ちむたんのつぶやき
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| 2006年11月04日(土) |
次から次へとよくもまあ |
本日、実家の車の車検予約を入れていました。 今だから言えますが、2年前の時は完全に1年勘違いしており、半年以上車検切れのまま運転していたという恐ろしい過去があるのです。たまたまガソリンスタンドで気付いてもらったからよかったものの、お巡りさんに見つかってたらと思うと気が遠くなりそうです。 で、今回は絶対間違えないぞ!と思っていたわけですが。 2週間ほど前に予約を入れ、約束の14時にお店に到着しました。すると、受付の人がなんだか変な顔をします。 「ご予約、11時じゃなかったですか…?」と控え目な口調で聞かれました。ええ!? 慌てて手帳を見たら、たしかに11時と書いてあります。どこでどう11時から14時に変えちゃったんだ、私のアタマ!?朝、手帳を確認しさえすればよかったことなのに… 予約いっぱいなんですか?と訊ねたら「ええ、ちょっと…」と言われて青くなりました。もし日を改めて出直しなんてことになったら、これからの予定がまるっきり狂ってしまいます。 でも、なんとかやりくりをつけてくれてそのまま整備してもらえました。もう平謝り。うう、またまた勘違いするなんて…。
しかしコトはこれだけでは済みませんでした。 今日のうちに自宅へ帰ることにしていたので19時の特急を取ってあったのですが、何の気なしに18時過ぎ、携帯で予約を確認したら。 上野発19時の特急が予約してある!!!! それじゃ逆だって!!!! またしても冷や汗をかきながら予約をキャンセルし、取り直してようやく事なきを得ました…。 本当に、真剣に、自分のアタマが信用できません。なんかこれって行動障害とかそういうのなんじゃないのか!? プライベートならまだしも、仕事大丈夫なんだろうか、私。
週末はヤクルトの秋季キャンプ見学のために松山へ行くのですが、相棒にもよくよく確認してもらって慎重に行動したいと思います…。
うちの母の、です。 先日ふと「もしかして来年だっけ!?」と思って調べたらやはりそうでした。亡くなったのが1995年2月17日なので、来年2月で満12年。ということは数えで13年になる…ということでいいのかな? 12年かー。その年に生まれた子が小学校6年生になっちゃうんですね。ちなみにいま中学2年の姪2号は、母が亡くなったときまだ三歳にもなっていなかったわけで、当たり前ですが祖母の記憶はほとんどありません。 母が脳腫瘍の手術を受けたのが1992年1月で、姪2号が生まれたのがその年の4月。手術のときに剃髪して髪がまだあまり伸びていなかった母が、二人目の孫娘をそれは嬉しそうに抱っこしていたのを思い出します。 大手術でなんとか命を拾いはしたものの絶対に再発すると宣告された身で、どんなことを思っていたんでしょうね。
実家に戻ったら、お寺から「来年十三回忌ですので法事のご依頼はお早めに」というはがきが届いていました。 うちのお墓は実家の近くにありますが、お寺は近県の父の田舎の菩提寺です。 三回忌や七回忌のときも法事はそこでやりましたが、お寺に連絡をしたり会食の席を予約したり…という覚えが全くありませんでした。よく考えてみたら田舎にいる伯父(父の兄)が全部やってくれてたんですよね。 伯父は地元の大会社の総務部長を務めたのちに子会社の社長になった人で、兄弟でもうちの父と違い世故に長けていて、そのへんの段取りはお手の物でした。 でも、少し前からどうやら認知症になっているとのことで、今回はもうお願いできないんだろうなあと思っていたところ、その伯父の長男である私の従兄が今度は地元の銀行の支店長さんだそうで、父曰く「あいつに任せておけばいいから」。 カエルの子はカエルなのか…なんてしみじみしていたら、たまたま今日伯母から電話があって、伯父はつい最近施設に入ったそうです。 うちは親戚づきあいがあまり濃くない家ですが、たまにしか会わなくても伯父にはけっこう可愛がってもらったので、それを聞いてかなりせつなかったです。 母のお葬式の時、斎場への道案内のために私が先導して運転し、伯父があとから自分の車でついてきたのですが、到着して車を降りるなり「○子ちゃんはずいぶん安全運転だなあ。伯父さんイライラしちゃったよ」と大きな声で言って笑っていた顔を思い出しました。 あれからたった12年、されど12年です。
…いろんなことがあったよ、おかあさん。
| 2006年11月02日(木) |
東京ヤクルトスワローズ私的選手名鑑(4) |
#10 城石 憲之(しろいし のりゆき)内野手
愛称:ポーさん<「ポチ」と呼ばれているため、それに敬称がついてこうなるらしい。犬!?犬なの!??
