ちむたんのつぶやき
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2005年08月12日(金) おたくのおまつり

今日から日曜まで3日間、有明で夏コミが開催されます。
わたくし通勤にゆりかもめを使っておりますので、毎年この時期は出勤時間帯にたいへんな混雑に見舞われます(冬コミは年末ギリギリの開催が多いので、会社もたいてい休みに入ってるんですね)。

で、今朝。

君たち、この時間帯にまだ新橋にいるということは、サークル入場にはもう間に合わないだろう!!トロいぞ!!!
(それとも、もう7年くらい行ってないから分からないですけど時間が変わったりしたんでしょうか)

出かける前にシャワー浴びてこい!!

混雑してるエリアでは、カートは引かずに持ち上げろ!若いんだから!!!

以上怒り三連発でした…
まあこんなことエラソーに言えるほど私もベテランじゃないですけどね(苦笑)


2005年08月07日(日) 暑い!(更新しました)

いやはや本当にお暑うございます。実家の方はまだマシですが、先程自宅に帰ってきたら、金曜朝から3日間締め切った室内はまさに炎熱地獄でした。
ドラセナ・サンデリアーナ(観葉植物)の“チャーちゃん”(チャーちゃんのラストお茶会でお土産にもらったから)がぐったりしていたので大慌てで水をあげました。いくら暑い国原産とは言ってもちょっと厳しすぎましたね。すまん。

さてさて、実家で書いておりましたレオトモページ5000ヒット御礼話を先程アップしましたので、よろしかったらお運びくださりませ。


2005年08月05日(金) 退院しました

朝食後、9時くらいに薬と次の外来日程の説明に来ます、ということになっていたので、朝ごはんも早々に着替え、荷造りを始める父。
早く帰りたいのはよくわかるけどぉー、入院の時だってあれだけ待たされたんだし、あまり期待しない方がいいよぉー、と内心思っていた私。
案の定、9時を過ぎましたが誰も来ません。父イライラ。
結局看護師さんが来たのが9時半くらいでした。
まあねー、約束は守らなきゃいけないよね…。少ない人数で忙しいんだろうな、と想像はつくだけに複雑ですが。
でも父のイライラが伝わったのか、会計伝票が出てくるのはむちゃくちゃ速かったです。あまりおとなしく待ってるのもつけあがられてしまうのかしら。難しいですねえ。

なにはともあれめでたく退院しました。
やっぱり家はいいなあと嬉しそうです。
まだ傷に絆創膏が貼られているので汗をかくと痛痒くなるそうですが、他はこれといって問題ないようで、こんなに元気になって帰宅できるとはさすがに思っていなかったのでこちらも嬉しい驚きです。
本人いわく「身体がしっかりして、10歳くらい若返った気がする」だそうで。家に帰ってきてみて、ペースメーカーを入れる前はやはりそれなりに身体がしんどかったんだなあと実感したようでした。
まあ、退院できた嬉しさから来る部分もあるかもしれませんが、確かに元気そうです。
あとは、順調に回復してきてゴルフをいつまで我慢してくれるか、ですが…
本人の好きなようにさせようと思っています。わりと慎重なところがあって、危ないと思えばたぶん無茶はしないはずなので。た、たぶん。

これからもさぞかしいろんなことがあるのでしょう。
今回入院に付き添い、まわりのいろいろな患者さんを見て、確かにいつか父をも見送る日が来るのだなあと当たり前のことを当たり前に実感させられました。
でも今は。
父の笑顔を見ていると、とりあえずはひと山越えたかなあとほっとした夏の日でした。
明日は母のお墓参りに行ってきます。


2005年08月04日(木) ふんぬー

今週月曜に「木曜に午後半休、金曜は全休お願いします」と口頭で伝えたし、勤怠システムもバッチリ承認されていたのですが、今日も今日とて自分に都合の悪いことはきれいさっぱり忘れている人、その名は上司。
今日は午後半休なので、本当は12時になったら退社OKなのですが結局2時半過ぎまでいましたよ。これって残業になるのかしら?(ならんだろうなあ)。
上野発3時の特急に3分前に飛び乗りました。今日はこの夏一番の暑さだったそうですね。いやはや本当に暑かった。汗がとまらなくて困りました。
まあ無事乗れてしまえばどうでもいいことで(上でつらつら文句言っておきながら…)

