということ。
大変だからというのは解るが、自分にとってはここ最近の言動は幾ら大変だからといって、我を失っているからと言って許せない類のものが含まれていたこと。
自分が避けられていると言う風に感じるとしたら、それは私が母親の感情の起伏を恐れ、そのヒステリーとも言うべき不合理さに怯えているからということ。
長期的に見守っていてください。」
ってな感じです。

一応珍しくかなりの正直ベースでした。
兎角賽は投げられたのです


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