自他共に認めるイケメン。春に出演した「ジャンクSPORTS」のスワローズスペシャルで「チームで一番モテるのは誰?」という質問に対し、自分だと答えていた。確かに球場で観ていて、なんとなく異様な美形オーラを感じ「ん、誰?」と思って見るとたいていポーさんです。 ただしそれゆえに、男性には嫌われるタイプだと思う。試合中の野次られ方を聞いてると本当に、つくづく、そう思う。チャンスに三振とかエラーとかしたときに、ポーさんの場合は明らかに他の選手よりもすっごいヤジがくるから…。美形は不幸…かもしれない。 顔で野球はできないけど、やっぱり美形は見ていて楽しいので、これからもがんばってください。 ちなみに選手会長さんです。
#11 高津 臣吾(たかつ しんご)投手
愛称:たかっちゃん(うちでは高津様とも呼んでいますが)
おお、初めてピッチャーが登場だ。 もはや現役では数少ない、私より年上のプレーヤー。 今年メジャーから帰ってきて、最初のうちは中継ぎだったけど後半からは定位置のクローザーへと返り咲き「高津劇場」と名高いそのスリリングなピッチングを拝ませてくれました。 その頃はヨネがほぼ専属キャッチャーと化していたので、試合を締めて勝ち誇ったように微笑む高津様のもとへ駆け寄ってゆくヨネ、というとてもステキなシーンには何度もノックアウトされたものでしたよ。マウンドに高津様が投げ捨てるように置いたロージンバッグを、ヨネがそっと置き直してたのにはもうドキドキでした! 一昔前、あの業界(どの業界だよ)ではターフル様との組合せで一世を風靡していたと伝え聞きますが、私は小坂(というたしか同期のピッチャーがいたのです)とのものごっつい仲の良さが印象的です。 来年もヨネを下僕のように使ってみせてください(笑)
#12 高木 啓充(たかぎ ひろみつ)投手
今年のルーキーで、一軍で2試合投げていますが、私は観てないときでした。すみません。 うろ覚えですが、初先発の時にヨネがパスボールして点を取られてしまった記憶が(違ったらごめんなさい)。
#13 佐藤 賢(さとう まさる)投手
丸顔にメガネにヒゲと、えらくおじさんに見える風貌ですがヨネと同学年の25歳。今年ご結婚されました。おめでとうございます。 今年私が観始めた頃はずっとファームにいて、後半上がってきてからは左の中継ぎでけっこうたくさん登板してましたね。すごくいい時と、出てきたとたんに炎上してしまう時がはっきりしていたような。
#14 上原 厚治郎(うえはら こうじろう)投手
シーズン終盤、消化試合になってから一軍登録され、中日戦でたしか二番手登板しました。優勝が決まりすごい勢いの中日相手にナゴヤドームで投げるのはキツかっただろうなあ。案の定炎上してしまいました。 こういうところでいきなり快刀乱麻の大活躍、なんてマンガみたいな展開はそうそうありえないけど、期待されてるのだと思うので来年はもっと一軍で見てみたいです。
#15 村中 恭兵(むらなか きょうへい)投手
上原投手が二番手で投げた上記の試合に先発したのがこの村中くん。今年の高卒ルーキー。 結果はほろ苦かったでしょうが、ファームではそれなりの成績をあげてたみたいですし、がんばってうちの投手事情を少しでもラクにしてくだされ(切実)。
父から温泉旅行を企画せよとの指令がでておりました。 前回富山に行って、ちょっと遠くて疲れたから今度は近場で、とのこと。 紅葉の時期でもあり、塩原温泉あたりどうかな?と思って予約電話をしてみたところ、やっぱりシーズンなので土曜の宿泊がなかなか取れない。じゃあ一日休んで金曜から…となりまして、3連休でした。 土曜に帰ってきたら、その日の午後と日曜はのんびりできるなあ、えへへ、などと思っていましたが、そう甘くはなかった。 金曜に休むために頑張って仕事を詰めていた水曜の夜、父からメールが届きました。 いわく「土曜にそのまま帰ったら面白くないから、東京に宿を取って」。 なにい!? しかもこんなギリギリに言うなよ!もう土曜の帰りの切符も発券しちゃったよ! かくして私の皮算用はもろくも崩れ去り、残業の合間にホテルを予約したり、みどりの窓口に行ったりと、もう一度段取り直すことになりましたとさ(涙)。 一緒に旅行したとき、そんなにいつも楽しそうにしてるわけではないですし、何か気に入らないことがあれば文句もはっきり言う父です。過去に2泊3日で出掛けた際かなりの高確率で気まずくなっている傾向もあるのですが、それでも1泊延ばすのかねえ、ともらした私に相棒が一言。 「退屈するよりいいんじゃない?」 …一言も返せませんでした、はい。きっとその通りだー!
