井口健二のOn the Production
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2023年01月29日(日) ペーパーシティ―東京大空襲の記憶、マッシブ・タレント、せかいのおきく、独裁者たちのとき、日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『ペーパーシティ―東京大空襲の記憶』“Paper City”
東京在住のオーストラリア人の監督が、1945年3月10日夜半
に東京を襲った大空襲について描いたドキュメンタリー。
実は試写の前に監督の挨拶があって、そこで監督はヨーロッ
パで同様の空襲があった都市や、日本では広島、長崎にも犠
牲者の名前を記した追悼碑があるのに、東京大空種にそれが
ないのはなぜか、その疑問が始まりだったと語っていた。
実際に東京大空襲では10万人以上の民間人が犠牲になったと
されるが、その実態を日本政府は把握しておらず、調査をし
ようともしていないのだそうだ。そしてその被災者に対して
は、何の補償もされたことがない。
そんな現状が、独自に犠牲者の名簿を作った町会や、政府に
対して犠牲者の補償を求める署名運動を行っている人たちの
取材を通じて描かれる。しかしその運動を続ける人たちも、
既に80代、90代の高齢者ばかりだ。
そしてその運動に対する右翼の嫌がらせも描かれる。

監督のエイドリアン・フランシスはオーストリア・アデレー
ドの生まれ、メルボルン大学でドキュメンタリー映画専攻を
卒業。15年程前に東京に拠点を移し、短編ドキュメンタリー
で映画祭の受賞歴もある。
本作はそんな監督の初長編プロジェクトだそうだ。
そんな監督が東京大空襲を知ったのは来日して数年間経って
からだという。それは戦勝国である母国の教育では触れられ
ることもなかったものであり、初めて知った時のショックは
計り知れないものであったという。
しかもその記憶が、被災者である都民や日本人の中からも消
えようとしている。なぜ日本人は被災の記憶を消し去ろうと
しているのか? そんな思いに駆られての本作の制作だった
のかもしれない。
実は今回事実関係を調べていて、英語の文献で東京大空襲に
関して使われるのがfier bombingという言葉で、通常の空襲
を意味するsky attackと区別されていることに気が付いた。
それは正に焼夷弾攻撃ということだ。
因に日本攻撃に用いられたのはM69焼夷弾というものだが、
その焼夷剤にはナパームが使用されている。このナパームは
ベトナム戦争以降は「非人道的」としてアメリカ軍では使用
が禁止されているものだ。
それが東京の下町をそして民間人を焼き尽くした。実は上記
の右翼の嫌がらせの言葉で「抗議は日本政府ではなく、空襲
を行ったアメリカ合衆国の大使館にしなさい」という下りが
あったが、ある意味これは正しい。
しかし一般国民が他国の政府に抗議するのは耳を貸して貰え
る筋ではなく、それは日本国政府がするべきもの。それをし
ないことに抗議しているものだ。そういうことも明白にして
欲しかったが、外国人の監督には望むべくではない。
寧ろこういう作品を描いてこなかった日本の監督にこそ不満
を述べたくなる、そんな感じもしてくる作品だった。

公開は2月25日より、東京地区は渋谷のシアター・イメージ
フォーラムにてロードショウとなる。

『マッシブ・タレント』
      “The Unbearable Weight of Massive Talent”
全世界67カ国で初登場トップ10入りのスマッシュヒットを記
録したというニコラス・ケイジ主演の2022年本国公開作。
登場するのはハリウッドスターのニック・ケイジ。彼はアカ
デミー賞にも輝いたトップスターだったが、最近は作品に恵
まれず、家族には疎まれ借金もかさんでいた。そんなスター
にスペインで富豪の誕生日パーティーに出席したら 100万$
という仕事が舞い込む。
その仕事にスターは背に腹は替えられずでOKしたが、実は
その富豪はケイジの大ファンで、意気投合した2人は富豪が
書いた脚本での映画の制作を検討し始める。ところがそこに
CIAが参入。実は麻薬組織の元締めとされる富豪をスパイ
する任務がスターに要請される。
こうしてスターの経験を活かした(?)スパイ活動が開始され
るが…。元メイクアップアーチストの妻や娘も巻き込んで、
事態は最悪(?)の方向に進んで行く。銃撃戦に格闘技、ドタ
バタからカーアクションまで、オマージュやパロディも満載
の作品だ。

