ちむたんのつぶやき
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「実在してほしいマンガのキャラクター」というアンケートがもしあったら、私は絶対「超少女明日香」って答えるなあ。 (ご存知ない方へ、和田慎二作の少女漫画の主人公です)
あ、希望しているのは変身後じゃなくて、変身前のスーパーお手伝いさんですね。 うちと実家を瞬く間に整理整頓して磨き上げてくれることでしょう。 しかしいきなりいなくなってしまうのが雇い主としては困るところか(笑)
入社からまる2週間が経ちました。 こんなにわけわからなくてやって行けるんだろうかとものすごく不安になったり、妙に楽観的になったりと上下しながら日々を忙しく過ごしております。
でも昨日の夜、退社する前に開いた画面を見た時に、先週とは比べ物にならないくらい“意味が分かる”言葉が増えているのに自分でもちょっとびっくりして、なんとかなるかもしれないと思いました。 この歳になって、知らなかったことが理解できるようになったり、知識が増えたりというのはしょっちゅうは経験できないことなので、なんだか楽しいです。 そして、もし大学を出たばかりの時期に同じ状況に置かれたとしたら、おそらく今のスピードでは吸収できなかっただろうと思うので、10年あまり働いてきた経験がちゃんと役に立っているんだなあと嬉しくなっていたりもします。 (比べられるわけじゃないんで実際のところはわからないですけど、周囲への目配りとか、読みとかそういうところで、多分)
よっぽど凹んで見えたのか、上司に会議室に呼ばれ「じゅうぶんにちゃんとついて来てるから大丈夫」とフォローしてもらったり、同じグループの派遣さんに「今はほんとに大変でしょうけど、三ヶ月過ぎたらぐっと楽になりますよ、私もそうでしたよ」と声をかけてもらったり、一緒にお昼を食べている人たちに入社祝いのケーキをおごってもらったり。 そんなふうに、人に励まされています。
父に白状してきました(悪事だったんかい)(いや父の昔の商売柄なんとなく)。 予想していたより穏やかな反応でした。 自分で決めたことならしっかりやんなさい、仕事というのはどこに行ったって何かしら大変なことがあるだろうけど、楽しく過ごせるように努力することが大事だよ、というような。
でも実際にはかなりびっくりしてたんだよね。 翌日実家に遊びにきた相棒に「この人は私に黙って仕事変えてたんですよ」と文句言ってました。
心配かけてすみませんでした、おとうさん。 フォローの言葉を一生懸命探してくれてありがとう、相棒よ。
| 2006年04月08日(土) |
続・ぴかぴかのいのち |
実家に戻ってきております。 相棒のお兄さん夫婦のところにやってきた二人目の赤ちゃんに会いにいきました。 去年新築したばかりのすてきな一軒家、その一階の日当たりのよい和室に置かれたベビーベッドのなかでぷやぷやとすこやかに眠る、小さな小さな男の子。 小さな手、その指の先につやつやと光っている爪はさらに小さく、あずき粒よりまだ小さいほど。足なんて、私の手の指およそ三本分くらいの太さしかありません。 この世に生まれてきてまだ二週間、どこにも傷ひとつない、まっさらの、ぴかぴかのいのち。 こんな小さな身体をまっかっかにしながら、せいいっぱいに張り上げる泣き声。生きているというのはただそれだけでものすごいことなんだと、あらゆる思考を超える迫力を持って伝えてくるようでした。
そして、そのいのちを守りはぐくむおかあさんとおとうさん。お兄ちゃんになった小学三年生の元・一人っ子。 これから、このご家族の新しい歴史が作られていくのです。
おかあさん(相棒にとっての義理のお姉さん)はいま38歳。 亡き母が私を産んだのと同じ歳です。 むずかって泣く赤ちゃんをずっと抱っこしてあやしているおかあさんの姿に、母のことが思い出されてなりませんでした。
…大変だっただろうなあ。手のかかる赤ん坊の私と、夫と、育ち盛りの二人の男の子をかかえて。 ありがとう、と思う気持ちが、せめて母に届けばいいのに。
桜まつりが開かれていて道路が混んでいたので、実家に着いたのがだいぶ遅くなったところ、父がご飯を炊いてくれていました。 十年くらい前の私だったら、ありがたく思いつつも、帰宅が遅くなったことを無言で責められているようにも感じた気がします。 時間が、いろんなことをやわらかく変えていきます。
退職以来の動向などを。
土日は父と相棒と、桜ほころぶ箱根に行ってきました。二日間だけ無職?の骨休め旅行であります。 お風呂が気持ちよくてご機嫌になり、夕食のとき調子に乗って日本酒を多めに飲んだら悪酔いしてしまいました。ここのところ私にしては異常なペースで飲んでいたので、肝臓がストライキを起こした模様です。普段はアルコールを口にするのは週1回もないのに、ほとんど毎日でしたからねえ。 今月は内臓をいたわりたいと思います。