父は元気でした。散歩につきあって屋上に出た時、入院前よりかなり早いペースで階段を上っていくのに驚きました。科学の力だよなあ。
めでたく明日の午前中には退院の運びです。本人は「釈放だ」と申しておりました。無罪放免とは行かないところが厳しいですが。
病院の食事の量が少なかったので3kgほどやせたそうです。確かにすこし締まった感じがします。最近かなり太っていたもので…

とにかく、やっとここまで辿り着きました。

父のいる二人部屋の隣のベッドの患者さんの奥さんが「(父のところには)娘さんとお嫁さんらしい人は来てるけど奥さんがいないなあと思ってたんです」と父に話していたそうです。
奥さんは…来たくても来られないなあ。
そしてお嫁さんって誰や(笑)
おそらく相棒のことだと思われます。私は父に敬語を使いませんが、相棒は使うので。


2005年07月31日(日) 帰ってきました

父の具合は、おかげさまでなかなか順調です。検査の結果も良好なので、このままアクシデントがなければ予定通り金曜に退院できそうです。

金曜夜には相棒が応援に来てくれました。
土曜に、相棒のお父様が釣り上げたひらめをお刺身と煮魚にしてお裾分けしていただき、父の夕食のおかずにしました。食欲はもともと全然落ちていないので、お世辞にも美味しいとは言えない病院の食事もそれなりに食べていましたが、このひらめは本当に喜んでたくさん食べてくれました。
相棒とそのご一家には、言葉にしようのないほど支え励ましていただいています。

今日私がこちらに帰ってくるにあたっては、かなり心細そうでした。私も辛かったです。
私がいれば先回りしてやってしまうことでも、次に私が来るまでは全部自分でやるか、人に頼まなくてはならないんですね。順調に快復しているからこそのやや贅沢な悩みではありますが…。

帰ってきて、実家の方とはまるで違う暑さ、湿気の多さにすっかりやられております。
ものすごーく疲れてますが、明日からは出勤。3日休んだ結果がどのようなことになっているのか相当怖いです。月初めだし。
遊んでたわけじゃないですけど、会社の人から見れば休みは休みですものね…とほほ。
メールのお返事や掲示板のレスなど、遅れっぱなしですみません。自分のペースを取り戻すまで、しばらくお目こぼしくださいませ。
明日も、がんばります…。

がんばるって言うのも言われるのも基本的には好きじゃないんですが、人生には何がなんでもがんばらなければならない時もあるのですよねー。


2005年07月28日(木) 無事終わりました

本日の父の手術、おかげさまで無事終了しました。
予定より30分長くかかってちょっと心配させられましたが(血管が曲がりくねっていて難しかったそうな)、結果的にはちゃんと成功していますので心配いりませんよ、とお医者さんに言われました。
病室に戻ってきたあと6時間の安静中はいろいろ大変でしたけれども、夕方には起きて歩く許可も出ましたし、食欲もあるようです。
夕食後に帰る私をエレベータのところまで見送ってくれました。
このまま化膿などがなく順調に行けば、予定通り来週金曜には退院できるでしょう、とのことでした。

とにかくほっとしました。
今日はやはり相当気が張っていたのか、病院を出たとたんにぐなぐなになりました。帰途は「しっかりしろ自分!」と叱咤しながら運転してきました。
もう今にも目が閉じそうです。とりあえず今日はこのへんで。
おやすみなさい。


2005年07月27日(水) 台風とか入院とか

関東直撃!と鼻息荒く向かってくる台風に怯えつつ、大荷物を持って出社した昨日。
踊り子が止まり、あずさが止まり、かいじが止まり、わかしおが、さざなみが止まり…
こらーもうあかん、高速バスかな、それか明日の朝必死に早起きして行くしかないかな、と腹をくくりかけた私に運命は味方しました。見事に定刻発車の定刻到着。サンキュー!
「申し訳ありませんが明日から三日お休みを頂きます」と頭を下げた私に対し「はい、ごゆっくり」と言った上司はなんだかなあ、ですが…あのね、ゆっくりとかそーゆーことじゃなくてね。イヤミ?(と取ってしまうあたりがココロ貧しい)ま、いいやとにかく休みくれたんだから…。

