いままでにないブランドを立ち上げて育てていくという仕掛け人にインタビューしていた時のこと。相手が何度か「ストーリーが大事なんだ」と繰り返したので、じゃあそのストーリーって何ですかと尋ねると、「グッチってブランドあるでしょ。あれ、もともと何の会社だったかって、知ってる?」
「確か馬具の会社ですよね。鞍とか。それがカバンを作り出して・・・」。相手はにやりと笑いながら、「そう、そう言われてる。でも違うんだよ。あの会社ね、馬具なんて作ってたことないの。最初はただのバッタ屋で、100年の歴史もないわけ。それなのに、由緒正しいブランドだってイメージができあがってる。それは、今、あなたが言ったようなストーリーがあるから」
「さっき受けた取材でね、俺、まず自分が何者かって話を延々と続けたでしょ。だって、いきなり本題から話し出したってさ、何なの?って思われるだけに決まってるじゃない。人にも物にも会社にも何にでも、ストーリーってのがあって初めて、説得力が出てくる。そういうことなんじゃないかな」
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そう、言われるまでもなく、日々いろいろな人を取材する中で、相手が何者か、というのは最も基本的で欠かせない情報。そして、「あなたは何者ですか」と聞き出して行くと、肩書きを語る人と、物語を語る人と、大きく2種類に分かれる。どちらが良い悪いってわけじゃない。一長一短。
肩書きから入るほうが分かりやすい。どこそこの会社のどの部署に所属していてこんな担当です。うん、間違いようもない。ただ、その人そのものがどんな人なのかは、分からない。趣味は、休日の過ごし方は、出身地は・・・。仕事以外の分野を掘り下げていって、埋め合わせる。
一方で、物語だけ語られても、裏づけがない。この前取材した建築家と思われる人は名刺に名前しか載せていなかった。仕方がないからこれまでの実績を尋ねた。今に至るまでの活動や思想を尋ねた。先日取材した農家のおじさんは、なおさら得体がしれなかった。
初対面でいきなり熱く物語を語られても聞くほうは困るので使い分けが必要なんだけど、それでも、名刺と出身地と趣味とかを、通り一遍話して終わるだけの自己紹介とやらの、なんと中身が薄いことか。
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この3月で東京に帰ってきた。関西で暮らした3年間、こんなことやあんなことがありましたと出来事を並べることはできるけれど、それが物語になるかというと、ならない。いや、物語っぽく語ることもできなくはないのかもしれないけれど。いったい3年間、何をしてたんかと思ったりもする。はっきりした目標もなく計画的に過ごしたことでもない時間を、後から振り返って評価することもできない。良いも悪いもへったくれもない。
昔、学生だった頃。就職活動で新聞記者に投げかけた質問。「いままでとこれからと、どんな目標を持って仕事されてきたんですか」「いやぁ、目標とか、考える暇も無く、10年近くたっちゃったよ」。当時、俺は、こんな社会人にはなりたくねぇなと思った。目キラキラさせてる学生の前で夢や目標を語れない大人。そういうものに自分がなっている。「考える暇も無い」と率直に言えるのは、逆にすごいのかもしれないとも思う。
東京で暮らし始めて1ヶ月。仕事は、まぁリズムをつかんできたけれど、今まで通りではどうにもならない点がたくさん出てきて、働き方を一から見直す必要に迫られている。とりあえず週末にも及ぶ忙しさに追われていて、仕事以外のことは手も付けられていない。
とどのつまり、「Rollin' Age」は、まだまだ続きます。
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