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2005年07月24日(日)
『田中芳樹初期短編集 緑の草原に…』

『田中芳樹初期短編集 緑の草原に…』東京書籍
田中芳樹のSFがなぜ面白いのかというと、その作品至るところに、読書好きの輩を喜ばす『オマージュ』が散りばめられているからに他ならない。特に中国戦国時代のいろんな教訓、ローマ時代の栄華盛衰、等、歴史のある時代への知識は際立っている。
初期の時代には、それプラスさまざまな科学雑誌知識とともに、過去の名作SFへの『オマージュ』もはいっている。

この作品集では、『流星航路』『銀環計画』が秀逸。

『流星航路』に引用される『かの常闇の宇宙より他なし…』で始まる詩は、著者自身の創作ではあると分かってはいるが、『15,6年前、私が思春期の少年だった頃から流布し始めた詠み人知らずの詩である。技巧的には稚拙だし、文学的価値にいたっては話のほかだが、(宇宙活動家を目指す)若い世代に感情に訴えるところがあって…』というような文章を読むと、いったん話を創ったあとにそれをまた歴史のヒトコマに組み入れる作者の、楽しんで話を創っている様が見えて私も楽しくなる。

『銀環計画』に見える、辛らつな近未来の世界批判は、まるで『創竜伝』の先取り。未来に対する鋭い批判とともに、どこかに『希望』を隠したストーリー運びに、私たちは、少しほっとするのだ。バラ色の未来は信用できない、でも、あまりにも希望の無い未来も信用できないのである。
(05.05.10記入)



2005年07月23日(土)
「手帳200%活用ブック」日本能率協会マネージメントセンター編

「手帳200%活用ブック」日本能率協会マネージメントセンター編
今度必要があって、手帳が必要になり、同時にこの「ハウツー」本も買ってみました。この本のいいところは、「私はこれからどのような手帳を作っていくか」方針が決まらないときに参考になるということでしょう。
過去、私が挫折した理由のひとつに、目的がはっきりしないまま始めたということがある。斉藤孝の「三色ボールペン」型管理も、熊谷正寿の「夢実現ツール」手帳も、西村晃の「ポストイット」手帳術も、まずはやっていないとわからない。そのために三冊も本を買うのはバカらしい。この本を見て、少し試してみて、本格的に使い方を決めようと思う。
また、能率協会の知恵を集めた、「手帳選びの基本」コラムも、大変役に立った。
(05.05.10記入)



2005年07月22日(金)
『明日があるさ』 重松清

『明日があるさ』朝日文庫 重松清
冒頭の「マンモス西を探して」にまず共感する。名作『明日のジョー』最後のホセ・メンドーサとの世界タイトルマッチの観客、あるいはどの場面でもジョーの最初の頃の相棒だった西はでてこない。ウルフ金串、少年院時代の仲間、どさ回り拳闘の連中まで顔をそろえるのに、いくらスーパーの経営が忙しいといったって、ラジオくらい聞いたっていいもんじゃないか。でもやがて重松はそのことを受け入れる。「燃え尽きて真っ白な灰になるかっての相棒に背を向け、物語の外にはじき出されてしまうことで、西は、真っ白な灰ではないージョーの言葉を借りれば「燃えかす」としての生を得たのではないか」。ほとんどの人はジョーになれるわけではない。だとすれば「燃えかす」「あまり」の生き方を見事に生きてみたい。重松清はその応援団を買って出る。基本的に優しい男ではある。

リストラやいじめ、地域社会も形骸化した現代、残された絆は『家族』だけなのだろうか。だとすれば、重松清の小説はこれからさらに読まれつづけられるだろう。

このエッセイでは、重松清がずっと小説に描くことが出来なかった題材を、エッセイの形だからこそなのか四編も書いていて、私はやっと『S君』がどういう人で、重松清にとってどういう意味を持っていたのか分かった。なるほど家族をテーマにしている以上、これは簡単には書けないよね。でもいつかは書くだろうと思う。子供がS君の歳に近づいていけば。
(05.05.06記入)



