ちむたんのつぶやき
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年度末の締めはどうにか終わらせました。 で、その後。
この日記をむかしからお読みくださっている方はご記憶あるかもしれませんが、わたくし5年ほど前に自宅の最寄駅前のスポーツクラブに入っておりました。 …が、かなり長期間いわゆる幽霊部員状態になったのち、月会費がもったいなくなり退部いたしたのでございます。
そこに、本日再入部してまいりました。お笑いくださいまし(とくに某Nこたさん)。 前回は相棒と一緒でしたが、今回は私ひとり。相棒の仕事が最近忙しくなっており、一方私は会社のお達しで残業原則禁止状態のため早く帰ってるのですが、家でぼーっとしてる時間がもったいないなあと思ったしだいです。 会社では日がな一日座ってPCに向かってるのでカンペキ運動不足ですし。
かくして同じクラブに再入会。最寄駅の反対側に去年あたり新しいクラブができており、そちらのほうが広くてきれいだとは思うのですが、だいぶ回り道になるので行かなくなる危険性が…。
前回はいつでも利用できるフルタイム会員だったのですが、今回はナイト&ホリデー会員(平日は19時から、土日祝日は終日利用可能)にしました。土日に行くとはあまり思えないのでホリデーはいらないんですけど、平日夜のみのナイト会員だとスタートが21時と遅すぎるので。
いちおう初めて扱いで説明を受けてきました。 クラブは受付まわりのレイアウトが変わっていたのと、ジムの器具がかなり入れ替わっていましたが、それ以外は大きな変化なし。 バイクとマシン、ウォーキングで1時間半ほど動いてきました。汗びっしょり。今度こそ長続きするようがんばりたいものであります。
話はかわりますが、ぺんぎんさん、メッセージありがとうございました。 ちなみに相棒のお兄さんも大人になるまでコーラを飲んだことがなかったのですが、仕事で行った先で出されてしまい仕方なく飲んだのだそうです(笑)
…楽しいわけがない。
朝からディスプレイの細かい数字を睨みっぱなしで、席を立つと遠近感がちょっとフシギな感じです。
でもゆうべ、残業を見越して肉じゃがを二日分作ってきたから、今夜のおかずは心配なし!二日続けて肉じゃが食べさせられる相棒はちょっとかわいそうですけど!許せ!
先ほど思わずコカコーラzeroなんて飲んでしまいましたよ。 オフィスにある自動販売機、社長がアメリカ人で来客も外国の人が多いためなのか、ミネラルウォーターとコーラばっかしなんですよ。いま数えてみたらミネラルウォーターが4本、普通のコーラが4本、zeroが2本でした。もうちょっとバラエティに富んだ品揃えにしてほしいものです…。
そういえば相棒は、生まれてから一度もコーラを飲んだことがないんだそうです。珍しい…と思うんですけど。どうでしょう。 キライなの?と訊いたら、飲んだことがないんだから好きも嫌いもないとのこと。そりゃそうだ。 このまま生涯飲まずにいくつもりだそうです。その分ほかの炭酸飲料(つまりビールのことですが)をたくさん飲んでるから別にいいんでない?(笑)
| 2008年07月27日(日) |
泣いてるような星のかなたに青い小鳥が |
昔から一度蒸気機関車にのってみたいと思っておりまして。 本日、とうとう夢を実現させました。 その名も「EL&SL奥利根号」。