そして迎えた今日。
目を覚ましてカーテンを開いた時、ベランダの物干し台が倒してあるのに気付きました。父が台風に備えて横にしておいたんですね。
入院しようという前の日まで、ちゃんと家のことを気遣っている父がいとおしかったです。

私と同じく昨夜到着していた長兄に運転してもらい、病院に向かいました。
朝こそ曇りでしたが、病院に着いた頃から抜けるような青空が広がり、ぐんぐん暑くなってきました。10時に来て下さいという指示でしたがせっかちな父のこと、9時半過ぎには病院に到着しておりました。
が!部屋の用意が出来ていないとのことで、待合室で待機することに。まあ30分早く来ちゃったししょうがないよね、と言いつつ待っていたんですが、看護師さんが再度現れ、あと1時間くらい待って下さいと。
待合室も居心地よくないので院内の軽食喫茶にいき、時間をつぶして11時に戻りましたがそこから更に30分待ち。結局、病院到着から病室に入れるまで2時間…

仕方がないことではありますが、待たされるのがとにかく大嫌いな父がよく、よく耐えたと思います…。
その上、個室でとお願いしてあったのですがどうしても空かないということで、二人室になってしまいました。これまた仕方がないのはよくわかっているのですが、2時間くらいで隣のベッドに患者さんが入院してきて、しかもかなり急性症状の様子。しょっちゅうお医者さんや看護師さんが出入りしてあわただしく、父はかなりナーバスになっておりました。
スタッフの皆さん、基本的には親切なのですが、なんとなく言葉が足りないと思うのは勝手でしょうか。
たとえば夕方にお医者さんが巡回して来たときに、ひとこと「明日は自分が執刀しますよ」って言ってもいいんじゃないかな、とか。二人で来てるんだから、言われなければどっちの先生なのか分からないんですよね、こちらは。(後から看護師さんに聞いてやっと分かりました)

父の病室は、母が14年前に入院した科の1階下にあります。病棟のレイアウトはほとんど同じです。
今日、同じ場所に立ってみて、ひとつ思ったことがありました。
母が最初に入院した時、私は大学4年の卒論を出す間際で、まだ社会人経験もなかった身には、病院での付き添いがそれはそれはしんどいものでした。
今にして思えば何を怖がっていたんだろうとおかしくもなりますが、お医者さんや看護師さんやその他職員の人たちに、何か聞いたり頼んだりするのがとにかく辛くて。もともと自意識過剰で外面が良い方なので、人からどう見られているのかばかり気になって、どう振る舞っていいのか分からなかったんですね。
ところが今じゃ面の皮もたっぷり厚くなってしまいまして。もう何でも来いって感じ?(笑)大体、看護師さんももう大半が私より年下ですしねえ。
でもまあ、長居したくない場所であることは確かです。当たり前か。病院があんまり居心地良かったら、頑張って良くなって家に帰ろうっていう気が失せちゃうかもしれませんものね。

夕食が済んで、父を病室に一人残して帰る時は本当に切なかったです。
だって、全然病人っぽくないのに。
どことなく心細げな顔を見て、このまま連れて帰ってしまった方が父にとっては幸せなのではないかという思いに一瞬襲われました。
その場ではなんとか堪えましたが、外で夕ご飯を食べてから実家に帰ってきてドアを開けた時には、泣かずにはいられませんでした。
10年前父を置いて東京に出て以来、この家のドアを開いた時に父がいなかったことは、数えるほどしかなかったのです。

そんなに難しい手術ではないはずです。たぶん、心配はいらないのではないかと。
来週の終わりには、父はこの家に帰ってくるでしょう。
「絶対大丈夫」なんていうことはこの世にないのを百も承知で、でも願います。
どうか間違いなく、滞りなく済みますように。
父がまた、何より大好きなゴルフにニコニコしながら出掛けてゆける日が、一日も早く来ますように。


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