2005年07月21日(木)
『創竜伝5蜃気楼都市』 田中芳樹

『創竜伝5蜃気楼都市』講談社文庫 田中芳樹
今回は番外編。日本海の地方都市を舞台に、政界と地方財閥と宗教団体と、彼ら兄弟が三つ、もとい、四つ巴のドンちゃん騒ぎ、もとい、戦いをするのである。例によって彼らの力は強大だから、いとこの茉理よろしく、暖かく迎える準備だけをしておけばいい。注目は、地方財閥と地方行政の癒着、宗教団体の腐敗、政界の百鬼夜行の描写が今回も容赦無く描かれているところであろう。



2005年07月20日(水)
『言葉が通じてこそ、友達になれる』茨木のり子 金裕鴻(キムユーホン)

『言葉が通じてこそ、友達になれる』筑摩書房 茨木のり子 金裕鴻(キムユーホン)
金氏は言う。「韓国では(たとえ夫婦喧嘩の最中でも)別々の布団を敷いて寝ることはほとんど無いのです。日本人は嫌いになるのに時間がかかりますが、一度嫌いになると徹底して嫌いになる。ところが韓国の人は一日に三回も四回も嫌いになったり好きになったりしてすぐ忘れる。韓国語に『復讐の心』『恨みを抱く』はあるけど『根に持つ』という簡単な言葉が無いんです。」

この本はハングル講座の草分けの金氏と、その講座の長い受講者でもあり詩人の茨木のり子氏の長時間対談である。お互い言葉に関しては鋭敏な感性を持っており、お互いの文化に対して『はっ』とするところが多々あった。発見の本である。

しかも、お互いの国に対しては『違いを楽しむ』という態度であり、これからの日韓の交流のあり方の見本みたいな本である。まだまだ日本人は韓国人の行動の基準を知らないし、韓国人も日本人の『察する』文化など分かっていない所は多々あるだろう。そう言う理解の不足が今日の日韓問題にも影響しているはずだ。韓国人の主張は極端だという前にこの本を読む事をお勧めする。また、もし私に韓国語が出来たなら今すぐにでもこの本を翻訳してソウルの教保文庫の棚に並べたい。それだけ「力」のある対談である。

(以上がアマゾンに投稿した中身。以下は私のメモ。)


