「金持ちになるんでしょ。」 って後輩に昨日言われた。 「金もっちって?」って聞いてみた。 「良いい車のって、良い家住んで・・…。」 うーん、別に俺車にあんまり興味ないし、これから住もうと思う所も六畳くらいの部屋だしな〜。 別に良い車とか良い家という物にあんまり興味がないんだよね。 車・・…乗れれば良いし、家・・…仕事場に近ければ良い。 (10分以内これは譲れない。) だから別に「金」とかにはあんまり興味がないんだよね。 物欲あんまりないしね。 欲しいものPS2くらい。それも5分くらい悩んでやっと出るくらい。
大体金で買える物ってあんまり価値なんか無いと思うね。 金出せば買えるんだから。
そんなこんなで丁度良いので「お金」の話。 まー最近良く耳にするのが「金のために働く。」、「ギャラが良い方に移る。」、「全ては金次第。」・・・。 などなど。 確かに「お金」は重要だ。 そう思う。 でもなんか忘れていないかい?
何の為に君は今の場所にいるのでしょう??
「金」を多く稼ぐ為にわざわざ今の場所に来たのでしょうか?
始めにいま場所に降立った時の事を忘れていないかい? なにか目的があって来たはずではないのかい? それなりに苦労した事が「金」の為では悲しくないかい。 俺はそう思うね。
そんなこんなお金の話でした。
最近このネタで書く事が多い気がすが、今日は本当に腹が立ったので昨日の日記を中断して今日あった事を書いてストレス発散。 (この日記は毒を吐きます。 ムカツクかもしれません。 それが嫌なら読まないで下さい。 逆に面白いかもしれせん。)
帰り際に奴に言い放った言葉
「あんた人間として駄目だは。」 「あんたには車売れないな。」
はーーーー腹立った。 最悪だ。 あの教科書バカ。 MBAやる前に幼稚園に戻ったほうがいい。 やりなおせ。
今日はある方が俺の車を試乗してみたいとの事で4時から6時まで付き合った。 しかしこの方ペーパードライバーで車の運転ほぼ始めて。 そんな人と付き合うだけでも神経すり減らすのにこの方お得意の「調子に乗る」がでた。 チョット郊外の大きな駐車場で練習を1時間ばかしていて、そこから帰りの一本道を車道で帰るという練習コースを自分の都合でそのコースを変え、十字路で危うく対向車と正面衝突しそうになった。 確かに俺も許しなのは悪いけど。
それからが最悪。 謝りもせず。 挙句の果ては俺のせい。 俺が何も教えなかった、注意もしなかった、 初心者にこんなところ運転させる貴方が悪い。 そして「社会に出れば嫌なおじさんは一杯いる。」みたいな事をほのめかす。 挙句の果てにスーパーに行きたい。 最後に吐き捨てるように 「申し訳なかった。」ドアを力いっぱいガシャンと閉める。
どうですかこの女。
このバカに俺の車買ってもらわなくてもいい。 俺の車がかわいそうだ。 お前に売るくらいだったら、大事に使ってくれそうな人にタダでやる。 俺はそういう奴だ。 金より人で選ぶ。 金より大事な物はある。 プライドは金で売れないように、信念は金で曲げればない様にね。
大体「社会に出れば嫌なおじさんは一杯いる。」 それはそうだろう。 でも当時の20代のその人が相手にする「嫌なおじさん」って、「嫌な人」だから、つまり人間性に問題があるから40代〜50代にもなって20代の若造と仕事させられる羽目になっているんじゃないのか? 俺はそう思う。 そしてそのバカもその「嫌なおじさん」を例に出して自分を正当化している時点でその「駄目親父」と同じだ。 嫌な事をされたら人にはしない。 幼稚園児でも知っている。 「先生に何か言われなければ何もできない。」こうはなりたくないものだ。 大体MBAをやっているくらいだからビジネスパーソンになりたいのだろう。 まー無理だろうね。 分かってない。 MBA金の無駄。 知識より人間性を学んだ方がいい。 3つも年下の俺になんか言われるのはプライドだけは高いあんたには我慢なんないだろうけどね。 でも俺はそう思う。
これを笑点風にアレンジするなら、
労働市場のそのバカと賭けて俺の車と解く
その心は〜
なかなか売れない。
うまい。 座布団 100枚。 これが毒を吐く。 口が悪いのとは違うでしょ?
