タヒチ ボラボラ島 - 2007年11月26日(月) 友人が結婚決まったと聞き、心から嬉しく思ったのでした。 来年あたりを目処に結婚・・というのは聞いていたけども、正式に決まったと聞いて嬉しくて、涙がでた。 私の結婚式のときもこんな心境で泣いてくれたのかなあ。 だとしたら、嬉しいなあ。 そうだ、結婚とは改めておめでたいことで、ドラマティックなことなんだよなあと再認識した。 もう8年以上の付き合いになるの〜 この間の結婚式にも来てくれた友人ですな。 そうそう、新婚旅行のこと書くの忘れてた!! 場所は、タヒチのボラボラ島。 そりゃあもう、素晴らしいところでした。 はじめは、ヨーロッパかラスベガスなんて言ってたけど、互いにどちらか一方は行ったことがあるので、二人とも行ったことのないところにしよう!となり、のんびりできる南の島にしようとなった。 色々調べた結果、海が最高に綺麗で、綺麗なお魚もいっぱいで、時を忘れる事ができる贅沢なのんびりする時間があって、ご飯もおいしい場所、治安も良く安全な場所・・ボラボラ島以外には考えられない!とまでなり、割とあっさり決まったのであった。 決まってからは、式よりも早く旅行にいきたくてワクワクしていた。 私達は、式の終わった翌日に飛行機に乗り約11時間でタヒチについた。 行きの飛行機はガラガラでした。 11時間というのは結構堪えた。 夜中にタヒチ本島に着き、そこから小型ジェット機でボラボラ島に向かうのであった。 タヒチの人はのんびりしているらしく、当たり前のように飛行機は40分おしでした。 あわてているのは日本人でした。 何故か小型ジェットの中は非常にクーラーが効いていて寒すぎ・・というか冷蔵庫の中みたいに冷え冷えでした。 これはオーバーな表現ではない。 それでも、飛行機の窓から見える島の美しいこと・・ キンキンに冷やされた我等は、それでも無事ボラボラ島についた。 そこから、フェリーに乗り、インターコンチネンタル・ル・モアナリゾートに到着した。 パンフレット通り、いや、予想以上に素敵な景色が広がっていた。 この海の色って素敵だよなー。青と緑の綺麗なグラデーションとやしの木と色の濃いお花が咲き乱れ、一気に南国気分になった。 もう、どこを見渡しても絵ハガキみたいに美しい景色ばかりで、11時間のフライト後の私の脳はこの状況についていけないようだった。 そのインターコンチには日本人の女性が1人働いていて施設について一通り説明してくれた。 おお、なんて心強いんだろうと思った。 と、いうのも、ここタヒチの公用語はフランス語とタヒチ語なのである。 私は、タヒチに行くにあたってこの事実を知ったときはちょっとだけ不安になった。 英語もろく喋れないが、フランス語なんてもっとさっぱりだ。 (一応、大学じゃフランス語とってたけど皆無である) でも、ホテルとかは、英語が通用するみたいだった。 ちょっとほっとしたが、まあ、英語もろくに私は喋ることはできないので、ほっとするもなにもあたしが心配することではないと、そこは旦那にまかせた。 早朝に着いたため、部屋はまだ用意されておらず、ロビーや海でだらだらとすごした。 昼過ぎになりやっと部屋が準備された。 んまー。ハイクオリティ。 水上コテージっていうものですな。 大きな窓はテラスに繋がっており、テラスではテーブルも横になれるベンチシート?のようなものまであった。 部屋のテーブルはガラス製で、開閉でき、そこから魚にパンをやることができる。 ベットも大きいし、フカフカや〜ん。 素敵すぎる。 部屋からは常に海が見えた。 旦那はさっそく、シュノーケルをした。 おー元気やのう。私は部屋にいた。 遠浅の海なので、足がつく。泳ぎが得意ではない私は嬉しかった。 こうやって、毎日シュノーケルしたり、カヤックで魚ポイントまで行ってシュノーケルしたり、おいしいご飯を食べ、昼寝したり、満天の星空を寝転んでみたり、近所を散歩したりして過ごした。 1日だけツアーに参加して、エイを見たり触ったり、サメの餌付けをみたり、モツという小さい島で海の上にテーブルを出してランチ食べたりした。 きりが悪いけどここまでー ... ライライラララーイ - 2007年11月21日(水) エンピツのフォームメールくれた方へ メールありがとうございます。 メールを送り返そうと思っても、メール返ってきちゃいます! お返事が書けません。