まあそれはさておき、塩原温泉はよかったです。 宿の近くでバスを降りたら「ゆび湯」という謎の看板が。 小学校の手洗い場みたいな感じの水槽にお湯がひいてありまして、要するに足湯ではなく手をひたして温まるお湯なわけですが、初めて見ましたね。 泊まった「湯の花荘」の川沿いの露天風呂はとっても気持ちがよかったですし、親切なおもてなしで快適でした。忘れちゃいけない、部屋の露天風呂も最高でした! 紅葉はすこし早かったですが、かなりの人出でした。これだと本当のトップシーズンにはどれだけ混むんだろう。 調子にのって長時間お風呂に入っていたので完全に湯あたりしてしまい、頭痛ガンガンでしたがこれも温泉の醍醐味よ。
で、土曜日はお昼過ぎに東京に着きまして、すぐにホテルのチェックインはできないので上中里の旧古河庭園に散歩に行ってみました。 秋バラは実家の近くのひたち海浜公園のバラ園のほうが規模がだいぶ大きいですが、日本庭園が思いのほかよかったです。 駅から遠すぎず、さらっと散歩してくるにはちょうどいいコースだったかなと自画自賛。 泊まりは丸ノ内ホテルを取ってあったので、オアゾの丸善にいきまして父を放ったら、最近興味があるという沖縄のことばの本をゲットしていました。 このあたりでわたくしは完全に湯あたりグロッキー。ホテルの部屋でしばし死んだのち、這うようにしてオアゾの中のお蕎麦屋さんにいきました。とろろ蕎麦がさっぱりしておいしかった…。
日曜は父を上野発10時の特急に乗せて、あとはふらふらと。 具合が悪くなっちゃったのがつらいところでした。
まあそれなりに3連休。 日々は思うようになること、ならぬことが混ざり合ってできています。
今週は金曜に休みを取るせいもあって、やたらに忙しいです。や、休めるのか私…。
そんな忙しいさなか、うちの会社が立て替えている宅配料金をお客さんに請求する、という話をメールでやり取りしていたんですが、発送先がたまたま沖縄だったんですね。 メールの中に「沖縄なので中継料が発生しています」と書いてありまして。 「中継料」というのは、離島や山間部など、大手の宅配業者がカバーしていない地域に荷物を届ける際に、地元の宅配業者に引き渡し配達してもらって加算される料金のことをいいます。 前の会社で購買の仕事をしていた頃にはちょくちょくお目にかかっていた言葉でしたが、ちょっと久し振りだったわけで。 どうしても私のアタマはこの言葉を「なかつぎりょう」と読んでしまうわけです…。 一回思ってしまうともうダメですね。今年球場に通いまくった後遺症としか言いようがありません。
中継ぎ…セットアッパー…抑え…クローザー…守護神…
ああ、野球観たい…<日本シリーズ観ればいいじゃん
| 2006年10月22日(日) |
東京ヤクルトスワローズ私的選手名鑑(3) |
#6 宮本 慎也(みやもと しんや)内野手
愛称:慎也さん<うちでもだいたいそう呼んでます
アテネ五輪やWBCの主将のほか、古田PMの後を継いでプロ野球選手会会長を務める大ベテランの実力者。 “頼れるおもろい兄貴分”という雰囲気で人望もさぞかしと思われるが、自称「ドS」(爆)。 サヨナラ打を打った選手に対する手荒い祝福に命を賭けている模様。ヘッドロックからの投げ技・跳び膝蹴り・ニーパット等々、多彩なプロレス技には手堅い守備同様定評があるらしい。いわく「痛い思いをするのはスキがあるからです」とのこと。 ヨネが7/14の巨人戦でサヨナラヒットを打ったときには怪我で登録抹消中だったため、その不在を惜しむ声があちこちで聞かれたものだった(笑)。 今年は二度の怪我による離脱で、真の凄さを拝む機会にイマイチ恵まれなかった私のために、来年は故障なくがんばってくだされ。 ちなみにこのオフ、毎週火曜17:50〜19:00のTBSラジオにレギュラー出演中。大阪出身の達者な喋りで、さぞかし面白いだろうな。
#7 田中 浩康(たなか ひろやす)内野手
愛称:ヒロヤス<みんなそう呼んでます
早稲田大出身の二年目、今年は主力選手の相次ぐ怪我によりシーズン途中からセカンドのレギュラーをほぼ手中にした有望株、守備はちょっと危なっかしいところもあるけど、粘り強いバッティングでただいま売り出し中。 試合開始前のベンチを見ていると、よく出てきてバットを一生懸命振っている気がする。練習熱心だなーと思います。若いけど落ち着いた感じなのもおもしろい。 誰も他にそういってる人を聞かないが、佐々木みき選手にそっくり。最初見た時は弟かと思った。レオさんの方が背が高いですし。 選手の公式ブログで、もし今後メンツが追加になるとしたらこの人が最有力候補ではないかと勝手に思ってます。