戦略=物質戦略*時間的要素*心理的要素*係数らしい。 どうやったら「目的を達成できるか?」 兵法に因れば、
1、主陣営を打破する、守る。 2、供給ルートを絶つ、守る。
これが基本中の基本。
これを昨日の話と絡めて考えて行こう。 これも思考の練習。
1 の主陣営の定義を、主陣営=産業とすると2の供給は何を意味するのだろうか? 産業にとって何が必要か? 4大経営資源の「人、物、情報、金」の内、ここでの定義は「情報と金」として話を進める。
現在の社会において給ルートを絶つ事は「情報、金」の流れを断つ事。 どうやったらこんな事ができるだろうか? 情報は情報過多にする事によって真実を分かりにくくできる。 情報過多による遮断。 そして「金」は、金を発行し続ける事によって貨幣価値を失わせる事ができる。 まさに今の日本はこんな情況ですね。 戦略の基礎である2によって苦しめられているわけですね。 基本的に2次大戦でも日本は1に気を取られすぎて2をおろそかにして負けた。 それと同じ事を今もやっている気がする。 債券と株の違いは元本保証かそうでないか。 株はリスクマネーと言って投資家にリスクがあるが、債券は発行者である国や会社にリスクがある。 だから国の債券である国債を発行する=債務者は債権者に金を返す義務がある。 だから国債発行=金を刷ると同じ事。 日本で国債を刷りまくっているのは自分で自分の金の価値を下げている事と同じさ。 よって日本の最大の強みである1200兆円の個人資産の価値が下がりつづけている。 それは産業にとって供給ルートを断たれていると同じ事。 アメリカにしてみれば、してやったりってところでしょうか。。。。。
世界がネットワークで結ばれ、市場にある金の量が莫大になった今現在。 DOMESTICな金融市場ではなく国際金融市場として金の流れを見なければならない。 日本だけとはもう考えられなくなっている。 日本はご存知の通り輸入に依存しまくっている国だ。 そんな事は小学校の生徒でも知っている。 そんな中で一応世界第二位の経済大国である日本が固定相場を執行するのは無理。 固定相場は経済力の弱い国がやれる事。 今で言ったらデフォルトしたアルゼンチン。
疲れた。 寝る。 続く。 説明が難しい。
今日はMBAの友人と話した。 誰か俺の車買ってくれ。 そんな話をしたのさ。 欲しい人は今なら貴方だけに$1300でお譲りします。 フォードトーラスワゴン。 120Kマイル。 どうですかこれ。
それとついでに「日本の強み」という質問をしてみた。 彼女曰く 「車、電気などの産業」という答えが返ってきた。 でもそうだろうか、はたして今の日本を除くアジア諸国の産業レベルが上がってきている現在、20世紀の様に「車、電気などの産業が日本の強みです。」と言えるのだろうか?
俺は日本の最大の強みは1200兆円の個人資産だと思う。 こっちの方が日本にとって強みの様な気がする。 どれだけの金額かと言えば、これを市場に流せれば日本の問題点は一挙に全て解決するくらいの金額だ。 その金が銀行預金として市場に流れずに滞っている。(2年前)金は流れて意味をなす。 一つの場所にとどまっていると金は腐るのさ。 俺的にはこっち方が日本の強みの様な気がする。 わが国ほど一般の国民が力を持った国は珍しいとおもうね。 アメリカは金持ちが力持った国。
今なんで、新しい経済学、経営学が必用と巷で言われているのだろうか? 要するに昔と力関係が変ったんだと思う。 昔は供給側が力を持っていたけど、今は需要側,「個人」が力を持ったからだと思う。 つまり前提が変った。
「消費者は自己の欲求を満たすために消費活動を行なう。」
という理論だけでは?????って事じゃない。 買わされる事も他人の為に買い物する事もある。 だから自己の欲求を満たすため以外にも消費者は金を使うようになった。 それだけ『金』が行き渡った。 確かに上記の理論が意味をなさなくなった訳ではないけどさ。
そんな中で消費者の「心」を掴む製品を作り出せるか? それを消費者として一般化するのではなく、Aさん、Bさん、鈴木さんレベルまでおとした製品を作り出せるか? これが今のNEW経営学の基礎らしい。 何故なら消費者は昔より情報を集める手段があり、金もあり、より自分の好みに合うものを求めるかららしい。 だから、産業界の技術レベルの競争より、いかに個人の好みを分ける製品を作れるかの方が重要。 アイディア勝負って奴。 技術はもうある。 ないのはアイディア。そんななかで、「車、家電などの産業が強みです。」とは俺は思えない。
