ちむたんのつぶやき
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2005年07月07日(木) 気ぜわしい

父の様子は特に変わりありません。一日に何通も携帯メールが届きます(笑)。
今日はゴルフに行ってきたそうです。これでしばらくゴルフは出来ないかな、などと言いながら出掛けました。終わる頃に遠くで雷が鳴りはじめ、帰りはすごい雷雨だったそうでちょっと残念でした。
ご心配くださったみなさま、ありがとうございます。温かいお言葉がそれはそれは嬉しいです。

仕事が忙しくてちょっと、いやかなり大変。例年だったらこの上さらに展示会があったところですが、今年はないので本当によかったと胸をなでおろしています。
子供さんがいて働いておられる方は本当にすごいな、としみじみ実感している今日この頃です。
来週13日には父の付き添いで病院に行かねばなりませんが、その翌日に大きなイベントがあります。冷や汗ものです。これがうまく片付いたら、ひとつ肩の荷が下りることでしょう。

そして明日は広島日帰り出張!帰りは羽田に夜9時半に着く飛行機なので、帰宅は11時近くでしょう。土曜の朝は上野8時の特急で実家に行きます。
がーんーばーれーわーたーしー。

あ、広島では相棒の古くからの同人お友達Yさんとタッチアンドゴーでお目にかかる予定です。会議が延びないことを祈ります。


2005年07月02日(土) また一夜明けて

なんか、腹くくって手術受けるつもりになっている父がいたのでした…
わけわからん。

どうも、私がネットで調べてきた「完全房室ブロックになった人は、基本的にはペースメーカー入れるのがセオリーみたいだよ」という一言が決め手になったような。
いわく「理屈ではもうこの間から納得してたけど、気持ちも納得したから手術受けてくる」。

今日は兄たちも実家に来ることになっていたので、それなりに侃々諤々になるのかなーと思っていたのですけれども、彼らが到着する前にそういう話になっていたのでポカーン、という感じ。

次に病院に行って返事をするのは13日で、あと10日ありますからその間にまだひと揺れふた揺れあるような気はしますが。
あああ。どうなりますことやら。



トモさん、サマーリーグ@富山に保護者として(違)行ってるそうですねえ。
相手チームの人、イヤだろうなあ(笑)。
そしてそして、浜村淳のラジオに出たとき「宝塚大好きでよく行ってました」と発言していたんですって!?
それ聞いてもう大盛り上がりの相棒と私です(笑)
えーと、一体いつ頃なのかしら?ひょっとして大劇場でニアミスしてました?
うん、それならあの決まりまくりのパンツスーツの着こなしも頷けますですよ。いいなあ、自分でトップスターごっこできるんだもんなあ<甚だしく語弊のある発言


2005年07月01日(金) 母の宿題

母は、病気に対してとても強い人でした。父親や二人の兄(私にとっての祖父と伯父)がいずれも医師だったこともひょっとすると関係しているのかもしれません。
組織に浸潤するタイプの悪性の脳腫瘍にかかり、手術はとりあえず成功したものの完全に除去することはできず、そのうち必ず再発すると言われていましたが、それに対して泣き言や愚痴を口にすることは、とうとう最後までありませんでした。
淡々と病院に通い、辛い検査や手術や治療にだまって耐えていました。

ただその母は、二度目の手術はきっぱりと拒みました。

最初の手術から約半年経って書かれた「お願いの事」と題した遺言には、「私が人事不省に陥っても、延命措置を施すことなく、自然に安らかに逝かせて下さい」と書いていました。
そして、母の最期の願いはほぼ完全な形で叶えられました。病院ではなく、終の住処となった今の家で息を引き取りました。

母がしたためた一行に、どれだけの思いが込められていたのか。
今でも母の胸中を思うと、いえ、思いはかることも出来ない切なさに、涙がこぼれます。

母がたとえば父や私に向かって自分の運命を嘆いたとしても、一緒に悲しんであげることしかできなかったでしょう。そして私たちは、己の無力さを呪ったことでしょう。
母は、誰にもそんな思いをさせなかった。すべてを、たったひとりで引き受けて見事に去ってゆきました。

母の死から10年経ちました。
父は、81歳の今まで病気らしい病気をほとんどしたことがありません。そういう人の常として、病院が大嫌いです。理詰めでものを考える性質なので、お医者さんの言うこともうのみにはしません。
心電図を見ると完全房室ブロックという危険な状態だから、ペースメーカーを埋め込む手術をしましょうと言われていますが、これといった自覚症状がないこともあり、どうにも納得できない様子です。
家にある「家庭の医学」を繰り返し読んで希望的な記述を探しては、なんとか手術せずには済まないものかと一生懸命考えています。私にも、不安と不信を穏やかな口調ながらしきりに訴えます。

病院についていって一緒に話を聞いた私は、お医者さんの診断は間違ってはいないのだろうと感じています。
今は特に問題がなくても、放置したらそのうち苦しくなってくる、というのも脅しではないのだろうと思います。

でも、最終的にどういう選択をするにせよ、父の考え、父の気持ちを大事にしてあげたいと思います。大好きなゴルフを、少しでも元気で長く楽しませてあげたい。父にとってゴルフができなくなるというのは、死に等しい意味を持つことなのですから。

こんな時母だったらどうするだろう、と考えつつ。
もしかしたら、これは母が私に残していってくれた宿題なのかもしれません。


2005年06月29日(水) とうとう

「今週どうやって乗り切ろうか」なんて書いておりましたが、いやはや大変なことが起きてしまいました。
父が、来月下旬くらいにペースメーカーの埋め込み手術を受けなくてはならないようです。
昨日、かかりつけの病院で不整脈があると言われたというメールが来て、それからはもう嵐のようで。夜は部署の歓送迎会だったのですが途中退席して実家に戻り、今日は一日休みをもらって紹介状を持って総合病院の循環器科へ付き添い。
診断結果は房室ブロックという心臓の病気でした。

