失敗

失敗をしないというのは、まあ、無理な話。
誰だって、失敗をして、それを教訓にして、大きくなる。

だけど、失敗を、失敗と思わなければ、それは、ただの駄目駄目さん。
失敗したということに気がつくのも、一つの才能なんだ。

あと、失敗しても、それをずっと引きずるのも、駄目。
火がつく前に、消しちゃわないと。
どこで失敗したかを分かっていれば、消し止めるのも容易なはず。

そして、本当に大事なのは、失敗したら謝ること。
迷惑をかけてしまった人に、心を込めて。
謝ったって、失敗をしたという事実は残るけれど、どうなるわけでもないけれど。
それでも、謝ること。

そんなに、難しいことじゃ、無いと思うんだけどな。
2001年11月30日(金)

雨降り

雨は、外に出なければ嫌いじゃない。
雪は、ものすごい好き。
同じように空から降る水分なのに、どうしてこうも違うんだろうね。
2001年11月29日(木)

眠い

今日は飲み会。
飲み会だと、必要以上にテンション上がってしまいがちなので、しんどい。
しんどいので、もう寝る。
2001年11月28日(水)

歳のとりかた

亀の甲より年の功。
大事なのは、重ねた年月じゃなくて、年月の重ね方。
毎日を、大事に。
過ぎ去っていくものを、心に留めて。

障害は、逃げずに、いかに乗り越えるかを考える。
人任せにせず、自分で、考える。
考えて、それから行動する。
間違ったら、原因を考える。
次の機会には、別のことを試してみる。

過ごしてきた年月。
積み重ねた経験。
やって来たこと。
考えてきたこと。
それらは、必ず自分の力となっている。

目を開いて、耳を澄まして、歩き、走ろう。
立ち止まり、話し、読み、聞き、感じよう。
無駄なことなんて、一つもない。
すべてに意味があり、すべてが必要。
2001年11月27日(火)

ひとり

一人で過ごすことに慣れてしまうと、他人とのつきあいが難しくなる。
本音を出しすぎたり、逆に全然出せなかったり、加減っていうものが分からなくなるからだと思う。
ちょっとした失敗でも、慣れていないから大袈裟に受け取ってしまって、必要以上に混乱しちゃって、相手の人に引かれてしまう。
最後には、また独りぼっちになっちゃうという、悪循環。

難しいね。

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今日読んだ本

 ジャッキー、巨人を退治する! チャールズ・デ・リント著 森下弓子訳
                           創元推理文庫
 月のしずくと、ジャッキーと 著者・役者・出版社は同上

 評:素晴らしい童話。
   ファンタジィかくあるべしという見本のようだった。
   途中で読むのをやめるのが、すごく難しい。
   ぐいぐいと、読む人を引き込む力を持っている。
   登場人物も、世界も、何もかもが素晴らしい。
   腰巻きの”ハリーポッターの源流”というのはマイナスポイント。
   何でもハリーポッターに絡めりゃ良いってもんじゃないだろうに。

今日聴いていた音楽

 妖精図鑑・怪獣図鑑(from Napple Tale) 菅野陽子

 評:Napple Taleというゲームのサントラ。
   本当に、名曲揃い。
   基本的にインストメインなのだけれど、所々にある歌入りの曲(歌手は
   坂本真綾)も、良い。
   特に、ワイルドウインドは歴史に残る一曲だと思う。
   優しくて、力に満ちあふれていて、神秘的で、幻想的。
2001年11月26日(月)

時間

本屋さんへ行ってきた。

ずらっと並んでいる本棚を眺めているうちに、この本棚に入っている本達をすべて読むのには、どれくらいの時間が必要なのだろう、ふと思った。
そして、今、この世界で出版されているすべての本、いや、日本語で書かれているすべての本を読むのに、どれだけの時間をかければいいのだろうと、ふと思った。

今まで、僕が読んできた本なんて、全体から見れば塵芥のようなものだ。
まだ読んだことの無い、見かけたことのもないような本の中に、すさまじく面白い本が眠っているのかもしれない、そう考えたら、ちょっとたまらない気持ちになった。

