ちむたんのつぶやき
DiaryINDEXpastwill


2004年04月23日(金) ビバ日経

相棒にバラされてしまったので書きますが「蘇る〜」は結局2冊購入しました。だってbk1から届く前に実家に行く日になっちゃったんだもん(だもんじゃねーよ)。
なんせ版元が日経なので、新橋駅の小さな本屋にも平積みで置いてあって簡単に発見できました。すばらしい。

ポイントについては熱く激しく相棒が語ってくれていますので詳細は省きますが、ひとつだけ言いたい。
例の「吉原には佐々木」発言。いやその“心の支援者”もちろんハラショー大歓迎なのでございますが、この本の他のどこにも、佐々木選手が吉原選手の支えになってるという類のことが書いてないもので…。逆のパターンは、W杯後のレストランでの会話とか、ちゃんと出てくるんですけどね。
信じてないとかじゃなくて、根拠を知りたいのであります。だって辻さんより先に出てくるんだよ!?柳本監督に、この発言はどのあたりを見てなされたものなのかを問い詰めたいものです。<すっかり冷静さを欠いている模様


2004年04月22日(木) 目白押し

昨日今日があまりにも吉原知子dayだったため、とりあえず叫んでおきます…。

婦人公論サンキュー!

私が子供の頃、婦人公論と申せば絶対に子供が手に取ってよい代物ではございませんでした(ご存知ない方もいらっしゃるでしょうが、お前週刊ポストか宝石か!みたいな際どい内容のオンパレードだった)。
が、いつからか大幅な方針転換が為された模様で、喩えて言うなら「奥様限定PHP」のような雰囲気に今はなっております。
宝塚関係もけっこう扱ってくれるので、チャーちゃんが退めた時にも世話になりました。
そして只今書店に並んでいる5月7日号(浅野ゆう子が表紙)には吉原知子選手の4ページにわたるインタビューが掲載されているのでした。版型が大きい雑誌で4ページだけあって、かなりたっぷり語っておられます。ファンなら絶対買いだ!
2ページ目の全身写真は小さいけどオモシロポーズだし、その上の写真は佐々木が耳だけ写ってるし、とにかく買いだ!(笑)

昨日はTBSの日替わり全日本選手特集みたいなのにご登場でしたね。正味2分あるかしら、という程度の短いものですが、吼える表情も笑顔もそして恐ろしいスピードで繰り出される腹筋運動も拝めて超お得でした。

日経からも本が出てるし。bk1で注文しちゃったので、せっかく今日近所の本屋で見付けても買えませんでしたが、ざっと立ち読みしてきました。
フハハハハハハ、これが同人の妄想小説でないなら我が人生に悔いなーし!!!<わけわからん

佐々木みき選手、ウォッカ1本半はご自分でも言っておられたように「よく生きて帰れた」酒量だと思います。幸あれかし。

ただ一つの悔いは、チャーちゃんの出てるドラマを見るのも録るのも忘れちゃったことです…。普段ドラマ見る習慣がないので、すっかり頭から落ちてました。これからは録画の鬼になる!


2004年04月18日(日) 大整理

部屋が散らかっております。足の踏み場もないほどとは申しませんが、もう少し片付いていると気分いいのになあ、と思いつつ忙しい日々を過ごしておりました。
季節も良いことだし、片付けるぞ!というわけで、今朝は早起き。午前中にはテレビの配達もあります。

本と雑誌と洋服とビデオテープを整理していると、きっともう手に取らないだろうと思ってはいてもどうしても捨てられない、そんなものがそれぞれの中に混ざっています。
たとえば洋服。社会人になった頃に着ていた、シルクとポリエステル混紡のブラウスが数枚。今は明らかに流行りから大外れで、外に着ていったら絶対におかしいのですが、モノはいいんですよね。けっこう値段も高かったし。かなり迷ったんですが、いつか着られる日が来るかしらとまたたんすに戻しました。

それでもずいぶんモノが減ったですよ。その分ゴミがやたらに出ましたけど。カオス化していた押入れがけっこうがらんがらんになったのが笑えました。

テレビも届いたし、家の中がぐっと快適になりました。
でも普段あんまり家にいられない私…(ちょっと涙)


2004年04月17日(土) ラスト・シュークリーム

昨日のワインがやや残りつつ、千駄ヶ谷で合唱の練習。
休憩時間に2年後輩のJちゃんが「先輩知ってる?ジャンジャンブル4月いっぱいでいったん閉めるんだって」というのでびっくり。
御茶ノ水にあるカフェ「ジャンジャンブル」は、これまた合唱団の1年後輩の子がお友達とはじめたケーキの美味しいお店で、この間開店5周年を迎えたところだというのに、ここで閉店?
お友達がまもなくの出産のためにお休みに入っていて、営業日を減らしているのは知っていたのですが、やはり一人では手が回らないということのようです。
閉店まで日があまりないので、練習が終わったら食べ納めに行くことにしました。同じくここのケーキが大好きな相棒も呼びました。
同じ思いのファンの人で、狭いお店はいっぱいでした。