共演は、2017年2月紹介『グレート・ウォール』などのペド
ロ・パスカルと、テレビ界で脚本家・プロデューサーとして
も活躍するシャロン・ホーガン。
さらに2002年9月紹介『ダウン』に出ていたというアイク・
バリンホルツ、2012年のウディ・アレン監督『ローマでアモ
ーレ』で助演女優賞受賞のアレッサンドラ・マストロナルデ
ィ、2019年2月紹介『ハンターキラー』などのジェイコブ・
スキーピオ。
またTVシリーズ『天才少年ドギー・ハウザー』でブレイク
したニール・パトリック・ハリス、2018年9月16日題名紹介
『アンクル・ドリュー』などティファニー・ハディッシュ、
マイクル・シーンとケイト・ベッキンセールの娘のリリー・
シーンらが脇を固めている。
実は映画の中に主人公にいろいろ忠告するニッキーという存
在がいて、これがニコラス・ケイジを若返りFXでデビュー
当時の容姿にしたもの。その配役が日本では2役とされてい
るがクレジットではNicolas Kim Coppola になっていた。
この名前はケイジのデビュー当時のものなのだが、その後に
彼は偉大な伯父の名を嫌って改名してしまう。そんな名前を
あえて使ったのは、初心に戻るという意味もあるのかな。も
っともこのニッキーはかなり嫌味な奴だったが。

この他にクレジットではスタッフ欄に COVID…という項目が
多数あって、ハリウッドでも感染対策にはかなり気が使われ
ていたことが窺い知れた。ロケ地などでもそれぞれ相当の対
策が講じられていたようだ。
そんな周到な準備の上で、最上級のエンターテインメントが
繰り広げられた作品と言えそうだ。上記のスマッシュヒット
を記録したという文言も納得できる。
公開は3月24日より、東京は新宿ピカデリー、渋谷シネクイ
ント、グランドシネマサンシャイン池袋、アップリンク吉祥
寺他にて全国ロードショウとなる。

『せかいのおきく』
2016年4月紹介『団地』などの阪本順治監督が、2015年11月
紹介『母と暮らせば』などの黒木華を主演に迎えて、江戸時
代末期の庶民の生活を描いた監督初の時代劇作品。
黒木が演じるおきくは武士の娘。父親は主家の不祥事に巻き
込まれたらしく、父子で貧乏長屋に暮らしている。そんなお
きくが寺の厠の軒先で雨宿りしていた紙屑拾いの中次と出会
う。その瞬間から惹かれ合う2人だったが…。
その軒先にはもう1人、汚穢屋の矢亮も雨宿りしており、矢
亮は中次を紙屑拾いより実入りの良い汚穢屋稼業に誘う。こ
うしてコンビを組んだ2人は、江戸の町で買った汚穢を千葉
の百姓に売る稼業に精を出す。
しかし突然、おきくを悲劇が襲う。

共演は、2022年9月紹介『月の満ち欠け』などの寛一郎と、
2010年9月紹介『信さん』などの池松壮亮。他に真木蔵人、
佐藤浩市、石橋蓮司らが脇を固めている。
僕の幼い頃には、東京湾を汚穢船が航行していたし、お盆に
両親の田舎に帰省すれば田圃に野壺もあって従兄弟が落っこ
ちたりもしたから、本作の物語はある意味自分の原風景でも
ある。
また物語には落語の長屋物のような雰囲気もあって、かみさ
んたちの会話や人情、また長雨のエピソードなど、落語好き
にも楽しめるものになっている。そしてそれらを京都撮影所
(東映・松竹)のスタッフが丁寧に映像化している。
特に全編をモノクロで描き、要所にすっとパートカラーが挿
入される映像も素晴らしく感じられた。ただ最後のシーンは
新緑にディゾルヴして欲しかったかな。それをしなかった理
由は知りたいものだ。
一方、試写の後で「立派な武士の娘があんな下賤な男に…」
と息巻いている人がいたが、それを言っちゃあ身も蓋もない
のであって、身分の違う恋物語は古今東西数多く存在するも
の。これはそんな庶民の話として納得できる。

