皇帝の日記
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今日の朝、上海着の電車でとろとろ帰ってきた。 まあ、休暇の終わりと言うことでチケットが取りにくかったり、田舎まで行ってしまったりというさまざまな(自業自得な)アクシデントのため、帰りがのびのびになってしまったのだ。 疲れているので詳細は明日あたりになると思う。
ところで、マクドナルドの新商品の名前は
「金玉満堂」
部屋いっぱいのXXXX。 ではなく、つくね状の鶏肉をカレー粉と揚げたものです。
予算オーバーした旅先で朝マックして気づいたこと。
北京に行くことになった。 今日の夜、夜汽車に十二時間揺られて。
北京は途中経過駅で、その北にある承徳に行くのが最終目的。 承徳というのは清代の皇帝が避暑地に使っていた夏の皇宮があるところ。 その他にも、チベット仏教の聖地でもあって、ポタラ宮のミニ版みたいな寺も点点と建っている。
避暑地に冬に行く。
別に天邪鬼ではないが、とりあえず北京で極寒地の下着を入手してから出かけた方が良いか。
から、電気代の取立てとか電話代の取立てとか、もと住民の先生に挨拶に来る生徒とかが引っ切り無しに訪れるので、そろそろ寺に行って人民のカウントダウンにでも紛れ込んでみようかと思っている。
朝から花火と爆竹で起こされたし。
前に行った龍華寺も大きくていいが遠すぎるので、今回は上海中央に位置する静安寺にでも行ってみようと思う。
でも今ニュース見てたら今日は寺が混み混みだと言っている。 うーん。
あ、大掃除は終わりました。
のところに行ってきた。 上海は魯迅が晩年住んでいたところで、墓とかデスマスクとかある。
魯迅公園と、その中にある魯迅墓、魯迅記念館、少し離れたところにある魯迅故居にも行ってきた。
紹興で魯迅は人生の三分の二を過ごしたらしいが、それはともかく、紹興で魯迅故居の近所に住んでいた人たちはもう魯迅で生計を立てていて、魯迅魯迅魯迅といった感じだった。魯迅関係のグッズを売ったり、魯迅関係の名所を回る個人ガイドとかであふれ返っていた。
しかし上海の人間はそんなことはどうでも良いらしい。 魯迅公園はただの広い公園として、市民の憩いのばになっているし、墓の前の石畳は正方形なせいか老人達がバケツに水を張ってそれに筆をつけてせっせと習字の練習をしているし、魯迅記念館は明らかに日本人向けに作られている。 魯迅故居に至っては、同じアパートに普通に人が暮らしていて、写真を取ったら隣の部屋の洗濯物がばっちり写ってしまった。 この人のうちの洗濯物は何度日本人観光客のカメラに収まったことか。
そういえば魯迅公園には老人向けの健康器具が大量に設置してあって、人民達が滑車を回すネズミのように一心不乱にぐるぐる動かしていた。 なんか騙されているのではないだろうか。 たとえば、健康器具の回転によって生み出された電力が魯迅記念館の薄暗い照明に転用されているとか。
魯迅故居の周辺ではトイレを使わずにその辺で用を足す人が続出らしく、「大便禁止」とか「小便禁止」とかいたるところに書いてある。 おまわりさんに「そんなに皆その辺でするのか」と聞いたら、「小便したら5元、大便したら10元罰金。気をつけて」と言われた。 中国語、いまいち通じない。
行く前に「魯迅公園と魯迅の家に行ってきます」と伝えておいたアメリカ人(日本語可)は、私が「老人ホーム」にいくと思っていたらしい。
帰ってこなかったところで捜索はあらぬ所で展開されることに。
| 2002年02月07日(木) |
龍華寺行ってきました |
上海の南の外れにある寺で、嘘か本とか呉の孫権が立てたらしい。 うっかり行ってみたら、バスで二時間かかった。 しかも三回も乗りかえした。
とりあえず旧正月なのでものすごい人手と大量の坊主たち。 楽しかったです。
ところで前の住民がどうやら大学の先生か何かだったらしく、年末年始の挨拶の電話が一時間おきぐらいにかかってくる。 朝は電話線抜いていることもあるのでよろしく。
| 2002年02月06日(水) |
洗濯機の水が漏れているらしい |
ので、アパートの下の住民に出会った。 彼らは親切で、上海に来て間もない私に色々生活指南をしてくれた。 そして私の話をしばし聞き、 「あんた上海語は出来ないし、共通語も発音が変だし、どうやって仕事探すの?どこの民族?」 そう、彼らはすっかり私を中国の奥地からやってきた少数民族の子供だと思い込んでいるのである。 ここで親切な彼らの期待を裏切るのはどうかと思ったので、少数民族ということにしておいた。
私は広州のチワン自治区の方から来ました。 両親は香港との貿易で成功しました。 私はチワン族ではなく、もっと小さな民族です。 小さいので政府には正式な少数民族とは認められていません。 両親に共通語を勉強するより外国語を勉強しろと言われたので、日本語が話せます。 今は隣の大学で共通語の勉強をしています。
とか言ってみた。 信じてくれた。
紹興のホテルでも少数民族用の記入書類を渡され、「民族名」の欄に「日本」と書いたら慌てて外国人用の書類が出てきた。
中国の少数民族。 意外なせんだが使ってみよう。
高校の友達から手紙がきた。
「年内には仕事を見つけようと思っていたのですが、今は部屋の片付けがはかどらない為ちょっと無理そうです」
部屋の片付けと就職を並列に置くところに彼女の偉大さがあると思う。
お金ない。
「金華火腿」というハムをご存知だろうか。 日本だと結構値段の張るじっくりと燻製した味の濃い中国製のハムで、近所のマーケットで安く売っているのを先頃発見した。
それを朝からインスタントラーメンやインスタントスープに入れて食べている。
一点豪華主義。
日本人の有るべき姿。
本当に行ってきた。 電車で五時間かかった。 超田舎。 ってかちっちゃい。
とりあえず紹興酒はけちらずに二十年物を張り込んでみました。 ワインと同じで、五年もの八年もの十年ものと、年季が経つに連れて値段も上がってくるのだ。 十年物は60元くらいなのに、二十年物になると急に260元くらいになる。 だからすごい気合を入れて飲んだわけだ。
うまかったです。
革命に失敗して殺された秋謹(本とは左側が「王」)の家を見て、 革命しようとした魯迅の家を見て、 革命の後の中国を作った周恩来の家を見た。 なんか皆同じ感じの家だった。 あんな狭い地域に有名人の家が密集しているのが不思議。
上海より暖かかったし、ちょっと足を伸ばして中国最初の王様の「ウ」のお墓まで行ってきたし。 王義之が字を書いたと言う蘭亭も見た。
そして臭豆腐もトライした。
うまかったっす。 すごい匂いだけど。
上海に残っているのはおいらくらいなもの。
明日急に一泊二日で紹興に行くことになりそうですよ。(人事のように) これからホテルとか手配したりするらしいですよ。 電車のチケットは明日キャンセル待ちをするらしいですよ。
何で急に紹興かというと、お酒を飲もうかと思ったんですよ。 二時間ほど前に急に。 魯迅の故郷だし臭豆腐も有名だし。
臭豆腐は台湾にも腐るほど(むしろ腐って)あったけど、あまりの異臭にまだチャレンジしていないので、これを機会にと思っています。
チケット買えなかったらバスで行きます。 この情熱で勉強したらさぞかし中国語もぺらぺらになることであられけるよ(詠嘆)。
皇帝

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