|
V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
大恩ある中部マーケティング協会の重鎮M氏が辞められた。お爺さんが創業された会社を継ぐという理由。そのお別れパーティに実に150人もの人が集まった。彼の魅力は、彼と関わったビジネスマンひとり一人に「公人」であることの大切さに気付かせたことである。中部を代表する企業なのだから、このくらいのナレッジの提供をしなさい、あるいはこんな人材を育てなさい…この私心のない説得で実に何百人も巻き込んできた。私も巻き込まれた一人だが、幸せな数年間だった。
クライアントと「おもてなし」と「接待」の違いを考える。「おもてなし」は「喜んでほしい」という素直な気持ちから出るもの。一方接待は、これから便宜を図ってもらうとか、買っていただいた御礼とか、見返り的な要素が強い。例えば、海外の客が日本に来たとき、日本の文化や伝統も理解してもらう。お互いの背負うものを理解し合い、相手に配慮するとで信頼を深める行為は「おもてなし」である。
スポーツや劇団の世界では1軍、2軍の違いがあるのが当たり前だが、アイドルの同じグループの中でそれが起きているのが「AKB48」。人気投票やグッズの売上げで昇格や降格があるという。モー娘。は入るのが大変、という設定だったが、今じゃ入ってからが大変という感覚。若い人がこの感覚を当たり前に受け入れるようになると、学校(大学)のあり方も会社のあり方も変わるかもしれない。
昨年来、成果を出している営業部門には同じ共通点がある。関係者が全員参加で計画を練り上げていることだ。某器具メーカーで成果を出した支店は、キャンペーン時に代理店の社長と社員、そして同社のスタッフが一緒になって計画を策定。1日10件の同行営業を約束。キャンペーン開始の日には儀式まで行なったという。例年通りだとろくに思考せず行動した他支店は、結果大差を付けられてしまった。
昨日の常務と三代目の条件について話す。同社の初代は、まさに家康のような万能のワンマンだった。それを継いだ二代目は「和を持って尊しとなす」温厚篤実な家忠のような人だった。そして、今求められているのが低迷する現状を打破する、アグレッシブな行動力の持ち主である家光のような人。幸い三代目にはその気骨があるという。戦後に創業した企業は、今、家光の登場を待望している。
引退目前の某器具メーカー常務の最後の仕事が「自律型人材の育成」。これだと思うコンサルタントを選び、同社の三世のブレーンになる若手社員9人を選抜。半年間に渡る定期的なアクションラーニングを2年続けて実施した。それまで教育の教の字もなかった同社だが、最近効果が見えてきたという。この研修に三世は自分から進んで参加。「自分がやらねばという強い決意の表れ」だと常務は目を細めていた。
「地方の活性化」研究の一環で、寂れ行くベッドタウンをサンプリングする。これらのベッドタウンは団塊の世代のために作られた。彼らの生活に必要なものが組み込まれ、火必要なものは排除された。が、二世帯住宅化不可能な団地に子供たちは寄り付かず、老夫婦のみのゴーストタウン化している。特定世代のためだけの街づくりは、他の街づくりと違い、その役目を終える日が来るのだ。
中部マーケティング協会の次世代研究会で「地方の活性化」について取り組んでいる。とはいえこの分野、私にとっては専門外。考えれば考えるほど民間企業の仕事ではなく、行政の仕事だと思えてくる。しかし、行政は市民のニーズに応える街づくりが仕事。結局私たちがどんな街に住みたいのか、それを明らかにすれば自ずと活性化のヒントを手に入る。ユーザーオリエンテッドで考えれば活路は開けそうだ。
企業が変革を図ろうとするとき、最初に変わるのが製造部門だ。次に管理部門が変わり、最後に営業系部門が変わる。この順序はいつも同じ。理由は、製造部門は共同作業が必須で、改善のためにお互いが協力し合うことで雰囲気が変わるから。一方、管理部門や営業部門等個人技で成果が出せる部門はまとまりも悪く、従来の自分のスタンスを余り変えようとしない輩が多い。その結果、変革は遅れがちになる。
異業種交流会で「あなたにチャンスが訪れたとき」をテーマに討論。それをまとめると「ピンチを切り抜けようと考えたとき」「目標を設定しずっと継続しているとき」「重要な人との出会いが会ったとき」「前向きでポジティブな考え方を持っているとき」にチャンスが訪れることがわかった。ピンチに際し目標を掲げて、その実現までは絶対に諦めない。そう考えてもがき続けると、チャンスはやってくるのだ。
|