Howdy from Australia
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同じ部に配属になった契約社員の中には私のような新規採用だけでなく、3年目の人もいる。3年目の彼女は中国系で、研修が終盤になった頃、新規採用の社員に「3年目とはいっても仕事の内容が違うから、分からないことがあっても私には質問しないでね。でも、それは不親切ってわけではないから。」と、有無を言わさぬ迫力で早口にまくしたてた。
これには、他の同僚も皆呆然としていたが、彼女はわざと自分の周りに壁を作っているように見えた。ちょっと話しかけづらい雰囲気の人だなぁ〜、ま、一生付き合うわけじゃないからいいけどね〜ぐらいに思っていたら、先日、ある事実が発覚。
その時、私は会社の会議に出席するため机の上を簡単に整理していた。内心は、会議どころじゃないよ仕事がたまっているのに〜と不満に思いながら。そうしたら、例の彼女が私の背後で一言耳打ちしたのだった。
「わたしがyumikoさんだったら、絶対に会議なんか参加しないわ」
それは、とても流暢な日本語だった。
「え?」
一瞬耳を疑った。慌てて振り返ると、彼女はにっこり微笑んで会議室の方へ足早に去った。翌朝、そのことが頭から離れず、いつもなら英語で挨拶する所を、彼女に「元気?」と日本語で聞いてみた。彼女の日本語力をちょっと試してやろうなんて意地悪な心がなかったわけではない。そうしたら、返ってきた言葉に絶句。
「元気ですよ〜、お陰様で。」
そう言うと、彼女は仕事に専念してるんだからと言わんばかりにくるりと私に背を向けたのだった。
ええええ!
一体いつ、どこで、どうして、日本語を習ったんだろう。かなりの上級話者に違いない。だって、抑揚とか発音とか自然なのだ。それでいて、返答の仕方がやけに堅苦しいあたりが、「日本語学習者」を思わせる。
タクシーの運転手さんとか通りすがりの人によく見られる、「コンニチワ」「オハヨ」「アリガト」「モシモシ」みたいな日本語しか知らないのに、「おれは日本語話せるんだぞ」みたいに嬉しそうに自慢げに話かけてくるタイプとはかなり違う。
もっと、彼女と日本語で話をしてみたい!と思いつつも、彼女の周りにはりめぐらされた壁に怖気づいてしまう私であった。
日本に一時帰国するMを空港へ見送りに行くと、どこの受付カウンターも長蛇の列でごった返していた。何事かと思わずMと顔を見合わせる。どこまでも続く列の最後尾に並ぶと、係の人と思しき人がお客一人一人に飴と出国カードを渡しながら、事情を説明していた。コンピュータの故障でチェックインの手続きが手間取っているらしく、予定より大幅に遅れての搭乗になるらしい。
結局長時間待たされた挙句に、搭乗券を手にして戻ってきたMは足早に出国ゲートに向かうはめになり、落ち着いてコーヒーを飲む時間すらなかった。しんみりとする暇もないほど慌ただしい別れ際だったが、それも私たちらしいような…。
時計を見るともうお昼になっていたので、美容院にその場で電話をする。ここ1年ほど同じ日本人の美容師さんにお願いしているのだが、幸運にも当日予約で大丈夫だった。おまかせで切ってくれるのが嬉しい。春・夏使用ということで、またしてもまたしても短くなった。毛先がはねたような軽い感じにしてくれたが、明日の朝自分で整えたら同じヘアスタイルにはならないんだろうなぁ〜。
帰ってきてソファにごろりと横になっていたら、ウーロンゴン時代の友人から電話があった。あと30分ほどで私の家の近くにあるラーメン屋さんに来るから、一緒にどうかという。もちろん即OKの返事。
留学当初からの知り合いで、当時彼と彼女だった二人(香港人と台湾人のカップル)は一昨年結婚し、今は1歳になる男の子がいる。先々週1歳のお誕生日会に招かれた時に、そのラーメン屋さんの話で盛り上がり、来る時は一言連絡してよ、近いんだから!と言ったのを律儀に覚えてくれていたらしい。
ここのラーメン屋さんは結構人気で、いつ行っても混雑している。毎回違うメニューに挑戦しようと思いつつも、例の如く元祖東京ラーメンを頼んでしまう私であった。
食事をした後、家まで送ってくれたのだが、「息子がもうじき眠くなるだろうから、お宅には寄らないでこのまま帰るわ。申し訳ないけど、また今度ゆっくりお邪魔するわね。」と言った彼女に、月日の流れを感じた。
初めて会った時、彼女はまだ18歳だったのだ。それが今では、おむつや哺乳瓶などベビー用品一式を洒落っ気の無い大きな黒いカバンに肩からさげ、息子が一日でも早く一人で歩けるようになることを何よりも望んでいるお母さんなのである。育児ってすごい!
最寄りの図書館には日本語書籍がずらりと並んだコーナーがある。就職活動中に面接対策の本を探していてたまたま見つけたのだが、その時は本当に驚いた。それまで日本人とすれ違うことすら珍しい!というような地域に住んでいたので、引っ越してよかったと心底思った。新刊はさすがにないけれど、図鑑、料理の本から文学作品まで幅広く揃っている。
漫画も置いてあって、その場に座り込んで読みふけっている学校帰りの子供の姿を目にすることも。そういえば、書道教室の帰りに母親が車で迎えに来るまで、よく本屋で立ち読みしていたよなぁ〜などと自分の子供時代を思い出す。まだ、ビニール包装もされていなくて、立ち読み天国だった頃の遠い昔のことだけど。
英語圏に住んでいるのだから、英語の勉強のためにも英語で書かれた本を読むべきなんだろうけど…。前に英語で書かれた推理小説に挑戦したときに、展開が遅いのか、それともただ単に自分の読むスピードが遅いのか、ちっとも楽しめなかったという苦い経験も手伝って、手に取るのは日本語で書かれたものばかり。
昔から読んでみたかったけれど機会のなかった本を手当たり次第に借りてきて通勤電車の中で読んでいる。たまに熱中しすぎて乗り過ごしてしまったかと冷や汗をかくことも。罪と罰、カラマゾフの兄弟五巻もすでに読み終え、今度はアンナ・カレーニナを借りてきた。あぁ、何て地味な幸せ!
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