V字経営研究所・酒井英之の4行日記
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2018年11月23日(金) 中小企業大学校トップセミナー�ぜ卞皀ぅ戰鵐箸鮖�続化する方法

「社内でいろんなイベントや勉強会を開催しても、なかなか持続化しない…どうしたらいいか?」これも佐久社長への質問だ。社長の答えは「継続するかどうかは(事務局を)やりたい人を社内から募ること」。〇〇実行委員を募り、その人たちに企画させればそこに創意工夫が生まれ続くという。逆に誰も手を上げないようなイベントや勉強会はそれだけつまらないのだからやめたらいい。なんと分かり易い持続化の方法だと感心した。


2018年11月22日(木) 中小企業大学校トップセミナー��人財育成の一番重要なポイント

自分の強みは「人が育っている姿を見て喜びを感じられること」というほど人財育成好きの佐久社長に、「人を教育するときの一番大切なポイントは?」との質問が出た。すると「私が正しいと思わないこと」と即答された。即答なので肝に命じていることなのだろう。多様性を認め、自分の意見を押し付けない。多様性を認めるからアイデアは多様化する。ダイバシティはイノベーションの源だ。


2018年11月21日(水) 中小企業大学校トップセミナー�⊆卍垢琉貳屬龍�みと弱み

佐久社長に会場から寄せられた質問。「社長の一番の強みと弱みは何ですか?」。これに対し佐久社長は「一番の強みは、人が育っている姿を見て喜びを感じられること。逆に一番の弱みは機械工学科を出たのに、技術がわからないこと」だという。社長は元々教師に成りたかった。二世だから技術屋の道を選んだが、教師好きの部分は今も変わらず。それが他にはない同社の魅力となっている。


2018年11月20日(火) 中小企業大学校トップセミナー�ー卍垢燭舛了椎阿粉�違い

中小企業大学校瀬戸校のトップセミナーで河合電器製作所の佐久社長とカップリングした。社長の講演の中で、受講者である社長たちに対し、「社長が自己顕示欲を持ってはいけない。『自分はすごい』と言わないと人はついてこないと思っているがそれは間違い。それをやればやるほど人は離れていく」と語った。これに多くの社長たちが「え、そうなの?」的な反応をし、驚いた。その様子を見ながら、先代を継ぐ者は鎧を着なきゃいけないプレッシャーを強く感じた。自己顕示欲は鼻につくし、怖がられるだけ。それより親近感が大事なのに、気づいていない人の何と多いことか。「凄い」と思われたら、損なことばかり。そのことをもっと社長さんたちに伝えないといけないと思った。


2018年11月19日(月) KURATA PEPPERの感動話��逃げるという選択肢もある

倉田さんは、講義の中で何度も「逃避」という言葉を使った。受験からの逃避、就職からの逃避。彼が中学生や高校生の前で講演することも多い。そのとき「逃げたっていいんだよ。逃げるという選択肢もあるよ」と伝えている。以下は倉田さんの言葉だ。「逃げるにはネガティブなイメージもあるが、生きるために環境を変えるのは全然悪いことではない。自分はカンボジアの中で居場所を見つけられた。生まれた以上、何のために生まれたのかという理由があるし、今のあなたの存在が必要だという環境は必ずある。ここが居心地がいいなあと思える場所がある。そこに行けばいい」。私もいろいろな環境から逃げて何とか生きてきた一人だ。この言葉に救われた。


2018年11月18日(日) KURATA PEPPERの感動話��足るを知る者は富む

「自分はNGO出身者であり、経営者としての手腕はない。お金持ちになりたい。大きな会社にしたいなど、お金を稼ぐのにどん欲になれない」と倉田さんは言う。そんな倉田さんがこだわっているのが、百科事典に書いてあった「カンボジアの胡椒は世界最高級のポジション」をずっと維持すること。KURATA PEPPERがリーディングカンパニーとなって水準を引き上げてカンボジアの産業を大きくし、経済を発展させることだという。倉田さんのやりたいことは「産業の再生」「外貨獲得の為の貿易」「経済的自立」の3つ。そして「三方よし」の考え方と「足るを知る者は富む」という老子を教えをとても大事にしている。倉田さんは講演中、実に楽しそうだった。「足るを知る者は富む」を絵に描いたような生き様に感動した。