上野を朝8時ちょうどに出発して水上着が12時過ぎ。特急なら2時間20分ほどでゆけるところを4時間あまりかける、まことにゆとりあるオトナの遊びです、というのは冗談で、メインターゲットはもちろん夏休みの子供たちなのですが、上野駅の出発ホームに行ってみたらそこには、子供の心を持ち続ける大人たちがそれはそれはたくさんカメラを構えていましたとさ(笑)。
上野を出発すると車内では乗車記念グッズやSL弁当が販売され、みんなニコニコ楽しいムード。心配されていたお天気も薄日がさすまあまあのコンディションでした。この時点では。<伏線
上野〜高崎間は電気機関車(EL)で引っ張り、高崎でお待ちかねの蒸気機関車(SL)登場です。 高崎では作業のため30分くらい停車するので、乗客はほとんどが降りてホームの前のほうへ移動します。黒山の人だかり。 電気機関車がするすると離れてゆくと、線路の向こうから聞こえてきました、汽笛の音が!これです!生で聞いてみたいなあってずっと憧れてたんですー! そしてしずしずと現れた黒塗りのD51。気分はもう銀河鉄道999です(999号はD51じゃなくてC62ですけどね)。 メーテルや鉄郎のコスプレの人はいないのー?とか言ってた私たちは大バカ者ですが。自分でやれ。
連結が済んで、いよいよ走り出しました。スピードがさっきよりは遅くなったかな?程度で、乗っている感覚はほとんどかわりません。 ただ、時折聞こえてくる汽笛の音と窓の外に流れてゆく黒い煙が、いま本当に蒸気機関車に乗っているんだなあという実感を連れてきました。
線路沿いには大勢のカメラを構えた人たちや、お父さんお母さんに抱っこされた子供を見かけました。子供たちが熱心に手を振ってくれるのでこちらも振り返していると、なんだかお召し列車に乗っているような気分になったことでしたよ(笑)。
途中渋川駅でまた30分ほど停車します。ここでは、運転台に上がらせてくれたり、車掌さんの制服を借りて写真を撮ったりできます。私たちはさかんに機関車のまわりをうろうろしてときめいておりました。 当たり前なんですけど、近くに寄るとかなり熱いんですよね。機関士さんたちはしきりに流れる汗をぬぐっていました。 ときどきぷしゅー、と吐き出す蒸気に萌え萌え!かっこよすぎです!!
沼田駅を出たあたりからトンネルが増えてきます。トンネルに入ったとき、窓を開けてみたくてうずうずしましたが、周りの人に迷惑なのでがまんしました(笑)
山がどんどん深くなり、渓谷を横に下に見ながら走って水上駅が近づいてきた頃、空がにわかに暗くなって雨粒が窓ガラスに当たりはじめました。遠くで雷鳴も聞こえています。 みるみるうちにどしゃ降りになりましたが、山のお天気は変わりやすいです。水上駅に到着したときにはかなり小降りになっていました。
私の両親は群馬出身で、特に父は山に近いところで育ったので、群馬の雷の恐ろしさは子供の頃からよく聞かされていました。実際、小学1年の夏休みに伯父の家に遊びにいき、突然のものすごい夕立で停電になったこともありましたし。 ただでさえ雨女のわたくしのこと、送迎バスで旅館にむかいながら一抹の不安が頭をよぎりました。 帰り、また降り出して列車が止まったらいやだな…と。
今回参加したのは、往復の列車と水上温泉での日帰り入浴(昼食つき)がセットになったツアーでした。 予約した旅館は「水上館」。 利根川に面した緑したたるお風呂がとても良かったです。14時すこし前だったので、ひろーいお風呂を最初は私たち二人きりの貸切状態。ちなみに外は案の定またしてもどしゃ降り。川の水かさがみるみる増えて、水も茶色くなってきておっかなかったですが、遠くでラフティングをやってるのが見えてたまげました。大丈夫なのかー?
