ちむたんのつぶやき
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東京近郊の桜は早いなあ… まあ、東京といってもおそらく奥多摩あたりの見ごろはまだなんでしょうけど。
先週の土曜はすっかりお花見モードでした。 近所のお祭りに出ていた某ホテルメイドのホットワインが美味しかったです。(昼酒かよ)
午前中には自宅最寄り駅前にある魚市場に初めて足を踏み入れ、夕ごはんはそこで買い込んだ鯵のたたき、たこのお刺身、あさりのワイン蒸しでビールを飲みました。(まだ飲むのかよ)
鯵は三枚におろしてもらったんですが「ど、どうせならたたきにしちゃってください…」とのどまで出かかったのを我慢してしまい、家で後悔しました(笑)うちの包丁では、皮を剥ぐのがけっこう難しかったです。扱い慣れてないのもあるけど。 あさりのワイン蒸しが最高でした。白ワインとバターだけでテキトーに作ってもあれだけ美味しいなんてすごい。 500円で500g、二人で食べるには持て余すほどの量…と思っていたら、相棒がすごい勢いで平らげていくのでびっくりしました。そんなに好きだとは知らなかったわ。 あまったおつゆを取っておいて、しいたけを炒めてスパゲティと合わせたらこれまた美味でありました。私が作ったスパゲティとしては過去最高の出来かと。
魚市場の中に卵焼き屋さんがあるのですが、そこで使われている卵が実家の近くの奥久慈卵だったので感激しました。やっぱりそうだよね!みたいな。 卵の小売もしているので、午前中に行けば自宅でも奥久慈卵が食べられます(市場の営業時間は正午までなのです)。
日曜はすごく久し振りに銀座へお買い物に。あいにくの雨模様で花冷えでしたが、けっこうな人出でした。春休み中なので子供さんも多かったですね。 相棒がGWに結婚式におよばれするためのパンツスーツを買いました。ちょっと王子っぽくてステキです(笑)。
土日遊んでごちそうを食べてエネルギーをたくわえ、月末処理に突入。まだ終わってませんが暁は見えてきたかな。 今週末は実家に行って、またお花見をしてくる予定です。
昨日の午後くらいから体調が落ち着いてきて、自分の中で「あ、もう大丈夫そう」という感じがしました。 腰が痛いので久々にコルセット着用ですが…。
月曜は会社を休んだと書きましたが、火曜・水曜もつらかったです。会社で座って仕事をしていても、なんかこうどうにもいてもたってもいられない気分だったので、帰りは気晴らしにひと駅歩いてみたりしてました。
今日は実家にいかないので、しばらくぶりにスーパー銭湯に行って汗をかいてみようと思います。土日は近場でのんびりお花見でもしようっと。
チャーちゃんのお茶会の連絡がきました。何を着ていこうかしら(といって大したおしゃれもしませんが、きっと)。 セリーグも本日開幕です。ヨネノくんが使ってもらえますようにと祈っておきます。
ずっと車酔いが続いているような感じで、頭痛・立ちくらみ・めまい・腹痛にしくしくと攻め立てられております。 熱が出るわけでも、ほんとうに吐いたりおなかがこわれるというわけでもなく、はっきりいたしません。 月曜日は気持ちわるくて起き上がれず、会社を休んでしまいました。 ほぼ一日寝てましたが、そうすると今度は腰が痛くなってしまって…とほほ。
季節の変わり目は仕方ないのかなあ。 前にも書いた覚えがありますが、こういうときってどのお医者さんにかかればいいんでしょうかねえ。 とりあえず、先月血液検査をしてもらって結果を聞きにいけてない婦人科に行ってくるか…。
週ナカのお休みは大好きです。基本的にハッピーマンデーはあまりうれしくないと思うわたくし…。仕事は詰まるし。 3連休を増やしたからってみんなが旅行にいったりしてお金遣うかというと、微妙な感じがするんですが。
