井口健二のOn the Production
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2022年07月31日(日) 窓辺にて、グリーンバレット最強殺し屋伝説国岡〔合宿編〕

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『窓辺にて』
2020年2月23日題名紹介『街の上で』などの今泉力哉監督に
よるオリジナル脚本の映画化で、2019年11月6日付「東京国
際映画祭」にて紹介『ばるぼら』などの稲垣吾郎を主演に迎
えた大人の恋愛ドラマ。
主人公は文芸系(?)のフリーライター。彼は17歳の女子高生
が受賞した文芸賞の記者会見を取材に行き、受賞者に的確な
質問を発したことから、会見後の控室に招かれる。そこで作
家から作品のモデルに会ってみたいかと訊かれる。
そんな主人公には編集者の妻がいて、彼女は文芸賞の候補に
も挙がっていた男性作家を担当しているが、その作家と不倫
関係にもなっていた。そして主人公は長く取材しているアス
リートの妻から夫が不倫していると訴えられる。
こうして主人公の周囲では2組の不倫が展開される中、主人
公自身は、女子高生作家の奔放な振る舞いに振り回されなが
らも彼女の行動を追って行くが…。

共演は、2019年12月紹介『Fukushima 50』などの中村ゆり、
2020年1月紹介『AI崩壊』などの玉城ティナ。他に『街の上
で』の若葉竜也、2020年3月1日題名紹介『#ハンド全力』
などの志田未来。さらに松金よね子らが脇を固めている。
僕自身がフリーライターと呼ばれる範疇にいた人間で、外国
映画の来日記者会見などでは、それなりに監督らの関心を呼
ぶような質問もしてきたつもりだから、本作の主人公には好
感が持てた。
そんな中で本作の様な修羅場にはそうそう出会ったことはな
いが、その際の主人公が取る態度にはそれなりに共感すると
ころもあった。ただ自分自身がその渦中にあったとしたら、
これほど冷静に居られるかな?
そんな疑問は湧いてくるが、それがその後の展開で、これも
また納得できる結末に至って行く。でもこれは一つの理想論
かな。そんなことも含めて巧みに作られた作品と言うことは
できそうだ。
特に主演の稲垣の演技は巧みで、そんな主人公を弄ぶかのよ
うな玉城の雰囲気も良く描かれていた。まあ元々今泉監督は
若い女性を描かせると上手いという定評もあるようだから、
これはそれなりの作品なのだろう。
それを支える脚本も巧みで、映画祭に出せば受賞も狙える作
品に思えた。

公開は2022年11月より、全国ロードショウの予定となってい
る。

『グリーンバレット最強殺し屋伝説国岡〔合宿編〕』
コロナ禍での公開延期分も含めて2021年度に4作品が公開さ
れたという坂元裕吾監督が、その内の1本の続編として制作
した作品。
元々は講談社ミスマガジンの受賞者を主演に据えた映画とい
う企画があり、その企画に乗った坂元監督が、2021年度公開
の自作『最強殺し屋伝説国岡』と合体させたというもので、
様々な事情で殺し屋を目指す少女たちの群像が描かれる。
少女を殺し屋に仕立てるというお話では、1994年リュック・
ベッソン監督の『レオン』や2011年5月紹介『ハンナ』など
様々思い浮かぶが、本作ではそれが集団ということで、それ
なりに目先は変えられているかな。
ただ人数が増えている分、個々の訓練の様子はコマ切れとい
うか深くは描けないので、その辺の面白みは望めなくなって
しまう。特に訓練が伏線になって後の対決に繋がるというよ
うな、映画的な展開に欠けるのは残念なところだ。
とは言えミスマガジンの少女たちがそれなりのアクションも
頑張っているのだから、それだけで価値が見出されると言え
ばそういう作品と言うことだろう。観客の方もそれでOKと
いう感じで観るのだろうし。
監督の方もこれでガッチリ稼げれば、次の作品に進めるとい
うものだ。

出演は、ミスマガジン2021グランプリの和泉芳怜、ミスヤン
グマガジンの山岡雅弥、ミス週刊少年マガジンの天野きき、
読者特別賞の辻󠄀優衣、審査員特別賞の大島璃乃と内藤花恋。
そして国岡役の伊能昌幸。さらに板尾創路らが脇を固めてい
る。
公開は8月26日より、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
他で全国順次ロードショウとなる。