つまり今まで以上に人の心が重要になったって事かな。井深大が称えた「心の経営。」 これをずっと昔から唱えたから今のSONYがある。 すごいですね。 でも「心」という曖昧なものに頼るせいで、経済も経営も分析ができなくなっている。 それが今の社会のような気がする。 今日本は消費者不況。 消費者が金を使わないから経済が成り立たない。 これも「心」が関係している。 市場なんてもろに「心」の影響を受ける。 だから天才もブラックショールズ方式では解けなかった。 ギャン理論(相場には四季がある)も「心」には勝てなかった。 経営学=行動心理学になるのかな? うーん、ありえる。
そんななかで強みを考えるならやはり個人の持つ1200兆円の個人資産の方が強みの様な気がする。 それを市場に流せればの話だけど。
もう少しで卒業だ。 嬉しいな〜。 やっとだ。 色々考えたけどやっぱりすぐに日本へ帰る事にした。 チョット親孝行<祖父母孝行しに日本へ帰ろう。 それが今できる事の様な気がする。 1ヶ月一緒に住む事だけでも何気に孝行だ。 これから実家に1ヶ月なんていられないからね。 これを読んでいる地元の友達諸君にも挨拶と飲みに。 友達に会うの久しぶりだね〜。 なんか子供でもできていたりして。 ショックだ。 俺が一番見たくないもの、
「友達の子供・・…。」
いやだーーーーーーーーーーーーー。 見たくねーーーーーーーーーーー。
なんか遠い世界に行ってしまった気がする。 田舎なんで結婚も早いのさ。 大学卒業してこの前あったら結婚するといってた。 俺が世界を周っている間に……。 うーん。 で気が付いたら4組結婚。。。 だんだん遊び友達が減る。 もう奥さんや旦那がいる奴を飲みに誘えね〜。 俺はどうすれば良いんだ。 誰に愚痴を言えばいいんだーーーーー。 まるで高木ブーだ。 いや浦島太郎だ。
昔の友達は結婚とかして行くのに、
「俺は世界を周る。」
とか大マジで思っている。 でも俺にとってはこっちの方が現実なのさ。 それが昔からの「夢」だったからね。
昔の友人達が変ろうと俺は基本的には変らない。 変った、変らない、アメリカナイズされた。 残念ながら俺は昔からこんな考え方だ。 変ってなんかない。 アメリカ如きに感化される心の弱い人間ではない。 だから基本的に10年前と今何も変っていない。 そのまま大人になったって感じ。 そんなこんなです。
うーん。 この前の「幽霊」ネタが今までで一番のアクセス数。 通常の3倍・…。 うーん。 いままで読んだ本のネタよりも全然多い。 いいんだか、悪いんだかだね。 これでいいのか???
でも面白かったですか? 俺は色々な事を理由を付けて考える練習としてこの日記を使っているんで、「何言ってんだ?」と思う方も多いかもしれません。 でも読んで頂いている事はありがたい事です。 本当にありがとうございますだ。
俺もそこそこアメリカまで来て、世界を20ヶ国、アメリカも都市を転々とし、色んな人と話し、色んな本を読んでいるんで、それであんまり当たり前の事を書いていたらある意味、
「お前、今まで何やっていたんだ??」
という事になる。 だから当たり前の事を書いていない(つもり)なんで。 俺の視点をできるだけ理ズメで書いていこうと思っている訳でして・…。 そんなわけでッさ。 考えるのが仕事なんで。。。。。。
俺は基本的に文化レベルの多様性より個人レベルの多様性を学んできたつもり。 自分の周りにいるインターナショナルスチューデントを見て、ドイツ人はこう、フラン人はこう考えると思うのは間違い。 ドイツにもそれなりの文化があって、そこから飛び出してきている。 つまり、アメリカに来ている日本人と同じように変わり者、いや経済レベルを比較すればもっと変っているし、それなりにエリートが来ている。
ブルガリアの首都ソフィアなんか超貧乏。(旧共産圏)、二十歳くらいの女性が俺が捨てたパンのかすを捨てるのを“じーっと”待っていて捨てた瞬間に拾いに来る。 そんな方々が一杯いらっしゃるし、ショッピングセンターなんか殆ど店舗が入っていない。 駅は暗いし、野犬が一杯いる。 そこから来ているおね-ちゃんは、
「私アメリカ人と結婚する。」
とかいきなり言い出す。 確かに帰りたくねーはな。 俺だったら嫌だ。 ブルガリアの経済レベルかアメリカに来れるとはそれなりのお嬢様だろうね。 でも、そんな人がブルガリアに何%いるんだろうか?? 超少数だろうね。 その少数の人を見て、ブルガリア人はこうだと考えるのは????ではないかい?