今日は次兄が内野タダ券をくれたのでひさびさに神宮球場に行くつもりでしたが、あえなく雨天中止。やっぱり雨女か。 仕方がないので、ここしばらくの懸案事項を解決するため神楽坂に出かけました。 さてその懸案事項とは。話せば長くなりますが。
わたくし、実家と自宅を往復する生活を長年続けてまいりまして、恥ずかしながら基本的に自宅では全く炊事をしていなかったんですね。週末にめったにいないから買い物ができなーい、というのを理由にして、平日はコンビニなどで買って帰るか外食して帰るかのどちらかで、お料理は一切しておりませんでした。 しかし父がいなくなり、実家でごはんを作る機会が今後ほとんどなくなることが予想される今、このままでは私は一生料理をしなくなってしまう、と思いまして。 外食や買い弁にもいいかげん飽きましたし、健康面でもよくないし。 というわけで、3週間ばかり前から自炊をしています。朝は弱いので夕食だけですけど、野菜が摂りやすいし量も調節できるし、なかなかいい感じです。
なんせ醤油もなかったくらいなので、必要なものを少しずつ揃えていっています。ここしばらく、暖かいと思ったら急に冷えたりするので、温かいめん類(うどんやにゅうめん)が食べたいなー、と思って作るのですが…
どんぶりがない。
仕方なく、相棒が学生の頃?にミスタードーナツでもらったシリアルボウルによそったりしていますが、なんとも味気ない。量が入らないので途中でおかわりするのも面倒だし。 近所のスーパーでテキトーなものを買ってしまったら、ずっとそれを使い続けなくてはならなくなるので、早いとこどこかで気に入ったどんぶりを見つけなくては!とずっと思っていたわけですね。 書いていてどんどん恥ずかしくなってきましたが。
デパートで扱っているようなものは素敵だけどお高くて、普段使いにするにはもったいないので、いわゆる瀬戸物屋さんのような感じのお店で探したかったのですが、最近その手のお店は減ってるんですかね。地元では見つからず、イメージ頼りで神楽坂まで行きました。 お店はありましたが気に入ったものがなく、結局築地まで足を伸ばしてようやく買えました。 これでどんぶり物やめん類が気軽に作れます。
あと汁椀がほしいんですよね…。 器に凝るほどゆとりのある暮らしではありませんが、あまりちゃちなのを使うのもさびしいので、ちょっとずつ揃えていこうと思っています。
土日は熱海にいってまいりました。 雨女ジンクス返上!と言いたくなるほどの好天に恵まれ、例によって外をうろうろ歩き回っていたら日焼けしてしまいました。
この季節の熱海は初めてだったのですが、梅はそろそろ終わりかけ(それでも今年は1月が寒かったので長めに咲いてたそうです)、そしてそして街じゅういたるところに桜が! さすがに染井吉野はまだですが、河津桜や寒桜なのかな?季節感が狂うほどの見事な咲きっぷりでした。今年は二回お花見ができそうです。
三度目にして初めて、街中をたっぷり歩き回りました。熱海は、古い建物好きの私と相棒にはストレートど真ん中に好みな街ですね。
泊まったのは伊豆山のヴィラ・デル・ソル。 紀伊徳川家の侯爵が明治時代に東京に建てた図書館「南葵文庫」の建物を移築し、ホテルとして使用しているのです。 以前父と来たホテルニューさがみやのまるっきりお隣だったのに、その存在にまるで気づいてませんでした。
ロビーやレストランのある本館は上に書いたとおり、クラシックで素敵な洋館。 宿泊棟となっている別館は白を基調にした、飾り気のないモダンな建物。 渡り廊下で行き来して、両方の魅力が味わえます。
お部屋のアメニティは充実していて、寝具やタオルケットやスリッパはふかふかでいい匂いがするし、目の前は青い青い相模湾。窓が大きく取られていて明るい。 そして、真下に有料道路が通っているにもかかわらずすごく静かで、異世界に来ているような感覚を味わえました。
でも、一番おすすめしたいポイントは断固、お食事です!!!!
