ちむたんのつぶやき
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| 2007年12月19日(水) |
年賀状出し終えました |
今朝、自宅近くのポストにどーんと入れてきましたよ。元日に届けるには25日までに投函してくださいとのことで、まだ19日ですから絶対に届くよね!これで届かなくても私のせいじゃないわーん。
ちなみに私は元日には家にいないので、いただいた年賀状を見られるのは3日の夜です。くっすん。
今日は歯医者さんでした。次の予約を取るとき「時間は18時半で」とお願いしたら「では28日の18時半はいかがでしょうか」といわれました。 締め日だ。ぜったい無理。 「それでは29日は」 東京にいません。
というわけで年明けになりました。 28日に「これなら歯医者いけたじゃん?」って思えるくらい余裕があればいいのう。
再来週の今日はもうお元日だなんて!
じわじわと忙しくなってまいりました。 この時期に数字の入力仕事持ってこないでほしいわ。同じ数字をちょっとずつ項目の違う表に何度も何度も何度も入れてる。ムダだっつの。
昨日あたりからえらく冷え込んでいる東京です。 でも私も相棒も今のところ風邪はひいておりません。一応。 相棒の職場では日々入れ替わるようにして風邪で倒れていっているそうですが…。 「何はなくても手洗いうがい」をスローガンに、この冬を乗り切りたいと思っております。
でも暑いより絶対いい。夏より冬のほうがずっとずっとまし!と、灼熱の今夏を経験してしみじみと思う私なのでした。 この冷え切った空気を保存しておいて、夏に放出できないもんですかね。北海道では、新千歳空港で冬に除雪した雪を取っておいて夏の冷房費を削減する実験をはじめる…とかいう記事を、先日ネットで見かけた覚えがありますが。
家にたくさんあるりんごを同僚のMさんにお裾分けしたら、アップルパイを焼いていただいてしまいました。りんごを煮てのせるのではなく、生のままスライスしたのをパイ生地の上に並べて焼くタイプ。フランス風だとか。 さわやかで美味しかったです。 りんごを差し上げてパイになって返ってくるとは、さながらわらしべ長者のごとし(笑)
| 2007年12月16日(日) |
おそうじの神様は身近にいた |
この週末は相棒も実家にきてくれました。 父の田舎から届いた下仁田葱ですき焼き食べさせるよ!と釣った私がもたもたとお風呂やお手洗いの掃除をする脇で、窓を拭いてピカピカにしただけでなく、家中のいたるところにハンディモップをかけ、それはそれはさっぱりと綺麗にしてくれたのでした。 いやもう本当にすき焼きでは見合わないくらいの格別の御働き。 おそうじの神様(12/2の日記参照)はこんな身近にいたのね。本当にありがとう。
ちなみに先日の件で父を心配した長兄も泊りがけで来ており、土曜の夜は四人でにぎやかにすき焼き鍋を囲みました。美味しかったです。 最近よく思うんですが彼も次兄もたいそう話し上手です。父はどちらかというとぽつっと言うことが面白いクチですが、兄たちはマシンガントーク系です。親子でも違うもんですね。
父も元気よくすき焼きを食べました。量はひかえめだったと思うのですが、やはり少しもたれたようで、その晩はあまりよく眠れなかったそうです。 前はこれで平気だったから、とつい思いがちなのですが、そのへんはだんだん変わっていっていることを、よくよく考えてやっていかなければいけないですね。
すき焼き鍋がどうも焦げ付くんですが、買い換えるべきだろうか。 年に3回くらいしか使わないのに、もったいない気もするなあ…。
25年前の今日、いま実家がある街に越してきたのでした。 中学の友達や先輩との涙の別れのあと、次兄の運転する車に父と母と私が乗って、いまは高速道路ができていますが、当時は国道をずっと北上していきました。借りてあった家に着いたのが何時ごろだったのかはっきり覚えていませんが、とにかく深夜でした。 12月の北関東の寒さを完全に見くびっていた私たちは、まずその冷え込みに圧倒されました。電気は来ていましたが、暖房器具はすべて明日到着する引越し荷物の中。人数分の毛布のほかは、かろうじて母が持ってきていた電気毛布があるのみ。 寒くて眠れないという経験を生まれて初めてしました。川崎が恋しくて頬に流れた涙がとてもつめたかったのを覚えています。
両親は北関東の別の県の出身とはいえ、知っている人もいない街。父は勤め先を早期退職して、月給制ではない仕事にかわることになっており(結果的には大正解だったのですが、この時点では良い見込みはあまりありませんでした)、両親ともさぞかし不安だったことでしょう。この頃は父の機嫌が何かにつけ悪く、母にとってはつらい日々だったと思います。
その後父の仕事がどうにか波に乗ってゆとりができ、母の憧れだった一軒家を建て、海外旅行にいったりもできるようになり。 長兄は結婚し、次兄は海外をとびまわり、私は高校から大学へ進学して家を出て。
私が来春から社会人になるという12月に母が病に倒れ、それからまもなく父は母を看るために仕事をやめました。 その2年後の12月に母の病気が再発して、私も会社を辞めて実家に戻りました。 1年ちょっと経った2月に母を見送り、私が7月に東京に出たので、それ以来父はひとり暮らしです。
両親にとって、一番長く住んだ街。 ごく普通の家庭の歴史ですが、25年間、本当にいろいろなことがありました。 出会いも別れもたくさん。 笑いも涙も、たくさん。
12月22日に、私が学生時代に所属していた女声合唱団の定期演奏会があります。別口の用が入ってしまってあいにく行けないため、わずかですが寄付をしました。 団長さんからいただいたお礼メールは、とても丁寧ですがすがしい語り口で、心が洗われるような思いでした。 現在、私の在団中とは比べ物にならないほど団員が減っているのですが、来年はさらに人が抜けるので、新歓をがんばりますとありました。 人を集めることにはなんら寄与できず、応援するのみなのですが、学業にまじめに取り組みつつ合唱を続けていく彼女たちの努力が報われることを心から祈りたいと思いました。
有楽町に用があったので、駅前にオープンして間もない「有楽町イトシア」を初めて見ました。 いやー、なんかぴかぴかになったのね有楽町。 以前は、改札からマリオンに至るまでの道はかなり古くて暗い感じがしていましたが、再開発された今はまるで別の街のようです。
そのイトシアに、なつかしいお店が。 甘味処「おかめ」有楽町店さん。 以前のお店は現在イトシアになっている界隈にあり、1000daysや東宝劇場に通いつめていた頃によく行っていたのですが、その後交通会館の地下に移って(?)いて、このたびイトシアに入ったとはしらなんだ。最近はこの辺にさっぱり来なくなっちゃったもんで。
なつかしいので入ってみました。 お店はすっかりいまふう和モダンな感じですが、お味は前のまま変わっていませんでした。おいしかった。
交通会館の三省堂書店で、先日拍手メッセージでRさんからおすすめいただいた、よしながふみの「愛がなくても喰ってゆけます。」を買いました。 家に帰ってから読んでよかった…面白すぎて、外で読んでたら笑っちゃって恥ずかしかったでありましょう。 Rさん、お勧めありがとうございました!
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