せきねしんいちの観劇&稽古日記
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| 2004年11月14日(日) |
「非戦を選ぶ演劇人の会」ミーティング |
梅ヶ丘ボックスにて、「非戦を選ぶ演劇人の会」の集まり。 8月のリーディングの反省会とこれからの相談。 全員顔を合わせるのは三ヶ月ぶり。 当日運営上の問題点を話し合い、これからのアイデアがいろいろ出る。 えり子さんから、先月来日していたアル・ムルワッス劇団が帰国後連絡がとれなくなってしまったと聞く。出国をやめるようにという圧力も実はあったのだそうだ。 どうぞ無事でいてくれるといいと思う。ほんとうに祈るしかないのだけれど。 リーディングの収益等のお金をJVCを通して寄付することを決める。 ファルージャは、今とんでもないことになっている。 ニュースを見るたび、どうしてこんなことが許されているのだろうかと思う。 何もできない無力感も。でも、あきらめない。 テレビのニュースの報道の口調が、すでに「あきらめて」しまっていることに、納得がいかない。もっともっと怒っている人、あきらめていない人たちの姿が報道されていいんじゃないだろうか? あきらめてしまうことが当然になってしまう前に。
「約束」の報告会を高円寺にて。 一週間ぶりに全員が集まって、もう懐かしいかんじ。 それぞれ制作のまとめを高市氏と「面談」して済ませ、全体であいさつ。 こうやって楽しく集まることができていてほんとうにうれしいと思う。 その後、当日、いただいたお酒とマミーの手料理と高市氏の差し入れのビール、水月アキラの出張土産、広島の牡蠣などで打ち上げ。 その前に、早瀬君の2日遅れのバースデーをみんなで祝う。 ケーキに蝋燭を立てて、電気を消して、ハッピーバースデーを唄って、吹き消して、拍手。 終電で帰る組が帰ったあと、朝まで覚悟なノリでがんがん飲み、語る。 あきやんが始発で帰り、僕はにしやんと7時台の電車で帰る。 こんなに盛り上がった報告会(いつもは「反省会」)もひさしぶり。 うちに着いて、少しだけねむることにする。
戦前の映画のことが知りたくて、「思い出55話 松竹大船撮影所」(集英社新書)を読む。 やった、これが使えるわ!といった収穫はないのだけれど、手がかりをいろいろ見付ける。 「蒲田行進曲」はもともとはブロードウェイで上演された曲なんだって。ほかにも、原節子が照明さんにかけた言葉とか、大船調の基本が「ヒューマニズム」だってことだとか。 寺山修司の著作から箴言を集めた「両手いっぱいの言葉 413のアフォリズム」(新潮文庫)も読む。映画と闇と夢についての言葉たちをさっそくメモする。 このあいだから読んでいた群ようこの「一葉の口紅 曙のリボン」を読了。 事実だけを年代順に追って、一葉の心理にちっとも踏み込んでいかないのがもどかしい。気持の変化はかろうじて書かれてあるんだけども、ちっともせまってこない。エッセイが大好きな群ようこだけに、ちょっとがっかり。
「gaku-GAY-kai 2004」の台本のため、「雨に唄えば」を見てみる。 今回の「贋作・毛皮のマリー」は、寺山修司の「毛皮のマリー」に、ビリー・ワイルダーの映画「サンセット大通り」をミックスする予定だ。正確に言うと、アンドリュー・ロイド・ウェーバーのミュージカル「サンセット大通り」をミックスする。 今のところ考えているコピーはこんなかんじかな?
サイレント映画のスターだった女形俳優のマリーさんは引退して、今では鎌倉山で静かに暮らしている。でも、夜な夜な横須賀の港でGIの袖を引いているというウワサも……。 そんなマリーさん、実は、まだカムバックの夢を諦めてないらしい。 きらびやかな贋物ばかりの寺山修司の名作を、もう一度ひっくり返してみようという贋作シリーズ最新作!
