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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
パナソニックのグループ企業には経営理念室がある。そこには松下幸之助翁の額、著作物、VTRなどがずらり納められているが、今日の研修講師控室はそこだった。松下幸之助翁からは学ぶことが多く、研修の時だけでなく、日頃から入りびたりたいくらいだ。講義では経営理念と自分の仕事をどう関連付けて考えるべきかを伝えさせていただいた。題材はもちろん、松下幸之助翁。ネタは『エピソードで読む松下幸之助』から取っている。この本は、本当にいい。絶版だが、抽象論より事例が好きな人間にはたまらない。いつの時代でも理念を胸に行動していけば、従業員間の一体感は高まり、イノベーションのヒントも見つかる。この松下幸之助翁の教えを何度でも繰り返し伝えていかないといけないと思う。
某社で長年、営業力開発を指導してきた。それらを総括してしみると営業力開発は、以下の5ステップだと思う。「見方を変え=戦略(環境とのミスマッチ、商品性、竹やぶの特定)」、「やり方を変え=皆で考え計画、実行」、「意識を変え=物売りから、ソリューション提案」、「行動し=業績直結行動の量的管理と増加」、「習慣化する=月2回の実践振り返りMTGと対策実行」。10年以上前に書いた本の内容と全く同じ。いくつもの理論が入り乱れて時折基本を見失うが、全ての基本はここにあることをもう一度自覚してコンサルしたいと思う。
昨日の銀行には、この一カ月だけでこんな顧客の声が寄せられていた。「可処分所得を増やすために、担当行員を昼休みまたは時間外に訪問させます」。これが、同行の行員が「可処分所得向上のプロ」と認められた証である。また「皆さまの生活に少しでもお役に立てるよう『生活応援団である銀行』が私たちのそばにあります」という言葉もあった。これは「どの銀行よりも近い」と評価されたのと同じである。こうした何気ない言葉にこの銀行の存在価値がある。それに応える人財を育成していくことが、ブランド化につながる。
ブランディングは何によって成されるのか?某銀行の行員と議論した。同行の調査結果ではブランディングに一番影響を与えるのはCMで2番がテラーの態度だった。サービス業だから当然かもしれないが、日常の業務がやっつけ仕事にならず、どこまでお客様に寄り添えるかが勝負だと思う。サービス業のブランド化は「自分たちにしかできないサービスで選ばれる理由作り」に他ならない。そのためには『自分たちにしかできない、価値あるサービス』を顧客の声を元に定義し、それができる人材を育成することに尽きる。
昨日紹介した「クレドDVD」には、現場を支える従業員の皆さんや彼らが働きやすい環境を作ることに腐心しているリーダーたちの笑顔がいっぱい登場する。また、DVDの最初と最後には、渡り鳥のV字編隊飛行のイラストが登場すり。これは皆で遠くのゴールを目指し、力を合わせて行く姿を現している。鳥のV字編隊飛行は当社V字経営研究所の語源でもあり、理想の組織像である。こんなDVDが毎年1〜2枚編纂され、社内でシェアされると、社風が劇的に改善していく。これからの進化ががますます楽しみだ。
クライアントが、自分たちで作ったクレドを実践し、そこから生まれた感動的な行動を集めてDVDを作成した。浜松のアウンズヤナギハラさんがホームページ上で公開している作品をベンチマークし、同社内で集めた選りすぐりの理念行動15本を収録。各7分半のDVDを2つの事業部それぞれで作成した。これを経営方針発表会で上映し、模範行動として示すと同時に、自分は今まで理念を意識して行動していたのか?意識することで自分の何を変えるべきなのかを考えるきっかけにしていただく取り組みだ。こうした映像が一本出来るだけで、仕事への意識が劇的に変わる。そういう変化をお手伝いできるのが嬉しい。
淡々と語ることが有効なのは、平常時の話だ。私の師匠も緊急時や危機が迫っているときは声を大に厳しいこと言うことがあるという。師匠はこれを織田信長に喩えていた。何かを破壊する時は、信長的な熱情も必要なのだ。過去何度か危機的な状況の会社をV字回復させたことがあるが、このときは管理職クラスの考え方を変えるべく、私も声を荒げたシーンがあった。それはそれで効果があった。TPOに応じて信長にも秀吉にも家康にもなる。そのような使い分けが必要なのだろう。
私の師匠は講義の時に、熱くならず淡々と語る人だった。なぜ淡々と語るのか。それは受講生に熱くなって欲しいからである。講師が熱くなりすぎると受講生が冷めていく。熱くなるときは凡そ相手を誘導しようとする気持ちが働く。その行為に冷めるのだ。逆に、「北風と太陽」の「太陽」のように、穏やかに相手を温めていく。この遠赤外線のような姿勢が講師には一番大事なのだろう。「迫力ある講義」は決して褒め言葉ではない。20年近くやっていてようやくそのことの大切さがわかった。
換気扇で成功した事業部長たちは、次にファンで暖かい風を送ることを考えた。そこで自社のヒーターにファンを付けた「ファンヒーター」を考案した。これがヒットし、ファンは冬場の受講も開拓し、年中商品となった。すると、家電メーカー各社からヒーター用のファンを供給して欲しいとのオファーが相次いだ。現場は敵に塩を送るべきではないと考えたが、松下幸之助翁はそれを許可した。さらに「この事業部門は『風』のことだけやりなさい」と言った。同社は今、パナソニックエコシステムズとして、トンネル内の巨大な通気ファンやクリーンルームのファンなどを手掛けている。
松下幸之助翁のエピソードを聴いて感動した。扇風機を作っている事業部長に「夏以外の季節では売れません」と言われ、「それではそれ以外の月は赤字ではないか。納税していないのではないか」と迫った。そこで事業部長は羽根の応用を考え、廃気扇を開発する。が、業務用なので月産400台にしかならず、引き続き上が児だった。そこで松下翁は「高いところで考えなさい」と事業部長に指示した。事業部長以下スタッフは大阪城に登った。そして大阪市内を見渡しながら「この家々にも廃気扇を広げたいものだ」と考え家庭用の開発を決意する。その結果、廃気扇改め換気扇が誕生し、日本中に普及した。「納税に対する執着」と「高いところで考えろ」という指示を知り、とても感動した。
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