凪の日々
■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■
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ふとみると、アユムがしゃがんでいままさに力まんとする所だった。 「アユム?うんちなの?」と聞くと「んちっ」と答える。 便意か尿意かわからないけれど、とりあえず抱えてトイレへ走る。 補助便座に座らせるとしばらく硬直した後に落下する水音。
おおおおお!初めてトイレでウンチ出来たよ〜すげー!
でもこれは偶然だって分かってる。 偶然、私がアユムの便意に気付いたから。
世の中の母親はこの便意だか尿意だかをすかさず感知してトイレに連れて行くわけよねぇ。 凄いなぁ。そんなに子供と常に向き合っているわけなのかぁ。 それを「偶然」でしか発見できない私って。
アユムがもよおしてきたのをちゃんと察知しなきゃいけないわけなのよね。 それさえ出来ればトイレで用を足すなんてあっという間に出来るようになるんだわ多分。 だってほら今日ウンチ出来たし。
子供は出来るのに、親である私がそれを伸ばしてやれないでいるんだなぁと落ち込む。 多分、アイに対してもそうなのかもしれないなぁ。
冷凍庫から太刀魚の干物が出てきた。
この前母が来た時に土産に持ってきたものだ。 漁師をしている母方の叔父が「暁はこれが好きだから」と持たせてくれたという。
太刀魚のミリン干しが好きだったのは本当だ。 しかしそれは母方の叔父でなく、母の大叔父である会った事も無い親戚が時折母に送ってきてくれるソレだった。 私と結構歳の離れた兄に言わせると、それは単に魚の新鮮さだけで言えば美味いが、ミリン干しとしては醤油辛すぎてあまり美味しいとは言えなかったらしい。 すでに自分でお金を稼いで世間一般の食べ物の味を知っていた兄にはそういう味だったのだろうし、それが本当だったのだろう。 でも、母親かあるいは祖母の、もしくは自分で作った不味い料理しかしらない私の貧相な味覚にはそれはそれなりに美味しく思えた。 半分は社交辞令(?)もあったかもしれない。 「叔父さんが作るミリン干しは美味しいね」と言えば、大人は喜んだから。
大叔父はいくつだったんだろう。 大腸癌で人工肛門をつけていた盲目の彼は、その散歩道を踏み外し崖下に落ちて死んだ。 太刀魚のミリン干しはそれ以降、食べる事は出来なくなった。
それでも、母方の叔父や叔母は、事あるごとに、「暁が好きだから」とその太刀魚のミリン干し作りに挑戦し、私に食べさせようとする。 しかしその味は大叔父の味とはやはり違う。美味しくない。
多分あのミリン干しと同じ味が出来たとしても、もう私はそれを美味しいと感じる事はできないかもしれない。
叔父や叔母は、亡き大叔父を思いながら、この先もずっと私の好物ではなくなったソレを私の為に作ってくれるのだろう。 いつの日か、「ああ、この味だ。大叔父さんのミリン干しと同じ味だね」と彼らに言ってあげなくてはと思うが、それは彼らがもっと年老いてからに取っておこうと思う。
暁
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