ちむたんのつぶやき
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この土日は旅に出ておりました。 行き先は新潟県長岡市。目的はふたつ。温泉と、レオトモ話を書いていた頃にお近づきになってかれこれ4年ほどになるSさんとの初対面です。
宿泊先は長岡駅から車で30分ほどの蓬平温泉「和泉屋」さん。 JRの「のんびり小町」という女性向けの温泉旅行パックで人気のお宿で、以前から行ってみたいと思っていたんですが、決め手は上越新幹線で行ける!というところ。 というのも、旅先で悪天候による交通機関の乱れに遭遇しがちなわたくしをしばしば救ってくれたのが上越新幹線だったからなのでした。近いところでは今年の夏のSL旅ですね。上越新幹線ならなにがあったって絶対走ってくれるから大丈夫!と根拠なく相棒に力説したわたくしでありました。
今度そちらにうかがうのでよかったらお目にかかりたく…とSさんにご都合を伺ったところお会いできることになったのですが、お返事に「問題は雪です」ときっぱり書かれていたのでいきなりビビるわたくし。ぎりぎり11月だからまだ大丈夫だとばかり思ってたヨー!(ヨー、じゃねえよ)
結論を先に書いてしまうと、11/19にもう初雪が降ったとのこと。街中にはまったくその気配はありませんでしたが、泊まった蓬平温泉は山の中なので、道端のそこここに融け残った雪を見かけました。もちろん交通の問題はありませんでしたが。
土曜日は雨の天気予報が直前にかわり、キラキラの晴れ。
11時すこし前に長岡に到着し、新潟の隠れ名物といわれる「イタリアン」を食べに、駅から15分ばかり歩いて「フレンド」へ。 駅ビルの中にもあるのですが、そこはイートインスペースがないので別の店舗へ足をのばしました。(とあとでSさんにお話したら「歩いたんですか!?」と驚かれましたが、歩けるところならどこまでも歩いて行くのが私たち…) イタリアンとは、ソース焼きそばにミートソースをかけたお料理。と書くとフシギメニューのようですが、食べてみると全く違和感がないです。 これと餃子を一緒に頼むのが地元流のようなので、そのとおりにしてみました。 店内に流れるFMラジオにのんびりと耳を傾けながらいただいたイタリアンは、土曜日に学校から帰ってきて食べたお昼を思い出させ、気分はすっかり高校生でした。あー、これ食べたらテスト勉強しなきゃなー、物理の試験範囲ってどこからどこまでだっけ?みたいな。
その足で、駅の近くにある河井継之助記念館へ。「長岡の蒼龍」と呼ばれたこの方のあまりのカッコ良さにガツンと打ちのめされ、記念館を出たその足で本屋さんに走り、司馬遼太郎の『峠』新潮文庫全3巻を買いましたとさ。このあたりのことについては『峠』を読み終えたあたりでまたあらためて書きたいです。 ちなみに来年のNHK大河ドラマが「天地人」なもんで、書店の歴史コーナーはすっかり直江兼続一色でありました。駅前ものぼりがいっぱいでした。
長岡という街は、戊辰戦争・太平洋戦争・そしてまだ記憶にあたらしい中越地震と、大変な被害を幾度も味わっているのですね。街中を歩くかぎりでは地震があったとは思えませんでしたが、旅館の近くにある高龍神社の奥の院は地震で倒壊し、再建されたのだそうです。現在でも徒歩でお参りするルートは通れない旨貼り紙がありました。
お宿はお風呂・お食事・お部屋ともたいへんよかったです。 お湯がちょっととろりとした感じで、ジュンサイになったような気分が味わえました(笑)。上がったあとお肌がつるつるに。 そして、ご飯がおいしい!前に鶴岡に行ったときも思ったけど、日本海側のお米の実力はやっぱりハンパないっす。相棒は「飯で酒が飲める」と食通のような発言を。カッコいいな。
夜中にものすごい雨音で目がさめました。やはり雨を降らさずには帰れないのか、俺ってヤツは…。 ま、まあ当初の予報では土日とも雨のはずが、土曜はとてもいいお天気だったので、良しとしましょう。
そして日曜朝、土砂降りのなかをSさんが車で迎えにきてくださいました。 連れていっていただいた新潟県立歴史博物館が実に、実に面白くて! あとで気づいたんですが「雪とくらし」の展示が見られなかったのが悔やまれてなりません。また行きます。 お昼にいただいたふのり蕎麦もたいそう美味でございました。
もっともっといろいろお話したかったのですが、圧倒的絶対的に時間が足りませんでした。しくしく。 長岡駅まで送らせた上、お土産までいただいてしまう無法ぶり。 Sさん、ほんとうにお世話になりました。今度お目にかかったら絶対、阿久悠記念カラオケしましょうね!<お礼になってません
新幹線の車窓から見た浦佐と越後湯沢駅は雪景色。が、上毛高原駅ではぴかっと晴れていました。 深谷のあたりで右手に夕焼けのなか冴え冴えと浮かび上がる富士山に気づき、相棒と二人でずっと眺めつづけました。