時代考証も何もかも全部でっち上げて、今年もまたべらぼうなお話を書いてみようと思う。 「雨に唄えば」は、まさにサイレントからトーキーに移行する映画界を描いた名作。 僕はずっとこの中で、悪声ゆえにスターの座から転落するリナ・ラモント(ジーン・ヘイゲン)をかわいそうだなあと思って見てたんだよね。ま、自業自得ではあるんだけれども。 で、このサイレント映画のスター、リナ・ラモント像をもとに「サンセット大通り」のノーマ・デズモンドは考えられたんじゃないかと思ってたら、製作年度は「サンセット大通り」が1950年で、「雨に唄えば」が1952年なことが判明。もしかしたら、「雨に唄えば」の方が「サンセット大通り」のパロディ的な要素を持ってるのかもしれない。 今回見直しての発見は、ラストに登場するリナが舞台で「雨に唄えば」を唄って、デビー・レイノルズ演ずるキャシーが吹き替えをしているシーンが一番おもしろくなりそうだということ。 「毛皮のマリー」のマリーさんの長台詞に登場する「かつこ」は、デビー・レイノルズなんだと勝手に決めてしまう。 使えそうなナンバーは、改めて見てみても「グッドモーニング」と「雨に唄えば」くらいかなあというかんじ。これに「蒲田行進曲」をプラスしてみたら、どうなるだろう。 まだまだひねりがいのありそうな題材、もう少し、あれこれ考えてから書き始めてみようと思う。 これから年末までは、「毛皮のマリー」のマリーさん、「サンセット大通り」のノーマ・デズモンド、もとい、僕が作り上げる、サイレント映画の女形スター、川野万里江とのおつきあいだ。
夕方、池袋にて、非蓮函の蓮子くんと会う。早瀬くんも一緒に。 お茶しながら、ひとしきりおしゃべり。 蓮子くんは24歳。早瀬くんより若いんだということに、ややショック。 いつもよりも「お兄さん」に見える早瀬くんのとなりで、大きくなった子供を見守る母親の気分。
仕事が早めに終わっての帰り道、思いついて、曳舟で降りてみる。 このあたりは高校時代の学区域なので、全然知らない街ではないのだけれど、わざわざ歩いてみるのは初めてだ。 「キラキラたちばな商店街」を歩く。野良じゃないネコがいっぱい道ばたに寝ている。 ほんとに昔ながらの商店街。コッペパンで有名な「ハト屋」が目当てだったのだけど、今日はお休み。惣菜やさんをのぞきながら、ぷらぷら歩く。 ネパール・インド料理の店「ポタラ」で食事。原色いっぱい、「ここは日本かい?」な店内にちょっとひくが、お店の人がとても親切であったかくて、すぐに和んでしまう。頼んだカレーも、焼きたてのナンも美味。満足。 十間橋通りからバスで浅草まで。 座る前に発車したせいで、よろけたおばあちゃんを支えて、となりに座ってもらう。「すみませんねえ」から「座るの待っててくれてもいいのにね」などとしゃべることになり、しばらく他愛もない世間話でやや盛り上がる。あんまりおしゃべりする相手いないのかもしれないなあと思うが、すぐに、僕もそう思われてるかもしれないことに気がつく。 浅草で降りるつもりが上野まで行ってしまい、終わりの方は、黙って一緒に窓の外の景色を見ている。一緒に降りて、お礼を言い合って別れた。 以上、お散歩な一日。
久し振りに髪を切った。 「約束」ではウィッグを使おうかどうしようかなかなか決心がつかず、「おばさんのヅラは高い」ということが判明し、地毛でいくことにした。 少しは毛先をそろえようかとも思ったのだが、時間がなく、また、毛先の遊びがなくなってぺたっとしてしまいそうだったので、そのままに。 あきやんからもらったヘアカラーで赤みを強くして、適当になでつけて、舞台に出た。 お客さんからは、「かつらだと思った」と言われる。去年の「プレゼント」のときは、かつらだったのに、「地毛だと思った」と言われる。らしく見えないということか。 こんなに短くしたのは久し振り。 脱おばさんキャラのはずが、素顔の水谷八重子(先代)に見えないこともない。 ともあれ、「gaku-GAY-kai 2004」の「贋作・毛皮のマリー」では、ウィッグを使うことがこれで決まった。早めに探しておこう。
高円寺にノグと一緒にとまり、10時に早瀬くんが来てくれて、マミーと四人で返しの始まり。 まずは、さやかちゃんの家と亀戸の倉庫へ。 道中、恒例のアンケートの朗読をする。ラジオのディスクジョッキーのように。 亀戸に荷物を降ろして、昼食。 その後、のぐの家経由、さっこちゃんの高津の家まで。 最後に荷物を降ろし、コーヒーをごちそうになる。 池尻大橋で降ろしてもらって、僕と早瀬くんは電車で帰ってきた。 一人になった半蔵門線の車内で、死ぬかと想うくらい眠くなる。 大荷物を抱えて、夕方のラッシュの時間帯、怪しい眼をしてうとうとしながら帰り着く。 母親と食事をして、即ダウン。 夜中まで爆睡してしまい、起きてびっくりする。
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