帰りの列車は水上発15:20。外はしのつく雨。とどろく雷鳴。 しかし水上駅に戻ってきたら、力強い汽笛が聞こえて「ああ、大丈夫なんだ!」ととても心強く感じたのです…が。 残念ながらというかやはりというか、止まってました、上越線。
お席でお待ち下さいということでそうしたのですが、雨は激しくなるばかり。 一時間あまり経ったのち「この列車は運休になりました。代替バスをご用意します」とのアナウンス。あああ、やっぱり…。
バスは順次来ますので並んでお待ち下さいとのことで、周りには小さなお子さん連れの家族も多いことだし、オトナ二人の私たちはゆっくり行こうね、とほとんど最後に改札を出ました。 最初のうちはわりと順調にバスが来ていたようですが、そのうちぱったり来なくなってしまいました。どうやら最初に乗った人たちを沼田駅まで送ったバスが戻ってくるのを待たねばならないようです。 列を見ると、あと2台くらい待たなきゃ乗れないんじゃないかなー、という感じ。今日が土曜だったら予定を変えて温泉に1泊というのも悪くないのですが、あいにく明日は仕事です。今日中に帰り着かねばなりません。 時間は5時過ぎ。だいぶ暗くなってきました。
…。
実はむかし(たぶん高校ぐらい)の頃、この水上温泉に母と来たことがありまして。そのときは在来線ではなく、新幹線で上毛高原駅まで来てタクシーに乗った記憶がありました。 今いる水上駅から温泉街はすぐそこ。ということは、タクシーをつかまえて上毛高原まで行くという手がありそうだ、と思い当たりました。 行列を抜けて乗り場に見に行くと案の定1台もいませんでしたが、ちょうどその時私を待っていたかのように空車が現れたのでした。これはもう乗っちゃうしか!と、運転手さんに「上毛高原まで時間と料金はどのくらいですか?」と訊いたら15分、4000円くらいとのこと。あと新幹線の切符も買いなおすことになるので痛い出費ですが、時間と体力にはかえられないと判断して乗り込みました。 運転手さんには「今度はもっとゆっくり来てください」といわれました。その通りですわ、ははは。
高崎のあたりですさまじく鮮やかな色の夕焼けを見ました。自然の力ってすごい…。
上越新幹線には、2005年1月に鶴岡へバレーを観にいって帰りの飛行機が荒天のため欠航になったときにも助けてもらいましたが、今回もお世話になることに。もう足を向けて寝られません。二度あることは三度ある、でないことを心から祈ります。
結局家についたのが8時半過ぎでした。当初の予定では上野着が19時ちょっと過ぎのはずだったので、そんなに遅れずに済んだかな、と。新幹線は速いのですねえ。
と、後半はハプニングもありましたが、長年の憧れの蒸気機関車に乗れて、いいお風呂にも入れて、総じて楽しい一日でしたよ。 次は水上駅で転車台を見るんだ!<こりてない
| 2008年07月24日(木) |
グッドバイ・スウィートハート |
今日は自席の真上だけ冷房切って仕事してます。
父もここ数年は冷房がたいへん苦手になっていました。実家に行くと、すごく暑い日でもエアコンを入れると咳がでるからと窓を開けてあって、風がない日はしんどかったなあ。 今はもうそういう思いもしなくてすむところにいるのだと思うと、ほっとしつつなんとなくせつないのですが。
父を見送ってから半年が過ぎました。 悲しみは癒えることはないのだと思いますが、以前の爆発力は失っています。少なくとも、ひとりきりじゃないときには。 はじめの頃は他の人といるときでもうっかり噴火しそうになって、それを抑え込むのに結構なパワーが必要で、仕事以外では人に会う気になかなかなれませんでした。 親を亡くしたというのは私のごく個人的な事柄なのに、世間の人がそれを最重要視しないことが腹立たしい…みたいな気分でした。もちろん、さすがにそれはおかしいよな、という感覚は残っていたので、なんとかなりましたが。 われながら燃えるマグマです。まあ、それだけ父が好きでした。
成田美名子のマンガ「ALEXANDRITE」で、父親を亡くした女の子が泣きながら「パパにもう何もしてあげられないのが悲しいのよ」と言うのですが、父が逝ってからその場面を思い出して泣きました。
亡くなった1月20日の朝8時、他の患者さんに朝食が配られました。前日の夕食をもどしてしまった父には、様子を見ましょうということで食事を出さなかったのですが、周りの気配に気づいた父が「朝ごはんの時間だね」と言いました。 父は昔から、体調がよくないときでもなるべく食事を抜かない、生活のリズムを崩さない人なので、冷蔵庫にカップのヨーグルトが買ってあったのを思い出し「ヨーグルト食べる?」と尋ねたら、食べるといいます。