今、活字離れとか言われてるけど、実際には毎週たくさんの出版物が出ている。そして、その大部分は、読まれることなく絶版になっていく。
そんな本達の中に、ひょっとしたら、世界中の誰もが見向きもしないかもしれないけど、僕のためにだけ書かれたような、僕の望んでいることすべてが書かれているような、そんな本が眠っている可能性だって、無いわけじゃない。

仮に、残りの人生すべてを読書のために捧げたとしても、すべての本を読み尽くすのなんか到底無理だ。
そう考えると。
悲しい。
寂しい。
やるせない。

だから、せめてアンテナの感度は常に最大にしておきたいと思う。
もし、その本が目の前に現れたときに、見逃してしまうことの無いように。
きっと、その本が、僕を「呼ぶ」と思う。
その「声」を、聞きのがしてしまわないように。

2001年11月25日(日)

ストレス?

口内炎が出来て痛い。
どうも、舌の横幅が大きすぎるらしく、奥歯に当たってしまう。
奥歯が尖っているので、そこで舌を傷つけているらしい。

だから、厳密な意味での口内炎とはちょっと違うのか?
誰に聞いているのだ。

最近忙しかったので、そのせいもあるのだろう。
なんか、口を開けば愚痴しか出てこないし。
愚痴なんて、嫌っているものランキングで常に上位に入ってくるような部類のものだったのに、何だか最近は気づけば愚痴っちゃっている。駄目だね。

ストレスがたまっているという自覚は、昔からあまりない。
肩凝りなどの、具体的なものも、あまりない。
だから、別にストレスが溜まっているというのでもないと思う。

単純に、世間のボンクラどもに腹が立つだけだ。
そんなに大層なことを望んでいるわけじゃないのだけれど。

どうして、仕事というものに対する考え方が、こうもアバウトなんだろう。
どうして、義務を果たす前に権利を振りかざせるのだろう。
どうして、口ばっかりで動こうとしないんだろう。
どうして、やりもしないうちから出来ないって決めつけるんだろう。
どうして、その程度のことで、すぐにしんどいって口に出せるんだろう。

そんな、たくさんの「どうして」が浮かんでは消えていく。
社会人というものに、かろうじてなって以来ずっと。

出来る人ほど、苦労を表に出してないような気がする。
たぶん、はたから見てしんどそうだなっていうことでも、その人にとっては、別にたいしたことじゃないのかもしれない。それでも、その人がしんどいときだって、きっとあるはずだ。
そんなときに、あまりたいした人じゃない僕なんかは、出来るだけ、助けてあげたいと思う。
出来る人が、休んでいられるだけの時間と空間を作ってあげたいと思う。

それが、きっと僕に出来るすべて。
それが、どんなに小さなことだって。
それが、取るに足らない出来事だって。
2001年11月24日(土)

風邪引きさん

風邪を引いてしまった。
鼻水が、ずるずるでるし、咽喉も痛い。

ちなみに、今「ずるずるでるし」を変換したら、「ズルズルデル氏」と変換された。ちょっと笑ってしまった。不覚だ。
こういうのを見ると、ぶわぁ〜っと想像が広がってしまう。
ズルズルデル氏は、きっとノルウェー辺りの人で、黒い毛糸の帽子をかぶり、ロングコートを着ているだろう。白夜の町並みを歩き、ブランデーを入れた温かい紅茶が何より好き・・・とか。

・・・閑話休題。
風邪を引くと、頭が何だかぼんやりしてしまう。
今は、薬(ちなみに葛根湯)を飲んでいるので、余計なのかも。

今日は早めに寝ることにしよう・・・。
2001年11月23日(金)

仕事の合間に

本日は、後片づけだった。
速効で終わったのだが、相方の人が打ち合わせに行ったままなかなか戻ってこなかったので、その事務所にいるのが僕一人だったこともあり、のんびりと本を読んでいた。

その事務所があるところは、奈良と京都の境で、山に囲まれている、静かなところ。事務所が入っているビルも、研究職の人達が多いことや、空き事務所が結構あるということで、とても静か。こういうところでじっくりと本を読むっていうのは、最近なかなか無かったので、久しぶりに堪能できた。