そんなある意味古典的な物語が丁寧に描かれた作品だ。
公開は4月28日より、全国ロードショウとなる。
なお本作は、映画美術監督の原田満生氏が立ち上げたYOIHI
PROJECT の第1作として製作されたもの。このプロジェクト
では日本の映画人がバイオエコノミー、サーキュラーエコノ
ミーなどで世界の自然科学研究者と連携し、サステナブルを
目指した映画作りを行うということだ。
すでに第2作のドラマの製作や、2本のドキュメンタリーの
製作も発表されており、これからも注目して観ていきたいと
思っている。

『独裁者たちのとき』“Skazka/Сказка”
2002年11月紹介『エルミタージュ幻想』や、2008年10月紹介
『チェチェンへ』などのロシアの映画監督アレクサンドル・
ソクーロフが、アドルフ・ヒトラー、ヨシフ・スターリン、
ウィンストン・チャーチル、ベニート・ムッソリーニらの姿
を全てアーカイヴ映像のみで再構築した摩訶不思議な作品。
映画の始めに登場するイエス・キリストの台詞で「皆と同じ
ように列に並んで待つ」という言葉があり、登場人物らが最
後の審判を待っていることが推察される。そんなある種の苛
立ちを持った中での独裁者たちの行動が描かれる。
とは言うものの映画では最後の審判が直接的に描かれるので
はなく、独裁者たちは互いに貶し合ったり、褒め合ったりし
ながら冥界の道を進み、やがて天国の門の前で門扉が開くの
を待つことになる。
しかしそこに辿り着くまでには、民衆の渦が津波のように襲
い掛かるシーンや、様々な絵画などからインスパイアされた
黄泉の国の映像など、壮大な景観が観客を圧倒するようにも
なっている。
因に4人の映像は公的な機関や個人が所蔵していたものを、
単に背景から切り抜いて動きなどはそのまま使用しているの
だそうで、 CGIなどは一切使用していないとのことだ。また
台詞に関しても文献などに残された本人の発言とされる。
その音声はそれぞれ現代の声優の吹き替えだが、ヒトラーは
独語、スターリンはジョージア語、チャーチルは英語、ムッ
ソリーニはイタリア語になっている。さらにアラム語による
キリストの台詞はソクーロフ監督が吹き替えている。
そしてそれらの台詞が、皮肉であったり、現代社会に対する
警句であったり、様々な意味に捉えられる。しかもそれらは
過去の独裁者たちが発したものなのだ。そこら辺がソクーロ
フ監督が本作に込めた思いなのだろう。
それにしても描かれる4名はいずれも第2次世界大戦の主要
なメムバーだが、そこに昭和天皇が入っていないのはほっと
するところかな。もっともソクーロフ監督は2005年『太陽』
ですでに描いたから良しとしたのか。
その点では、日本人としてはあまり悩まず観られる作品では
あった。僕自身は右翼ではないが、映画の公開に要らぬ横槍
が入るのは願い下げにしたい。そんな意味で悩ましくはない
作品ということだ。

公開は4月22日より、東京は渋谷ユーロスペースにてロード
ショウとなる。

『日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜』
1967年4月18日に劇団「天井桟敷」の旗揚げ公演を行う寺山
修司が構成を担当し、同年の2月9日に放送されたテレビド
キュメンタリー『日の丸』を基に、寺山の没後40周年となる
2023年に改めてその意味を問う作品。
オリジナルはマイクを持った女性が日の丸を中心とした様々
な質問を町行く人に次々にぶつけるというもの。その感情を
込めない質問の仕方も鮮烈で、何かもやもやしたものが自分
の中に巻き起こってくるような作品だ。
その同じ質問を現代に行ったら果たして違いは生じるのか、
そんなところが本作の制作意図かな。しかし元が矢継ぎ早の
質問に答えるのが精一杯で、特に政治的な意識などが観える
ものではなく、その点は現代でも代わり映えはしない。
そこで本作ではSNSなどで関連の情報を得ようとするのだ
が、結局それも不発に終わってしまった感じだ。ただそこか
ら別のものは出てくるが、それは寺山がやったこととは関り
が乏しすぎるものになってしまった。
そんな訳で、寺山がやろうとしたことを再びやるという意味
では不発としか言えない作品だが、関連して寺山本人を描い
たという点では、それなりの意味は感じられる作品になって
いる。それは寺山を再評価するということにも繋がる。
それにしても、このオリジナルが批判を浴びたことで寺山が
テレビ界を去り、それから16年後に寺山が47歳で夭逝してし
まったことが、日本の映像文化にとって大きな損失であった
ことは如実に判る作品だった。

