経営者が大勢集まるセミナーに受講生として参加した。そのセミナーの終盤で、人と繋がり続けることの大切さを説いた講師は、5分間で周囲の10人と握手をしてくださいといった。そこで握手をしたのだが、その力強さに感心した。この握手のチカラ強さは他のセミナーでは感じたことがないものだった。経営者はただ手を出して握手をするのではない。自分の熱い想いを伝えたくて握手しているのだと実感した。
ポッカサッポロの部長と話す。壜のシールは剥がれなくても行政上何の問題もないという。しかし、一部の消費者は「壜をゴミに出すときはシールは剥がすもの」と認識している。その認識は正しくないが部長は「正しくない認識でもお客がそのように認識しているのだからそれに対応いかないとブランドとして認知されない。だから対応した」と語った。正しいか正しくないかより、認識に合わせることを優先すべき場合もあるだ。
ポッカサッポロの商品開発部門を訪問。同社はCS向上のため容器に実に細かい改善を施していた。より袋を開け安くするノッチの位置の変更、カップスープの箱の蓋を簡単に破り安くするよう箱の形の改良、壜に貼られたシールを自分ではがせるようにすることなど。特に最近は付け爪の人が多く、その爪が剥がれないようにする必要があるという。改善のヒントは、コールセンタに入った苦情。それをCS委員会にかけ、改善すべき点を探すというが、このときコールセンタのオペレータの意見を重視するという。電話越しとは言え現場の生の声に接している人の意見を重用するところに感心した。
友人と昨年の大河ドラマ「平清盛」について語り合った。清盛は歴史の端境期に登場し、貴族より強い力を持つために軍を強化する必要があった。軍の強化には金がいるので経済力を上げようと、貿易を活発にした。ところが、この経済の重要性を他の人には理解してもらえなかった。信長も同じように軍を強くするために経済を活性化したが、理解されなかった。龍馬も同じだ。経済を富ます人はついに理解されず非業の死を遂げる。社会の体質を変えようとする人には経済力が不可欠なのだ。
友人に土佐のブリ漁師が釣ったブリから作ったふりかけ「ぶりかけ」がブームだと聞いた。サラリーマンの平均所得は97年の467万円から2011年には409万円まで下がった。12%減である。そのため、一食の料理を豊かに演出するご飯の友(メシトモ)、ラーメンや焼きそばの友(メントモ)と呼ばれる食品が人気なのだ。メシトモのうち、低級バージョンはふりかけ、高級バージョンはレトルトだという。食べるラー油ブーム、ご当地カレーブームは根っこは同じ豊かさを補うための「メシトモ」なのだ。
軍艦島を視察した。ガイドさんの説明がとてもわかりやすく、感動した。廃墟と化した島だが、まったく悲壮感を感じなかった。むしろ素晴らしい資源がとれたことで、他の地域では有り得ない豊かさを享受した場所だった。さながら今のドバイのような場所。経済的に豊かになっていくこと、強い資源を持っていることが人を幸福にするモデルをそこに見た。天然資源でなくとも他にはない価値を持つことの大切さを痛感した。
長崎のグラバー邸を見学した。カップルが石畳のところで「あった〜!」と叫んで二人でしゃがみ込むようにして床の写メを撮っているので何かな?と思ってみるとハート型の石だった。どうやらこれを発見したカップルは幸せになるという伝説があるらしい。また、石畳を登ってくる親子連れの女の子は「ハートの石あるかな〜」と手を引くお母さんに語りかけていた。「ハートの石」伝説が多くの人を主体的に参加させていた。
ジャパネットたかたのクレドはシンプルでわかりやすい。1.商品の先にある「生活」や「感動」を届けること 2.身近で便利で安心・快適な買い物手段であること 3.商品の最大限の価値を伝えること 4.楽しさ、面白さ、元気を与えること。シンプルであって力強い。これは同社のハウスエージェンシーの人が社員にインタビューし、その意見をまとめて作ったという。現場感覚が漂うのはそのためだろう。
ジャパネットたかたのショウルームには、黄金の家電製品が並んでいた。○万台突破記念として贈られるのだ。その中で目に留まったのが、100万台を突破した「ケルヒャー高圧洗浄機」。商品を並べただけの楽天やAmazonではここまで売れなかっただろう。シーンで需要を換気し、その威力を動画で伝えることで無名のメーカー品でも売れるという好例だ。メディアは商品特性に応じて選ぶ時代なのだ。
ジャパネットたかたがなぜ生放送にそこまでこだわるのか?不思議だったが、理由を聞いて驚いた。情報は鮮度が命。昨日の情報ですら古い。一番の旬を伝えるために生放送にしているという。配送も以前は佐世保から送っていたが、今は愛知県春日井市から送っている。翌日配送体制を整えたのも鮮度を守るためだ。一ヶ月で100億円も売れていたTVが今では5億円しか売れないという。それくらい消費者の好みは変わる。そこに対応する情報は「生」でないと価値がないのだ。