皇帝の日記
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| 2002年08月29日(木) |
ヒューストン篇開始!! |
そんなわけでだいぶ前からヒューストンに着いています。 今日はクラス分けテストまで受けてきた。
車の方も相変わらずだ。 前回のテキサス篇で、パワステなのに重いだとか、仮面ライダーのような色だとか、散々文句を言っていたが、実は四輪駆動の良いエンジンをつんだ質実剛健な車だということだ。 でも窓手動。
前回来た時よりは暑くないような気がするが、気のせいかもしれない。
そしてタウンハウス内の猫密度が上がった気がする。 伯父さんちの猫にそっくりなのも見た。
蟻が家の中にまでその勢力を伸ばしつつある。 ここの蟻はファイヤーアントといって、毒性が強く、噛まれると危険である。
などなど。 頭も文も混乱したまま明日からラスべガスに行って来る。 グランドキャニオンが最終目的地なのだが。 アメリカ人に「あれはただのでかい穴」と一蹴され、早くも凹み気味だ。
そのようにして、魔都市上海から無事生還してきたのである。 以降、ずっと腹の調子が思わしくない。 後から船で帰国してきた人もそうだと言う。
汚れた水と空気に慣らされた体が、清浄な環境に対応できないと言うことだろうか。 ナウシカ現象だ。
とにもかくにも、初留学ではないけれど初一人暮らし(ルームメートいたけど)で親元を離れていたと言う点で,この一年は皇帝の自立にとって大きな意味を持つものでした。
大きな収穫は料理ができるようになったこと。 擬なりにも(むしろ擬まくり)中国語を話せるようになったこと。 世の中善人ばかりではないな、と思ったこと。 だから善人に会うことは貴重だと思ったこと。
そんな感じの一年でした。
それではできれば横浜篇で近いうちに、 できなければヒューストン篇で八月の二十四日以降お会いしましょう。
再見!!
やりました! ついにパスワードゲットです。 あふれ出る涙をこらえながら,比較的冷静に本日までの流れを追い,上海偏を締めたいと思います。 落ち着け自分。
まず、帰国の日に事件は三つ起こった。
その日は朝から台風。 確か二年前に雲南からの帰りに上海を経由した時も台風を背負っていた。 台風を呼ぶ女。 ともかくこの時点で飛行機二時間遅れ決定。
もう一つは日ALの販売員が、実際にはプドン空港から出発する便を 「ホンチャオ空港から出るアル」 と断言。 人を疑うことを知らない皇帝は、国内線オンリーのホンチャオへ直行。 日ALのバッシングになるが、チケットに印刷されている上海支店と天津支店の電話番号は間違えているし、地玉の歩き方に載っているのも間違え、緊急の時の対処がなっていない!! (以前対応ばっちりと書いたのは忘れていただこう) 100元かけてタクシーでプドンに滑り込むハメに。 ついてきてもらった友達2人に多大な迷惑を・・・。
大荷物に背負われるように飛行機に乗り込むと、なんだか不審人物が乗り込んでいるとかで更に二時間待ち。 その後、不審人物の不審な持ち物回収に更に二時間。
結局六時間遅れで成田着。
今回の留学を象徴するかのような間延びした終わり方。
覚えておられるだろうか。 ヒューストンから帰ったときも飛行機の故障で五時間遅れになったことを。 そんときのコンチネンタルは夕飯になんかプレゼントをつけてくれたが、日ALはジュース一杯だ。
くふぁ!!
