V字経営研究所・酒井英之の4行日記
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2018年10月24日(水) キリンに学ぶNo.1の危機��ぐっさんの突然の営業部訪問

キリンは、「新キリン宣言」後、2つの事件で一体感を取り戻したという。第一はのどごし生のCMを担当をしたぐっさんは、キリンに知らせず、自分でキリン宣伝担当の名刺を作り、お馴染みの黄色いユニホームを着て近所のスーパーなどに宣伝に行っていたという。それが本社に伝わりある日本社を訪問することに。するとぐっさんは、最初に社長室には行かず、「営業部」に行ったという。そして営業部の皆さんを激励したという。この行動に営業部門はがぜん盛り上がり、「のどごし生売るぞ!」で団結できたのだ。


2018年10月23日(火) キリンに学ぶNo.1の危機��キリン復活のカギは新商品

営業マンが活躍した「高知支店の奇跡」が有名だが、あの物語の本質は、ラガー復活に伴う営業マンの行動力にある。つまり、商品開発力こそが、営業マンの動きを何倍もよくする引き金で、それは私が多くのコンサル現場で体験していることと同じだ。キリン復活は発泡酒=不味いではなく美味しいを実現した「麒麟淡麗生」や、従来の酎ハイイメージを覆した「氷結」、そして「のどごし生」のヒットが大きい。やはりメーカーは、新しい価値を創造してこそ評価される。新しい売り物があれば、どんな営業部でも活気づくのだ。


2018年10月22日(月) キリンに学ぶNo.1の危機�┌換�場閉鎖、1600人の人人削減

「疾風に勁草を知る」。経理出身の当時の社長は、ラガーの失敗で自滅したキリンを建て直すために、工場閉鎖と人員整理を断行した。そのとき使ったのはこの言葉。「強い風にさらされて、風に飛ばない強い草を知る」という意味。元常務は、仲間が一生懸命働いていただけの仲間が明日からその仕事を失っていく姿に「負けるとはこういうことか。トップ陥落はなんという辛いことか。シェア転落は恐怖である。会社に行って見るのは対前年比で▲ばかり。明日会社行くのが怖かった」と振り返った。


2018年10月21日(日) キリンに学ぶNo.1の危機�Д屮薀鵐匹話�のものか?

ラガーの味が復帰してからのキリンの復活ぶりは『高知支店の奇跡』としてよく知られるところだが、ラガーと言うブランドはキリンのものではなくお客様のものだった、ということ。なぜお客様のものかと言えば、長年お客様と一緒に創ってきたから。ブランドには機能的価値と共感的な価値がある。ラガーにはその愛され方ゆえに、実に多くの物語が存在したはず。その共感的な価値を棄損したのが、転落の最大の原因だったのだろう。


2018年10月20日(土) キリンに学ぶNo.1の危機��受益者は誰かを考えて意思決定する

ラガーに限らず、日本社会は一度決めた意思決定を覆そうとしない。50年以上も前のダム建設を未だに続けている例もある。当時の電力事情や防災事情と今日では大きく異なるのに、誰も先人の意思決定を「今日的に照らして間違ったもの」と判定し宣言できないのだ。大河ドラマ『西郷どん』で、「国づくりは若者のためにある」と久光が語り、西郷がそれに強く共感していたが、今の子供たちが大人になったときにそのダムは本当に必要なのかを考えて決定して欲しいと思う。


2018年10月19日(金) キリンに学ぶNo.1の危機�ゥ灰�・コーラのカンザス計画

ラガーの味を戻すのに2年かったというが、そこにはコカ・コーラの「カンザス計画の失敗」が教訓として活かされていなかった。コカ・コーラは1985年、同様の味の変更を実施した。ライバルのペプシが追い上げていたからだ。しかし、味を変えたニューコークは直後からクレーム、抗議の電話が殺到。結局わずか79日後に元のコーラを「コカコーラ・クラッシック」として再販売した。この素直さと誰の声に耳を傾けるかの姿勢を、日本企業は見習わなければならない。


2018年10月18日(木) キリンに学ぶNo.1の危機�ぁ屮薀�ー」を元に戻すまで迷走2年

ラガーの味を変えて以来、「ラガーの味を元に戻して欲しい」という声は相次いでキリン本社に届けられた。しかし、「ラガーの味を変える」を意思決定するまで、積み上げ方式で決めてきた。そうした意思決定の産物はたとえ社長でも簡単に崩せないのである。コロコロ変えてはそれこそ世間に笑われる、というリスクもある。結局元に戻す決定までには2年を要した。社長を動かしたのは高知支店の女性の「社長は卑怯だ」という言葉。女性には保身に走っているように見えたのだろう。このような確信を就いた言葉で会社は変わる。逆に言えば、そうまでしないと、人は自分の過ちに気が付かないものなのだ。


2018年10月17日(水) キリンに学ぶNo.1の危機��「一番搾り」によるラガーの失速

キリンが出した「一番搾り」は、あろうことかラガーとカニバリを起こす。100年続いたブランド「ラガー」を守らねばと思ったキリンは、ラガーの味をよりマイルドな、若者好みへとチェンジした。売れていたのがDRYなので、DRYの味、思考など「競合品に近づいてしまった」のだ。これにより、急速にラガーファンは離れていく。ライバル会社の製品を見すぎ、心を捉われた余り、自分の大切なお客様を見失ってしまったのだ。


2018年10月16日(火) キリンに学ぶNo.1の危機��独自商品「一番搾り」の裏側

ドライ戦争に敗れたキリンは、独自性のある商品として「ビール本来のおいしさが欲しい。家庭で楽しめる商品が欲しい」という顧客の声を聴いて『一番搾り』を開発する。これを世に出したところ売れるのだが、これは2番絞り以下を捨てるので実に高コストな商品。生産現場からは高コスト故に「プレミアムビールとして売って欲しい」との意見も出た。しかし、キリンは顧客本位の立場で、プレミアムではなく普通のビールとして販売した。薄利多売で利益を出すことに徹したのだ。


2018年10月15日(月) キリンに学ぶNo.1の危機��No.1の呪縛

キリンの元常務の講演を聴いた。アサヒビールとの競争に敗れた経験から、多くのことを学んだという。シェア60%以上あったキリンがドライに急襲されてシェア50%に転落した時、キリンもDRYを出した。そうしたところ酷いバッシングを受けた。絶対的No.1企業が下位企業の真似をすると、弱い者イジメ、「お前たちの能力はゼロだ」と言われたという。ミート戦略はトップ企業の基本だが、圧倒的1位はそれをやってはいけなのだ。


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