公開は2月24日より、東京は角川シネマ有楽町、渋谷ユーロ
スペース、UPLINK吉祥寺他で全国順次ロードショウとなる。



2023年01月22日(日) デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム、TACKA(タスカー)、Winny

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
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『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』
                 “Moonage Daydream”
2016年に肝臓癌で逝去したミュージシャンであり、俳優でも
あったアーティストが残した膨大なフッテージを基に、稀代
のミュージシャンの本質に迫ったドキュメンタリー。
本作の監督と編集を担当したブレット・モーゲンは2007年に
デヴィッド・ボウイと会い、監督が構想するハイブリッドな
ドキュメンタリーについて語り合ったそうだ。しかし当時は
半ば引退状態だったボウイは「今はそれをやる時ではない」
と考えていたようだ。
そんな経緯から今回は、デヴィッド・ボウイ財団が公認する
唯一のドキュメンタリーの制作が監督に任せられることにな
る。ところが監督の前に置かれたのはミュージシャンが生前
に残したライヴの映像から各種のインタヴューなど、観るだ
けで2年が費やされたという膨大なフッテージだった。
そのフッテージをモーゲン監督は、毎日12〜14時間、週6日
を掛けて2年間観続け、それらの中からボウイの死生観や世
界観を紡ぎ出して行く。しかもそこには関係者など他者の干
渉は一切排され、全てがボウイ自身の声で語られる。そして
それが見事な映像体験として描き出された作品だ。

出演はデヴィッド・ボウイ。彼自身の語りによって全てが描
かれる。
さらにスタッフでは音楽プロデューサーをボウイのアルバム
を多く手掛けたトニー・ヴィスコンティが手掛けた他。音響
技術に2018年『ボヘミアン・ラプソディ』などのポール・マ
ッセイと、2019年『フォードvsフェラーリ』などのデヴィッ
ド・ジャンマルコ。また音響監督は『ボヘミアン・ラプソデ
ィ』などのジョン・ワーハーストとニーナ・ハートストーン
が担当している。
因に本作はIMAX及びDolby Atomosで公開されるもので、その
映像迫力と共に、音響でも最高の体験が得られるようになっ
ている作品だ。
という内容の作品だが、実は本作にはデヴィッド・ボウイ自
身の語りに加えて大量の映画のクリップが挿入される。それ
はボウイ自身が選んだものではないが、モーゲン監督が直接
話し合った感覚としてボウイが出会ったであろう映像体験を
再現したものということだ。
そしてそこに提示されるのが、ジョルジュ・メリエスの『月
世界旅行』(カラー版)を始め、『メトロポリス』や『ノスフ
ェラトゥ』、さらには『宇宙水爆戦』に『宇宙戦争』など、
正に往年のSF映画の名作が綺羅星のごとく登場する。これ
にはSF映画ファンとして心底から呆然とする思いだった。
もちろん『地球に落ちてきた男』も含まれる。
それはボウイがSF映画ファンだったことは他の映画出演作
からも想像するが、ここまでどっぷりという印象をモーゲン
監督が受けていたのだとすれば、これは本当にそうだったの
だろう。しかもそれがIMAXの画面で上映されるのだ。これは

SF映画ファンにも最高の贈り物と言える作品だ。
公開は3月24日より、全国のIMAX/Dolby Atomos劇場でロー
ドショウとなる。

『TACKA(タスカー/Точка)』
成人映画出身の鎌田義孝監督が、2005年の『YUMENOユメノ』
以来17年ぶりに自らの企画・脚本で手掛けた一般映画で、か
なり厭世的な雰囲気の作品。
中心で描かれるのは、オホーツク海沿岸の街でロシア人相手
の中古電気店を営んできた男。しかし経営に行き詰り、一人
娘を老親に預けている男は、娘と親に生命保険金を残そうと
考える。そこで自分を殺してくれる人を SNSで募るが…。
それを目にしたのが、都会での暮らしに夢破れて故郷の街に
戻って来た女。彼女もまた死に場所を探していたのかもしれ
ない。そんな女は男から保険金の半分の金額を借りていたこ
とにする借用書を渡され、殺してくれと頼まれる。
とは言うものの、女が罪に問われずに男を殺す手立てはなか
なか見つからない。そんな2人と偶然巡り合ったのが詐欺ま
がいの廃品回収を行っていた若者。若者は事故を装って男だ
けが死ぬある手立てを思いつくが…。