2018年11月17日(土) KURATA PEPPERの感動話�Ω學イ鯒笋蕕困縫�バンを売る

倉田さんは、カンボジアで自然農法の胡椒の栽培を始めた。しかし、胡椒は売れなかった。日本人は「カンボジアで生産されるものが最高級なはずがない。人件費も安いはずで、価格がこんなに高いはずがない」と一蹴された。問答無用の回答に一旦は撤退を検討したが、たまたま出会った秋篠宮殿下から「お土産で買って帰りたい」と要請された。このとき「今まで輸出することばかり考えていたが、カンボジアに来る外国人に向けにお土産として胡椒を売ればいい」と気付く。そして奥さんのアイデアを入れたカンボジアっぽさが伝わるカバンや巾着袋に入れて土産品として売り出すと、胡椒が少しずつ売れていった。キリンの一番搾りは『全国うまいものキャンペーン』とコラボしたらよく売れたと言ったが、こういう組み合わせを消費者目線で起草できる力がマーケティングセンスだ。


2018年11月16日(金) KURATA PEPPERの感動話�ゥ�ーガニック栽培へのこだわり

倉田さんが胡椒に辿り着いたのは、60-65年にカンボジアに赴任していた大叔父から「カンボジアは最高級の胡椒がとれる」と教えられたから。良い胡椒が獲れる土地に行ってみると、そこに3本だけ苗だけが残っていた。現地の人に胡椒ビジネスを提案すると、彼らは「日本人がやりたいなら一緒にやろう。新しい技術があれば日本から持ってきて欲しい」と応えた。しかし倉田さんは、「せっかく自然栽培で育っている胡椒が、農薬漬けになってしまってはもったいない。このままオーガニック療法でやってください」と、日本の技術の導入は断る。KURATA PEPPERはその味の良さで高く評価されているが、「奇跡のリンゴ」の木村さんのような昔ながらの自然農法を強い意志で守っているからだ。


2018年11月15日(木) KURATA PEPPERの感動話�ぢ膸�なことは産業を興すこと

倉田さんがカンボジアに渡った90年初頭、NGOはカンボジアで学校をつくったが、校舎はできても世界は変わらなかった。なぜなら、教師がいないから。教師がいないのは、国が給料を払わないから。そこで先生は、生徒がお金を取るとするが、生徒はお金が払えないから学校に行かない。この状況下で倉田さんは、「お父さん・お母さんの所得が増えること」が必要だと気が付いた。子供たちが学校に行くには、産業を興こすことが大事だ…と気づき一次産業に乗り出す。しかし野や畑は荒れ果て、どこにどんな農産物があるかわからない。市場に並んでいる農作物を見て「どこで取れたの?」を確認する日々。そして、胡椒に辿り着くのである。世の中だけでなく、何事も表面だけ変えても変わらない。根底から変えないと変わらない。世の中は何度も「なぜ」を繰り返さないと気が付かないことだらけだ。


2018年11月14日(水) KURATA PEPPERの感動話��助けに行って学んだこと

NGOでカンボジアのキャンプに参加した倉田さんは、現地で「君は何の専門家か?」と問われる。それは「君はこのキャンプで何ができるのか?」という問い。しかし、彼が学んだ経済学はここでは何の役にも立たない。あまりも不衛生な状況で、料理はできない、配膳もできない…そこで立ちすくんでいると、「邪魔だ、あっちへいけ」と邪魔者扱いされた。そんな電気もガスも水道もなく不衛生な状況下でも、カンボジアの人はようやく訪れた平和に、元気に笑って生きていた。そして「自分は生きるってことを学んでこなかった。自然と共に逞しく生きているこの人たちに学ばなきゃ」と誓い、NGOに就職する。人は「今日よりも明日は良くなる」と信じられるとき、キラキラした笑顔になるというが、今の日本人に欠けているのが未来への希望だろう。カンボジアの人たちの笑顔に惹かれた気持ちがよくわかった。


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