だめだ、怒りに任せていてはいけない。 締めは明日にする。
これは、昔の中国の町並みを再現している通りのことで、骨董品屋とか古本屋なんかが多く出店している。
しかし荷物が思ったより多く、結局三箱ほど郵送したので金欠となり、あまり大した買い物はしなかった。 なんか、中国の古い漫画とか仕入れた。
明日の今ごろは一年ぶりの日本である。 にーほーんー。 とか、気分を盛り上げてみた。
あまり実感がないが。
ところでYAHOOで検索してたら、このHPをリンクしているサイトを発見した。 しかしすでに閉鎖されていて、リンクだけが残っているので、もはや何のサイトだったのかうかがいしれない。 バナー作っとけばよかったとか・・・。 独り言だ。
しかし米を炊くのに失敗し、粘土のような米になった。
今お気に入りのテレビドラマをやっているが、主人公の名前が「チンチン」(青青)という。 事あるごとに連呼するのだ。 恋人も。
どうだろう。
本日は友達を送り出すのに四時起きでした。 くは。
家の隣にある「孵化促進基地公司」が何かやっていると思ったら、敷地内に12階建てくらいの2号楼が出来ていた。 何をしているんだろう・・・。
そして、宣言通り「優秀学生二等賞」といふのを貰って、日本円にして約12000円程ゲット。
卒業式に北朝鮮のクラスメートと写真を撮ろうとしたが、すかさず年長の朝鮮人がきて、「その女は韓国人かー」とかぐちゃぐちゃ言い出して、結局撮れなかった。
ワールドカップで韓国が勝ち進んだ時、朝鮮ではトーナメント表の韓国の部分だけを空白にして報道していたらしい。 つまりクラスメートは国家秘密を知っているんだな、と思ったりした。
とにかく、卒業したです。
黄山から。 別に黄色くはなかった。
行きは空調なしのバスで九時間ほどかかって安徽省のトゥンシーというところに着く。
途中山の中の怪しい休憩所に止まるが、「雪碧」(スプライト)の偽ブランド、「雲碧」が売られていた。ボトルのデザインなどもほぼ同じ。しかし素材は信じられないほど薄く、キャップは締めてもジュースが流れ落ちてくるほど。しかも微炭酸だ。 そして、そこのトイレは壁も天井もウジーちゃん達の山。 トイレにたどり着けず、力尽きてその辺で用を足してあるので、トイレのウジーちゃんは外にもその範囲を広げつつあると言う・・・。
そのあとタクシーで一時間ほどで黄山のふもとのホテルに着く。 ホテルは高い割にかび臭い。 着いてからずっと大雨。 嫌な予感。 泊まる。
朝から更にタクシーに乗り、ロープウェー乗り場まで行く。 しかしなんと登りロープウェーは故障。 故障ですよ。 がーん。 九時間かけて山登り。 まあ、山に登りにきたのだから、これでいいのかもしれない。 しかし前も見えぬほどの雨。 山の上から大量の水が落ちてくる。
あーあー言いながら上りきった。 途中でキュウリとかトマトとか買って水分補給しながら登った。 山道は急ながら、きちんと整備されている。 途中、��小平がここで休んだとか言う巨大な看板が観光客のゆくてを阻む。 あー。
くだりのロープウェーにたどり着く頃には、全身びしょびしょ。 カッパなど役に立たなかった。
うーうーしながらトゥンシーにタクシーで行き、そこで泊まる。 ホテルで按摩してもらう。 「チップくれ」 と按摩さんに堂々と言われる。
トゥンシーは小さい街ながら、老街という、アンティーク街などもあり、夜は夜で楽しめた。 しかも安徽料理、けっこううまい。 山菜とか鹿肉とかが。 豆腐料理は外れがないし。
それにしても安徽の人は、犬を飼うのに熱心だ。 特に、中型犬のスマートな奴。 そこら中犬だらけ。
帰りはバス。 靴が乾かなかったので、ホテルのスリッパを履いて帰る。 空調つきのいいバスに乗ったが、運転手が外れ。 壁にぶつかりフロントガラスを割りながら、何とか上海に。
上海に帰ってきてほっとしている自分を発見。 上海嫌いなのだが。
テストが終わったので山登りである。 のぼりはロープウェーで、くだりは歩きの予定。 雨がひどかったら登りも下りもロープウェーの中だ。
明日、朝四時から行く。 軽く死にそうだ。
しかし地球の歩き方の黄山の地図。 ひどいものです。 というか、小学生が描いたお山の絵ですぜ、こりゃ。 どの辺にバスが着くのか、予想も出来ぬまま出発する。
バスで八時間ですか・・・。
を超えました。 色々な峠を。
中国語検定終了。 卒業試験もほぼ終わりが見えてます。 さすがに二種類の試験を同時に迎えて、更新が遅れてしまいました。 申し訳ない。 中には、フクタン大学でガスもれで亡くなった日本人留学生と間違えてくれちゃった人もあり、心配かけてすまんこってす。
蚊に刺されまくって死ぬかと思っていたけど、習慣性がでてきたのか、あまりひどく痒くなると言うこともなく。 両腕だけで15箇所刺されてますよー。
韓国もサッカー終わりましたね。 韓国人たちは国からわざわざ母親が送ってくるという、赤い服を身に付け、「テーハミンゴッ」(大韓民国)とどこでもかしこでもエールを送り、買ったら大学中を伝統の打楽器を打ち鳴らして練り歩いていたのですが・・・。 韓国チームの19番は、「韓国の木村拓也と呼ばれ、木村拓也が髪型を変えると、彼も同じにするんだそうな。
アジア勢がいなくなって残念です。
皇帝

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