ちむたんのつぶやき
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| 2006年12月31日(日) |
本年もありがとうございました |
もうまもなく、新年を迎えます。 なんとか準備も終えましてお風呂に入り、テレビ東京でやっているジルヴェスターコンサートを聴いています。父も次兄も寝てしまったのでひとりきりのちょっと寂しい年越しですが…。
今年最大のトピックはやはり転職したことですね。 28日の仕事納めのとき、去年の同じ日には全く縁のなかった場所で、全く知らなかった人たちと“今年一年お世話になりました、来年もどうぞよろしく”と挨拶しているんだなあと思ったら、とても不思議な気分になりました。
あとは、また趣味が増えたことでしょうか(笑)。今年は生まれて初めてこんなにたくさん神宮に通いました。 まことに熱しやすく冷めやすい私なので、これがまたいつまで続くのかよくわかりませんが、来年もきっとこうして好きな人やものに一生懸命に走って生きていくんだと思います。
そんな私が書いているとりとめのない文章をいつも読みにきてくださるみなさまに、心からのお礼を申し上げます。 今年も一年お疲れ様でした。 みなさまにとって、来年が健やかに輝く一年になりますようお祈りいたします。 どうか来年も、よろしくお付合いいただけましたら幸いです。 良いお年をお迎えくださいませ。
たいした掃除もしておりませんが、身体中がいたいです。特に腰。外で長時間ほうきを使ったせいか、それとも昨日父のベッドを一人で動かしたのがやばかったか…。膝には謎のアザがあるし。とほほ。 そして手がガサガサになってしまいました。いかに普段水仕事をしてないかといういい証拠ですな。そして年々脂っ気が減っているといういい証拠でもあるのかも…とほほほ。 お風呂に入って身体ほぐしてます。バンテリン塗って寝るか。
で、昨日書いた中でやったこと。 洗面所・ライティングデスク・外まわり。 明日は台所掃除して(おそらくガスコンロ周りだけになると思われますが)、窓ガラスをざっと拭いて(たぶんね…)、家の中に一通り掃除機をかけて、そのへんで良しとしようかと。結局、自室はあきらめます(苦笑)。
夕ご飯はたらちりにしました。なかなか好評でした。私は豆腐があまり好きではないのですが(特に湯豆腐が苦手)、今日買ったお豆腐はおいしかったです。次兄アーミテージが「もっと、すが入る寸前までぐらぐら煮て熱々のほうがおいしい」とか文句いってましたが。だったら自分でやれー!
さあ、明日は大晦日ですよー。
昨晩実家に戻ってまいりまして、今日からいちおう掃除をば。 父の部屋とお手洗いとお風呂を済ませました。 明日以降やりたいのが、台所と洗面所。居間のカオスと化しているライティングデスク。同じくカオスと化している私の部屋。窓ガラス拭きと、外の階段。 本当にできるのかしら。今日だけでけっこう腰が痛いのに。とほほ。
タオルケットを洗ったりふとんを干したりしたら、すごい風であっという間に乾きました。この強風のおかげで、今日仕事納めだった相棒が乗った特急は大幅遅れ。疲れてるのに、ほんとにかわいそうだ…。
今晩の夕食は、無性にカレーが食べたくなったのでおうちカレーにしました。うまかったです。 明日の朝はお約束の「ゆうべの残りのカレー」を食べて一日がんばるぞー。