出演は、2017年9月3日題名紹介『光(大森立嗣監督)』など
の金子清文と、2018年11月18日題名紹介『赤い雪』などの菜
葉菜、それに連続テレビ小説『舞い上がれ!』に出演の佐野
弘樹。他に松浦祐也、川瀬陽太、足立正生らが脇を固めてい
る。
また企画・脚本協力で2009年8月紹介『行旅死亡人』などの
井土紀州、共同脚本に2018年1月21日題名紹介『名前のない
女たち』などの加瀬仁美、プロデューサーに2018年5月13日
題名紹介『菊とギロチン』などの坂口一直、音楽に石川さゆ
りや森山直太朗、AIらの楽曲も手掛ける斎藤ネコらが参加。
そして16mmフィルムによる撮影は、2016年8月紹介『闇金ウ
シジマくん』シリーズなどの西村博光が担当した。
題名はロシア語で憂鬱、憂愁、絶望などを意味するそうで、
正に本作のテーマと言える。そして本作は自殺若しくは自殺
幇助を描くもので、正直に言って今のご時世ではかなりヤバ
い作品にも思えるものだ。
そんな訳で多少構えて観始めた作品だったが、物語の初めの
方では詐欺まがいの廃品回収をする若者が老女に撃退される
シーンがあったりして、それは意外と真っ当な展開をする作
品だった。
結末に関してもある意味納得できるものだし、そこはかとな
く未来への希望もあったりして、現状は決して手放しで許容
できるものではないが、全くの絶望に終わらせなかったとこ
ろは評価すべき作品と思えた。

これは良質の作品と言っていいのだろう。
公開は2月18日より、東京は渋谷のユーロスペース他にて全
国順次ロードショウとなる。

『Winny』
2004年に起きた元東京大学大学院情報理工学系研究科数理情
報学専攻情報処理工学研究室特任助手、金子勇氏の冤罪事件
を追った実話に基づくドラマ作品。
2002年に「2ちゃんねる」のダウンロードソフト板で公開さ
れたP2P型通信方式を持たせたファイル共有ソフトWinnyは、
匿名性の強化されたファイル共有ソフトとして利用者の脚光
を浴びる。しかし利用者による送信可能化権の侵害が横行、
2003年に著作権法違反での逮捕者がでる。
このとき弁護士の壇俊光は、著作権法違反での逮捕者に興味
はないとしながらも、開発者が逮捕されたら弁護を買って出
ると断言する。そして2004年、開発者の金子が逮捕され、壇
は約束通り弁護に邁進するが…。

出演は壇俊光役に三浦貴大、金子役に東出昌大。他に皆川猿
時、和田正人、木竜麻生、池田大、金子大地、阿部進之介。
さらに渋川清彦、田村泰二郎、渡辺いっけい、吉田羊、吹越
満、吉岡秀隆らが脇を固めている。
脚本と監督は、2022年の『ぜんぶ、ボクのせい』で商業映画
デビューを果たしたばかりの松本優作。撮影監督と共同脚本
に2019年9月15日題名紹介『種をまく人』などの岸建太朗が
名を連ねている。
元々の企画はベンチャーキャピタルの代表を務める古橋智史
という人が2018年の「ホリエモン万博」に出品したものだそ
うで、当時話題になっていたPEZY Computing社の詐欺事件か
ら金子氏の事件を知って案出したということだ。
しかしこの2018年には、2016年に開設された漫画村が事件化
されたものであり、2021年に同件が実刑判決となったタイミ
ングは正に本作の意義が問われるものと言える。しかも本作
の金子氏は、最高裁で無罪を勝ち取っているのだ。
つまり本作では、ソフトウェアの開発者がその利用者の犯罪
にどこまで関与し、それによってどこまでの責任を問われる
かを明らかにすることが、作品における最も重要なポイント
だと考える。
ところが本作では、事実上のドラマは第一審の金子氏が有罪
となってしまったところで終わっている。実はその後には金
子氏が7年後に無罪を勝ち取ったことが蛇足のように付け加
えられるが、果たしてそれで良しとするのか。
僕はむしろ逆転無罪となった第二審こそ詳細に描くべきもの
と考える。それは確かに人間ドラマとしては金子氏を悲劇の
ヒーローとする方が印象深くなるのかもしれない。しかし本
作がテーマとすべきは技術者の責任所在の問題なのだ。
そしてそれは海外では問題にもならない事件が、なぜ日本で
は…という司法の在り方の問題も提起する。それがこの作品
では全く明確になったとは言えない。技術者の未来を守るた
めにもそこを描いて欲しかったものだ。
意あって力足らずなのか? 元々その意がなかったのか。い
ずれにしても僕には不満の残る作品だった。