村上春樹さんの作品のなかに、引っ越しをして寮に入るのだが、手違いで、荷物が1日遅れてしまい、何もない部屋の中で、あらかじめ備え付けてあったベッドに寝ころんで、空缶を灰皿にして煙草を吸いながら、ポケットに入っていた小説を読むシーンがある。

静けさだけがある空間の中で。
ゆっくりと流れゆく時の中で。
まるで活字が頭の中にしみ込んでいく。
そんな気がした、というシーン。

まさに、今日がその感じだった。読んでいる本のシーンが、鮮やかに、リアルに頭の中で展開され、その世界の中に入り込めた。
ああいう環境で本を読むのって、やっぱり良い。

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今日読んだ本

 「月曜日の水玉模様」 加納朋子著 集英社文庫

 評:良いお話。
   短編集だが、全体を通して一つのお話にもなっているという形。
   人が死なないミステリィ。
   日常のちょっとした謎を、鮮やかに、暖かく解決していく。
   読後、世界中に、優しくなれるような気がした。

 「あずまんが大王」 あずまきよひこ作 メディアワークス

 評:なんか、いい。
   ほのぼのしていて、平和で、それでいて、非現実的。
   巷で話題になるだけあるなぁ。
2001年11月22日(木)

つながり

最近、人のつながりって大事だよなって思うようになった。
なんやかんや言うても、結局最後に頼れるんは自分のみ、っていうのも、それはそれで一つの真実だけど、そればっかりじゃあ、しんどいし、つまらないんだよね。

やっぱり、嬉しいとき、悲しいとき、寂しいとき、怒ってるとき、感動したとき、落胆したとき、・・・いろんなときに、ちょっとした事で大騒ぎできるような、そんな人がいるだけで、だいぶ違う。
なにが、とは言えないけど、明らかに、全然違う。

馴れ合いとか、群れるというのとは、ちょっと違う、上手く言えないけど、ほんとの意味での「大人」のつきあい、のような感じの、そんなつながり。

困ってるときに、助けてあげられるような。
困ったときに、助けてもらえるような。
損得勘定ではなくて、そうするのが当たり前、そうせざるを得ないような。
武士の世界なら、うしろを任せられる、そんな関係。

そして、一度結ばれたつながりは、そこを起点として、どんどん広がっていく。ときには、自分が思っていたのと違う方向へ延びたりもするけど、それもまた、楽しかったり。

そうしてでき上がった1枚の絵を、最後の瞬間に見ることが出来たら、それってものすごく贅沢なことだ。もし見ることが出来るなら、その時に落胆しないように、どうせなら、すっごいやつを作ろう。
2001年11月21日(水)

早すぎた。

というわけで、4時半起きで現場。
8時集合で、朝礼(ラジオ体操とか)。

でかい現場だから、業者も多かった。
でかい現場だから、やることも多かった。
でかい現場だから、帰りも遅くなった。

現在、0:00。
結局、・・・ひのふのみーの・・・、20時間労働 d(>_< )

今、ちょっとハイです。
いや、ナチュラルハイっていう説もある。

朝早いのは、きついよねー。
2001年11月20日(火)

早すぎる

今日は、まあ、それほど大変な一日じゃなかった。
問題は、明日だ。

4時半起き。

かなりやばいので、もう寝る。
2001年11月19日(月)

流星群

獅子座流星群。
ピークが2〜4時くらいらしい。
そんなものまともに見ちゃったら、明日仕事にならないのは分かり切っているので、今年は泣く泣く諦めることにする。ほんとは凄く見たいんだけど。
どうせ車もないので、綺麗に見える場所まで行くこともできやしないし。

流星といえば思い出すのが、田舎にいたころに見た流星群。
あれは、そう、今から10年近く昔だったと思う。
僕の田舎は本格的な田舎なので、夜ともなれば明かりなんて全然無くなる。
そして、その流星群を見たのも、ちょうど今ぐらいの時期だった。
冬が近づき、大気が澄み渡り始める時期。
いつも以上に美しい星空が、広がっていた季節。

その日、僕は家の屋根に上って、飽きることなく、空を眺めていた。
外の寒さなんて、全然苦にならなかった。
いつも見慣れていた星空が、その日はまったく違う空。
瞬きするたびに、空のあちこちで星が流れ続けている。

