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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
ある契約社員が、正社員となって契約社員の束ね役となって欲しいと上司から懇願された。しかし、リーダー的な立場になることを望まない彼女は「会社には迷惑をかけないから、ほっといてください」と、頑なに拒んだ。するとその上司は、「仕事の話をしているのにその態度はなんや」といい、次のように説いた。「お前は皆にいろいろ教えるのが上手い。そしてよく落ちているゴミを拾う。が、残念なことにお前みたいな人がおらんのや。俺はそのような人財を多く育てたい。それにはお前のような人間がリーダーなって、お前が作らないかんのや」。この説得に彼女は納得した。彼女自身が気づいていなかった彼女の魅力とその影響力を伝えられて、彼女は自分の中に新しい可能性と責任感を持ったのである。この話を聞いて、上司ならではの「見るチカラ」と説得力に感心した。
某社の新任課長が、係長だった頃の叱られた体験を教えてくれた。彼女は本社からの通達文を要約し、自分が管轄している全マネージャで伝える連絡の中継係を務めていた。あるとき、この要約を怠り、本社通達の原文に近い状態で全マネージャに配信した。そうしたところ上司から次のように言われた。「そのままでなく、伝わりやすいように工夫して伝えるように。あなたが1時間工夫すれば、全マネージャがそれを読む時間が短くなる。それにより合計で何時間も助かるのだから」。これを聴きながら、この叱り方は、彼女の影響力に気付かせる点で素晴らしいと思った。人を育てる名人のようなリーダーは、実に多い。皆、中島みゆきのいう地上の星たち。育てられた者にとって輝かしい存在なのだ。
昨日書いたように、私が「任せる仕組み作り」を経営者に提供できるとしたら、それは自分の社会人のスタートが、社内のだれもノウハウを持たない中で「任される」経験をしたからだろう。このときは完全手探りだったが、何とか仕事は合格点をいただいた。その次は新規事業の立ち上げに携わり、実際に立ち上げたのだが、このときはまさに時間をかけて仕組みをつくったのだった。ビジネスとは、そうした原体験が生きるものなのだろう。そのことに気づき、僅か4.5年しか在籍しなかったブラザー工業に改めてお礼を言いたくなった。
昨日のKさんのアドバイスの続き。「任せ方がわからない」社長は、任せると称して放任する。この間、アドバイスしたいのを必死でこらえる。後継者は任された以上頑張るが、「仕事のススメ方」がわからないから、結果を残せない。そんな息子を見て「なんだ、こんなこともできないのか!」と社長は言う。そして「もう任せられない、俺がやる!」としゃしゃり出てしまう。柳井正さんも孫正義さんもこれをやった。それをされた後継者に残るのは屈辱だけだ。分岐点は、任せた時点で「こうやればいい」というスキルが後継者になかったこと。コンサルタントになって25年、私が負っていたのは、いきなり任されて悩む後継者へのスキルの伝授である。私が救うべき「可哀想な存在は、いきなり任されて、やりかたがわからず戸惑う後継者たち」であった。
セミナー企画会社のKさんを訪ねる。彼が仕掛けた後継者セミナーのプランニングで行き詰ってしまったのだ。彼は丁寧に教えてくれた。「経営者は後継者を頼りなく思っています。自分が乗り越えてきた多くの試練を、後継者が同じように乗り越えて行けるだろうか…」と。そこで私が「後継者の決断力を磨くしかないですね。人財は意思決定の数で育ちます。後継者を育てるには小さな決断をいくつもさせればいい」と伝えると、「しかし、その小さな決断を任せる方法がわからないのです。それをセミナーの場で酒井先生に教えていただきたいのです」。こんな会話の中から、「ああ、そうか。『任せる仕組み』のつくり方を伝えればいいのか」と私は気が付いた。私に求められていた価値は、まさに【任せる仕組みのつくり方】にあったのだ。長年見出せずにいたミッションに、ようやく気付くことができた。詰まっていたものがスコンと抜けた開放感!Kさん、ありがとうございます!
TV番組を多く手掛けた元ディレクターで、今は映像コンサルタントの永野豪先生を訪問。彼は職業柄、人の生き様をコンパクトにまとめて表現してくれるのが上手い。私は混乱すると彼を尋ね、カウンセリングを受けながら、自分の混乱を集約してもらっている。彼によれば私は常に「�_聴チ曚隼廚┐詬遒舛海椶譴判于颪Β��△修陵遒舛海椶譴瞭団Г鰺很鵑垢襦蔑匹づ世魄�き出す)→��その特徴を生かすお手伝いをして、その対象が良い方向に変わる→�な僂錣辰人遒舛海椶譴竜鐓貊蠅鯀呂襤��イ修陵遒舛海椶譴板垢ど佞�合いとなる」の流れで生きてきたという。それを聴きながら、この中での一番の特徴は�い世隼廚辰拭���の状態が長く続くために、『これを繰り返せばいい』という仕組みの提供。それこそが私の真骨頂であるように思えた。先生、素晴らしい気づきをありがとうございます。
私は悩んだら、アドバイスをくれそうな先生に会いに行く。先生は、年上とは限らない。最近は年下も多い。が、それぞれの道の専門家であり、実績豊富であれば皆、師匠である。年下に習うことに抵抗を示す人が今でも少なからずいる。そういう人に出会うと、なんて勿体ないのかと思う。私は30代の頃、多くの年上の経営者の求めに応じ、いろいろと教えた。ありがたいことに彼らはそれを素直に聴き、素直に実行し、良い結果を出し、私の株を上げてくれた。私を育ててくれたのは年下かどうかなんて関係なく素直に忠告を受け容れてくれた先輩たち。今、その恩送りをしないといけないと思っている。
『シン・ゴジラ』を観た後で『ワンピース』も観た。こちらは前回作と異なり、大いにがっかりした。作品のほとんどが戦闘シーンであり、戦闘シーンを見せるために作られた娯楽映画だった。「社会を変えたい」「社会問題に一石を投じる」といったコンセプト(思想的な背景)がまるで感じられなかった。『ワンピース』はそのような要素の強いアニメであり、ゆえに世界中から愛されていると思うのだが、今回の作者たちは、3作目以降のゴジラだそうであるように、あるいは3作目以降のウルトラマンがそうであるように単なるチャンバラ劇にしてしまった。「チャンバラが面白ければ売れる」と安易に考えた企画担当者たちが透けて見える。残念でならない。
噂の映画『シン・ゴジラ』を観た。噂に違わず素晴らしい映画だった。この映画にはこれでもか、というくらいに風刺が盛り込まれていた。また、ゴジラの倒し方がいかにも今風であった。その構想力、構成力に脱帽だ。その原動力になったのは初代ゴジラが誕生した思想的な背景(唯一の被爆国として看過できない社会問題への警鐘を鳴らすための映画)とその実行力に対する、庵野監督をはじめとする製作スタッフのリスペクトを強く感じた。ゴジラを生んだのは我々である。我々は、ゴジラの発生原因からなくさないといけないのだ。
『愛は地球を救う』の中で、義足のサッカー少年が、サッカーの本田選手に質問した。「落ち込むことがあるのですが…」。これに対し本田選手は次のように応えた。「完璧主義者ちゃうんか?自分は下手やと思っている。まだまだ上手くなりたいと思っている。だから、落ち込んだりせぇへん」と応えた。それを観ていて、なんだか私も救われた。自分ももっともっと上手くなりたい。まだその途中で、下手にしかできないこともある。そう考えるようにしようと思う。
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