なので、是非、受信できるようにして下さい、おすぎさん。 ミケより ↑ おすぎとピー子のおすぎさんからメールが来たみたいだね!!! 前回も書いたけど量子論にちょっと興味を持った私でした。 以下は私が勝手に考えた世界ね。 ミクロの世界じゃ、ひとつの物体が同時に存在したり、そして観測をすることによって、ひとつの存在の状態に変化するとか。 もしかしたら、自分も無数にいるのかも・・って思っちゃうよね。 自分が行動を起こすごとに、無数の自分がその行動に変化した瞬間にひとつの存在になり続けているんだろうなあって思った。 結局どのパターンになるかは、その場じゃないと分からないというか、未来は結局、決まってないんじゃないかと思った。 勝手ね。私の勝手では。 あとさ、今のこの瞬間も自分は本当に自分なのか?って疑問になる。 この瞬間に、今までの経験や知識が全て頭にインプットされただけで、実は経験してないのではないか?とか。 なんかSFっぽいかな。 学校で習ったことって、簡単にひっくり返ってしまうんだなって思った。 実は分からないことだらけなんだね。世の中。 地球のことだってわかんないんだもんなあ。 ホタルはなんで光るのかとかわかんないんだってさ。 メスへのアピールとかで光る種類もいるけど、そうじゃないのもいるんだってさ。 あとさ、深海の生物とか、もう、めちゃくちゃだもんなあ・・あいつら。 謎だらけだな。 宇宙なんてもっともっとわかんないよな〜。 うわ、怖い。パソコンに向かってる己が怖い!!! 宇宙とか、地球の歴史とか考えると、謎が謎をよび、私って何!? 考えてもきりがないし、答えは分からないけど、理由あんだろうな。きっと。 ひとつも無駄なんてないんだろうなあ。 とりあえず、洗濯物干すかあ。 ... 量子論とか - 2007年11月20日(火) うー寒くなってきた。 でもマンションて本当に暖かい。 実家にいたときは、凍えてたからなあ。 IPODのシャッフル機能て季節とか加味してんのかなあ!? なんか、冬っぽい曲がセレクトされてる。んなバカな〜 牡蠣にあたったりして体調を壊し、ちょっと治ったかな?なんて思って、お酒飲んだら、また体調壊した。 まだ胃は全快ではなかった模様。 また夫に看病される。申し訳ない!まことに申し訳ない!! 体が辛い時って、体を横にするだけですっごい楽になる。 横になるって、回復力あるんだなあ。 最近デジャヴっていう映画を見た。 タイムマシーンがでてくる話でした。 (なかなか面白くてテンポのよい映画だったよ) 見終わったあと、旦那さんと二人でタイムマシーンてあるの?できるの?どうなの?!って話に夢中になり そんなに気になるなら、量子論を扱った雑誌がうちにあるから読みなって言われた。 確かに、家の倉庫(になってしまった部屋)にニュートンていう雑誌があるのは知っていたので、さっそく持ってきて読んだ。 相対性理論やら量子論、パラレルワールド、宇宙誕生まで網羅している創刊300号記念のスペシャルな内容のようだ。 雑誌の表紙を見るからに、堅そうな雑誌だなあというイメージがあり、少々読むのを躊躇ったが読んでみた。恐る恐る。 旦那さんは、次の日仕事なので寝てしまったが、私は夢中になって雑誌を読んでいた。 断っておくけど、量子論とか言ってると、すごい賢いイメージがあるかもしれないが、私は勉強は学生の頃から嫌いだし、今も嫌いだ。 タイムマシーンと量子論が関係あるらしいから、読むのを勧められただけである。 誰も、お前のこと賢いイメージなんてもたねえよ!とも思われているだろうけど、心配だから、一応断っておくのだ。一応。 雑誌は見た目と裏腹に、難しいものを非常に分かりやすく解説してあるのだろうという内容で、こんな私でも夢中になって読むことができた。 夢中になって読んだ結果、怖くなって眠れなくなった。 夜中1人だしさぁー・・ さあーどうして私は怖くなってしまったのでしょうか。 私は学校で一番小さい物質は原子と聞いていた。 しかし、その更に小さい世界、原子の1000万分の1ミリメートルの世界では、とんでもないことが起きまくっているということが分かった。 ミクロの世界では。ひとつの物体が同じ時刻に複数の場所に存在できるとか、またそれを観測すること自体が影響してしまうとか。 