皇帝の日記
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2004年06月10日(木) 国際電話は計画的に

今日仕事してたら米の国からTELがあった。
「おたくの1960年代に録音したインタビューは、カセットテープがオリジナルか。それともDATかHi8か」
というお問い合わせ。

バーカバーカ。
1960年代にDATもHi8もこの世に存在してないよーん。

という意味のことを、柔らかく返しておきました。
いくらソニーの国でもねえ?

東京オリンピックが1964年だす。


2004年06月09日(水) チケットと保険

韓国行きの飛行機チケットと保険の見積もりを出してもらったら、結構なお値段で。
うひょーっとなった皇帝です。
でも保険に入らずに海外行くほどには大胆ではないので、まあ入るしかないか。

最近、出かけるときは暑いのに、帰宅時には肌寒い、微妙なお天気。
気に入っているのが、小学校の時に着ていたダボダボのYシャツシリーズを鞄に詰めて持ち歩くこと。
あれは畳めばコンパクトに携帯できるし、さすがにいつ捨ててもいいほど古いから、遠慮なく色んな使い方ができてナイス。
でも気がついたら、ほとんどのシャツの洗濯表示のところに、母の手書きで私の名前が入っている(しかもフルネーム)。
無くさないように、と幼い我が子の服に名前を書いたのでしょう。
でもYシャツはなくさないと思った。

いつ捨ててもいいとか言ったけど、今日着ていった奴は虫に食われてた。
悔しい。
いや、いつ捨ててもいいんだけど。
でも悔しい。


2004年06月08日(火) 奥歯に物が挟まってそう

内定でたとこの研修に行ってきました。
休ませろよ。
学生のうちはよう。
と思うんだけど、会社としてはどうなんだろうね。
つうか、時給くれ。
500円でも良いから。

ぶちぶち言いながら、お勉強して、色々具体的な業務の説明を聞いたり。
それにしてもこの会社遠いから、本気でここで働くとなったら、皇帝遷都です。
自宅からだと所要時間2時間ちょい。
うーん・・・半端。
気合で通えなくもないけど、通いたくない距離。
出社拒否とか、容易に陥りそうだ。


2004年06月05日(土) あって思うこと

面接の途中でこらえきれずに鼻汁がたれた時。

あ

って思った。
たぶん相手も思ってた。
さり気に顔をそらして、軽く鼻を拭って、ニッコリと微笑みながら振り返る。
この笑みには意味が幾通りかある。

まず、追求はするな、という照れ隠しの笑み。
でなきゃ、ほら笑ってるからつっこんでくれても良いわよ、という笑み。
自嘲。

とりあえずつっこまれなかったけど、その面接はパスした。
中国仕込み手鼻をかんで、文化に精通している様を見せ付ければよかった。

と余裕が出てきて後悔。


2004年06月04日(金) 先のことはわかりません

カサブランカを見た。

歴史に残る名台詞が山ほど出てくる、あの映画。
何故か最初の15分間、白黒であることに気がつかない皇帝。
あ、白黒だ。

それにしてもヒーローの顔がでかい。
肩の幅に対しても大きいし、女優の顔に対しても大きい。

ついでに画面に対しても大きい。


2004年06月03日(木) OGって・・・

OG/OB訪問という制度があるらしいというのは聞いていた。
だがそれをやりたいとは微塵も思っちゃいなかった。
のに、強制でやらせる会社があったので、不本意ながらOGとやらと食事に行かされた。
それにしても、全然大学とか一緒じゃない。
ただ単にその辺で暇してた一般社員だ。

当然盛り上がらない食卓。
しかもやすっちい定食屋に連れて行かれる。
一応業界大手なのに・・・。
「会社のおごりだから、どんどん食べて!」と言いながら、あるのは1000円ランチのみ。
そのうえ全ての食事が、ただしょっぱいだけ。
「何でも聞いて!」
と言いながら、入社二年目の彼女はほとんどの質問に答えることができない。

「女の子は大事にしてもらえるよー。出張とか出されるのは男の子だけだしー」
って、それは使ってもらえない、の間違いなんじゃないでしょうか。

「住宅手当は結構出るけど、一人暮らしの許可はめったに出ないよ」
って、それはなんかの間違えじゃないでしょうか。

なんだったんだろう。
あの、鼻水をこらえて食事をした二時間は。
もしかして夢だったんだろうか(悪夢)。


2004年06月02日(水) 光陰矢のごとし

というわけで、テキサスの後編をそろそろいい加減編集してまとめないとなー・・・と思っているわけなのだが。
当時の日記を見直してみたら、なんと「22歳」とか言ってるのを読んでしまった。

うつりにけりないたずらに、という心境。

そうか・・・22歳だったのか・・・。

そうかそうか(言葉少なに頷く様)


2004年06月01日(火) 耳がアセモ

耳に汗疹ができた。
というのも、自分が風邪で熱があったので外気温が高くなっていることに気がつかず、羽毛布団にグルグル巻きになって寝ていたから。
そら頭から耳に流れ落ちるほど汗もかくわ。

で、汗ダラダラしながら枕に耳を埋めていたので、耳が痒い。

そんな絶不調の中、面接は続くヨどこまでも。
てなわけで面接に行って来たが、全く聞かれた質問に答えてなかった。
自分でも言っちゃいけないこと言ってるのが手にとるようにわかった。
ぼーっとした頭でなにやらしゃべる自分と、それを冷静に見つめるもう一人の自分。
小説で言うと、神の視点にたった自分がいるのだ。

面接官の表情がみるみる硬くなっていくのがわかる。
へっへっへ、と曖昧な笑みを残して去る自分。
首をすくめて見守るもう一人の自分。
新劇のよう。

わりと鮮明に覚えているが、面接官は成都を雲南だと言っていた。
成都は四川ですよね。


2004年05月31日(月) ライフ伊豆

ライフ・イズ・ビューティフルを見た。
戦場のピアニストでは「おいおい、そこで君は生き残るか」という驚きで終わり。
ライフの方は「おいおい、そこで君は死ぬか」という驚きで終わる。
アメリカ映画だったら絶対に死なない。

戦争映画を作る理由というのは監督ごとに色々主張はあるだろうが、悲劇を忘れずに、繰り返さずに、というのが大前提であると思う。
だから、より悲惨で、より救い難いものの方が優れている。
そういう映画は、大抵一回見ればもういい。
何回も見たくなる戦争映画というのは失敗だ。

戦争映画は長編でもかまわない。
次は見ないかもしれないから。

蛍の墓だって何回も見たいとは思わない。
気温が高くなってくると思い出すんですが。


2004年05月30日(日) 漢陽はソウルにある

というか、ソウルの昔の呼び名が漢陽(ハニャン)なんだそうな。
へー。

で、皇帝の行くところは漢陽大学。
結構な倍率だったそうで、今日は一日天狗になってました。
この運の良さで、宝くじでもあたらないだろうか。
それにしてもジャンボ宝くじのCM、「結婚資金に三億円」っていくらなんでも高すぎやしないだろうか。
マハラジャの家にでも嫁ぐのだろうか。

さて、「パリのアメリカ人」を見た。
けっこう昔のミュージカル映画だ。
話自体は他愛もないが、音楽はかなり有名なナンバーばかり。

しかしパリでもそんなテンションか、アメリカ人・・・。


皇帝