父いわく「旅館は予想していたよりちゃちだったけど、全体的にはなかなか楽しい旅行だった」そうです。 ちゃちって…。たしかにちょっと古かったけど、けっこういいお値段なんだけどなあ。 箱根の良い旅館はそらもうびっくりするくらい高いのよ、お父さん。そして予約もタイヘンなのよ。
しかし転職のことをまだ父に話しておらずうしろめたい身の上なので、口答えはよしておきました。 早く白状して楽になりたいですが、タイミングが難しいのよこれが。
そして月曜から新しい職場に出勤しております。 10年以上勤めた、事務所全体みんな知り合いというところから、誰ひとり知る人のいない場所へ。 なんとも心細いものですね。 初日はまわりの人の一挙手一投足が気にかかりました。今でもちょっとそんな感じです。 自分が観察されているような気もしますし。逆にほっとかれると、取るに足らない存在のように思えて不安にもなりますし。 でも実際、何の実績もバックグラウンドもないわけで、取るに足らない今の私ではあります。 新人のような立場で心もとない限りですが、学校を出たばかりの頃と比べたら面の皮は当社比10倍くらい厚くなっておりますので、なんとかなるでしょう。 これから、これから。
人は順応する生き物ですね。初日はなんだか服を脱がされたような居心地の悪さがありましたが、3日経ってみて、ずいぶんそういう感覚も薄らいできました。
以下は前の職場と違うところ(ただし、くだらないです)。
・初めてIBMのPCを使ってます(以前は某PCメーカーの子会社だったもんで…)。
・おまけにWindowsXPです!(以前は某PCメーカーの子会社だったくせに、退職するその日までWindowsMeだったんです…)
・メーラーがOutlookになってしまいました。私はネスケっ子。慣れてないので使いづらいっす。
・デスクが広い!前と比べて倍くらいのスペースがあるのがうれしいです。
・ひとりひとりに、社名入りのジャンパーが支給されております。なんか新鮮。
・電話機が違うので、転送の仕方がわかりませんでした。難しいよ!
・事務所のそこここで英語で話してる人がいていやーん、です。助けてくれ。
・会社の周りに気軽にお茶できるお店がありません。マックとジョナサンしか…(涙)スタバとは申しませんが、せめてドトールでもあれば。オフィス街でもなくおしゃれな住宅地でもないんだなこれが。
・お手洗いに棚があって、身の回りの物が置けるのに感激。(OLさんならたぶんわかるこの感覚)
・お昼休みが50分間なので、みんなすごい勢いで食べて散っていきます。あわただしいです。10分って大きかったんだなあ。
・情報システム部門の本棚に、前の会社で出しているパソコンテキストがありましたよねこたさん(笑)
大学を出てから、母の看護のブランクをはさんで13年近く勤めた会社を、今日で退職しました。
私の日記を続けて読んでくださっている方はもしかしたら「ここしばらく、ごはんおごってもらうわ花束もらうわ、一体なにごと?」と思われていたかもしれませんが、実はそういうことだったんです。
決心したのは去年の9月でした。 それから転職活動をしつつ、上司に辞意を伝え、3月末での退職が決まり。
辞めた理由は、いまだにうまくまとめられません。 転職用の理由、家族・友人・同僚への説明用の理由、どれも本当のことではありますが、なにひとつずれることなく私自身を納得させうる言葉には、まだ出会えていない気がします。
普通なら次を決めてから退職を切り出すのでしょうが、職場の事情を考えるとどうしてもそれはできず、3月末には必ず職を失うという前提での厳しいスタートとなりました。
勤めながら次の仕事を探すのは、想像していた以上に厳しいものでした。 それはそれはたくさん落とされました。 その会社には縁がなかったんだから、と言い聞かせつつも、やはり今までの自分を否定された思いがつきまといました。
私は身の程知らずなことをしようとしてるんじゃないのか、そもそも一体何をしたいのか、と己に問い掛け続けるのは、本当につらかった。 「誰か私を雇って!」と心の中で叫んで、次の瞬間に「いま雇われてるじゃん!」と叫び返すのは、なんとも滑稽な気分でもありました。
長く働き続けてゆくのがどれだけ大変なことかを、つくづく考えました。 定年を過ぎてまで働いて、妻と三人の子供を養ってくれた父への尊敬と感謝の思いも新たにしました。