昨日今日はお客さんに振り回されっぱなしでした。 いつもなら翌月の第3営業日に提出することになっている今月の請求書を、決算月だから今日の午前中に出せと言っておきながら、今頃になって先月の請求書の内容確認をそれこそもう重箱の隅をつつかんばかりに何度も電話してきて…。 アンタが2週間出張してほっといたのが悪いんだろ!と口走りたくなるのを抑えるのに必死でした。相当きっついイヤミも言われまして、電話切ってからマジで泣きましたね。お客さんに泣かされれば、営業事務としては一人前かしら(乾いた笑い)。 どうにかこうにか今月の請求書を出した後も、年内にどうしても見積を出してしまわなくてはならない件があったため引き続きの嵐。そんなわけでデスクの掃除も全くできず、3時半からの納会も乾杯だけしてすぐに自席に戻り作業続行しました。 さまざまな経緯により相当強気な価格になった見積を前にして営業さんと「出し逃げしよう!」と言い合い、結局7時過ぎに営業さんから提出。即電話が来るかと怯えてましたが、先方もさすがに帰ってしまったのか、なしのつぶてでした。これで年内のお仕事は終了です。 仕事始めは1月5日。なんと営業さんはその日休むというのですが(!)文句が来たらどうするんでしょうか。あたしゃ居留守使っちゃうよ。
とにかく来年もこのお客さんとはバトルが続きそうです。 っていうか、バトルになればまだいいんだけど、一方的にわあわあ言われるだけだからなあ…そりゃお客さんなんだからしょうがないんですが。
というわけで大変なこともいろいろありますが、とにもかくにも転職して初めての仕事納めを迎えました。 ヘンなところがたくさんある会社だし、景気もあんまりよくないですが。 でも、上司の罵声が響かないだけでも天国?みたいな(苦笑)。 人は総じてドライで、平均勤続年数は3年ちょっとくらい。私がここに来た4月以降もずいぶんたくさん人が辞めては入ってきました。そのおかげで仕事がうまく流れてない部分もありますな。 一緒に働いている営業事務のみなさんはいい人たちだし(まあ、上記のようにいきなり辞める可能性もアリアリですが)、私はとりあえずもう転職活動はしたくないので、ここに置いてもらえる限りは、お客さんに泣かされてもうまく心のバランスを取りながらがんばってみようと。 転職してそのへんの考え方がずいぶん変わったなあ、と思う年の瀬でありました。
昨日の日記で、サンタクロースをいつまで信じてたか覚えてない、と書きました。 そして今日、突然思い出したんですよこれが。 結局それがいくつの時だったかはわからないんですが、プレゼントをくれていたのはサンタさんではなく両親だった、と気付いたきっかけの出来事があったのです。 単に、母がクリスマス当日まで隠していたプレゼントを偶然見つけちゃった、というだけなんですけどね。 家の中のどこだったかもあやふやですが、包み紙の模様と、発見してピンと来たときの気分は思い出せます。 決して、がっかりしたというようなことはありませんでした。むしろ「ああ!」と納得がいく感覚だった気がします。 しかし、その後って一体どうしたんだろう。母に話したんだろうなあ、やっぱり。 みなさんはどんな記憶をお持ちですか?
今日もたいそう仕事は忙しかったんですが、携帯電話の機種変更をしてあったのが届きました。F903i、キムタクがCMで「マーガレットォ!」って叫んでるあれです(笑)。色はビアンコ。<白って言え 別に今まで使っていたF700iに不満はなかったのですが、1年半あまり経ってちょっと飽きてきたのと、あのCMのアホっぽさに負けて買いました。 FOMAからFOMAへの変更なら電話帳などのデータは自分で引越しできると言われたので半信半疑だったのですが、どちらも赤外線通信対応機種だったので、拍子抜けするほどカンタンでした。 電話帳やブックマークをとりあえず移して新しいほうを使えるようにはしたので、あとの細かい設定はお正月休みにゆっくりやろうと思います。 相棒が「ガンダムに似てる」と言い張るのがうるさいです(爆笑)。このオタクちゃんめが!
| 2006年12月26日(火) |
サンタクロースのおもひで |
近況は… 連日めちゃくちゃ忙しいです。まだ会社です。もうみんな帰っちゃったーん。 最終退出なので、帰りには戸締りしなきゃ。 外は冬の嵐だというのに…目標23時!