例えれば、箱の中に電子をいれて、ついたてを真ん中に入れる時、右か左どちらかに電子がいるわけでなく、左右両方に同時に存在してるんだってさ・・ しかも、箱を覗いて、左側に電子がいたとしても、もともと左にいたわけじゃなくて、観測したことで左側に存在する状態に変化したんだってさ・・ あとは、真空状態は実は無ではなくて、エネルギーがゆらいでるんだって。 物質が生まれては消えてるんだって。 電子は壁をすり抜けるわ。 やりたい放題じゃないか。 なんでもありやん。 なんかさ、こういうこと考えてると、私ってなに?って思っちゃうよね。 まさに今この状態って何なのよ!!ってなって眠れなくなってしまったんだよね。 多分さ、原子の1000万分の1以下のまた以下の話もとんでもないんだろうね。 マクロの世界じゃ、ありえない話も、ミクロならあるんだろうね。 でもさーミクロもマクロも同じじゃないの?なんて思ったりして、怖くなってしまったのであります。 今の一瞬でさえも怪しく感じる今日この頃。 でかすぎる話だな。 ... 牡蠣フライであたった - 2007年11月16日(金) 牡蠣フライにまんまとあたった私です。 去年の今頃、ノロウイルスで騒がれていましたね。 なんとなく、気分が悪いと思ったのはほんの序曲にすぎませんでした。 そこから、2時間はトイレの住人となった私がいました。 もう、気持ち悪いやら、お腹痛いやらで、便座に座ればいいのか、便座に顔を向ければいいのやら、1人で、てんてこまいでした。 気持ち悪くなる前に蟹をお腹いっぱい食べたので、食べすぎが災いして気持ち悪いのかな?と思った。 心配した夫は、昨日食べた牡蠣フライではないかと言ってきた。 私は、昨日お店で牡蠣フライを食べ、中身が生だった事を思い出した。 私は、お腹が弱いので、普段はなるべく食事に気をつけていた。昨日も牡蠣が生だった時点で、少し食べるのを迷ったのであった。 しかし、まあ、平気だろうと高をくくってそのまま食べてしまった。 迂闊であった。それがこの様である。 24時間以上前に食べた牡蠣が出てきた。 腹の中で吸収されずにまだ胃にいたのかよ!!と驚いた。 食べた事を非常に悔いた。 食中毒というのは、よほどの事がなければ死ぬことはない。 猛毒を食べたとか、体力が非常にないとかでなければ。 だいたい2日ぐらいで自然に治る。 しかし、この辛さは、かなりの辛さだ。 吐くと下すのダブルパンチは凄い威力だと思う。 下痢だって相当辛い。それに、加えて吐くという行為は非常に体力を使う。 余計な心配はかけるまいと思い、なるべく辛さを出さずにいたつもりだけど、夫は私のだんだん顔色が悪くなる様を見て病院にいこうと言い出した。 既に夜中の1時であった。彼は彼なりに、私の知らないうちに、病院に電話したり、私の症状を病院に伝えてくれていた。 はっきり言って、病院にいく事も辛い状態で行きたくなかった。 実はこういう食中毒は何回もかかったことがあるから、病院に行っても、点滴をされるしかないのを分かっていた。 それなら、出すもの全部だして、明日病院に行きたいと夫に行った。 夫は、スポーツ飲料を買いにコンビニへ走っていった。 ああ、私はこの人に迷惑をかけっぱなしだなあと、有難さと申し訳なさで一杯になりつつも、体が少し落ち着いたので、しばらく目を閉じて横になった。 彼は、明日会社休んで、私を病院に連れていくとまで言い出したので、それは断った。 厳しい口調で、絶対朝病院いくんだよ!と命令を下してきた。 私はここまで厳しく言われていたのにも関わらず、実際昼過ぎまで寝ていた。 案の定、夫から電話がかかってきて、病院行った?ちゃんと行かなきゃダメだよ等言われ、挙句にはお母さんに電話して、連れてってもらえばよかったとまで言われた。 私は、病院に行きたがらない小学生かよと内心思ったが、早起きして病院に行くことより、体力の回復がまず先だと思っていたから、急いでいく必要はないと思った。 そのあと、事情を知った母からも電話があり、私がまだ病院に行ってない事を呆れていた。 「別に早く行こうが、夕方行こうが関係ないよ。」と言ったら、夕方の病院は空気が淀んでるから、朝早くがいいんだよ!と言われた。 空気のことよりも、まず、体力が大事に決まってると思ったが、それ以上何も言わなかった。 今は、まだ食欲は以前ほど戻ってないけど、それなりに普通に食べてます。 牡蠣おいしいんだけどねぇ ...
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