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V字経営研究所・酒井英之の4行日記 DiaryINDEX|past|will
某社の部長が社長に「A君は一生懸命やっているのに評価が低い。当社は間に合う社員だけを大切にする情け容赦のない会社ですか!」と食ってかかった。すると社長は「お前の眼は節穴だ。Aは一生懸命なフリが上手いだけだ。一生懸命な人は絶対に伸びる。が、彼は伸びていない。だから評価できない」。どの社長も「できる社員」が欲しいのではない。「できるようになる社員」が欲しいのだ。
車の営業マンは、驚くほど機能説明ができない。特に他車との比較は全然ダメ。それでも売れるのは、�.屮薀鵐瀕蓮椒�ャンペーン ��見積もり+下取査定ソフト �C涌�き �ぬ詁い繊,了伝箸澆�あるからだ。日曜に2件訪問したが、各営業マンがその日の19:45と20:10にノーアポで相次いで私を訪ねてきたのには恐れ入った。強い商品は商品知識がなくても仕組みと誠実さだけで売れるのである。
1/31の決意に反し、家族の強い要望でクルマを買うことにした。驚いたことに、最近では現金で買うことのメリットが全くない。某社では年利8.4%のローンを勧められた。200万円のクルマなら3年で50.4万円も余分に払うことになる。何ヶ月分もの給料を銀行と自動車屋に貢げというのだ。デフレ時代は儲けの源を金利に求めているのだ。現金で安くならないなんていったい何のために貯めてきたのだろう。
前厄なので厄除けで有名な多賀大社に参拝する。祈祷所に「卯辰(うたつ)会」や「申酉(さるとり)会」など、同じ村に住む同じ年齢の者同士が30人程度の団体で来ていたのにはビックリした。町をあげての厄除け参りである。地域が地元住民のパワーで形成されている町にとって、厄は「個人」ではなく「地域」単位の関心事なのだ。コミュニティを失った街に住む者には羨ましいシステムだ。
先代が早世したため、奥さんが事業を引き継いだ某社。息子が30歳になったのを機に社長を譲ったが、禅譲に当たり二つのことを教訓として残した。ひとつは誰に会っても「おかげさまで」ということ。もうひとつは「自分以外の社員を門番だと思うこと。人はトップがどれだけ言っても門番ほどに動かないものだ。だから自分が働け」。上に立つ者だけが知る辛苦がここにある。
V字回復中の若手社員が課長と交換日記を始めた。社員はB6版のノート左側に会社の慣習や人間の機微など「?」と気が付いたことを書く。それに対し、課長が右側に「良いことに気が付きましたね」などと丁寧に返事を書く。感性豊かな部下の気付きが、課長の曇った目をクリアにしてくれる。一読すると、課長側にLOVEに満ちた眼差しがあることがわかる。親鶏の自覚を持った課長は貴重だ。
机上に置かれた、またはメールで届いた稟議書には絶対にハンコを押さないK社長。ハンコを押さないと提出者が「あれどうなりましたか?」としびれを切らして問い掛けてくる。社長はそのときの申請者の「眼」でハンコ押すかどうかの判断するというのだ。大切なことは「幾ら使うか」ではなく「やるか・やらないか」。文章が上手くても、その人の目を見ないと信用できないのだ。
半日ドックにかかる。ここでは男も女も金持ちも失業者も社長もヒラも、誰もが同じガウンを着て歩く。するとその人の個性が完全に消滅する。誰もが同じに見えるのである。これで名前まで失ったら監獄と同じだ(監獄は人を番号で呼ぶ)。この現象に、服格好=ファッションがいかにその人らしさを表現するかを痛感した。好きな服を自分で選び、着られる自由をなくしてはならない。
昨日の「武蔵」で、「水を上手いと思う心がなければ、剣を磨いても無駄だ」と柳生翁が語っていた。経営理論も同じだろう。人の感情・心理・機微がわからなければ、経営学をいくら勉強しても役に立たない。コンサルタントのノウハウは、理論やフォーマットや知識にあらず。相手を最も動機づける「タイミングの選択」にある。それを知るにはMBAの本より「小説」を読んだ方が近道である。
昨日の研修を担ったのは主に私の部下二人である。その二人は研修生から手作りTシャツ(背番号なし)を贈られた。二人には自信になったことだろう。両名とも大企業から転職ししてこの道を選んだもの。研修生と一緒に盛りあがる顔に「コンサルタントになって良かった」と書いてあった。上司としてそのことが一番嬉しい。こんなときは「ご苦労さん」+「ありがとう」が自然と出てくる。
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