子供とのコミュニケーションの必要を感じている親は多い。しかし、それができていると自負できる親は少ない。それに一役買っているのが駄菓子だ。子供とコミュニケーションするためには、自分が子供の友達になる必要がある。駄菓子や懐かしいキャラを前にしたとき、親は子供の友達でいられる。おまけに安くて綺麗で、選びながら時間がつぶせる。そこにブームの背景がある。
子供が幼稚園でキーホルダを取られて帰ってきた。取り返そうにも相手が大きくてなかなか返してもらえないようだ。強い者には奪われやすく、打ち負かすにはそれなりの工夫が必要だという、市場競争にも当て嵌る原理を子供なりに学んでいるようだ。親としては、マスターカードのCMの『priceless』を与えてあげたい。経験と知識。これなら決して他人に取られることはない。
公的年金制度の改正案が出た。少子高齢化が進むから負担を20%に高めましょうという単なる押し付け案だ。東大出のエリート官僚の知恵はこの程度なのか。一方で存在する年金の制度改革を真剣に考えるネット上のフォーラム。参加者の資格は学歴・職業・年齢・国籍・性は関係なし。ただこの問題に関心のある人のみが集まり議論し改革案を作る。両者の案を対比したとき、どちらを信じたくなるか。
年金暮らしになると人は出費を抑えるようになる。ある人は東京に行くのに高速バスを使うようになり、これで△1万円/回。民間のスポーツクラブから公営のスポーツ施設利用に代えて、△8千円/月。本を買わずに図書館で読むようになり、△5千円/月。時間がタップリあると、それだけコストを下げることができる。忙しさの中で余分なお金を払い過ぎている自分に気づき悲しくなった。
知人の結婚式で「保証書」が配布された。新婦をお客様、新郎を商品に見立て「お買い上げいただきありがとうございます」とあり、品質欄に新郎の性格などが記されている。パロディで面白いが、人を商品化することに違和感が残る。別の結婚式では二人の馴れ初めのVTRが流れたが、これもパロディ。映像は美しかったが事実無根の物語にガッカリ。正直になれないが今の若者なのか。
公社になって初めての年賀葉書き。今年は葉書きを買った人が50枚につき1枚の応募用紙を貰い、応募すればグルメ券5万円やマウンテンバイクなどが当る「自分にお年玉キャンペーン」も実施している。これを聞いてやっとお客を見る気になったかと感じた。公社から見れば、年賀状を一杯貰う人ではなく一杯買う人こそお客様。これまでのお年玉くじには買った人への配慮が欠けていたのだから。
大学院でカスタマイズに関する講義をする。受講生の中の出版社の人が、出版物でのカスタマイズ事例を質問された。紹介したのは文庫本化された新撰組の本。司馬さん他の有名歴史作家数名が新撰組を描いた短編をオムニバスで収録した作品だ。ドカベンの岩鬼や殿馬の活躍シーンを特集したコミックなども同様の趣向。「誰が」書いたかではなく「何を」書いたかという新しい編集の軸が生まれている。
美味しさとお値打ち感で常に行列ができる「手作りおにぎりの店」を直営で20店以上も展開するT社。FC化してもおかしくない実績だが、社長はまるでその気なし。敢えてFC化に踏み込まないのは、システム化することに危惧を抱いているのだろう。新しいシステムは失敗するのが通例。素材が単純なだけに失敗したら、それが命取りになる。それを恐れる精神が今の成功を支えているのだ。
アサヒビールの人の話。納会の日は必ずスーパードライで乾杯する会社があるという。そこの社長曰く「アサヒビールのようなボロ会社でも立派に再生し凄い会社になった。俺たちにだってできるはずだ。だから納会の乾杯は復活の象徴であるスーパードライじゃなきゃいかんのだ!」。この逸話はアサヒの中では有名だ。お客様の喜んでいる具体的な姿を社員間で共有できれば会社は強くなる。
2年前たった一回だけ、講演後に「先生のお話、とても気持ちよかったです」と言われた。以来、もう一度誰かにそう言われたいと、内容を工夫してきた。そして今日、「お話を聞いて、すごく嬉しくなりました」と言われた。この3年間で400回以上の講演をこなしたが「嬉しい」と言われたのも始めてだ。今後は「気持ちよかった」と同様にそう言って下さるお客様をもう一人作るために精進したい。