糸を引くように、すうっと消えていく星。
見上げた空の、全天ありとあらゆる所で、まるで作り物のように、星が流れ続けていた。
あの時の風景を、僕は一生忘れないだろうと思い、そして、今も忘れられずにいる。

どうして、人は空を見上げるんだろう。
それはきっと、決して届かない願い、思い、そして、希望。
そこにあるはずのものに、願いを託さずにはいられないから。

あのときに、星に祈ったことの結果は、今は誰も知らない。
2001年11月18日(日)

昼寝

疲れていると、眠くなる。
疲れていなくたって、眠いときもあるけど。

そんなときは、昼寝が1番!
お日さまがまだ高いうちから、布団に入って寝てしまう。
ぽかぽか陽気なら、日差しの元で、寝てしまう。

目覚めると、何かが変わってる。
自分の中で、確かに変わってる。

今日は、昼寝した。
明日も、昼寝しようかな。
休日って、いいね。
2001年11月17日(土)

ぼんやりと

今日は、何にもなかった日。
仕事も一段落して、特にやることもないので、ぼんやりとしてました。
こんな日には、とりとめもなく、いろんなことを考えます。

過去から、今を通って、未来へと続く道があるとして、それはどんな道で、どこに行くのか解らないけれど、それでも、歩き続ければ、何処かへとたどりつく。
それは、幸福な場所かもしれないし、最悪なところかもしれない。かけがえのない人に出会えるかもしれないし、ずっと独りぼっちなのかもしれない。歩ききれずに、途中で倒れてしまうかもしれないし、それはリタイアではなくて、道の途中の小休止なのかもしれない。

抽象的で、答えの無い、だけど考えずにはいられないこと。
そんなことを考えていたら、何だか眠くなりました。

冬は1番好きな季節。
雪が降る季節。
寒くなるにつれて、頭の回転が増していくような気がします。
毎日を、大事にしていこうと、ふと、思いました。

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今日聴いている曲

 空気公団

 空気公団は良いなぁ。
 聴けば聴くほど、好きになっていってる。
 雰囲気や、作り出す空気が、本当に独特。
 思わず口ずさんでしまうメロディ。
 けちを付ける気もないし、そもそもつけられない。
 本当に、良いなぁ。
2001年11月16日(金)

空気公団

先日、いつもは買わない『ダ・ヴィンチ』と言う雑誌を買った。
思えば、その時に、すでに「呼ばれて」いたのかもしれない。

小さなコラムに、『空気公団』というバンドの紹介が載っていた。
ぱっと見て、魅かれるものを感じた。

サイトのアドレスが書いてあったので、覗いてみた。
さらに魅かれている自分に気づいた。

その日のうちに、ネットでCDを注文していた。

そして今日。
頼んでいたCDが届いた。
早速聴いてみて、一発でK.O.されてしまった。
音の使い方、メロディーライン、声の質、そして歌詞。
どれをとっても、僕の好みとマッチしていた。

また一つ、お気に入りのバンドが増えた。
人生を豊かに過ごせることに感謝すると同時に、
また寂しくなるであろう財布の中身を省みて、
喜んでいいのか、悲しむべきなのか、ちょっと悩んだ。
2001年11月15日(木)

言葉の引出し

毎晩遅くまで仕事してれば、そりゃあ、しんどい。
だけど、しんどいって口に出して言うのは、格好悪いと、僕は思う。
しんどいときだからこそ、しんどくないふりをしたいなって、思う。

だけど、しんどいってコトを解ってくれたって良いやん。
言わなくちゃ解らないの?
君は、僕の何を見ているの?