今の会社で初めての年越しなので、いろいろ読めない部分が。 営業事務なので、請求と売上を締めないと年が越せません。 しかもうちの会社、12月決算なんですよね。前のところは3月だったので仕事納めの日はけっこうのんびりしてたんですけど、あさっては納会もそっちのけでPCに向かうことになりそうです。だってお客さんがムチャいうんだもん(涙)。 上野21時の特急には絶対乗ってやる!と今から叫んでおりますが、本当に乗れるのかしら…
それはさておき、タイトルの話です。 昨日はクリスマスでしたね。 相棒と「サンタクロースをいつまで信じていたか」という話になりまして。 ちなみに相棒は、最初から信じてなかったそうです。というか、クリスマスプレゼントは親御さんからもらうもの、という明快な対応を取られていたとのこと。 私は子供のころ、寝ている枕元にこっそりとプレゼントを置くというのを親が一応やってくれていましたので、ある時期までは信じておりました。 果たしていつ、サンタ=親である、というのを知ったかは全く覚えておりませんが、おそらく小学校2年か3年ぐらいではありますまいか。
少なくとも幼稚園の年長さんのクリスマスには、はっきり信じていました。 というのもですね。 その日の昼間、わたくしはある本をたいそう熱中して読んでおりました。 たしか、モーリス=ルブランの「怪盗対名探偵」という、アルセーヌ=ルパンとシャーロック=ホームズが登場するお話だったと思います。 今でも覚えていますが、表紙は睨み合うようなルパンとホームズのアップが描かれているやや怖い雰囲気の絵で、裏表紙はベージュがかった色調でお城のような建物が描かれていました。
親から「もう寝ないとサンタさんが来てくれないよ」というお約束のセリフを言われ、しかたなくふとんに入ったわけですが、明日の朝起きたらすぐ続きをまた読みたくて、枕元にその本を置いておこうとしました。 ところがそこではたと思った。 「こんな怖そうな本を読んでいることがサンタさんにわかったら、プレゼントをもらえないかもしれない!」
今考えると笑っちゃいますが、6歳の私は真剣にそう思ったのです…。
そして次にどう考えたかというと。 「裏側の絵なら怖くないからきっと大丈夫!」 そこからがまた子供の私を正座させて問い詰めたくなる行動なんですが、私はお城の絵だけが上から見えるようにして本を床に置き、脱いだ服で本をぐるりと囲み、背表紙のタイトルもとっさに見えないようにしたのでした。
ていうかさあ、服の下に本をすっぽり隠してしまえば問題なかったんじゃないのかね? 私がサンタさんだったら、服を脱ぎ散らかしておくような子供にはプレゼントやりませんよ(笑)。 いやあ、我ながら何を考えていたのかさっぱりわかりません…。 アタマ弱かったんだなあ、子供の頃から。
その翌朝、枕元にはめでたくプレゼントが置かれておりました。 さぞかししてやったりと思ったことであろう6歳の私。
でも、いったい何をもらったのかさっぱり覚えていない、それもまたなんともはやな私。
今日やったこと。 ・父の分の年賀状印刷 ・資源ごみを清掃センターに持ち込み ・自室のタオルケット洗濯&ふとん干し
…これだけか! 明日帰ったら、次に実家に来るのは仕事納めの28日夜なのに、大丈夫なのか私。 あ、でも相棒がこまごまと普段私が手をつけないいろんな場所を掃除してくれて大感謝。もういっそうちの子になっちゃえ!と心底思います<いい加減にせい
毎年同じようなことを言ってますが、とにかく大掃除が大の苦手なんですね。散らかってたり掃除が行き届いてなくても気にならなければいいのに、汚いのがイヤでありながら掃除するのは嫌いというどうしようもない有様。つくづく12月は気が重いです。普段からこまめにやってれば、こんなにプレッシャーを感じなくても済むのは分かってるんですけど、できないー!
どこか温泉なんかで年越しをしてみたいとも思いますが、それはそれでお金もかかるし疲れるだろうし。 母のお墓が実家の近くにあるので、出掛けちゃったらなんだか独りにしちゃうような気もするし。
まあ毎年こう騒いで、29日から多少掃除の真似事をして、大してきれいにはしないままどうにかこうにか新年を迎えて(以下繰り返し)…なんでしょうが。
母も根は決して掃除好きなほうではたぶんなかったんだと思うのですが、それはあくまでも本質的な性分のレベルでの話で、実際のところはほんとにきちんとやってたんだよなあと改めて振り返っております。母は立派だった。
ああでも、私が大学進学で上京して部屋を借りたときについてきた母が、ごくごく基本的な家具と道具しかない室内を見て心からうらやましそうに「こんなふうに物の少ない暮らしをしてみたいわ」と言ってましたっけ。 やっぱり母も、今の私みたいにきれいにしなきゃ、でもだるい、と日々プレッシャーと戦いながら頑張っていたのかなあ。 いつか会えたら訊いてみたいです。
話は飛びますが。 (これで3日分連続でこのフレーズ使ってますね) 父方の親戚から下仁田ねぎが届いたので、相棒も実家に呼んで三人ですき焼き。冬はやっぱりこれですよ。翌日まで家中にすき焼きの匂いが充満するのが難と言えば難ですが、それも楽しみのうちに含まれるのかも。
12月はこういう楽しいこともある。あるんだ、うん。
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