ベッドの枕元を少し起こし、ヨーグルトをスプーンですくって勧めました。もう身体も起こせない父が、それでもひとさじ、ふたさじと飲み込んでくれました。 とても不思議な気分でした。 こんなに弱ってしまっているのに、父の気力は衰えていない。もうあと二、三週間くらいしか生きられないといわれていながら、身体のことを除けば別にこれまでと変わらない、そのギャップの大きさが。
いつも雑談するときのように「ヨーグルトはさっぱりしてて美味しいよねー」となにげなく言ったら「うん、美味しい。」と、普段の父とまるで変わらない声で力強く言ったので、はっとしました。 朝病院にきたら、入れ歯が外されてしまっていて発音が不明瞭になり、父の言うことがなかなか聞き取れなくて苦労していたのですが、これははっきりと聞こえました。それからたった6時間ほどで逝ってしまうなんて、夢にも思わないほどに。
父の好みに合うかな、と食べ物や飲み物を探してきたり作ったりして食卓に出し、美味しいと喜んでもらうのが長い間大きな楽しみでしたが、これがほんとうに最後の、私が父にしてあげられたことになりました。
今日の題名にしたのは、宮崎駿監督の「名探偵ホームズ」というアニメ作品の劇場版挿入歌で、正直なところ作品の内容にはほとんど合ってないんですけど、いい歌なんですよ。 歌詞のURLを貼り付けたいと思いましたが、マイナーなのか発見できず残念。 題名が示すように恋人との別れを歌った曲ではありますが、けっこう普遍性がある(ような気がする、なんたってカーチェイスの大騒ぎの背後に流れているのであんまりよく聴き取れない)のです。
“今の私にできる 最後のプレゼント”
というところで泣いてしまうんだな。
とうとう奴ら(って誰だよ)が本気出してきやがりましたな。 お暑うございます。
今日はお昼を食べに外に出たら太陽ぎんぎんぎらぎらでアタマが一気に呆け、お店にあやうく日傘を忘れるところでしたが、同僚が気付いてくれました。助かった。 ちょうどご飯を食べながら、その同僚のお子さん(小学4年)がお気に入りの帽子を失くしてしまってがっかりしてるという話を聞き、帽子と傘は失くしますよねえ、高価なのはおっかなくて買えませんよねえ、という相槌をしみじみと打った後だったんですが、この行動により一気に説得力がアップしたかと…。
でも午後はオフィスの冷房が異様にキツくて凍えてました。私の席の真上に送風口があるので寒いときはそこだけスイッチを切るのですが、今日は外が暑かったため停めてしまうと周りの人に申し訳ない気がしてつい遠慮したのが仇になりました。 帰りに外に出たら身体はだるいし喉は痛いし。やばし。
相棒に「今日の夕ごはんはオクラとわかめをのっけた豆腐サラダだよー」と言ってあったのですが、身体があまりに冷え冷えでそれはちょっとつらいかな、という感じだったので急遽方針変更してカレーに。 実はここ三週間あまり、夕食には炭水化物を摂らないようにしていたのですが、栄養学的にたとえ誤っていようと、ここはご飯を食べて身体を温めたいのであります。棚卸を控えて連日絶賛残業中の相棒は豆腐が好物なので、たいへん申し訳なくはあるのですけれども。許せ。
でもなかなか美味しいカレーができました。中身はなす、じゃがいも、ひよこ豆、いんげん豆、しめじです。あと、ゆで卵とかいわれ大根のサラダ。 相棒よ早く帰っておいで。
ちなみに自宅の白くま先輩(=エアコン)は微調整が利くので現在たいへん快適です。フフフフ。<結局エアコン自慢かよ
三連休はまるまる実家に行ってました。庭の雑草がだいぶ伸びてきているので、ここで勝負をかけようと意気込み十分で。
労働歌(主に昔のアニソン)を歌いながら土日のべ5時間ほど、がんばりましたよ。途中で私の腰が悲鳴をあげましたが、なんとかやり過ごせました。「ううっ、ガラスの腰が!ガラスの膝が!」とかうめいていたら相棒に「お前はガラスのクレアですか!」と突っ込まれました(笑) (注:ガラスのクレアとは、銀河鉄道999に登場する全身がガラスでできた機械人間です)
東京近辺はすごく暑かったようですが、実家のあたりは陽射しがあまりなく気温が上がらなかったのが幸いして、日焼けはほとんどしませんでした。 土曜は虫除け対策を全くしなかったので派手に蚊にくわれましたし、かなり筋肉痛になりましたが、達成感はありましたねえ。 地面にべったりと貼り付いたように生える雑草は作業効率が悪すぎて見逃したので、次回は熊手を用意して挑みたいと思います…。
昼間はこのように外の空気に触れてリフレッシュし、夜は連日酒盛りでした。
土曜は相棒の実家にお邪魔して、山海のご馳走の数々を日本酒とともにいただきました。 うに!さんま!かつお!つくね!冷やしトマト!
