私が化粧品に目覚めたのは18才の頃だった。
高校を卒業して予備校に行っている頃だ。
予備校時代の級友オム子さんに全面的な指導を受けたのである。
オム子さんは人に教えるのが好きな質であった。
大学に入ってからは自分が誰かに消極的に教えるとか、化粧を勧めるという立場になってしまったのでそれ以降そのような体験をしたことは少ない。
自分は人に教えるというのが苦手なタイプなのである。
4月初めの日にオム子さんと出会った。
オム子さんは今でも当時とさほど変わらない印象である。
一応9年の歳月を経ているのだが。
ミルクティーのような肌色をしており、一重のアイメイクに主眼を置いているタイプだった。
ぽちとは対照的に背が高く痩せていてスタイルが大変よろしかった。
オム子さんは大学付属の高校に行っていて、帰国の人々に囲まれる高校生だったため、すでにメークポリシーが完成されていた。
その後現在に至るまで変わっておらずそれが古くささを感じさせないところが凄い。
丁寧にコンシーラーで隈を消し、後は薄付きのリキッドファンデーションなんかを塗り口元はいつもベージュ+グロス。
アイメイクに最大の時間をかけるのである。
いつもマスカラをばりばりと塗りアイシャドーも何色かを使いこなしていた。
当時からリキッドアイライナーを使用していた。
チークはあまりしていなかった。どちらかと言うとハイライトに拘るタイプ。
その当時ぽちはドすっぴんであった。
彼女の指導により、
4月;ハウスオブローゼの洗顔もの(未だに売っているミルキュアパウダーとオイルの奴)を勧められ一緒に見に行ったりした。→購入には至らず。
5月:眉毛の書き方を教わる。パウダーセット購入。これ以降眉なしで外出することはなくなった。
ただ、ぽちが男の子と楽しげに話していたりすると隣からオム子さんは「○○(ぽちの名前)、最近眉書くの巧くなったね〜」と言い出したりしていた。
6月;マリークワントにてリップセットを買う。オレンジ系と白の組み合わせだ。
何を思って白を買っちゃったかは謎である。
*オム子さんは当時からマリクワ好きであった。その影響でぽちは今でもそれ程はマリクワの接客を怖がらない人間になっているのだ。
7月;マックスファクターでマスカラ購入。(今は廃盤になった奴)
8月;クリスチャンディオールにて口紅を母親から買って貰う。ベージュだった。
これまた1年もしないうちに廃盤色となった。
*この頃初めてCREAの化粧品特集の雑誌を購入。
11月;資生堂プルミエ スキンケアパクト ピンクオークル及び下地をこれまた母親に買って貰う。
このようにして徐々にメーク物が揃ってきた。
当時は化粧水等基礎物は2000円以内のドラック系だった。
よってあまり記憶に残っていない。
今考え直してみても彼女による教育はほどんど合っているような気がする。
最初に買って貰ったディオールのベージュのリップも当時リップライナーとかグロスまで買っていたら使いこなせていただろう。
その後大学入学と共に指導者を失い、4年間あまり停滞する。
社会人になり、アルビオンのスキコンとの出会いで今度はスキンケアものへの開眼が訪れるまで本当に止まっていた。
色々商品は買っていたけど。
このスキンケアものへの開眼は当時隣の席に座っていた3つ上の人に教えて貰ったのである。
スキコン+DHCのクレンジングオイル。
前出オム子さんは化粧もあんまり変わらないけど、男の好みも変わらない。
ああいう18才に会えたのは幸運だと思う。
朝11時に変人と解散してから、新宿に向かう。
友達と会うためだ。
ピカピカの指輪を披露し、語らう。
予備校自体の友達(女)なのだが、みんなサラリーマンっぽくなったな。
ちょっと前の自分もそうだったのかもしれないが、そういう薫りがする。
取り残された感じ。
その中の一人オム子さんはかなりゴージャス系且つ18才の頃の初めての化粧品の師匠なのだが、いつの間にやらぽちのほうが金遣い荒くなっているのである。
最近の高額クリームのお話で実感。
ヘレナの1万8000円のクリームは高いと言っていました。
ぽちは今なら多分ラ・メールだって買っちゃいます。
エクスヴィのクリームは?ですが、エクスヴィのマッサージはリピートしそうです。
基軸狂ってきている自分。
昔から凄いな〜と思っている人の真似とかしたりして、その人を上回ることをすることがある。
それを卒業とは思わない。
寂しい気分になる。
指輪のサイズ直しが出来たので取りに行く。
ぽちは左手薬指8号である。
ああ〜
光っているよ。
感激。本当に変人は太っ腹だよな。
その後招待状の印刷依頼。
自分の名前の漢字を間違えたり、親の名前間違えたり散々である。
絶対にバカだと思われた。
実際そうなんだけどさ。
結婚式って多分自己満足に過ぎないんだけど楽しい。
でもそれを人に押しつけたりしない自分でありたい。