2022年07月24日(日) ウクライナから平和を叫ぶ〜Peace to you All〜、こころの通訳者たち

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
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『ウクライナから平和を叫ぶ〜Peace to you All〜』
                   “Мир Вам”
旧東欧圏スロバキアのカメラマン・監督が、2015年〜16年の
ウクライナを取材したドキュメンタリー。
本作の製作年度は2016年になっているから、当然現在のロシ
ア侵攻を反映したものではない。従って地上戦の戦闘はある
もののミサイル攻撃の様なものも描かれない。それでも戦争
の恐ろしさは如実に伝わってくる作品だ。
そしてロシアとウクライナの言い分も、一時の感情論などに
動かされず、現在より判り易く伝わってくる感じもした。そ
こには「プーチン助けて」というようなロシア系住民の悲痛
な叫びも登場するものだ。
そして作中では、当初はロシア寄りだったかとも思える制作
者の態度が、徐々に変化して行くような印象も受ける。これ
こそが6年後にプーチンを暴挙に向かわせる萌芽があったの
ではないかとも思わせる。
ただ本作では、2013年の親ロシア派だったウクライナ大統領
による政権の崩壊以降の状況は捉えられているものの、許よ
りの何故ウクライナにロシア人がいるのかという歴史は描か
れない。
プーチンの言い分は「そこにロシア人がいて迫害されている
から助ける」というものだが、なぜそこにロシア人がいるの
か? 日本の観客にはその辺が一番判り難いのではないのか
な。それは現地の人には自明のことなのだろうけど。
とは言うものの、戦争の恐ろしさは本当に明確に伝わってく
る作品で、これが現状では市民も巻き込んでさらに多くの犠
牲者が出ている。それを想うと居ても立ってもいられなくな
るような作品だった。

公開は8月6日より、東京は渋谷のユーロスペース他で全国
順次ロードショウとなる。
なお本作は試写会が行われず、直接DVDが送付されて自宅
のパソコンで鑑賞したもので、スクリーンで観たらまた違う
印象になったのかもしれない。でもまずは観ることが重要な
作品のように思えたものだ。

『こころの通訳者たち』
東京都北区東田端に所在するユニヴァーサル映画館シネマ・
チュプキ・タバタが制作した聴覚障碍者と視覚障碍者を繋ぐ
ドキュメンタリー。
物語の舞台は、今回の試写会も行われたチュプキ・タバタ。
この映画館では旧岩波ホールでの上映作品など良心的な映画
を中心に興行が行われているようだが、同時に視覚障碍者の
ための音声ガイドが上映映画の全てに付けられている。
そんな映画館で、ある作品の上映が決まる。それは舞台演劇
に手話を付ける手話通訳の活動を取材したドキュメンタリー
だった。しかし手話の様子を如何にして音声ガイドで伝える
か。未知の挑戦が始まることになる。
基になるのは『ようこそ舞台手話通訳の世界へ』という短編
ドキュメンタリー。この作品では、2021年に愛知県豊橋市の
公共劇場で行われた『凛然グッドバイ』という演劇に手話通
訳を付けて行く過程が描かれている。
手話と言うとテレビのニュース画面などの隅にワイプで挿入
されているものを認識している程度だったが、ただ話されて
いる言葉を直訳しているだけのいわゆる手話通訳に対して、
舞台手話という存在が全く違うことに気づかされた。
そこでは通訳者は演者と共に演劇の一部として舞台上に登場
し、手話だけでなく全身を使って演者の感情や、台本に書か
れた台詞の行間にある余白なども表現して行く。しかもそれ
が演技の邪魔になってはいけない。
すでにここまででも感動的な作品だが、さらに本作ではそこ
に音声ガイドを付けて行く。それはモニターとして参加する
視覚障碍者の人たちや舞台の関係者、そして舞台通訳者本人
も巻き込んだ、壮大な事業となって行く。
僕自身が健常者の身としては、いろいろな新たな知見に満ち
溢れた作品だったと言える。それはもちろん舞台手話通訳と
いう存在への認識もそうだが、その他にも作品の端々に描か
れる事のほとんどが自分の想像を超えるものだった。
特に登場する視覚障碍者の方の「盲目というのは目を瞑るこ
とではない」という主旨の発言には、映画の中での実証を含
めて、多分そうだろうと思っていた以上に明確にその真実を
伝えられたような気がした。
その他にも、観るだけでいろいろな認識を新たにできる、そ
んな感じのする作品だ。