わたくし、さっぱりうんちくは語れませんが、ここのお食事はすさまじいです。もちろん褒め言葉として。ひと皿ごとに鋭利な刀で斬り付けてこられるような迫力を感じました。 とか書くとなにやら恐ろしげですが、違うんですよう。それほど美味しいって言いたいんですよう。
普段食べてるものとは食材の生まれ育ちが違い、その上、作り手の格と気合いが違う…みたいな気がします。 たかが食べ物にそんなにお金と手間をかけてもったいない、と言ってしまえばまことにぜいたく極まりないことではありますが、ごくたまにこういう極上のお料理をいただいて非日常的な衝撃をうけるのも、いいことなのではないかと思います。 ほんとに、夕食も朝食も涙がでるくらい美味しかったです。
サービスも親切で丁寧で感じがよく、すばらしいひとときを過ごさせていただけました。
また行きたい。でも少なくとも1年以上経ってからでないとなんかもったいない。 そういう気分です。
今回の宿選びのコンセプトは、前回の日記にも書きましたとおり「父には絶対ウケないお宿」でした。 帰ってきて考えるに、微妙かも。ひょっとしたらウケちゃうかも(爆笑)
いやでもお風呂が遠いな。裏山の上のほうにある姉妹旅館のお風呂まで石段をかなり長いこと登ってゆくので、父にはとてもムリだったでしょう。 温泉をあきらめれば、ホテルのお風呂もユニットバスながら快適なのでいいんですけどね。実際、お部屋の居心地があまりに良いので、外のお風呂には一度しか行きませんでしたし。
あとお食事そのものはきっと口に合った(というよりむしろ喜んだだろう、特に朝食)と思うのですが、ゆっくり時間をかけてお食事を楽しむ雰囲気なので、せっかちな父は我慢してくれなかったでしょうね。夕食に3時間かかりましたから。
そんな話を相棒としながら、風に舞い散る桜の花びらになんとなく涙を誘われながら、ちょっと久し振りの旅を満喫してきたのでした。
土日で温泉にいってきます。
長年「温泉チーム」としていろんなところへ旅行してきた父と私と相棒ですが、父を欠いての初めての旅立ちです。 お正月に、3月頃暖かくなったらまたどこかへ行こうと父が言うので、今までこのメンツでは行ったことのない房総半島にしようか、なんて話をしていました。宿もおおよそ当たりをつけて、あとは予約するばかりでいたんですが、今となってはもうかなわぬ夢です。
かくして、今回の宿選びのコンセプトは「父には絶対ウケないお宿」(笑) こじゃれたお部屋と気取ったお料理、しかもお風呂は建物の外、石段をながながと上がってゆくらしいです。ああ、ウケない要素てんこ盛り。 父とのかずかずの旅路をしのびながら、楽しんできたいと思います。
亡くなった父が叙位・叙勲の対象になっているので、遺族が受け取りにくるようにと連絡があり、今日私が行ってきました。
父は法曹関係の仕事をしていた国家公務員でしたが、大学は出ておらず、最終的な職に就くまでにちょっとイレギュラーな道を辿りました。もちろん父はたいへんな努力をしてその地位を得たのですが、東大その他あまたの有名国立大学出身の同僚たちの中で、商業学校卒であることが父にとって誇りであり、コンプレックスでもあったように思います。 父が就いていた職は、70歳になると叙位・叙勲をうけられるはずなのですが、父の場合在職年数が不足ということで、対象外でした。
春と秋の叙勲のとき、新聞にずらっと名前が載りますよね。新聞をひろげて、同期のかたがたの名前が載っているのを(そして自分の名前はないのを)確かめ、さびしそうにしていた様子をよく覚えています。 しきたりとかならわしとか、そういう感じの堅いことはどちらかというと煩わしがるほうだと思っていたので、けっこう意外でした。
うすうす予測しており、決まりとして当然のこととわかってもいたでしょうが、実際にそうなってみると、年数が短いとはいえ同じ職にあって一生懸命働いてきたのに…と複雑な気持ちにならずにはいられなかったのでしょう。 もしかしたら、長年抱いてきた学歴コンプレックスに整理をつける最後のチャンスだったのかもしれません。
それから13年。 父は、亡くなったことによってようやく勲章を受ける資格を得たのですね。この世にもういないということ以外、父の身の上にはなんの変化もないのに。 簡単に調べた限りでは、もし88歳まで生きていたらその時点でもらえたようですが。 つくづく不思議な制度です。
正直なところ生きてるうちにもらえたらよかったよね、と兄たちとも話しました。 次兄によると「俺が死んだらもらえるはずだよ」と父は言っていたそうです。
冗談で「“これを生前に頂けていたら、父がどんなに喜んだことか…!”とか言って泣き伏してこようかな」と言いながら出かけました。 応接室に通され、伝達式の次第の説明を受けてしばらく待つあいだ、机の上に置かれていた父の略歴を眺めていたら、在職当時仕事が大変そうで悩んでいた様子や、退職後に聞かせてくれた思い出話などがたくさんよみがえり、目頭が熱くなってきて困りました。 式に臨んだ私の目はおそらく真っ赤だったと思います。花粉症とでも思ってもらえていればいいのですが。
位記と勲章を受け取り、挨拶をして外に出ました。
おとうさん、勲章がもらえたよ。よかったね。 うれしい?
必死にこらえていた涙があふれ、しばらく止められませんでした。
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