要するに基本は「個人がどう考えているか?」だ思う。
日本人は基本的に「集団心理」の塊だから、ある一部をみて「みんなそうだ。」と決め付けたがる。 例えばよく「普通〜、みんな〜」という人がいるがその普通の範囲ってどこまでなんだろうか? 大体、知り合いの5人くらいにしか通用していないはず。 で、その5人にだけ通じる「普通」を日本人の平均だと思う。面白いものだ。 でもその「普通という価値観」が日本だけで2000万個くらいある。 ある価値観は似ているだろう、でも殆どは似ても似つかない物だともう。
日本にだって色んな人がいる。 皆同じなんてことはない。 それと同じように、世界にも色んな人がいて、色んな才能を持っている方がいて、天才といわれる人がいる。 だから面白いんじゃん。
つまり霊感とはそういう事です。 「心が分かるかどうか」だと思うんだよね。 多分。 だから音楽とか聴いていて心が休まるとか、絵を見ていて感動するとかいう事と同じ。 芸術家が自分の思いを作品に込める様に、人間は死ぬ時は何かに自分の思いを託そうとするのではないのだろうか? 特にろくな死に方していない方々は・・…。 生きていても苦しいと思う事が多いのに、それを通り越して死んでしまう。 そんな時の人間の心理状態というか「心」というのは凄い悲しく物だと思う。 そう思うな。 だから、幽霊とか霊、足がないとかいう様な一般の人々が想像するような所謂「幽霊」というのは俺はないと思う。 テレビでやるようなね。
そういうのではなくて、その人が死ぬ間際に放った「その人の思い」が念として何かに残る。 木であったり、石であったり、病院のベットであったりね。 その念に感化されてしまう人が感性の強い人の中にいる。 丁度、芸術家の残した「思い」が見ている、聞いている人に伝わるように。 俺もピアノをホンの少しばかり、お遊び程度に弾くけど譜面通りに弾くのではなく、いかに感情を込めるかが重要な気がする。 いかに音に自分の思いを伝えるか之が重要。 偉大な芸術家は超人なみの努力で手に入れた技を使って些細な部分まで自分の「心」を表現する手段がある。 だから天才と呼ばれる。 要するに努力あってのことです。 それにアーティストは自分の世界がなければ勤まらないともうね。
だからある意味気をつけなければ。 芸術家は自分の思いを作品に残すけど、ろくな死に方をしていない方々は「恨み、妬み、嫉妬」などを残すからね。 だからつらーくなる。 それで判断ミスをしてしまう事もあるし、ある人はそれに気が付かずに事故を起こし、またある人はもろにその「負の感情」に焼かれて精神に異常をきたす。
確かなんかの本で読んだけど、音楽が人に与える影響というのは凄いものがあるらしい。 これはデータでも出ている事だ。 霊感とはそれと同じような事だと思う。 確かにこれは、俺の憶測でしかない。 でも全くの迷信として考えてしまうのではチョット詰まらなくないかい??? なんでも迷信、迷信。 確かにそれも一つの価値観だ。 俺は、世の中には謎のままにして解かない方がいい謎というもあると思っている。 だから、こんな世界もあると思っていた方が素敵じゃない?
