ぶつぶつ日記
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2003年10月16日(木) |
結果を見届けられない |
最初から、問題が山積みだった。 それでも何とかクラスを開講し、1年以上やってきたけれど・・・。 上の人にはいいわけにしか聞こえないかもしれないが、 担当としては、全くない予算の中、 宣伝広告から学生集め、クラスカリキュラム、クラス運営と、 ない知恵を絞り、やれるだけのことはやったと思う。 広告費ゼロだった割には、問い合わせもあった方だと思うし。 でも、もう袋小路。 私たちには、それを打破する手立てが見つけられない。 しかも担当は2人だし。
前々から言っているけれど、 ルティーンワークの中に入るよりは、 自ら開拓して行く仕事の方が性に合っているとはいえ、 評価もなし、評価どころか、常に消極的妨害の中での1年は、 正直言って、かなり疲れた。 しかも、一緒に仕事をしている先生には、 あふれんばかりのこの学校への愛があって、 それが原動力になっていたのだろうけれど、 私にはそんなものはないし(^^;)。 時には、この先生のこの思いが、私には重た過ぎてもいる。
最初から今まで、ずっとクラスに通ってきている学生の人がいて、 最近になってようやく、 今まで蓄積されてきた学習の効果が、 現れるようになってきている。 もう少し、後半年くらい勉強を続けたら、 きっと効果は誰の目にも見えるようになるだろうと、 同僚の先生は言っている。 だが、残念だけれど、その結果を 私たちは目にすることができないかもしれない。 それがとても、残念だ。
日本にある日本語学校の、かなりたくさんの学校のトイレの壁には、 アジア某国の言葉で、トイレの使い方の張り紙がはってあるんじゃないかと思う。 差別ではなくて、習慣が違うのでしょうがないのだ。 ここは日本だし、その国以外の学生もいるし、 最低限「日本の習慣」は守ってもらわないと。 さすがに、張り紙があるからか、 外国に生活しているからか、 そんなにびっくりすることが日々あるわけではないけれど、 最近、このトイレに関することで、 激しい文化習慣の壁を感じている私なのである。
確かに、トイレというところはそんなにきれいなところではないが、 使いようによっては、かなりきれいな状態を維持できると思う。 そのためには、使う者が後から入る人のことを考えて、 できるだけ現状維持で使用するという「努力」が必要になる。 が、そこまで考えなくても、 最近はどこも水洗トイレだし、 そうそうトイレは汚れないと思うのだが・・・。 私が入るのは、もちろん女子トイレである。 汚い話しなので、食事前には読まない方が良いんですけど、 最近、この床に、「痰」が吐かれているのだ。 ・・・・・。 別に痰を吐くなというわけじゃないが、 どうして床にはくんだろう? なんだったら、便器の中にはいて、流せばいいんじゃない? トイレの床はきれいじゃないけれど、 長いパンツをはいていて、それを下ろしたときに、 パンツのすそが床についてしまうこともあるでしょう? そこに、痰、吐くか・・・・。 自分のパンツのすそに、誰かの吐いた痰がつくなんて、 考えただけでもいやだけど、 吐く子はこういうことは考えないのかなー????? ちなみに、その国では、 街中で女子も痰を吐いたり、手鼻をかむこともあるという・・・。
たかが痰、されど痰。 それが文化習慣。 やっぱり越えられない壁もあると思うのだった・・・。
シレラレオネ、という国を知っているだろうか。 アフリカにある、この間まで激しい内戦をしていた国。 ここでは、敵方の大人子供を殺さずに、 その手足を切断するという「戦法」が取られていた。 未来にわたって、敵方を弱体化させるという、おぞましい考え。 そして子供たちも、誘拐され、暴行され、麻薬を打たれ、 少年兵として狂った戦闘の只中に放り込まれていた。
現在、状況は少しだけ落ち着いてきているようで、 このような少年兵が助け出され、 日常生活を送れるように、施設でリハビリを受けている。 しかし、異常な生活を送っていた彼らは、 ちょっとしたことで、すぐ激しい暴力を引き起こしてしまうという。 コンピューターの順番待ちのような、 ほんの些細なことから。 彼らの面倒を見ているNGO関係者も どうしていいのかわからないほどに、 ほんの些細なきっかけで、暴力が再発してしまう。