日曜は相棒のお兄さんのおうちにお邪魔して、お義姉さんの手料理をこれまた日本酒とともにいただきました。 エビフライ!なすのフライ!かぼちゃ!肉じゃが!しめじと水菜のサラダ!
甥っ子ちゃん1号・2号ともたくさん遊べて幸せでした。 1号ちゃん(小学5年)は18日が終業式で、まさに夏休みに突入したところだったので、わたくしも夏休み気分にちょっとひたれました。 2号ちゃん(2歳3ヶ月)は言葉がどんどん増え、やんちゃで元気いっぱい。 二人ともとてもかわいいです。
しょっちゅうひとさまのお家に伺って遠慮なく飲み食いさせていただいているのはいかがなものか、という思いもあるのですが。 せめて感謝の気持ちを忘れずに、お役にたてることがあれば全力をつくす心がけでいたいと思います。
一日お休みをとって、日帰りで実家のある街へ。 父の銀行口座の解約手続きと、実家の登記変更の相談をしてきました。
銀行のほうは、なぜか市内の三つの支店にひとつずつ口座を持っていたためややこしそうだなーと心配していたのですが、対応してくれた人がとても親切で、相続人全員離れて暮らしていることだし、この支店で全部まとめて処理しますと言ってもらえました。大助かり。まあ金額もたいしたことなかったので…。大金だといろいろ面倒みたいですが。
銀行の用が済んだあと、父のゴルフ友達のかたがやっているお店でお昼を食べました。 奥さんとも顔見知りなので挨拶をしたところ、父が頼んだ買い物をしてくれたりして、長いこととてもお世話になっていたかたがたが先日来て、お盆はこちらでやるのかしらと言ってたんですよ、とのこと。 きょうだい三人ともお盆はまともに休めなくて、ちゃんとしたお盆はできそうにないんです…と言ったら、たぶんそうだろうと思ってたし、お墓の場所は知ってるのでめいめいでお線香をあげさせていただきますね、と言っていただきました。
こういった季節の行事をちゃんとやるおうちに育ったかたからすると、うちはすごくいい加減なんだと思うのですが、私にとってお盆休みというのは単にお父さんの仕事がお休み…という程度の認識しかなかったのですよね。
父は長男ではないし、祖父母は私が生まれる前か赤ちゃんの頃にみんな亡くなっているので、お盆休みに両親の郷里へお墓参りに行くことはたまにありましたが、いわゆるお盆の行事というのはまったく縁がありませんでした。
なので、母の初盆のときには父とふたりで「お盆って何するんだったかね…」と途方にくれてしまい、母のきょうだいから盆提灯が届いたのを飾ったり、迎え火をたいて父がやけどしそうになったりしたのを覚えています。 そんなふうだったので、その後はお盆休み=夏休みでみんなが実家に集まる、というだけの感じでした。私が今の会社に移ってからはお盆休みも取れなくなり、ますます適当に…。
これまでは父がうちにいましたが、今年は8月13日に両親が帰ってきても誰もいないのね、と思うと泣けてたまりません。しょせん観念の世界でしかないですけど。
昔は父がお盆にしか休みがとれなかったので、お墓参りに行った年もありましたが家族旅行にいくことも多かったし、あんまり気にする両親だとも思えないんですけどね。 なんとも申し訳ないような気がするし、こういう思いをしなくてはならない状況になってしまったんだなあ…というのがとてもさびしいです。
実家の登記変更のほうは司法書士さんに頼むことにしました。これから必要書類をがんばって集めねば、という感じ。これまためんどくさそうであまり考えたくないんですけど、車の名義変更もあるんだよなあ……。 そんでもって、いったい家は今後どうすんのよ、などなどここのところ心の棚に上げていたことを眺めていると、どうにも悩み深き日々でございます。
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