公開は3月10日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他にて全国
ロードショウとなる。



2023年01月15日(日) 郊外の鳥たち、アラビアンナイト 三千年の願い、屋根の上のバイオリン弾き物語、エッフェル塔〜創造者の愛〜

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『郊外の鳥たち』“郊区的鸟/郊區的鳥”
2019年12月8日題名紹介『ロングデイズ・ジャーニーこの夜
の涯てへ』のビー・ガン監督など、中国第8世代と呼ばれる
映画人の中から登場し、2018年ロカルノ国際映画祭で注目を
浴びたというチウ・ション監督の長編デビュー作。
物語の舞台は再開発が進む都市の郊外。そこでは既存の建物
に傾斜が生じたとしてその原因究明のための測量調査が行わ
れている。その調査に従事する主人公は、ふと訪れた廃校の
小学校で、教室に残された机の中に自分と同じ名前の記され
た教科書を発見する。
一方その教科書の持ち主の少年は、放課後には数人の仲間と
共に雑木林で鳥の巣を落として卵を取ったり、瓦礫の積まれ
た工事現場でサヴァイヴァルゲームに興じていた。ところが
その仲間の1人が行方不明になり、女子の案内で彼の家に向
かうことにするが…。
そんなもしかしたら時代を隔てた二つの物語が、微妙に交錯
しながら展開されて行く。

出演は2012年12月紹介『ライフ・オブ・パイ』などのアン・
リー監督の実子で、監督の新作でブルース・リーの伝記映画
に主演しているというメイソン・リーと、アジアの映画界で
インディーズシーンのカリスマ女優とされるホアン・ルー。
さらに本作で本格的な映画デビューとなったドン・ジン。美
少年として話題のゴン・ズーハンなど、子役の多くは現地で
素人の子供たちが採用されている。
上記の紹介で時代を隔てたと書いたが、恐らくは過去と現在
の主人公がかなり奇妙な状況で交錯する。それは多分SF的
な解釈が求められるものだが、本作はそれをするにもかなり
の無理が生じるものだ。とは言うもののそれをするのが僕の
役目とも思える。
そんな訳でいろいろ手掛かりを求めると、まず映画の中では
「9月7日金曜日」というテロップが登場し、それが子供た
ちの行動に合わせてカレンダーのように何度か提示される。
そこでその年次を調べると、該当するのは1984、90、2001、
07、12年辺りとなるようだ。
一方、子供の1人がゲームボーイのような携帯ゲームをして
いるシーンがあり、それは1990年代と推定される。これに対
して大人の主人公はスマートフォンを使用しており、それは
2010年代ということだろう。これは正しく2008年の夏季北京
オリンピックを挟んだ中国の高度成長期と重なるものだ。
従って本作では、そんな2つの時代を描くことで高度成長期
に失われたものを追い求める物語とも言えそうだが、それを
ストレートではなく、かなり歪めて描くところが、今の中国
の姿と言えるのかもしれない。そう言えば2014年4月紹介の
『黒四角』もそんな感覚だったかな。
因に映画の中で建物の傾斜の原因は地下水脈の影響とされる
ものだが、1964年の東京オリンピック前後の高度成長期には
東京も地下水のくみ上げによる地盤沈下が問題になっていた
もので、その時代を記憶する者としてはこの展開は納得でき
るものだった。
ただその原因究明に、例えば子供たちの行動が絡んだりして
いたら、物語的にもう少し纏まりの良い展開になっていたよ
うな気もする。でも恐らく監督の意図はそこにはなかったの
だろう。そんな訳で、判り難いけれど何となく納得のいく作
品ではあった。

