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2004年07月17日(土) ■ |
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「夜消える」文春文庫 藤沢周平 |
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「夜消える」文春文庫 藤沢周平 男と女は駆け引きである。騙そうとする。騙されまいとする。ー「誠実」のみが最後に勝利する、などとは決して言わない。「夜消える」で最後に誠実を示した飲んだくれの父親のその後を、私は決して幸せだとは思わない。 男も女も、もともとたいしたものではないのだ。愛息子を見殺しにしてしまった「永代橋」の夫婦。ー「救い」は?あり得るかもしれない。ない、などと誰が言えるだろう。 「初つばめ」では中年女の「酔い」を見事に描く。「遠ざかる声」では新作落語を聞いているみたいだった。愛しい市井短編集。(04.05)
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2004年07月16日(金) ■ |
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ウズベック・クロアチア・ケララ紀行 岩波新書 加藤周一 |
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ウズベック・クロアチア・ケララ紀行 岩波新書 加藤周一 1958年から59年にかけて、加藤周一はソ連成立40年後のウズベック共和国を訪問し、ユーゴ建国15年後のクロアチア、選挙で初めて共産党政権が成立して2年後のインドケララ州を訪れる。その紀行文を書いたあと「あとがき」において氏は、社会主義諸国の経済的発展は後戻りしないだろう、いっぽう米英は社会主義的政策を強めるだろう、よって「冷戦は現実によっていつか追い越されるほかは無いだろう」と予測する。59年に出版されたこの本の予測は、少し修正を加えてその30年後に実現した。
氏は文学者であり、文明批評家であり、旅人である。決して国際政治学者でもなければ、哲学者でもない。「非専門の専門家」として50年代のこの三つの社会主義政権を厳しく暖かく紹介している。できるだけ客観的な叙述には気を付けながら、この三つの政権には基本的には好意的だ。この三つの政権はやがて崩壊する。しかしそれは氏の見方が甘かったからではない。この当時の専門家の誰がその後の「崩壊」を予測できただろうか。一連の出来事は基本的にはあの小さな地域の責任ではなく、もっと大きな「流れ」のせいだったのだろう。
社会主義政権の中の意外とも思える「自由」の大きさ、日本の実態とあまりかけ離れてはいない「貧乏」の状態、一方で「教育の充実」、「飛躍的な経済の発展」。氏が見たのは、あり得たかもしれない社会主義諸国のもう一つの「未来」だったのかもしれない。
この作品の大部分は氏の著作集には収録されれていない文章である。しかもこの本自体は長い事絶版状態であった。私はこの本に初めて触れ、青年加藤周一のみずみずしい感覚に感心した。(04.05)
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2004年07月15日(木) ■ |
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「宿命」講談社文庫 東野圭吾 |
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「宿命」講談社文庫 東野圭吾 最新の帯にこうある。『のちの名作「秘密」「白夜行」そして「幻夜」へとつながる重要なテーマを秘めた原点ともいえる小説』。これにひかれて読んで見たのだが、果たして『テーマ』といっていいものか。
さて、確かに、最後の10Pに真の主題らしきものが現れるのだが、それほど意外でも感動的でもなく、私には失敗作の様に思えた。本格推理物としてトリックに本腰を入れるのでもなく、松本清長みたいに社会派推理を目指すのでもない。しかし『謎』だけは提示する(今回は宿命)といのは確かに「秘密」や「百夜行」と構造上は似ている。しかしそれは「テーマ」ではなく、書き方の問題だろう。
問題はいくつもあるが、最大の問題は各人物像がすべて中途半端に終わっているという点にあるのだろう。人物造形に成功した例として「百夜行」の桐原亮司と西本雪穂では、私はやっと桐原だけそれを達成したと思っている。「幻夜」はまだ読んでいないので分からない。人間を描くというのは最大の「謎」を描くということなのだと、つくづく思う。(04.06)
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2004年07月14日(水) ■ |