その日の朝から俺は2日間、正確には48時間中42時間眠りっぱなし。 祖母の話では死んだように眠っていたらしい。 その起きていた6時間の間に祖母に話し、祖母の知り合いの徐霊師の所に連れて行かれた。 変な体験だった。 しかし、その後一緒に行った友人達の中かで精神病院に行きになった人や勤め出した会社が半年で潰れるなどの被害が出た。 その事を知るのはもっと先の事だけど。
これをチョット見てみようか? 俺の視点を使って。
大体、こんな理由を多くの人は考える。
「テレビ局のやらせ。」、「科学的に説明できない。」
それでは、チョット詰まらないでしょう。 う〜ん。 確かにテレビはやらせでしょう。 今のマスコミなんてNEWSでさえ信憑性がないからね。 だからテレビなんて虚構の世界として見るものであって、現実がそこにあるとはどうしても思えない。 (だからTVみない。)マスコミの中で今のスポンサーを頼った利益収入を改革し真実を伝えましょうという動きがジャーナリストのなかにあるのくらいだから相当スポンサーを気にしている事になる。 だからその情報を真実として捉えると????という事になる気がする。 ましてゴールデンから始まるこの手の番組を真実としてみるほうがバカだ。 東スポなみ。 いやナイタイだ。 「テレビのやらせ」と思っている時点でテレビを信じている事になる。
「科学的に根拠がない。」
ええええとこれはですね。 科学的に根拠がない。 調査方法はどんな方法を取ったのだろうか? まさか、幽霊が出そうな場所に音感センサーなんかつけて違いを比べたりしているわけではないと思うけどね。 どんな風に調査したのかが不明で納得できない。 ね。 これもTVのいいそうな事だ。 そんこんな矛盾点を上げた所で、どうでしょう? この問題。 始めに断っておくがただ俺は之の手の問題をただ面白おかしく分かりやすく分析してみましょうという事。 エスパー研究所を作ったりした井深大(東京通信工業株式会社)ではないのであしからず。 俺はどっちかって言うと盛田昭夫(SONY)の方だね。 まー至って正常です。
結論は、この謎は「心理学」を使わないと解けない。 「心理学」=「科学」として考えるなら科学で説明できる。 はず・・・・・。
ところで「芸術」ってなんで感動すると思います? ピカソ、ゴーギャン、ミケランジェロ、バッハ。 偉大な大天才達ですね。 はいはい。 それに現代にも芸術家はいらっしゃる。 しかし本当に芸術が分かる人というのは全体の10%以下。 売れる絵と芸術は違う。 之は常識でしょう。 それと同じ、若しくはそれ以下の可能性です。 霊(この言い方は好きではないが解り易いので)の念が分かるのは。
「なぜ芸術は感動するのか?」 自称芸術が分かる方、何でですか?
俺は、
「芸術家が心をこめるからだと思います。」
だからピカソが生涯で二万点近い作品を残しているなかで、彼はその全てに自分の全てを込められてのでしょうか? 疑問が残ります。 「ゲルニカ」これを見ていないのでピカソに付いては何も言えませんけど。 だからピカソか〜と思ってみてもどうかな〜。と思いますね。 長い旅の中で美術館によく足を運ぶのですが、その中で「立ち止まる画家」の方が何かを感じる事があるます。 心がこもっているなと思います。
つまり霊とはそういう事です。 明日は詳細に説明。 寝る。
| 2002年04月21日(日) |
暑くなってきたのでチョット怖い話。 |
新潟県には良寛洞と呼ばれる超有名な神霊スポットがある。 基本的に俺は幽霊とかは信じない。 しかし高校時代に、そこによく行っていた友人達が交通事故を起こし1人は死亡し、別の友人達も軽傷を負った。 死亡した友人はなんの変哲もない見遠しのいい道路で死んだ。 その当時は何も気が付かなかったけど。 大学に入りまた「良寛洞」の話を耳にする。 その人もこの洞窟の帰りにバイクで転び、一時期は下半身不全になるぎりぎりだったららしい。 その他にも色々な噂を聞いている。 変なもんだと思ったね。 多分これを読んでいる人と同じように。
ひょんな事からこの良寛洞に友人達数人で行く事になった。 興味本位だった。 夏の暑い日に俺の地元から車で北西に1時間半ほど行ったところだ。 確か10人位だったかな。 今でも鮮明に思い出せるこの場所。
林の中に大きな池がありその周りを3人くらいで並んで通れる小道が洞窟へと続いている。 その小道を70m位歩くと扇型に開いた半径20m位の洞窟がぽっかりと口を開いていて小川が洞窟の暗闇へと流れている。 川辺の砂浜には三途の川の様に石のピラミッドが所狭しと並べてあり足の置き場に困るほどだ。 その石碑を掻き分けながら進んで行くと中央に大きな墓標が立っている。 その上に蝋燭が立ててある。 たった一度しか行っていない場所だが今でも思い出せる。 4年前の事なのに。
その日の朝から俺は2日間、正確には48時間中42時間眠りっぱなし。 祖母の話では死んだように眠っていたらしい。 その起きていた6時間の間に祖母に話し、祖母の知り合いの徐霊師の所に連れて行かれた。 変な体験だった。 しかし、その後一緒に行った友人達の中かで精神病院に行きになった人や勤め出した会社が半年で潰れるなどの被害が出た。 その事を知るのはもっと先の事だけど。
明日は分析編。 続く。
ふっとっていた。 やばい。 これからダイエット期間。 俺はここに宣言する。 日本に帰るまでに体重を戻す。 絶対に。 これは5キロ痩せる事を意味する。 後1ヶ月で・・…。 俺ならできる。 やって見せる。 余裕でしょ。 ね。 ね。 今、ここに念を入れた。 必ず痩せる。
「じっちゃんの名に賭けて。」
|