公開は3月18日より、東京地区は渋谷のシアター・イメージ
フォーラム他にて全国順次ロードショウとなる。

『アラビアンナイト 三千年の願い』
          “Three Thousand Years of Longing”
『マッドマックス』4部作などのジョージ・ミラー監督が、
2015年6月紹介『マッドマックス怒りのデス・ロード』から
8年ぶりの監督を務めた作品。
物語のテーマは魔法のランプ。そこから登場する魔神(ジン)
が約束する「三つの願い」に何を願うかは、この手の物語で
は究極の命題と言えるものだ。そんな究極の物語は1994年に
発表されたイギリスの作家A・S・バイアットの短編小説を
原作としている。
と言っても原作は短編ということだから、映画のストーリー
の大半はオリジナルで創作されたものだろう。そこで登場す
るのはナラトロジー(物語論)の専門家の女性。その考え方は
「神話は科学に取って代わられ、神々や魔物はメタファーと
化す」というものだ。
ところがそんな女性がトルコのイスタンブールで開かれた学
会での講演中に意識を失ってしまう。それは彼女の想像力が
強すぎる結果とされるが…。学会の閉幕後に気分直しでバザ
ールに立ち寄った彼女は、土産物屋で古びたガラスの小瓶を
手に入れる。
そしてホテルの洗面台で小瓶にこびりついた泥を洗い落とす
と蓋が外れて白煙と共に魔神(ジン)が現れ、そのジンは彼女
に「三つの願いを叶える」と告げる。しかしナラトロジスト
の彼女は、「三つの願い」の結末が常に失敗に終わることを
知っていた。
そこで彼女は願いを告げることを延期しながら、ジンの今ま
での来歴を聞き始めるが…。それは三千年に及ぶジンの生涯
にとっては悲恋の繰り返しとも言えるものだった。そんな中
から、果たしてナラトロジストは究極の命題の答えを見つけ
出すことができるのか?

出演は、2012年7月紹介『プロメテウス』などのイドリス・
エルバと、2018年12月紹介『サスペリア』などのティルダ・
スウィントン。
なおジョージ・ミラー監督は製作と脚本も手掛けているが、
脚本には監督の娘のオーガスタ・ゴアも参加している。その
ゴアは初脚本だが、元々は監督が1992年『ロレンツォのオイ
ル』で組んだニック・エンライトに打診したところ脚本家が
病に倒れてしまい、その脚本家の推薦で娘との共作が決まっ
たそうだ。
そして父子はエンドロールに流れる楽曲の作詞も共同で手掛
けている。
正直に言って2022年8月26日に一般公開された米国ではあま
り高い評価にはならなかったようだ。それはまあ監督の名前
で『マッドマックス』を期待した観客には肩透かし感は生じ
るかもしれない。しかし監督の作品には『ベイブ』や『ハッ
ピー・フィート』などもあるのだから…。
とは言うもののもう少し外連は欲しかったかな。特にアラビ
アンナイトの再現では、あそこまで豪華なセットを作るなら
そこに何か大仕掛けがあってもいいような感じはした。それ
にラヴストーリーをもっと明確にして欲しかったかな。その
辺が少し物足りなく感じるところではあった。