#8 武内 晋一(たけうち しんいち)内野手
ヒロヤスと同じく早稲田大出身のルーキー。 …なんだけど、開幕後しばらく一軍にいたようですが私が観始めた頃には二軍に行ってしまっていたので、全く見てないのでした。ごめん。
#9 鈴木 健(すずき けん)内野手
1989〜2002年は西武ライオンズに在籍、2003年からヤクルトの一員。 そのため私の中では1992・1993年の日本シリーズに代打で出てきて苦しめられた〜、という印象が強い人だけど、移籍後は正一塁手として活躍してくれたようです。 今年は途中まで二軍だったのち、一軍に上がって代打出場。打席に立った時のファンの歓声がすごかったので、愛されてるんだなあと思いました。 背番号9番で左打ちというのは、私の最も愛したプロ野球選手である杉浦享選手と同じなので、ぜひ息長く活躍してほしいです。私らと学年も一緒だし。
| 2006年10月21日(土) |
東京ヤクルトスワローズ私的選手名鑑(2) |
#3 ALEX RAMILEZ(アレックス・ラミレス)外野手
愛称:ラミちゃん<これは一般的。本人も認めてると思う
顔は怖いが笑うとやさしいので子供に人気。サインやハイタッチなど、ファンサービスがマメなことでも定評あり。子供を年間シートに招待したり、母国(ベネズエラ)に野球学校を設立していたり、社会貢献にもとても熱心なナイスガイ。
四番打者としてはフォアボールが極端に少ない・三振とても多い・ゲッツーもとても多いとかなり難点がある。レフトとしては打球に向かってのスタート遅い・キャッチ不安・肩弱いとこれまたかなり難点がある。 しかし、中日の川上憲伸からすっごく難しそうなコースの球をすさまじいホームランにしたりすることがたまにある。 チャンスの時にフォークを投げられてあっさり三振するのを見てると胃が痛くなるし、ましてやゲッツー打たれた日には目の前が真っ白になるけれど、上記のような理由でなんとなく憎めない。それでいいのかという疑問もあるけどやっぱり憎めない。いい人は得だ。
ホームランを打ったときの持ちネタは「ラミちゃんチッチキチー、アイーン、ゲッツ!」。だんだん長くなってきてるので来年はどうするのか今から心配。 神宮ではこのパフォーマンスをチームマスコットのつば九郎と一緒にテレビカメラに向かってやってくれるので和みます。
#4 度会 博文(わたらい ひろぶみ)内野手
名前は「ひろふみ」なのか「ひろぶみ」なのかと尋ねられ、ご本人も「親父にも聞いてみたけどあいまい。伊藤博文にちなんでつけたそうなので、彼がひろぶみなら自分もひろぶみ」というマジメな回答をしていた。 ちなみに球場に来ていたお客さんが自信なさげに「…どあい?」と言っているのを私は聞いたぞ。
1972年生まれで入団13年目だからもうかなりのベテランだけど、とにかく爽やか好青年。打席に入ってくるときの楽しそうな笑顔が印象的。歯が白い。「めぞん一刻」の三鷹コーチ並。 ベンチでは非常に明るいムードメーカー的存在だそうです。
今年は途中までずっと二軍で、夏頃に上がってきたのが初対面。代打出場がほとんどでしたが、28打数10安打、.357と驚異的な成績で、いわゆる「代打の切り札」というに相応しい働きでした。 内野は外国人選手が多いのでレギュラーは厳しいかもしれないけど、来年も頑張ってほしい人です。
#5 土橋 勝征(どばし かつゆき)内野手
残念なことに今季で引退した、入団20年ヤクルトひとすじの古参選手。来年は二軍コーチ。 その名前は絶対おじいちゃんがつけちゃったんだよね!と昔から相棒と言ってました(根拠はない)。 私が以前ヤクルトを見ていた頃に既にいた数少ない選手のうちのひとりなのですが、当時はまだメガネをかけていて、いつもおどおどして挙動不審な下っ端こぞう、という感じでした。 それが今ではいぶし銀の職人と呼ばれ、あんなに惜しまれながら神宮を去っていこうとは。時の流れのくすしさよ。 来年は戸田で若者をビシバシ鍛えてくだされ。内野守備、けっこうヤバいですから…
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