言いたかった言葉。
言えなかった言葉。
また一つ、言葉の引出しに、そっとしまう。

いつか、引出しが一杯になったら、その時にまた、考えよう。
2001年11月14日(水)

質問

お腹は空いているのに、食欲が無いときはありませんか?
めたくそ眠いのに、眠れないときはありませんか?
とても悲しいのに、泣けないときはありませんか?
すっげえむかつくのに、怒れないときはありませんか?
何よりも、誰よりも大好きなのに、言えないときはありませんか?
         ・
         ・
         ・
これら困った問題を、解決するすべを、知りませんか?
2001年11月13日(火)

朝寝坊

今朝は、朝寝坊してしまった。
いつも通りに、目覚ましは6時半に鳴り響いて、それを止めるところまではいったのだが、何を思ったか、もう一度布団に戻ってしまって、大失策。

次目覚めたら、7時半になっていた。

一瞬の思考停止の後、「こりゃ,やべえ!」と声に出し、顔も洗わずダッシュ開始。いつもは、15分弱で行っている駅までの道を、8分で行き(細かいな)、いつも乗っている電車の次の次くらいのやつに間に合った。

ええ、歯は会社についてから磨きましたとも。

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今日聴いていた音楽
 Advantage Lucy

 初めてジャケ買いをしたミュージシャン。
 ギターを主軸にした軽やかな音楽と、さわやかな歌詞、Vo.アイコの独特の
 声がマッチしていて、すごく気持ちがいい。
 初めて聴いたときから現在まで、ずっと僕ランキングの第1位。
 ちなみに、ジャケ買いしたのは、メジャー1stアルバム『ファンファーレ』
2001年11月12日(月)

創ること

創ることは、楽しい。
それが、どんなに稚拙だって、楽しい。

人は創造する生き物であると、昔何かの本で読んだ。
これは、真実だと、僕は信じる。
少なくとも、創造することが、喜びとなる生き物である、と思う。

他人から、認められなくとも、良い。
できれば、認められたほうが、良いけど。
その方が、嬉しい。楽しい。

いつか、自分のことを、100%認めてくれるような、
そして、相手のことも、100%認めてあげられるような、
そんな人に、逢えたらいいなあ。

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今日したこと
 
 ホームページを創ってみた。
 と言っても、ここへのリンクと、掲示板、チャットがあるだけの簡素なも
 の。
 実は、今回のは、3代目。
 今度は、頑張って充実させていこう。
2001年11月11日(日)

夜の闇

夕暮れに外出して、ふと思った。
どうして外が明るいんだろう?

田舎にいたころは、日が暮れるとともに、外は闇に包まれた。
晴れていれば、月明かりで、うっすらと周りが見渡せる。
空が雲で覆われているときは、本当の闇夜になった。
冬の夜は、雪原が月明かりに照らされ、その反射によって神秘的な風景が広がっていた。物語に出てくるような、これから何かが始まるんじゃないかとふと思ってしまうような、そんな風景が、僕は大好きだった。

いま、闇夜は減っている。
確かに、暗い夜道を減らすことは、安全性の向上に貢献しているのだろう。実際に、暗かった道に街灯を増やすことで、変質者の発生率や、犯罪率が格段に下がるらしい。

ふっと、闇夜が懐かしくなることがある。
闇夜は、心の中にある闇と向き合う事が出来る、ただ一つの場所。
闇夜の中を、自分の足音しか聞こえない、薄明かりの中を歩いていると、とりとめの無い考えが渦巻き始める。それは、過去の忌まわしいことであったり、未来への不安であったり、現在への苛立ちだったりする。
人は、不安を誤魔化して生きていくことは出来ないのかもしれない。
自らの中に生まれた、漠然とした不安を放って置くと、いつしかその不安ははっきりとした形を持ち始め、やがて現実のものになるような気がする。

だから、僕は闇夜を懐かしむ。
雪の積もった平原を、月明かりに照らされながら、ぼんやりと歩く、そんな時間を常に持っていたいと思う。
僕にとって、その時間こそが、自らの中にある闇を払拭できる、唯一の時間であるような気がするから。

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今日読んだ本
 女王の矢 M・ラッキー著 笠井道子訳 教養文庫

 評:名作。
   タルマ&ケスリーシリーズを書いた作者の作品。
   ファンタジィが好きで良かったと思う。
   全てのシーンが好きで、全てのシーンが心に残る。
   上質のファンタジィには、全てが詰まっている。
   
2001年11月10日(土)

休息

今の現場も、とりあえずおしまい。
精神的、肉体的にきつかったので、温泉にでもつかって休みたい。
次の現場が、目の前にどかーんと控えてるので、さすがに無理だけど。
とりあえず、週末は休めるので、体力回復。