公開は2月23日より、東京はTOHOシネマズ日比谷他にて全国
ロードショウとなる。

『屋根の上のバイオリン弾き物語』
        “Fiddler's Journey to the Big Screen”
2017年3月紹介『ハロルドとリリアン』を手掛けたダニエル
・レイム監督が、同作にも登場したミュージカル映画ついて
描いた映画愛に溢れるドキュメンタリー。
1964年にニューヨークで初演されたミュージカルは1972年ま
でロングランを続け、日本でも1967年から86年まで上演され
るなど世界中で大ヒットを記録した。そんな作品が1971年に
映画化される。しかし舞台はヒットしてもユダヤ人の物語に
他の民族の観客が来る訳はないと危惧の声は高かった。
そんな作品を手掛けたのはカナダ出身でテレビ界でキャリア
を積んできた監督ノーマン・ジュイソン。1967年『夜の大捜
査線』で評価の高まった監督は、「冒険だったから」という
理由でこの難関に挑んで行く。そしてそれは周到な準備の許
で開花して行くことになる。
本作ではその舞台裏を、ジュイソン本人は基より、映画版の
音楽を担当したジョン・ウィリアムス、美術担当のロバート
・F・ボイル、舞台版の作詞家のシェルドン・ハーニック。
さらにロンドンの舞台から主演に抜擢されたトポル。3人の
娘を演じたロザリンド・ハリス、ミッシェル・マーシュ、ニ
ーヴァ・スモール。また映画評論家のケネス・トゥランまで
多岐に渉るインタヴューで描き尽くしている。
因にジュイソンは、Jew-i-son という名前ではあるが両親は
カトリックなのだそうで、それでも名前の由来で幼い頃から
ユダヤ人に興味を持ち、ユダヤ人になりたいとも思っていた
とのこと。そんな想いがこの映画化に結実されたようだ。そ
んな話を掴みに本作は描かれる。
その他にも、タイトルの由来でもあるマルク・シャガールの
絵画 Green Violinistに絡めてジョン・ウィリアムスが映画
版の音楽に込めた思いなども巧みに紹介されており、どのイ
ンタヴューも映画の成立までの過程やそこに込められた想い
が如実に伝わってくるものになっている。
もちろん作中にはユダヤ人迫害の歴史も語られるが、そこも
感情的ではなく、映画製作の過程に併せて巧みに描き込まれ
ているのも上手さと言える。因にレイム監督自身はユダヤ系
だそうだ。
なお本作では、先の『ハロルドとリリアン』で語られた話は
出てこない。しかし作中に正に該当するシーンが登場するの
は、監督の前作への想いも伝わってくるところだ。そんな全
てが映画愛で綴られた作品になっている。

公開は3月31日より、東京はヒューマントラストシネマ有楽
町&アップリンク吉祥寺にてロードショウとなる。

『エッフェル塔〜創造者の愛〜』“Eiffel”
1889年のパリ万国博覧会を記念して建造され、現代ではパリ
の象徴とも称されるエッフェル塔。その建築の秘話を2005年
7月紹介『真夜中のピアニスト』などのロマン・デュリスと
フランス生まれイギリス育ちの期待の新星エマ・マッキーの
共演で描いた歴史ロマン作品。
ニューヨーク港に建てられた自由の女神の骨組みの設計建築
などで注目された技師ギュスターヴ・エッフェルは、パリで
は持て囃される存在だったが、当初は塔の建設に乗り気では
なかった。ところが突然その建設に熱意を示しだし、最後は
資金の枯渇に私財を投入して完成させたという。
何が技師の心に火を点けたのか? それは未だに解明されて
いない謎なのだそうだ。そこに目を付けたのは小説家でエッ
セイストでもあるカトリーヌ・ボングラン。短編映画の脚本
を手掛けたこともある女流作家は、20年以上も前に本作の原
案とオリジナル脚本を執筆している。
そして本作では、2017年に企画が立ち上げられ、ボングラン
の原案を基に歴史的事実を踏まえてこれしかないと思われる
仮説を打ち立てたものだ。因に映画に描かれたボルドーでの
2人の出会いと別れの顛末は、全く史実に基づくものという
ことだ。

その一方で本作には、セーヌ河畔の軟弱な土地に高さ300mも
の塔を建てるエッフェル技師考案の建築技術なども克明に再
現されている。それはある意味、サイエンス・フィクション
とも言える作品に仕上げられていた。
脚本と監督は、短編映画の出身で2015年に監督したコメディ
映画が大ヒットしてその続編も手掛けたというマルタン・ブ
ルブロン。監督は本作の後に2023年に本国で公開予定のアレ
クサンドル・デュマ原作『三銃士』を2部作で映画化する超
大作にも大抜擢されている。
エッフェル塔の造形は日本の東京タワーと比較されることも
多いが、東京タワーの場合はその基部に建物が存在し、そこ
から延びるエレベーターを含む心柱によって全体が支えられ
ている。それに対してエッフェル塔は、基部は空間で心柱は
存在しない。
その構造の違いは建築の難易に影響し、特にエッフェル塔で
基部から第1展望台までの設計や建設の難易度は計り知れな
いものだ。しかしエッフェル技師はそれを達成した。しかも
それには深い意味が込められていた。そんなことも虚実は判
らないが、巧みに語られた作品だ。

公開は3月3日より、東京は新宿武蔵野館、シネスイッチ銀
座、ヒューマントラストシネマ渋谷他にて、全国順次ロード
ショウとなる。


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井口健二