公開は10月1日よりシネマ・チュプキ・タバタにて先行上映
の後、10月22日より東京では新宿K's cinema他にて全国順次
ロードショウとなる。



2022年07月17日(日) ザ・ディープ・ハウス

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
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『ザ・ディープ・ハウス』“The Deep House”
2012年8月紹介『リヴィッド』などのアレクサンドル・パス
ティロ&ジュリアン・モーリー脚本・監督による2021年本国
公開のフレンチ・ホラー。因に製作国はフランスとベルギー
だが、原題は英語で台詞も英語主体になっている。
登場するのは廃墟 You Tuberの男女カップル。巻頭にはウク
ライナが登場するなど世界各地の廃墟に潜入してその映像を
ネットにアップしているが、最近は登録者数が伸び悩んでい
るようだ。
そんな2人がやってきたのはフランスのとある田舎の湖畔。
その湖中に廃墟があるとされ、ダイビングの練習にも励んだ
2人はその撮影に挑もうとしたのだが、現地はリゾート開発
で思うような雰囲気ではなかった。
ところが岸辺で休んでいた2人に耳よりな情報が飛び込んで
くる。それはそこから少し離れた別の湖の湖底に正にうって
つけの廃墟が沈んでいるというのだ。そこで2人は案内され
るままにその湖の廃墟を目指すが…。

出演は、モデル出身で近年多くの映画に出演している女優の
カミーユ・ロウと、ミック・ジャガーの息子で2019年12月紹
介『ふたりのJ・T・リロイ』に出ていたというジェームズ
・ジャガー。
他に2019年10月13日題名紹介『シュヴァルの理想宮』などの
エリック・サヴァンらが脇を固めている。
監督はハリウッド映画にも進出して資金はかなり潤沢だった
のだろうが、後半はほぼ水中シーンだけになる廃墟のセット
は見事なものだった。しかもそれがいくつもあるのだから、
生半可ではない。
ただそれに伴う物語が、もっと細かく描き込めたのではない
かと思えるところが少し残念ではある。もっとも上記の過去
の紹介文を読んでも同じような感想だから、これが監督の狙
いではあるのだろう。
まあローラーコースター・ムーヴィというか、アトラクショ
ン・ムーヴィというか。要は祭りのお化け屋敷と同じ感覚な
のだから、コケ脅かしの五月雨打ちというのがトレンドと言
われればその通りのものだ。

公開は9月16日より、東京は新宿シネマカリテ他で全国順次
ロードショウとなる。
なお本作はエンドロールの後にも映画が続く系の作品だ。

今週は本作のみの紹介です。



2022年07月10日(日) わたしのお母さん、ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド、響け!情熱のムリダンガム

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『わたしのお母さん』
2015年のデビュー作『人の望みの喜びよ』でベルリン国際映
画祭のジェネレーション部門「スペシャルメンション」を受
賞した杉田真一脚本・監督による第2作。
物語は、ローカル線の車中に座る女性が「お母さんと呼ばな
くなったのはいつからだろう」と述懐の様なモノローグを発
するところから始まる。そして映画は、彼女と母親の人生を
語って行く。
その母親は長男の家に同居していたが、赤子の孫を見ながら
の炊事中に小火を出し、長男の嫁に疎まれて長女の家にやっ
てくる。その長女は夫と二人暮らしだったが、朝起きると鏡
台で化粧をする外交的な母親が少し苦手なようだ。
それでも独身の妹と共に温泉旅行に行ったり、親子の時を過
ごすが…。屈託のない妹の姿も長女の目には違和感になる。
そして妹の発した言葉が、彼女の記憶を母親との確執を生ん
だ出来事へと誘って行く。