1月になって、一緒に働いている人たちに退職することが明かされ、今まで私が担当してきた仕事を総括してきちんと引き継ぐ、という最後の大仕事も始まりました。 私は仕事を抱え込む傾向がとても強かったので、たくさんのこまごました事柄を整理して伝えていくのはなかなかむずかしいことでした。 私の後任としてひとり入社してきましたが、社歴がないだけに素直に理解してくれつつも、一から十まで噛み砕いて話さなくてはならないのはやはり大変でもあり。 これだけのことをやっていたのか、と思いつつこれだけしかやってなかったのか、とも思いながら一生懸命マニュアルを書き、話しました。自分が積み上げてきたキャリアを見直す、という意味では大事な作業でした。
3月の声を聞いても次の仕事は決まらず、これはもうだめかな、と思いはじめ。 決まらなかったら少しのんびりして遊んでしまおう、今までなかなか行けなかった長めの旅行に行こう、と考えつつも、休んだあとに次が決まるという保証があるわけでもなく、不安で眠れなくなった時期もありました。
幸い、3月はじめに応募した会社がびっくりするほどスムーズに次へ次へとステップを進むことができ、22日に内定をもらうことができました。 本当に、本当にうれしかった。心の底からほっとしました。 一次面接を担当してくれた、入社後には上司になる人の言葉が心に不思議に響き、なんだか温かい気持ちになりながら帰ったのをよく覚えています。これが縁というものなのかもしれません。
最後の3週間はいろんな人に声をかけてもらい、これまでの人生で一番よく飲んだ時期になりました。 転職についてたくさん心配してくれて、決まったときには我がことのように喜んでくれたみんなのやさしさがうれしくて、感謝の気持ちで胸がいっぱいです。 同期がくれた「35歳の壁を破ったあなたはすごい」というメールがうれしく、ありがたかったです。
新人の頃からずっとずっと、真っ暗闇の中を一人で歩いている気がしていました。 会社の人たちは、世間話はできても頼ることなんてできるわけないんだと思い込んでいました。 でも、辞めることになってはじめて、私はひとりじゃなかったんだ、こんなに多くの人に支えてもらいながら私は仕事していたんだと思い知りました。当たり前すぎて、言葉にするのも情けないような今さらの認識ですが。 こんなことにも、辞めるという選択と行動をするまで気付けなかった自分が腹立たしくもあります。 けれど、この思いを抱いて私は進んでいかなくてはなりません。 感謝の気持ちを、仕事という直接役立つかたちで返すことがもはやできなくなった以上、おこがましいようですが次の職場で私がしっかりと働くことでしか、報いるすべはないのですから。
泣き笑いしながらの、最後のご挨拶まわりでした。 地方の営業所のかたがたからも、たくさんのメールや電話をいただきました。 私が自分の心の中で怒ったり苦しんだり、自分を責めたりしながら働いてきたことが、ちゃんと人の役に立っていたのかもしれないなあ、とちょっとだけ誇らしく思ったりしています。
終始私を支え励ましてくれた相棒には、感謝しても感謝しきれません。 ありがとう。
下の写真は、今日いただいた花束です。 ボリュームがあったので花瓶をふたつに分けてます。フリージアのあかるい香りが、部屋を満たしてくれています。

来週月曜からは、新しい職場で働きます。 今日までの日々を、明日からの糧にします。 必ず。
8時に起きてジャクジーに入りました。 どばーっと泡が立つのは面白いんだけど、なんとなく落ち着いて入れないのは私が貧乏性だから?(笑)
そしてうわさの朝食。 いやはや、すんばらしい! 卵は注文して焼いてもらえるし、ビュッフェのメニューは豊富で、野菜はフレッシュだしみんな美味しいし。特に赤ワインでコンポートにした果物にミルクをかけたひと皿が最高でした。 ビュッフェスタイルの朝食で出される紅茶が美味しいと思ったためしがないんですが、ここのは美味しかった。 なんだか、血がきれいになりそうな朝ごはんでした。 あの朝ごはんのためだけでももう一回泊まりたいです。
チェックアウトの12時までお部屋でごろごろして、飯田橋でMちゃんと別れました。 買い物の鬼と化して、有楽町〜銀座〜新橋とまわりました。暖かい日で、人もたくさん出ていて大汗をかきました。 こまごました買い物をしたので、いろんなお店でたくさんたくさん包装をしてもらいましたが、どこの店員さんもみんなプロフェッショナルでした。
3時過ぎに会社に着いて荷物をおろし、また少し仕事などしてから上野に相棒を迎えに。 相棒は三つ目のぼた餅を実家にいる父にも持っていってくれたそうで、父から大喜びのメールが来ていました。いやあ、おつかれさまだったねえ。
下の写真は、会社の後輩N嬢が贈ってくれたお花です。 …泣かせてくれちゃって、もう… この思いに報いるべき言葉を、今の私ではとても思いつきません。 とってもきれいで、いい香り。 帰宅して、自宅のテーブルの上に飾りました。本当にありがとう。

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