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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
みやじ豚は何が美味しいのか。実際に食べて感じたのは豚特有の臭みがないことだ。家畜は餌が変わるたびに、競争する。そしてその時々でいちばん強い奴が一番おいしいところを食べる権利を得る。そのため常にストレスフルなのだという。そのストレスをなくすために、みやじ豚は、兄弟ごとに別室で買う。そして油分の多いトウモロコシを餌に使用しない。こうした環境の違いを強みとしているので銀座の松屋で100g600円(通販400円)で売れている。100頭しか飼わないことでこの品質を維持しているが、こうした豚の成育環境の違いを強みとして訴えている。
宮治社長は、新3Kビジョンに至る前に、農家の残念な現実を次のように捉えていた。�’晴箸砲浪然雰萃蠍△�ない �∪源瑳圓量樵阿�消されてしまう。その根幹にあるのは、一般に農作物を作るところまでを農業と言い、その先の流通は農業とは言わない仕組みだ。もし、一度JAに出荷しても、それを自社で客を見つけてJAから仕入れて売れば�,浪椎修砲覆襦�それができたら�△里茲Δ北樵阿�残る仕組みを作ることも出来る。自分たちが「売る」チカラを持ち、流通までを農業を位置づけて責任を持つならば�´△慮充造亙僂┐襪海箸�できる。この「農業の定義を変える」という使命感が宮治社長の起業の原点だという。
宮治社長は新3Kビジョンに掲げるまでの体験を語ってくれた。きっかけは大学2年のとき。彼の家に来た友人がたまたまその日、JAから戻ってきた彼の家で生産された検査用の豚を食べて「これ美味しい、どこに行ったら買えるの?」と尋ねた。ところが、彼はそれに対し「ここで買えるよ」と言えなかった。出荷後に農作物がどうなるか、JAにお任せであり、産地ブランドで流通してしまうから、自分ではわからないのだ。このジレンマが、彼の挑戦心の礎にあった。
宮治社長は、家族4人で株式会社みやじ豚を経営している藤沢市の養豚農家。彼のビジョンは「一次産業を、かっこよくて、感動があって、稼げる3K産業にする」。このビジョンを聴いたときに、「素晴らしい」と思った。たった5人の会社なのに、社会的課題に挑んでいるからだ。多くの会社のビジョンは「当社は〇〇を目指します」のように、「自分がどうなる」を描いている。それに対し、「世の中を変えたい」を掲げるには(こんな不自然な、住み心地の良くない)想いが背景にある。この幸せな世の中で、それに気づいていることが素晴らしいし、それは高い感受性がないとできないこと。素直に見習いたいと思った。
K製作所の社長の考え方の中で独特だと感じたもののひとつに会社の死生観がある。どの会社も永続することを是としていて、「生き残りのために…」と社員の危機意識を煽り、脅すようなことを言う。が、これは根本的に社員を信頼していない証。社員を信頼していたら「大丈夫だ。君たちがちゃんとお互いを信頼し合ってやってくれたら何とかなる」と腹をくくれるはず。しかもその時間軸が長い。今はできなくてもだんだんできるようになればいいのではないか。「今すぐ」や「完璧」を求めるから苦しくなる。この腹のくくり方には驚いた。
K製作所の賞与のプレゼンテーションは一発勝負だ。12月決算の同社は11月末に「自分はこんなことをやりました!」という10分間のプレゼンテーションを行う。その内容で評価が決まる。発表は希望者のみ。成果ではなくやったことが大事で、仮に取り組みが失敗に終わっても「こういうことが得られました」があればOKなのだ。こうした自己PR力を育む機会は、社員の主体性を促す上でとても有効だと思う。
K製作所の新人は、1年間はメンター(先輩)のOJTを受ける。新人は、毎週メンターとミーティングする機会を設け、週報を書き続けている。教える側のメンターは、社長から「新人が育つのも育たないのも、すべて貴方の責任です」というプレッシャーを与えられる。そのためメンター同士で「教え方、伝え方」の会議をすることもしばしばだ。メンター同士が指導者としての悩みを共有することはとても有益だと思った。
採用の可否は最終的に社長が判断する。見るべきところは「未来を拓ける人かどうか」。そのため「自分で考えているかどうか?」「自分を出せているかどうか?」だ。親の説得で入社を決めるのはご法度で、「自分で決める」ことが大事だ。採用後、同社の新人は会社が借りたアパートで一人暮らしを始める。自立を促すためである。社員を成長させるために生活面から変えていくプログラムにとても感心した。
K製作所の転換点は、2012年の経営方針発表会から変わったという。その時の変化は、「実力勝負(年功序列廃止)」「No,2の常務に若い社員を抜擢(ベテラン飛ばし)」「パートさんを社員と区別しない」「自分たちで未来を創る(自分が引っ張らない)」を伝える。会社はそこから変わり始めたのは、社員もまた社長と同じように「年功序列」や「正社員と非正規社員」の壁の中で苦しんでいたからだと思った。かつての常識が社員の成長に蓋をしてしまうことがある。それが取り除かれて社員は伸び伸びし始めた。
リーダー=トップダウンに悩んだ社長は、やがて自分は本来教師がやりたかったことに気が付く。そして、自分が先代のように指揮命令するのではなく、社員を伸ばして使うことを考える。トップダウンが強すぎると依存する社員を育ててしまう。社長はそれをなくしたいと考えたのだ。これは社長であるより個人のあり方を選択した結果だ。それを聴きながら、人はイメージ通りに生きる生き物だ。なりたいと思えないイメージを描くことはとても苦しいこと。どんなイメージを描くかは、とても重要なことだと改めて思った。
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