朝鮮語からハングル、韓国語への言葉の移行を例にして。金「(日本は)流行に走ったり、目の前の危機感にパニックになったりすることはありますが、社会を変えるような大きなうねり、流れは少しづつしか動きません。人々は変革を好まないし、変革を唱える人がいても、多用な意見があっていちいち気を使うものですから、みなの意見をまとめて動かすのに時間がかかるからだろうと思います。」<非常に鋭い。
茨木「韓国のことわざで「虎に噛まれて連れ去られても、気を確かに」というのがあるんですが、サッカーの粘り強さを見てもつくづく思います。」金「日本には「もはやこれまで」とか「あっさり」という言葉がある。反対に今韓国では「あっさり」という言葉が流行っている。」
金「誰かと知り合いになると日本では仲良くなってどこかへ遊びに行こうと言う事になるんです。これが基本です。しかし韓国では知り合いになるといっしょに遊んで行動しながら仲良くなる。善意のおせっかいもある。知り合いで無くても気がついたら注意しないと気がすまない。」<私も『かばんのチャックが空いている』と何度も電車で注意された。
茨木「失礼な言葉もある。オールドミスを老処女とかいて『ノウチョニョ』と呼ぶ。結婚していないと一人前とみなさない。結婚しても男子を生まないといけない。」
茨木『違いが面白いと感じるんです。』<(大切な視点だ)
金「気候の違いで、日本は疲れを癒すために銭湯に行く。韓国では月に一回か二回くらいしか行かない。その代わり冬はどんなに寒くても上は脱いで洗面する。韓国は空気が乾いているのでそれですむけど、日本では一日行かなかったらべとべとになる。」
金『韓国人は自分が親しくなったと思ったら距離感を置かない。」茨木『だからぶつかったときは激しいわけですよね。』「日本はある程度節度を大切にします。人間関係が壊れるのも、たいていは節度を踏みはずしたときです。」金『日本には部屋に押入れがある。」茨木『韓国は無いですね。部屋につんである。」金『ええ、万年床もありません。昼間は必ずたたんでおきます。」
金『韓国では夫婦が別々の布団を敷いて寝ることはほとんど無いのです。日本人は嫌いになるのに時間がかかりますが、一度嫌いになると徹底して嫌いになる。ところが韓国の人は一日に三回も四回も嫌いになったり好きになったりしてすぐ忘れる。韓国語に復讐の心、恨みを抱く、はあるけど根に持つという簡単な言葉が無いんです。」
金『日本人は気兼ねをし、気を使う。相手から気を使われることもある意味よしとする。ところが同情はされたくない。韓国人は気を使うこともしないし、気を使われると『何でそんな水臭いことをするのか』と思う。しかし同情はされたい。同情されたいから同情もする。『大変だろう。何とかしよう。』ということで同情するんです。」
金『日本ではバスに並んでいればいつかは乗れる。秩序が確立している。その秩序が乱れることには耐えられない。しかし、韓国ではバスは停留所にとまらない。」茨木『あれには参りました。走るんだけど、子供年寄り、身障者はどうするのか』金『ところが韓国は面白いんで、走っていくんだけどまずその人たちを乗せてから自分が乗る。不文律。韓国式秩序です。」<そう言うところは見習わなくては。
金『韓国の地下鉄には、車両の入り口のすぐ横の網棚に新聞とか雑誌、読み終わったものを置いておく場所がある。」<今年の韓国旅行で気がついた。
金『日本には怒る言葉が少ないですね。上司が部下に『君は何を考えているんだ』というぐらいでしょうか。」茨木『怒ったときは大声で怒鳴るくらいでしょうか。』金『韓国では普通に話しても大声に聞こえますから(笑)。顔の名前、内臓の名称もたいてい二つあって、悪態語として使い分けます。悪口大会は一回しかなかったんですが、一等になったのを直訳すると、「あくらつな強盗を蒸して肴にし、売女の閨水をもらい酒を作って飲んで、血くそをたらして死ぬ、南原の弁学徒と親類になって、天化に轟く下品なやつ。ピョンガンセ(パンせりに出てくる有名な下品な悪口ばかりいうやつ)のような孫を持つ奴め。」汚い言葉の意識がちがう。蛍は「ケートンボルレ」つまり「犬糞虫」です。流れ星は「ピョルトン」「星の糞」です。金芝河(キムジハ)の詩集に『糞氏物語』がある。ここに日本人の悪口がダーと出てくる。『五賊』もそうです。
金『日本人は純粋なんですね。物事をすごくまじめに受け止める。ところが韓国の人たちは大まかに受け止める。久しぶりにあった人に「あなたどうしの、その顔は?死にそこなったような顔をして」ストレートにいう。日本人は「顔色が良くないね。」というだけで傷つく。「やあ、老けた」といえるわけが無い。でも久しぶりにあったら『そう?やっぱり老けたねえ。』でいいんです。変わらないなんてお化けじゃあるまいし。でも韓国の若い人には注意します。日本人に対しては誉め言葉でも、傷つけるような言葉でもうかつに韓国語に翻訳していうな。老けたねえ、というとその場では笑うかもしれないけど、必ず気にする、家に帰って自殺するかもしれない。それほど日本人は純粋でまじめなのだ。」茨木『なんか人間が小さいのかもしれません。』
