V字経営研究所・酒井英之の4行日記
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2002年09月12日(木) 癒し系の会社

「人が嫌がる仕事しかしない」を経営方針に掲げるM社。確かに体力を伴う作業をしたり、リスクの高い在庫を引き受けたり、投機的な調達をしたり。そこの社員が社長に「当社は癒し系の会社ですね」と言って社長は大笑い。M社との取引で顧客は癒されている、というのだ。他人を癒すために、自分はハードワークをこなす。同社の存在価値はここにある。


2002年09月11日(水) 頭の中で軍艦マーチ

近い将来自由化が見込まれる業界の社長と、その時に市場を一気に獲得する作戦を打ち合わせる。未来に思いを馳せながら、社長は「プロジェクトXみたいですね」と言い、私は日本海海戦になぞらえて「御社の興亡この一戦にあり、です」と答える。気がつくと頭の中で「軍艦マーチ」が鳴っていた。やっぱり元気の源は明るい未来なのだ。(軍艦マーチは日本海海戦での旗艦『三笠』出港の曲)


2002年09月10日(火) 本当にこわい人

親しい社長からの手紙。すぐにお礼を伝えるべきだと思い電話した。すると秘書が「生憎社長は不在ですが、○日と△日のどちらか夕食を御一緒したいと言っております。いかがでしょうか…」と言う。こっちが電話することを見越して秘書に伝えてあったのだ。相手の出方を読んで、先回りしている。「やられた」「かなわないな」と思わせる、本当に恐い人はこんな人だ。


2002年09月09日(月) 人脈作りの秘訣

ニッチ市場で新商品を次々を生み出すファブレス企業の商品企画者。その秘訣を聞くと「人脈」だという。腕の良い技術者はしばしば転職する。そんな技術者から異動の挨拶状が来たら真っ先に連絡をとる。「やっぱりあんたが一番最初に連絡してきたか」と相手に言わせてしまうのだ。技術者はこんな人にこそ力を貸したくなるもの。挨拶もお礼も仕事のうちなのだ。


2002年09月08日(日) 今は昔の武勇伝

A社K常務の武勇伝。K君は客先で「注文を貰うまで帰らない」と粘った。呆れた担当者はA社の上司に電話。上司は「もういいから帰ってこい」と指示。K君は寂しそうに帰り支度を始める。見兼ねた担当者は「ほらこれ…」とついに注文をくれた。それに感動したK君はそのまま担当者を夕食に招待し、風俗店までご案内。こんな泥臭い話が多いほど、ビジネスマン人生は豊かになる。


2002年09月07日(土) KING&QUEEN

業績好調のB社はお客様のことをKINGと呼び、中間の問屋のことをQUEENと呼ぶ。米国法人の社長が顧客志向を徹底させるために呼び方を変えたのが始まりで、今では国内でも定着した。呼称の変更はリーダーの考え方がしっかりしていないとできず、とってつけただけなら定着しない。それが定着したのは、態度でも社長自らが率先してお客様をKING扱いしたからだ。


2002年09月06日(金) チャンスをくれたお客様

部下が担当するお客様からクレームが来た。部下が不在ゆえ、私が対応した。内容から最悪は縁切りになるな…と覚悟した。しかしお客様は善後策の立案を再び部下に任せ励ましてくれた。嬉しいことにお客様は「ミスをしても、彼なら何とかする」と信じてくれたのである。お客様が信ずる者を上司の私が信じないわけにはいかない。部下も私もお客様の胆力に脱帽した。


2002年09月05日(木) 損する話、儲かる話

親しい社長が、赤字店を2つ閉め黒字店だけにした。チェーン店やIT産業のオーナーは断じて中央集権であるべきだ。引くときは一気に引く。権限委譲などすれば「何とかします」という無責任なサラリーマンの言い訳に赤字が増えるだけだ。「損する話はサッサと片づけ、儲かる話はジックリ攻める」。その機微は、商売をサバイバル戦争と思う者にしか分からない。


2002年09月04日(水) 将来に備える力

53歳の経営者は37歳の経営者と呑むとき、いつも「若い奴を連れて来い」という。その理由がふるっている。「俺が60歳になったときお前、45歳だろう。45歳と呑んでもつまらん。60歳になっても俺は35歳と呑んで刺激を受けたい。だからお前は、今お前より10歳若い27歳の奴を誰か連れてこい」。有能な社長が将来に備えようとする力はこんなところにも現れている。


2002年09月03日(火) 長野県民は知っていた

田中康夫が再当選した。現状をぶち壊し改革ができるのは、あんな変人だけだという見本だ。新事業の立案や会社の再建計画、政策等は、思い込みの強い一人が孤独と向かいながら築くものである。ブレーンストーミング等の会議を重ねても、生まれるのは改善策だけ。決して改革案は生まれない。長野県民は政治家よりもよほどそのことを知っているのだ。


酒井英之 |MAILHomePage

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