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今日聴いてた音楽
 Amika 
 評:好きなミュージシャンの一人。
   この人の音楽は、声とメロディーが力を持っているのが分かる。
   歌詞に語られていることが、まっすぐに心の奥まで届いてくる。
   
2001年11月09日(金)

昼食を抜く

今日は昼食を抜いた。
昼食って必要?
食べた後、がくって気が抜ける。
おなかは確かに減るけど、何となく、昼食ってあんまり必要ないのかな。

ただし、気が張っているとき限定。
通常時に抜いちゃうと、餓死。
2001年11月08日(木)

退屈であることの喜び

平凡で、平和な、どこにでも転がっているような一日。
でも、そんな日々が一番大切なんだ。
今日は、そんな一日。
2001年11月07日(水)

現場運

現場に出て行く仕事をしてるひとなので、現場運に左右されてる。
今行っている現場は、かなりよろしくない。
合計で、十日近く入っているのに、一日として、一つとして、まともに終われないとは、どーいうことだ?

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今日読んだ本

 魔導師の掟 テリー・グッドカインド著 佐田千織訳 ハヤカワ文庫
 
 評:3巻で完結だと思ってたのに、終わっていなかった。
   正統派のヒロイックファンタジィで、読んでいて安心できる。
   こういう分かりやすくて読みやすい本って、好きだなぁ。
   続きを買うのを忘れないようにしないと。
2001年11月06日(火)

今日という日

今日は、かなりの底日だった。
底日っていうのは、言わなくても分かるか。

僕は、今日という日を消し去りたいけど、きっと今日が最高だったって言う人もいるから、我慢して、色褪せるのを待とう。

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今日読んだ本
 ねこの森には帰れない 谷山浩子著 新潮文庫

 評:詩が結構好き。

   始めの方にこんな表現がある。
   「言葉はアミだ。アミの目が大きいほど、たくさんのものをこぼして
   しまう。世界がアミの形に固定されてしまう」

   形にならないものを、形にしようとする人が多すぎる。
   どうして、何でもかんでもはっきり定義しないといけないんだろう?
   あいまいなものは、あいまいなままで。
   どうしてそれが許されない?

   たまに、生きることに疲れる。
   それが、生きているということなのかな。
2001年11月05日(月)

翌日

リリイ・ショックから明けた今日、まだ僕はあの世界から抜け出せない。
ふとした拍子に映画の中に戻ってしまう自分がいる。

今、これを書いている部屋の中には、『呼吸』がエンドレスで流れ続けている。
そうせずにはいられないから。

何かに呼ばれるように、僕は再び映画館へと足を運ぶだろう。
いや、呼ばれているのではなく。
求めているのだ。
僕の中に注入された「何か」が。

僕は、リリイ・ホリックになってしまったらしい。

2001年11月04日(日)

リリイ・シュシュ

今日は、床屋に行ってそのまま心斎橋の映画館に行った。
岩井俊二監督の最新作、『リリイ・シュシュのすべて』をみるため。

開演からの2時間半、僕の存在は目だけになった。
岩井俊二という一人の存在が作り出した世界を目の前にして、僕はただ見つめることしかできなかった。

痛かった。

ただ、とても痛かった。

スタッフロールが流れ、スクリーンに幕が下り、会場の明かりがついたとき、僕の中に何かがあることに気がついた。
それは、澱のようで、重く、それでいて存在のみがあるような、そんな不思議なものだった。それを言葉で説明することは不可能。映画の中の世界なら、それは「エーテル」と呼ばれるものなのかもしれない。
その何かは、リリイの歌だけによって注ぎ込まれたのではなく、まさに、『リリイ・シュシュのすべて』によって僕の中に形作られた。

帰り道、僕はその何かを、ただ、「感じて」いた。

それは、今このときも僕の中に確かに存在している。
明日からまた繰り返される、怠惰で、平凡で、平和で、平坦で、そして、シビアでリアルな日常。
この何かはいつまで僕の中に存在し続けることができるのだろう。
2001年11月03日(土)

日々 / いけだ