金『日本人も内心は強いはず。韓国の若者にいわせると日本人は『トッカダ』(性格が強い)です。地震がおきても笑っている。でもそれは違う。恐いんだけど恐がってもしようが無い、という気持ちがある。親が死んでも人前ではなかない。トイレなどで涙を流している。」
金『日本語の『察する』という言葉は韓国人には分かりにくい。相手が黙っているのにどうして察せられるのか。盗んで学ぶものすごい技だと思います。去っていく後ろ姿に両手をあわせるしぐさ、映画や漫画に良く出てくるのですが、あれは無駄だとずっと思っていました。今は無駄だと思いながらもやっとその心情が分かりかけている。」
金『日本人の生活は、合理的というか、生きている人のために生活している。そのために自分の家族があり、社会がある。韓国の人たちは伝統的に死んだ人のために動いている。先祖のため、先祖の供養のために生きている。自分が感知しうる先祖のことを、知っていることを次の大荷伝え、受け継いでもらうのがひとつの大きな役目です。儒教の教えは、四世紀にはいり、14世紀以降国教になる、人々の生活に深くいりこんでいる。タバコ、お酒どころかめがねも親の前ではかけれない。親から授かった自然じゃないとだめ。パーマも出来ない。儒教では体を傷つけるのは先祖に申し訳無い。」茨木「今はパーマ、ヘアカラー、整形などとても盛んです。ファッションのほうがさっさと儒教を脱ぎ捨ててるのではないですか。」金「時代の流れですね。」茨木「族譜(チョクポ)つまり系図を大事にしますが、、その中に強盗とかが居た場合はどうするんですか。」金「族譜の中で一族の中に官位についた最高の人を、誰かめぼしい人を決めて、その人にすがって生きているんです。だれだれさんは大臣をやった人の流れであると、その中に石川ごえもんが居ようとそんな人は無視する。」
金『陰暦8月15日には「秋夕」(チュソク)があり、私を例にとるとソウル郊外に墓(ミョ)丁寧には山所(サンソ)があり、サンソ参りをする。六代七代前から順にしていく。始まる前に年長者がこの人はどういう人だったか説明をしていく。毎年するので手帳に記さなくても自然と覚える。結婚をしていない人は墓も作ってもらえない。目下の人が墓の場合は、式の間目をそらす。関知できない前の墓の人は骨を焼いてしまって移して墓をなくす。」茨木「だけど女はたまったものではありませんね。」金『そうです。チョクポには女性は苗字しか載らないんですよ。女性は祭祀の準備をする人で男性は食べる人。」<そうだったのか。それで韓国中、墓だらけになっていないんだ。
金「茨木さんは『韓国現代詩選』(花神社)の翻訳しましたが、気がついたことは」茨木「韓国語は形容詞が豊か、日本語は名詞が豊富。韓国の詩は〈生きる〉ということに明確につながっている。花鳥風月はいたって少ない。感情を表現する言葉が多い。ユ・トンジュ(ゆ東柱)の星空を歌った詩。『死ぬ日まで空を仰ぎ一点の恥辱無きことを…』日本の敗戦半年前に27歳で獄死したのですね。私の散文が築摩書房の高校教科書に13年間載っています。」金『そのことを知っている韓国の人は大変少ないでしょう。」茨木『もうひとつ気がついたのはテーマに母を歌ったものが大変多いということでした。日本では少ない。儒教の影響はあまり無いように思うが。」金『韓国は女性蔑視、差別がずっと続きました。貧しくもありました。苦労の多いオモニにとって最高の楽しみは我が子の成長です。子供にとっても、虐げられ苦労する母の姿を見て育ち、思いは強く、これは一生薄れません。『情』(チヨン)の世界です。母は弱い人というのが古い韓国の通念ですが、今の女性パワーを考えると、母は強くなり、父は弱くなる一方、遠くない将来父を詠う詩が登場するかも。(笑)」
茨木『韓国の歴史ですごいなと思うことが二つ。古代中国に侵略されたり、近代日本に侵略されて禁止されても朝鮮語を見失わなかった。あと、他国を侵略したことは無かった。他国から侵略されたことはあったけど、最後は必ず蹴散らしてへたばらなかった。朝鮮戦争はあったし、ベトナムで国連軍としていってしまったことはあったけど。」金『今北朝鮮の悪いところだけが非常にクローズアップしています。』茨木『それは、最近まで日本の知識人、マスコミが北朝鮮支持だったんです。韓国は軍事独裁政権で、悪口ばかり言っていた。北朝鮮叩きというのは昔の韓国叩きと良く似ています。」<韓国の侵略しないという思想は弥生時代に倭国に輸入して来た可能性が強い。
茨木『冬ソナ効果で、韓国への憧れが生まれて、これは古代を除くと史上初めての現象。』
(05.05.04記入)