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「プチ哲学」中公文庫 佐藤雅彦 |
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「プチ哲学」中公文庫 佐藤雅彦 1P目はタイトルが書かれてある。2P目と3P目には可愛いマンガが書かれてある。4P目はマンガからなにが考えられるか、解説が書かれてある。
この本をより楽しむ方法を「考えて」みた。マンガを見た時点で次ぎのページの解説の中身を当てるのである。例えばエレベーターの絵がある。「急いでいるときには一番あとに乗る。」「すると一番先に出る事ができる。」なるほどー、今回のテーマはなんだろう。「逆転の発想」という事かしら。などと考えてみる。ページをめくってみる。「逆算という考え方」でした。最終結果がはっきりイメージできているとそこから逆算してスタート時点でなにをしておけばいいのかおのずとはっきりしてくる、ということらしい。まあ確かにその通りだけどね。
私はこういう読み方でずっと読んでいったけど、結局きちんと当てたのは一割も満たなかった。それは私の考え方が浅かったからかもしれないし、この著者の考え方が私と合わなかったからかもしれない。ただ私は面白かった。それは「楽しく考える時間」が持てたからである。マンガも解説も「哲学」と銘打つほど考え抜かれてはいないと私は思う。けれどもそれでいい。まあ、そういう本である。(04.05)
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2004年07月13日(火) ■ |
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「巴里妖都変」講談社文庫 田中芳樹 |
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「巴里妖都変」講談社文庫 田中芳樹 だんだんと、このシリーズの私なりの楽しみ方が定まってきた。これは愛すべき女性の「とてつもない我がまま」に耐えるにはどういう「心構え」でいればいいのか、絶好のテキストなのだ。 決してその女性より優位にたたない事、 時々は女性の先回りをして思いやりを示す事、 一応目立たないほどかっこいい男であること、 いざというときは命がけで女性を守る事。 大変困難な「心構え」ではある。泉田準一郎警部補はそれをなんなくやってのける才能を持っている。うらやましいことだ。たぶんその努力に対する報いもいつかあるに違いない、あればいいな、無いとかわいそ過ぎる、という読者の思いを知ってか知らずか、涼子様は今回ガラにも無く「本音」をチラチラ出している。泉田氏は全然気がついていないが…。(04.05)
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2004年07月12日(月) ■ |
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「朝霧」創元推理文庫 北村薫 |
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「朝霧」創元推理文庫 北村薫 「山眠る」の真相を隠したエピソードの描き方が好きだ。このシリーズはこれまで日常のふとした出来事を推理仕立てにして私たちにミステリーの醍醐味を味わせてくれていた。しかしこの作品では推理の結論は読者である私たちに委ねられている。そして主人公たる〈私〉は、円紫師匠の助けを借りなくても、その謎を解き、その謎に適切な行動を取る、一歩手前まで来ている。一巻目から考えると明かな成長である。
私は、本郷先生親子の行く末と同時に、〈私〉の行く末についても暖かい未来を「推理」せざるを得ない。(04.05)
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2004年07月11日(日) ■ |
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「ぼんくら」講談社文庫 宮部みゆき |
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「ぼんくら」(上)講談社文庫 宮部みゆき 現代は推理小説の成立が非常に難しい時代である。捜査方法はますます分業化、複雑化してきており、犯罪方法は非常に残酷化、犯罪動機は「サイコパス」に代表されるように、「分からなく」なってきている。
そういう現代にあえて宮部みゆきは挑戦しているのではないかと私は推測している。江戸・深川の鉄瓶長屋という「閉じられた社会」を舞台に、ぼんくら同心平四郎という「探偵」を主人公に、「謎」を提示して解決に向かわせている。典型的な昔の探偵小説である。そこに描かれるのは今は失われているかもしれない下町の「人情」、そして登場人物たちのさりげない「知性」である。現代という時代はもはや江戸時代まで辿っていくことでしか、探偵小説がもたらせてくれる癒し感は得られないのかもしれない。