つい先日、またイスラエルでパレスチナの自爆テロがあった。 そのレストランは、もう長い間、 ユダヤーアラブの経営がうまく行っていた場所で、 被害に遭った人の中にもアラブ系の人も含まれていた。 そして、そのレストランに突っ込んだのは、 29歳の、女性であった。 弟と親戚をイスラエルに殺された、女性。 これだけ聞くと、単純な復讐のように思う。 けれど、実際はそんなに単純な感情ではなかったと、 これまでのパレスチナ人の80年という年月を見て思う。 暴力と、閉塞感と、憤りと、、、、 ありとあらゆる負の感情が堆積してきた80年間。 その場から逃げることは、一生その場に戻れないことを意味するような、 選択のあまりにもない80年。 踏まれても踏まれても、殺しても殺されても、 非難される「パレスチナ」という立場。
「希望」を持てるのは、贅沢なことなのだ。 暴力の連鎖の中では、希望という言葉は、 あまりにも夢物語に近い。
暴力の中で、生きて行くということ。 それは、暴力に身を任せ無感情になるか、 激しい怒りを誰か自分以外のものにぶつけて行くか、 結局は「暴力」を選ぶしかない、 究極の悲しい選択しか存在しないことを意味する。
私は、生まれも育ちも都民、である。 しかし、考えてみると、「都民」として行政のすることに、 注意をはらったりすることが、本当になかったんだなと、 最近になって思った。
現在、慎太郎都知事は、都立四大学の統合と大学改革、 という計画を推し進めている。 私のところに、バイトに来てくれている留学生が たまたま2人とも都立大、 また、日本語教育の恩師も都立大ということで、 色々な情報が入ってくる。
大学を統合し、総合大学として新たなに形作ることは、 確かに有意義かもしれない。 けれども、その改革案を見たとき、 疑問符がいくつも浮かんだ。
・国文廃止 ・目先の人気のありそうな科ばかりを設置 ・しかも、それは専門学校レベル ・全寮制案(その名も東京塾!)
・・・・・・しばし、沈黙。
柱となる、東京都立大の特徴というのはなんだろう。 それは、あくまでもアカデミックな、 研究がしっかりしている大学であること。 そのために、そういう特徴を生かして、 教授たちとしては、「大学院大学」のような形で、 大学統合をすすめたいと考えていたようだ。 しかも、全寮制ってなんですか? その上、国文廃止って?
過剰で余剰な人員を削減することは、 確かに必要ではないかと思う。 そのために、統廃合されてしまう科が出てくるのも、 致し方ないと思うが、 観光ツーリズム科(観光観光科ってことかよ)や、 演劇なんらた科?というものを作るけど、 国の言葉である国文や、外国文学はどうでもいいんですね。 表面上の国際化ができれば、それでいいのか。
色々と、ぶつぶつ言っているのは、 私の面前に、今後の人生設計にまで影響が出てしまう、 留学生が二人いるからだとは思うが、 それにしてもやっぱり、 日本人ってのは、行政のやることに、 なんら注意を払っていないんだなと、 自分を含め、今回のことで実感したのだった。 行政を野放しにして、好き勝手やらせているのは、 それは国民のせいでもあるんじゃないかと。 政治家の追っかけをする前に、 政策について吟味しないと、 政治は、顔でやるもんじゃないし。
もう少し、行政を監視することに、 注意を向けてみようと思っている、 今日この頃なのだった。
相変わらず混迷が続くパレスチナ。 今朝の新聞に、パレスチナ、イスラエル双方の市民のインタビューが載っていた。 いつも、現在のベツレヘムの写真を見ると、 にわかにはそれがベツレヘムだとは、信じられない気持ちになる。 自分が見たのどかなベツレヘムとは、全く違う町のようだから。 活気があって、でものんびりとしていて、 青い空に万国旗がひるがえっていた、私の訪れたベツレヘム。 それが今では、観光で訪れ人もほとんどなく、 イスラエル軍の攻撃で壊れた建物は、 修復もほとんどされていないようだ。
兵器で、蹂躙されるということ。 戦後に生まれ育った私には、想像もできないことだが、 ベツレヘムを見る時、 そのすさまじさが、少しだけ実感できる。 私たちがリュックを背負ってのんきに歩いた道は、 戦車のキャタピラの下で、きしんでいただろう。 パレスチナ人に混じってそぞろ歩いた狭いスーク(市場)は、 破壊されてしまっただろう。 道を聞いたサイダリーヤ(薬局)は、今もあるんだろうか?