2005年07月19日(火)
『東アジア共同体』谷口誠

『東アジア共同体』岩波新書 谷口誠
《東アジアに地域統合が必要な理由、そしてその問題点》
2000年のシンガポールとのEPA(経済連携協定)まではGATT(関税および貿易に関する一般協定)が原則であった。しかし、FTA(自由貿易協定)が世界の流れの中で日本は現状認識を欠いていた。米国グロバリゼーション下での地域化はGATTの理念と大きくかけ離れている。現在東アジアにあるのはAFTA(ASEAN自由貿易協定)である。アジア通貨危機後の協力関係から今はASEAN+3(日本、中国、韓国)という関係になっている。しかしまだこの三国間のFTAは結ばれていない。「こうしてみると、世界で地域化が拡大し、深化していく中で、北東アジアではこの地域のみポッカリ穴があいたような印象を受ける。」

こういう問題意識で書かれた本書は、日中韓の関係改善の阻害要因になっているのは『歴史認識問題』であるとずばりといって見せる。他にも『日本のアジア外交が行き当たりばったりの対症療法的で長期戦略に欠ける』ともいっている。その通りだと思う。現在の日韓、日中関係はその克服以外には展望が無いと私も思う。しかし、そのための著者が示した処方箋は薬局の「風薬」ぐらいの効果しかないのではないか。

東アジアでの貿易シェアは世界のそれの中ではまだ小さいが、しかし地域統合を達成していないのにもかかわらず、ずっと伸張してきている。その力をさらに活かす道を「本気」で探らない今の政府は、やはり『無能』だといえよう。民間が出来ることはなにか。政府の『歴史認識』を正し、民間レベルの(特に文化面での)交流を急速に発展させることだろう。
(05.05.03記入)



2005年07月18日(月)
「教養の再生のために」加藤周一 ほか

「教養の再生のために」影書房 加藤周一 ノーマ・フィールド 徐京植
《加藤周一講演》大正教養主義とは、夏目漱石の弟子たちに当たる人(安倍能成、和辻哲郎、野上弥生子、寺田寅彦)が穏やかなグループつを作っていて、そうの中でかもし出す雰囲気がそれであった。教養主義は死につつある。理由は二つ。『職業の技術には役がたたない』『高等教育の大衆化』。
しかし、車を動かして遠くに行くにはテクノロジーと技術が必要ではあるが、その目的を決めるためには『教養』が必要なのです。教養の中からは『自由』と『想像力』を引き出すことが出来る。教養の再生が必要です。しかも新しい形で。
《ノーマ・フィールド講演》アメリカの戦争以前に史上最大の反戦運動が起こった。しかし阻止することが出来なかった。これを敗北と考えるとき、一種の頽廃が始まる。現代はベトナム戦争ほど、他者の痛みが見えなくなっている。貧困層から軍隊の志願を募っているという現状がある。教養が必要です。
《加藤周一インタビュー『教養に何が出来るか』》子供の頃から父親と良く話し合った。そのことの影響は大きい。との話は初耳。今まで加藤周一は父親の話をあまりしていない。なぜか。
当時(戦前)日本の中で「反戦」は少数派だった。しかし世界の中では多数派であった。そのことを知るには『教養』が無くてはならない。今ある日本には小さな反戦のグループが無数にある。しかしそれを横に結ぶ連絡網が無い。これは戦前の日本に似ている。だから加藤は『九条の会』に結成したのに違いない。あの会の発想はいったい誰が出したのだろうか。
教養はテクノロジーと両立する。科学的知識のスペシャリゼーションが進むとき柔軟で自由な精神が必要になる。それを与える唯一なものが教養なのである。しかし、テクノロジーは『専門化主義』に向かう。そして『専門化主義』は教養を直接には要らないというでしょう。私の行っているのは『理想主義』では無くて『現実主義』なのです。
教養に何が出来るか、それは分からないのですけど、それしかないし、それに賭けるしかないと思います。希望はそこにしかない。
《徐京植講義》プリーモ・レーヴィの『アウシュヴィッツは終わらない』のなかの教養の意味、を考えるべき。
しかし、彼は証言するために生還して来たのだが、やがて自殺する。現代というのは、『簡単』ではないのである。