よい旅でした。長岡はほんとうに素敵な街でした。 日本は広く、私なんかの思いもよらないほど素敵なところが、まだまだたくさんあります。 海外に行ってる場合じゃないぞ(行く予定ないけど)、行きたいところは国内に山ほどあるぞ、としみじみ思ったことでありました。
ゆうべ9時すこし前、めずらしく家の固定電話が鳴りました。 「○○さん(私の苗字)ですか?」と言われるその声が年配の女性だったので、てっきり一周忌の法事のことかなにかで親戚が電話してきたのだと思ったのですが、そのあと名乗られた名前を聞いてびっくり。大学生のころにたいへんお世話になったかたでした。
最後にお目にかかったのはもう15年ほど前なのですが、年賀状は毎年やりとりしていたので喪中のご挨拶をお送りしたところ、父の死を知ってお電話くださったのでした。
いやあ、どなただか分かったとたん背筋がビシッと伸びましたよ。ふだんダラッとしまくりの私にひと声で居ずまいを正させるのはこのかたと、相棒のお母様と、先日の日記に書いた叔母だけですね。もー、直立不動。 あ、でも緊張のあまり、電話しながらそばにあったクイックルワイパーでいきなり床を掃除しちゃってたような気もします(苦笑)
ずっと気になっていたんだけど、お父様はお元気でいらっしゃるようだったから本当にびっくりして…。でも、お母様のご病気から長い間ほんとうによくがんばったわねえ、これからまだ長い人生なんだから、身体に気をつけてあなた自身の幸せを見つけなさい、と言っていただいたのがとてもあたたかく、心にしみました。
私も自分のあとに続く若い人に、こんなに誠実なことばを投げかけてあげられるようにならなくては、と思います。
来年1月からフジテレビ系で放映されるアニメ『源氏物語千年紀 Genji』(監督:出崎統)で、頭中将の声が銀さんだと知ってビミョーにフクザツな匠ファンのオトメゴコロなのであった(爆笑)
三連休は、パッソを買うために実家に移していた住所を元に戻し、喪中のごあいさつはがきを書き、一周忌の会食の予約をし…といろいろありました。 「きのう何食べた?」の2巻を見て作ったポテトサラダが、すばらしく美味しくできました。 コツは、電子レンジで皮つきのまま加熱したじゃがいもを、塩もみして洗ってから水気をしぼった玉ねぎスライスと調味料の入ってるボールにそのままぶち込んで、手で皮をむきつつつぶしてゆくところかと。水っぽくならず、下味がとてもよくしみてくれます。ただし皮をむくときの指先がめちゃめちゃ熱くて大変でしたが。
拍手ありがとうございます。 祖母については家族から聞いた話だけなので、多少誇張が入ってるフシもありますが、しっかり者だったのは確かなようです。
ゆうべ叔母(父の妹)から一周忌の法事のことで電話がありました。 用件はすぐに済み、あとは近況報告や思い出話に。
叔母は若いときから身体があまり丈夫でなく、大きな病気をいろいろ経験しています。父は叔母のことをとても可愛がっており、「あいつは病気の問屋だから」と言っていつも気にかけていたものです。
でもひとり息子を育てている間は、具合が悪いときもそんなこと言ってられなかったのよね、あたしが胆石で痛がってるとあの子が背中をさすってくれたの、とにかく無事に育て上げられてよかったわ、としみじみ語る叔母。
叔母はしっかり者と名高かった父方の祖母とそっくりでチャキチャキしており、けっこう毒舌なところもあるので、ボンヤリした私は会うたびに何かしらお小言をもらうことも多いです。 この話の流れだと「あんたはどこも悪くないくせに子供も産まず不甲斐ない」と叱られるかな…と身構えたのですが。
「まあ人の生き方もいろいろだからね、○子(私の本名)も自分がいいと思うようにやればいいよ。○子には○○さん(相棒の本名)がいるから本当によかったね」
と。
おおおおお。 お墨付き!?<ちがうと思うよ
やはり女傑だと思いました。長生きしてくだされ、叔母さん。
ちなみに父は「あいつ(叔母)はばあさん(父方の祖母)に仕込まれてるからしゃんとしてるけど、ばあさんはあいつよりもっと凄かった、口八丁手八丁で、うちはばあさんで保ってた」と言っていたので、会ったこともないですが私は祖母がこわいです(笑) 母は姑である祖母をとても苦手にしていたらしい…。もともと反対された結婚だったのもあるでしょうが。(今年3/9の日記をご参照くださいまし) 折り畳み傘をたたんだら、全然なってないとものすごく叱られたそうです。私は母の10倍くらい不器用なので、生きていたらさぞかし朝から晩まで叱られまくったことでしょう。
長兄が話してくれた祖母のエピソードでは、突然遊びに来て遊園地に連れていかれ、乗りたいともいわないのにジェットコースターに乗せられ、降りたあと気持ち悪くなってフラフラしていたらバニラアイスを買ってきてさあ食べろ早く食べろとせかされたのだそうです。おかげで彼は今でもジェットコースターとバニラアイスが苦手なのだとか。
…なんか、相当強烈なキャラっぽくないですか。 父も子供の頃いたずらをすると土蔵に放り込まれてたっていうし。 …私もその血をひいてるのか…