積み重ねられた歴史は、 兵器の前で一瞬に破壊される。 壊すことは、あまりにも容易い。
ネット知人に第1子が生まれて、 「こんなに小さいのに、つめがはえている!」と 新鮮に驚いているのをきいて、 兄に初めて子供が生まれたときの事を思い出した。 兄は結婚する時にもめにもめた。 なぜなら兄は21才、お嫁さんになる人は20歳で、 できちゃった結婚だったからだ(^^;)。 そんなこんなで生まれてきた女の子は、 人よりも小さく、しばらく保育器に入っていた。 その小さい手を見て、兄も知人と同じように、 「あー、こんなに小さいのに、手にも足にもつめがある〜。」 と新鮮に驚いていたものだ。 そして、そんな赤ん坊だった姪が、本日大学合格。 この調子でいくと、来年の春には、まさに「女子大生」になれるようだ。 はー、時が経つのは早い。 私は、彼女が生まれたころと、 なんら変わっていないような気がしているのに、 確実に、時は経ているのだな。 むははははは、苦笑い。 せめて、彼女が大学2年生になる前に、 私の大学生活も終えていたいものだ。 そして、彼女が大学を卒業する前に、 次のステップも、終えていたいと思う。 時をただただ、見送るだけじゃなくて。
イスラエル軍のエリートパイロット27人が、 「占領地での違法で反道徳的な空爆命令を拒否する。 パレスチナの一般市民への攻撃を拒否する」 との声明を付記した書簡を空軍司令官に提出した。 ハルツ空軍司令官は、「数千人のうちの、たった27人」と言っているが、 それでも、いまだかつてなかったことであり (イスラエルでは過去3年間に約500人が「占領は違法」と、良心的兵役拒否、 投獄されているが、エリートのパイロットの集団拒否は初めてのこと)、 軍への衝撃は大きいという。
イスラエルは国民総予備兵国家だ。 18歳になると男女問わず全員が徴兵され、 それが終わっても予備兵として登録され、 訓練や実際の軍事に参加しなくてはならない。 そして、もしこれを拒否したら、 投獄を免れない。 投獄だけではなく、社会的にも差別され、 仕事に就くこともままならない状態になるという。
兵役拒否の波は、軍司令官の言うように、 本当に微々たるものである。 この国の人々は今も、自らを守るのは自らであると、 喜んで兵役につく。 そして、彼らの面前に敵として存在するのは、 「国家」も、「軍」も実質的には持っていない、 パレスチナの人々だ。 やられたから、やり返す。 やり返えされたから、また攻撃する・・・。 果てしない憎悪の鎖を断ち切るのは、 「国家」を持ったイスラエルが先だと、私は思う。 なぜなら、彼らは国際的に自分たちの立場を主張できるから。 パレスチナには、その権利すらない。
微々たる行動でも。 それが気の遠くなるような長い時間をかけなくては、 大きな流れにならなくても。 今回の27人の思いが、いつか実を結ぶように。 すがりつくような気持ちで、応援するしかない。
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