凪の日々
■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■
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アイの英語教室で年度末の保護者面談があった。 とりあえず現在の我が子の教室での状態や親からの要望等話し合うわけだけれど、今後継続するかどうかの問い合わせがメインなのかな。
特にアイに英語を習わせなきゃ!と燃えているわけでもないので要望も何も無い。無関心な親で我ながらいかんなぁと思う。 それでも通わせているのは幼稚園からのお友達のAちゃんと一緒に遊べるのをアイが楽しみにしているからという、邪道この上ない理由。 英語教室が終わったら、送り迎えのついでに家で遊んでもらう事が多いのだ。 面倒だけど、子供達が楽しそうだし楽しみにしているのでまぁいいか…と頑張っている次第。
ここは外国の方と日本人の先生とか見てくれる。 子供達も今日は●先生が来る日、今日は○先生だけの日、と変化があって飽きない様子。 まぁ、外国の方に対して特に身構える事も無く普通に接する事ができるようになればいいかな…と、その程度しか考えていない。 ヒアリングがちょっとでも鍛えられればいいかな。 勉強のための英語はまだ早いだろうし、みたいな。(←のんびりしすぎ?) 本人が行くのを嫌がるようになったらいつでも辞めさせようという程度の気持ち。
親からの要望はともかく、アイはちゃんと授業についていけているのか謎。 「今日は何を教えてもらったの?」と聞いても「忘れた」「ゲームした」程度の返事しか返ってこないし。 先生にその旨尋ねると「大丈夫ですよ。ちゃんと●(外国の方)先生の言葉も理解出来ていますし、問いかけに、たとえば******ってのにもちろんまだ日本語でなんですけどちゃんと答えるし、ジョークもちゃんと聞き取れていて*****って言われて笑ったりしてるし簡単な受け答えとかは英語でできてますし。お母様もご自宅でなるべく英語を使って会話するようにしてみてください。ちゃんとアイちゃんは英語で答えると思うし、答えなくてもちゃんと理解できているから通じると思いますよ。たとえば食事をしているときに-*-/*…とか」 あああああ。気分はにんてんどーDSの「えいご漬け」のCM。 すみません私英語さっぱりだし。いや、先生の言ってる事は聞き取れるし分かるけど、それを家で自分でアイに向かって言えって言われても無理。だってそんな綺麗な発音できないし。せっかく育ちつつある(と言われている)アイのヒアリング能力の邪魔にしかならんのじゃ。(←言いのがれ)
「アイちゃんは知的好奇心が旺盛ですよ。教室でも�爐─爾發�終わりなの?�瓩辰討い弔盡世錣譴襪型Г鵑併�に真っ先に関心を示すし」 あぁそうか。そっか、ちてきこうきしん、なのか。 外遊びをしないで室内であれこれ本を見て作りたがるのって�爐舛討�こうきしんがおうせいなこ�瓩鳩鼠討垢譴个いい里�。 学習塾の実力テストをやたら受けたがるのも「春休みに塾行きたい!楽しいもん!」と言うのも�爐舛討�こうきしんがおうせい�瓩世�らか。 なんとなく納得。 まぁ、なんでも、とりあえずアイがやりたいと思う事は良い事であればなるべくやらせてあげようとは思っているけど。
とりあえず、母はラジオの英語講座を出来るだけ聞いて練習するようにするよ… 本見てみたらこれって中1レベルなのね。 「アイちゃんにはまだちょっと早いかもしれませんが、毎日家でやるという習慣づけをしておくことが大事なので」と先生談。 そうね。それにはまず私が毎日それを忘れずやらなきゃいけないわけよね… なんか考えまとまらないけどとりあえず頑張ろう…
叔母は白いレースのハンカチを顔に被せて布団に横たわっていた。 父や祖母の時は白い布だったが昨今はレースなのか…などと、他愛も無い事をちらりと思いながらハンカチをそっと取らせてもらう。 叔母が化粧をしている顔を初めて見た。 従姉妹が施したというその紅のせいか、さぞかしやつれて変わり果てているであろうと想像していた叔母の顔は、最後にあった時…アユムを妊娠する前だから、四年近く前か。その頃と変わりなく見えた。
かわるがわる訪れる弔問客に頭を下げる。 親戚を迎えに行っている従姉妹とどうも間違えられている節も見受けられるが仕方ない。 「お母さんが大変だったね」と声をかけてくれる人に「いや、私は娘じゃなくて」といちいち訂正して恥をかかせるのもなんだし。 「ありがとうございます」と曖昧に小さな声で答えつつ頭を下げる。 それでもあまりに間違えられると流石に申し訳なくなるので台所に引っ込み炊き出しの手伝いなぞする。 通夜のおにぎりは三角じゃなく丸く握るのだとか、塩はつけてはいけないだとか、母達も知らないような決まり事を親戚のお年寄りが教えてくれる。 味噌汁の出汁をとろうとにぼしの場所を聞いたら精進料理に出汁を使うのはご法度、大きく譲っても昆布出汁だ、と叱られた。 それじゃ業者が握らせようとした十円玉六個(六文銭といって、三途の川の渡し賃だそうな)を宗派が違うからと母が独断で却下したけれど、あれは良かったのかしらん、死に装束もつけさせなかったけれど、あれじゃ三途の川を渡れないで叔母は途方に暮れるんじゃないのかしら…などと、なんとなく昨夜読んでいた宮部みゆきの「あやし」を思い出しながら考える。
追い返すようでなんだけれど、道中が心配だから暗くなる前に早く帰れ、と親戚達がしきりに心配する。 通夜の帰りに高速で事故、なんて事になったらこの親戚一同良い気がしないだろう。 ましてや、「葬式は続く、仏様が寂しがって連れて行くから…」という話も普通に出る地域だ。
一人で高速道路を運転するのは何年ぶりだっけ。 ハンドルを握りながらぼんやりと考える。 アイが生まれてからこの方、常に子供連れでしか行動できなくなって。 そうだ。伯父が亡くなった時だ。 あの時はアイがまだ小さかった。 昼間の葬儀に出席は無理なので、夜の通夜にならと、眠ったアイを夫に頼んで夜に車を走らせ、夜通し運転してとんぼ返りで早朝戻ってきたんだった。 夫は何事も無かったかのように普通に出勤していったっけ。 そうすると、こうして一人で高速を走るのは田舎に不幸があった時だけになっていくわけなのかな。 次は何年後に、誰の葬儀に出るべく車を走らせているんだろう。
とりあえず、叔母は通夜帰りの私を連れて行く事はしなかったようだ。 叔母は寂しくないから誰も連れて行かないんじゃないかと思う。 うっすらと微笑んだ叔母の顔と、「個人の好きな物を棺に納めて結構ですよ…甘いものが好きなら甘いものとか」という業者の言葉に「それじゃポテチだよな」「うん」とすかさず答える従姉妹達姉弟と、「メロンもいれたらいいと思うよ」と提案していた三歳の姪の姿を思い出しながら、そう思った。
暁
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