上巻はいわば謎提示編。一息で読めるだけにここでいったん休憩を入れて下巻に向かうのも良いかもしれない。「伏線」はたくさん見つかった。でも私はまだ謎解決までいたっていない。もう一度読みなおそうかしら。
「ぼんくら(下)」講談社文庫 宮部みゆき うーむ、こういう結論だったか…。
時代推理小説として、際立った傑作とは言いがたいが、キャラクター造詣の妙とあいまって充分楽しめる作品にはなっている。特に後半異彩を放つ美小年探偵弓之助、人間テープレコーダーおでこ、そして岡っ引きの政五郎。
全てが「ふ」に落ちたわけではない。特に冒頭の殺人事件の処理の仕方は納得がいかない。
ただ、短編小説集と思わせて、ひとつの長編に仕立てた宮部みゆきの今回の「仕掛け」は気に入った。(04.05)
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2004年07月10日(土) ■ |
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「本所しぐれ町物語」新潮文庫 藤沢周平 |
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「本所しぐれ町物語」新潮文庫 藤沢周平 藤沢「市井物」の大傑作である。「市井物」の傑作で短編集というとまずは「橋ものがたり」があげられるが、これはまたそれとは一味違う。本所深川、架空の町「しぐれ町」を舞台に、気のいい大家、情報通の書役、夫婦仲が醒めてしまった中堅商人、大人ぶる少女、浮気妻を許してしまう職人、浮気の虫を抑えきれない若旦那、等々。ときには主役に、ときには脇役で出てくる町の人々を描いている。私たちは読んでいる間はしぐれ町の住人になる。そして、「切ない」人生を共に「楽しむ」のである。
たとえば、胸の小さい若奥さんの話「乳房」が私にはとても切ない。おさよは夫に浮気をされてどうしても許す事ができない。飲み屋の主人おろくはそのおさよにこういう。「男なんてものは、土台そんなにりっぱなものじゃないんだよ。あんたが考えるほどにはね。そして今にわかるが…」「女だって、そんなにりっぱなものじゃないのさ。」おさよのくるくる回る感情が切なくて楽しい。(04.04)
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2004年07月09日(金) ■ |
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「東電OL症候群」新潮文庫 佐野眞一 |
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「東電OL症候群」新潮文庫 佐野眞一 「疑わしきは罰す」方式でマイノリティであるネパール外国人労働者を犯人に仕立てあげるこの国の司法の闇は相変わらず酷い。
日本よりも外国のほうがこの事件を深く報道しているというのも、この国のマスコミのムラ社会体質を感じて嫌になる。
著者の努力は買う。しかし後半、売春判事の故郷まで行って執拗にそのプライバシーを暴いているのは事件との関連性が非常に薄いと思わせるだけに疑問を感じた。もちろん、疑わしきは徹底的に取材はすべきだったろう。しかし、「あえて書かない事」それも良質のルポの条件ではないだろうか。(04.04)
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2004年07月08日(木) ■ |
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「家計から見る日本経済」岩波新書 橘木俊昭 |
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「家計から見る日本経済」岩波新書 橘木俊昭 日本経済に元気が戻らない。なぜか。一番の稼ぎどころの「消費」に元気が無いからである。なぜか。年金、福祉、共稼ぎ、サービス残業、幾つかの要因があり説得力持つ「数字」でもって説明される。あるいは学者からの指摘で、あらためて、ああなるほどな、ということも多かった。消費行動にはデモストレーション効果(「3種の神器」とか)がおおきいとか、魅力的な商品の開発が必要であるとか。元気に戻す対策では幾つかはっきりしないところはあったが、分析部分は数字に疎い私でもなんとか付いて行けるレベルだった。
家計というのは日本経済の土台部分である。上から下を見るよりは、下から上を見たほうが物事の本質ははっきり見えるようになる。(04.04)
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