大学生に向け、教養過程が縮小していく御時勢の中、『教養』の大切さを訴えるために企画した講演会、特別講義、インタビューの記録である。加藤周一の『教養に何が出来るか、それは分からないのですけど、それしかないし、それに賭けるしかないと思います。希望はそこにしかない。』という言葉が印象的である。加藤によると教養は死につつあるのだそうだ。理由は二つ。『職業の技術には役がたたない』『高等教育の大衆化』。しかし「車を動かして遠くに行くにはテクノロジーと技術が必要ではあるが、その目的を決めるためには『教養』が必要なのです。教養の中からは『自由』と『想像力』を引き出すことが出来る。教養の再生が必要です。しかも新しい形で。」それは例えば渡辺一夫が戦中に戦争非協力者になった力にもなった。「当時(戦前)日本の中で「反戦」は少数派だった。しかし世界の中では多数派であった。そのことを知るには『教養』が無くてはならない。」
この本、大学新入生や高校生にぜひ読んで欲しいのだが、いかんせん高すぎる。玉に瑕(きず)である。
(05.05.20記入)



2005年07月17日(日)
失踪日記 [著]吾妻ひでお

失踪日記 [著]吾妻ひでお

吾妻ひでお、といえば「不条理日記」である。シンプルな線で、SFのどろどろとした世界と愛情を、笑いのオブラートに包んでみせてくれたときの驚き。たまたま職務質問された警察署の中にいた「おたく」の警察官が「先生とあろうものが」と絶句した気持ちは良く分かる。その場でサインをもらったのも。ただ「夢」という題のサインをねだるとは(絶句)。

彼が失踪したくなった気持ち、あるいはほかの職種に変わった気持ち、アルコール依存症にまでなったのは、ぜんぜん分からないわけではない。私の生活もこの春からそのようなものだ。ただ、良く分かると言ってしまったら、彼に対して、彼のこの「すべて事実だ」という作品に対して「失礼」だろう。ただ漫画の力というのはすごい。読んで二週間以上経っているのに、いまだにルンペン生活の状況がありありとよみがえってくる。「力」のある作品である。
(05.05.02記入)



2005年07月16日(土)
「ミシェル城館の人第二部自然理性運命」 堀田善衛

「ミシェル城館の人第二部自然理性運命」集英社文庫 堀田善衛
ついに「われらのミシェル」は世界初のエッセイ『エセー』を書き始める。38〜9歳の「ミシェルの精神は、まだ明瞭な主題を見出していない。」しかし彼は書き始めるのである。後年彼はこういう事を書いている。「私は私の生活を私の行為によって記録することが出来ない。運命がそれらの行為をあまりに卑小なものにしたからである。そこで、私の思想によって生活を記録する。」私はこの言葉を『美しい』と思う。彼の行為が「卑小」かどうかは置いておくとして、彼の生活態度をうらやましく、またはひとつの思想家の在り方かなとも思う。

世は騒乱の時代である。ミシェルは隠遁者の生活をしながら、同時に新しい政府の助言者としても活躍をする。しかし彼はそのことについて多くは語らない。いっぽうで、哲学論的なことは書かない。彼の『エセー』は『人間の日常にそった、日常にどっぷりつかったところから来ている』。その中で世の中からひとつ抜きんでいる所に自分の思索を置く。こう在りたいものだと思う。

騒乱という『運命』の中で『理性』を保ちながら『自然』に書く。私はこの本の副題をそのように解釈した。
(05.05.02記入)



2005年07月15日(金)
『逃亡作法』東山影良

『逃亡作法』宝島社文庫 東山影良
これが第一回『このミス』大賞銀賞ねえ。犯罪小説として、どうも中途半端な読後感であった。登場人物に共感できないのは、犯罪小説だから当然として、「それでも魅力的である」というところが不足している。じゃあ文体で魅せるか、というとうーむ、という感じ。無国籍なのを狙っているのは分かるが、徹底していない。プロットは?人によるだろうけど、私にはイマイチ。

要するに、私にはあわなかった。受賞作品だというだけで選んじゃだめですね。
(05.04.29記入)