これから、仕事のやりくりをどうつけるのか、今までほとんど病気らしい病気をしたことのない父の心のケアをどうするのか。
とにかく、なんとかしなくてはなりません。

いきなりバタバタしてしまったので、サイトの更新はしばらく難しくなりそうです。どこにも出掛けずにできる気分転換方法なので、時間をつくって書きたいとは思っていますが、今のところはちょっと…
いただいているメールにお返事もできておらず、本当に申し訳ありません。
お友達の皆さんにも、今以上に不義理を働くことになりそうです。

日記だけでも、自分のための記録もかねてなるべく書きたいと思っています。


2005年06月27日(月) 一夜明けて

目覚めた私は大魔神だった…。

指一本動かしただけで身体中に激痛が走る。キーボードを打つのもつらい。同じ姿勢を長く続けられない。痛くないのは頭と顔だけ。
時間が経つにつれ楽になるどころか、ますますひどくなっていきます。
冷房の効いた会議室で過ごした午後の3時間は地獄でした。
おかしい、昨夜は帰宅してちゃんとお風呂に入ってマッサージして、バンテリンを塗りまくって寝たというのに。
実は当初の予定では、今日は大阪出張のはずでした。このコンディションで往復6時間新幹線に揺られたら、私は間違いなく廃人同様になっていたでしょう。立ち上がることもできなくなってたかも。突然の予定変更に感謝(ヤケ)。
さあ、今週1週間どうやって乗り切ろうかしら。
明日も朝9時から会議、そして夜は欠席不可の飲み会です。

腹筋は割れないまでも、もう少し身体を鍛えておかないとダメですな。


2005年06月26日(日) 見てるだけではわからないこと

小学6年当時の私は、バレーボールが大好きでした。
今のように観るのが、じゃなく自分でやるのが。

毎週土曜日の放課後は9人制バレーの練習日でした。クラブというわけではないのですが、バレー経験者の先生が希望者を集めて教えていたのですね。
9人制ですからローテーションはありません。スパイクを打つのは前衛のレフトとライトだけ(センターはセッター役)。私は中衛でした。必然的にレシーブがへたっぴだと面白くないわけです。
ボールを買ってもらって、部屋の中で(ここがポイント)のべつまくなしトスやレシーブの練習してました(当然の結果として、いろんなものを壊しては母にしょっちゅう怒られました。母よ、アホ娘でごめん)。
でもねえ。
ジャンルは違いますがあの「キャプテン翼」でロベルト本郷が「まずボールとトモダチになることさ」と言ってましたけど、あれホントですよね。そうやって親を嘆かせつつも一日中ヒマさえあれば触っていると、間違いなくボール扱いは上手くなります。
近所の自転車置場で、サーブの練習も一生懸命やりました。当時はジャンプサーブなどマンガの中にしか登場しなかったので、もっぱらフローターとドライブサーブ。

…考えてみれば、ひたすら一人で練習してたんだなあ。友達いなかったのか…?

さてそれだけ熱中した一年間を過ごしておきながら、中学に入学したとたんあっさり演劇部に入ってしまったよくわからない私ですが(笑)。
今でも不思議です。あんなにバレー大好きだったくせに、どうして中学ではやらなかったんでしょうね。
ひょっとしたら、6人制になるともう背が伸びそうもない自分は不利だから、という打算があったのかもしれませんが。当時はリベロってなかったし。

その後は、中学や高校の体育の授業や球技大会で「バレー部でもないくせに妙にバレーの上手い人」という立ち位置を貫いたわけであります。


だけど。
トモさんにハマり、バレーをしょっちゅう観る日々が始まってみたら、自分でもやりたくてしょうがなくなってきたんですね。
大学時代からでももう10年以上、ボールには触れておりません。相棒もバレー経験者ですが、私達が仮に路上でパス練習などしていたら、相当フシギな光景が展開されてしまいます。そんなわけでやりたいなーと思いながらもずっと諦めていたんですが、幸運にして本日とうとう「体育館の、ネットをちゃんと張ったコートで、バレーボールをする」という長年の夢をかなえることができました。
暑い日だったのですごい勢いで水を飲み滝のように汗を流しながら、昔とは違って思うように動かない足を呪いつつボールを追いかけて転がってまいりました。
うん、とにかく無性に楽しかったです。

トモさんが、ああやってコートの中で常に叫びまくるのは本当に意味のあることなんだなあ、と忽然と理解しました。
とてもうまく説明できないですけど。


2005年06月25日(土) ナイスゲームでした

トモさん、今日も引き続きテレビにご登場。しかもチエさんも一緒!嬉しかったなあ。
NEWSと一緒に「頑張れニッポン!」ってやらされた時、思いっきり照れて目が泳いでましたね。ダメだよそこで照れちゃ。あー可愛かった(笑)。
観戦はスティック叩きつつも静かに、だったんでしょうか。それともマイク入ってない時はそれなりに声出しながら、だったんでしょうか。興味あります。

昼間の特番にも出てきたそうですが見逃しました。悔しいわん。ユウがまたもやトモさん愛を炸裂させてたというウワサ?うーん、抜かりました。
明日も何かに出てきてくれるかなあ。くれるといいな。

試合結果はストレート勝ちでよかったです。いいプレーがいっぱい出てましたよね。チェ・ガンヒの髪型にはマジでビビリましたが。あれはひょっとしたら今回の秘密兵器だったのかもしれん。あーびっくりした。


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