…
…
拍手ありがとうございました(何事もなかったように)
私なんかのお腹のことをご心配くださってありがとうございます(涙) 危機は脱しましたが、あんまりすっきりしてません…しくしく
Nこたさん、Pせんせーはそんな過去をお持ちだったのですか!今度ぜひ一曲!! ところでお犬さまがいらしたら遊ばせてくださいね〜(はぁと)
| 2008年11月19日(水) |
Boys don't sing |
NHK BS1で今週月曜から4回シリーズで放送している「クワイア ボーイズ」というドキュメンタリー番組を楽しみに観ています。今日の放映を含めてあと2回しかないので、今さらお勧めしても遅いんですけど…。
原題は「The Choir 〜Boys Don't Sing〜」。 くわしい紹介はこちらからどうぞ。 全体的なノリは映画「スウィング ガールズ」みたいな感じです。
番組の中でインタビューされた生徒が「合唱なんて女の子のやることだよ」という発言をしていました。 …うん、日本でもそう言う男の子って多いでしょうね。中学や高校の合唱団、女子がほとんどだもんね。男子は全員参加の合唱コンクールとかでダルそうに歌ってるイメージだもんね…。 私は大学生のとき、合唱に熱烈に入れ込んでいる男子をたくさん見たので、みんながみんなそうじゃないことは知ってますが。(最近の学生はどうなのであろうか…私の大学の女声合唱団も団員一桁だっていうし)
おもしろいのになー、合唱!一人じゃ絶対できないところがな!(ホーミーできますとかいう人は別だけど) 歌は全身運動でからだにいいし、暗譜で記憶力も養えるし、舞台度胸はつくし、いいことずくめ!(やや強引か)
などとテレビを見ながらつい力説してしまうのでありました。
右の手首。小指に近いほうの関節にかなり強い痛みが。 キーボードをたたくのには支障ありませんが、今日お昼を食べにいったお店の席が掘りごたつ式で、帰りに右側から出なくてはならず右手を床についたらギャッと言いたくなるような痛みが走りました。 原因はわかっております。自宅でやってる筋トレです。名前は忘れましたが、台の上に両手を突き、床に膝をついた状態で行う腕立て伏せみたいなやつ。上腕三頭筋を鍛えたくて(要するに二の腕のたぷたぷを取りたくて)やっているのですが、それで他のところを傷めてしまうのは困りものですなあ。しばらくダンベルに切り替えるべき?
あと腰もいたいです。
手首も腰も、痛いのは右側なんですよね。たぶんバランスが悪くて、身体の右側にばかり負担をかけてるせいなんでしょうねえ。直し方がわからないけど…。
それからおなかも痛いです。これは昨日飲んだバリウムのせい。とほほ。
きのう拍手のメッセージくださったかた、ありがとうございます。おなかは大丈夫でしたか(涙目)
本日朝イチで健診にいってきました。 当然朝食抜き。たくさんは食べられませんが(旅行中は除く)朝は必ず何か食べて出かける習慣のわたくし、年に一度のこの日がたいへんつろうございます。 案の定空腹でボーッとしていて、クリニックの入っている雑居ビルのエレベータで階を間違えてしまいました。しかも、エレベータを降りても間違いに気づかずチャイムを鳴らす始末。去年もおととしも同じところで受けてるというのに…。
去年は胃のレントゲンをパスしましたが、父が胃がんにかかったというのもあり、今年は受けることに。胃カメラもなかなか行けないしね。 で、宇宙遊泳のごとく台の上でぐるぐる回るあれをやってきましたよ。バリウムを飲んで下剤を出されているので、いま現在戦々恐々であります。 2年続けて不整脈があると指摘された心電図ですが、今日は何も言われなかったので大丈夫だったのかな? あとは貧血が心配ですが、9月末から毎日フェロミア(鉄剤です)飲んでるので大丈夫なはず…。 というわけで結果待ちであります。ドキドキ。
毎年健診が終わるとクリニックの近所のカフェベローチェに飛び込んで朝食にありついていたのですが、今日見つけたコーヒー屋さんが秀逸でございました。これからはあそこで食べよう。<何しに行ってんだ
備忘:今月買いたいコミックス ・きのう何食べた?2巻(11/22) ・とめはねっ!4巻(11/28) ・玄人のひとりごと10巻(11/28) ほかにもう1冊くらいあった気がするけど…
拍手メッセージありがとうございます。
ぺんぎんさん、たぶんこの宣伝を考えた人は若くない、というご指摘は目からウロコでした。「いまどきの若い男のコはもう少しお利口」ですかー。だったら少しは気も休まるのですが。
「とても悲しく感じました。母親をなんと思ってるのか!!」の方、お母さんの立場からご覧になるとさらに腹立たしいものがあるでしょうね…。25歳で母を亡くした身としては、親を大事にできるのも生きててくれるうちだけだよ!と怒りたくもなるのでございます。
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