もうここ以外のシュークリームは一生食べないと思うくらい大好きなシュークリームもしばらくお別れ。いつか再開してくれるといいんですが…。
さみしいなあ。


2004年04月16日(金) かに

茨城北部と福島浜通りの住民ならたぶん誰もが知っている「シーフードレストラン メヒコ」。
巨大カニピラフが名物です。いえ、カニが巨大なのではなく盛りが多いのですが。
10代の頃、父が福島方面にゴルフに行くとお土産にこのカニピラフの折詰めを買ってきてくれるのが楽しみでした。
そのメヒコが、いつの間にか有明に出店しているというので、会社の先輩&同期で行ってきました。

ゆりかもめで国際展示場正門前まで素直に行けばいいんですが、メンツの中に乗り物マニアがいて、お台場を無料で循環しているバスに乗りたいというので台場で降りてホテルメリディアンパシフィックの脇からバスになりました。
目指すメヒコは有明ワシントンホテルの中。福島の方のお店には突然フラミンゴが飼われていたりするのですが、ここは普通にお魚の水槽でした。
ワイン飲み飲みシーフードづくし。ホタテにエビにカニコロッケにロブスターのスープ。仕上げのカニピラフは、男性二人は中サイズを頼んでしまったのでかなり苦労した様子。私達は小にしておいて正解でした。
残業して帰ってくる相棒のために、折詰めを買って帰りました。
このカニピラフ、冷たくなったところもまた美味しいんですよね。


2004年04月14日(水) 人を誘う時

イラクの邦人人質事件が解決するまで日記を書かずにいようと思っていたのですが、膠着していますね…。
3名の方々が無事に解放されることを願っています。

巷では家族の方の言動がずいぶん非難を買ってもいるようで、いろいろと微妙な気分です。
ただ、日本人が海外で誘拐されたり人質にされたりした事件は昔からそれなりにあったと思うんですが、被害者の家族がこれだけ前面に出てきたことってあまりなかった気がしませんか。
たいてい、留守宅前に重苦しい表情のレポーターが佇んで「こちら○○さんのご自宅です。終日人の出入りはほとんどなく…」なんて調子であまり内容のないコメントを付けるに留まっていたのではないかと。
思えば北朝鮮への拉致被害者のご家族の方々がマスコミに積極的に(というと語弊があるかな)接触して窮状を訴えられてからでしょうか。
黙って我慢してしまうことが必ずしも正しいとは限らないので、少しずつこういう際の対応も変わっていくのかもしれません。

軽い話になります。
私は仕事での外出はめったにないんですが、珍しく今日は出掛けました。
蒲田で会議だったんですが、終了後お昼に食べたハヤシライス。

餃子工房&食彩工房

上から四番目の写真をご覧ください。これでもハヤシライスなのです。
ナウシカの王蟲に似てると思ったあなた、実にその通りです(笑)
白いご飯をオムライスのような形に盛り、その上にスライスして炒めた玉ねぎを載せ、さらにその上からローストビーフをかぶせてあるという変り種です。ハヤシのソースは周りに敷かれており、生クリームで模様が書かれています。
サラダとお味噌汁がついて1000円。

で、やっと今日のタイトルの話に。
人を誘う時「ねえ、×日の夜あいてる?」みたいな切り出し方をするのはポリシーとして避けたいです。
仮に予定が空いていても、誘われた内容によっては断りたいこともあるでしょうし。もし先に「空いてます」と答えてしまうと、その後では断りにくくなるではないですか。
それだけ。


2004年04月07日(水) いつでもそこに

4月になったとたんに仕事が大忙しです。3月はあんなにヒマだったのに、たまらんなあ。

去年の今頃は大阪でレディ・ゾロだったんだ、と考えていて、ふと気付きました。チャーちゃんが宝塚を卒業する頃に患った病気がなんだったか、いくら考えても思い出せないんです。どんな状態だったかはもちろん覚えているんですが、具体的な病名がどうしても思い出せない。
相棒に尋ねてやっと分かりましたが、そうやって記憶の底に沈んでしまうくらい過去のことになったんだと驚くような、不思議なような感慨を味わいました。
ご本人にしてみればあんなに大変だったのに冗談じゃないわよ、かもしれませんけど、ある意味忘れてくれるくらいで丁度いいんじゃないかと思うのはファンゆえの傲慢でしょうか。

というようなこともあり、かつ相棒が自分の日記で「引退なんて縁のない世界の何かを選んでハマればいいのに」と書いてまして、ここ数日はそういう話を相棒とよくしていました。
単なる偶然なのかそうでないのか、自分でもどうもイマイチ分かりません。
別に“去り行く間際の風情に惹かれる”みたいな感性が自分に強くあるとも思えないんですが。いやホントに。痛い思いを好んでしたくもないですし。

ただひとつ確信を持って言えるのは、そうやってひとつの世界を旅立ってゆくのを見送った人は、私の心の中(感覚的には“胸の中”が近い)のすごく暖かくてなつかしい風が吹いているような場所に、いつでもふわっといるようになる、ということです。
痛くてすまないが、リアルにそう思うのだからそうなのだ。

小学6年から大好きだったプロ野球選手。
93年に引退してから10年近く経って、とある地下街で偶然すれ違った夜、現役当時とちっとも変わっていない朗らかな笑顔を見て勝手に“ああ報われたなあ…”としみじみ思ったみたいに。


timuta |MAILHomePage