出演は2011年3月紹介『八日目の蝉』で演技賞を総なめにし
た井上真央と、2007年8月紹介『サッドヴァケイション』な
どの石田えり。他に2018年3月25日題名紹介『海を駆ける』
などの阿部純子、2019年11月17日題名紹介『花と雨』などの
笠松将らが脇を固めている。
脚本は、監督と2018年8月26日題名紹介『ビブリア古書堂の
事件手帖』などの松井香奈との共同となっている。
母娘の関係は親子以前に女同士という格言もあるようだが、
正直に言ってその関係性が男の僕には良く判らない。僕自身
には娘がいるが、娘と妻との関係がこんな風だとは思わない
し、第一に主人公は「お母さん」と呼ばなくて、母親を何と
呼んでいたのだろう。
とは言え脚本には女性の目線も入っている訳だし、ベテラン
と言える主演の二人だって、納得できなければ演じることは
なかっただろう。でもこれが女性にとっては普遍的な話なの
か? その辺を僕には理解できなかった。
それと作中の男性の存在感の薄いこと。物語としては長男と
主人公の夫もいるものだが、それが登場はするが母娘の関係
にほとんど関ってこない。これは男性の監督があえて避けた
のだとは思うが、何か不自然な感じもした。

公開は2022年秋。封切り日や劇場などはまだ決まっていない
ようだ。

『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』
           “Meeting the Beatles in India”
1943年生まれで、今までに 300本以上のドキュメンタリーを
制作し、数多くの受賞にも輝くカナダの製作者ポール・サル
ツマンが、1968年インドでのビートルズとの出会いを描いた
2020年本国公開の作品。
当時23歳でカナダ国立映画制作庁に勤め、全国ネット番組で
共同司会者も担当していた若者は、ある朝、自分が自分の嫌
いな人間になっているのではないかという想いに捉われ、イ
ンドへの渡航を思い立つ。
そして同地で撮影される映画の録音技師を契約して渡航費を
工面し、恋人に想いを告げて旅立つ。しかし旅先に彼女から
別の男性と付き合うとの手紙が届き、傷心の若者はマハリシ
・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラムに導かれる。
ところがそこにはビートルズが家族や、女優のミア・ファー
ロー、ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴ、さらにドノヴァン
らとともに訪れており、若者は門前払いとなってしまう。し
かしそれから8日間キャンプを張った若者は…。
映画はアシュラムに入ることを許された若者がビートルズと
交流して行く様子が、若者自身が撮影した写真と共に描かれ
る。それはビートルズの最高作とも言われるアルバム“The
Beatles”の制作秘話でもある。
そんな物語が、サルツマンとビートルズ研究の第一人者とさ
れるマーク・ルイソンの2人で、今や「ビートルズ・アシュ
ラム」とも呼ばれる現地を再訪する様子と共に描かれる。そ
れは観客をも当時の記憶に誘ってくれる。

製作・脚本・監督はポール・サルツマン。製作総指揮はデイ
ヴィッド・リンチ、映画のナレーションをモーガン・フリー
マンが務めている。
監督本人が当事者というこの手の作品では、やもすると自慢
話になってしまいそうだが、その辺はしっかりと抑えられて
いるのは好感が持てる。それにビートルズの描き方も人間味
があって、気持ちの良い作品だった。
そして何より、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの教えが前
面に押し出されているのは、監督や製作総指揮のリンチがそ
の信奉者であるお陰だろうが、特に現代にはその教えの重要
さも問い掛けられている感じのする作品だった。

公開は9月23日より、東京は池袋シネマ・ロサ、ヒューマン
トラストシネマ渋谷、UPLINK吉祥寺他にて全国順次ロードシ
ョウとなる。

『響け!情熱のムリダンガム』“சர்வம் தாளமயம”
本国では2018年に公開され、同年の東京国際映画祭でも上映
された作品だが、日本公開は見送られていたインド・タミル
語映画を、東京都葛飾区の南インド料理店が買い付け、一般
公開に漕ぎ着けた作品。
主人公はタミル語映画の大スター、ヴィジャイを推し活する
若者。しかし一人の女性と出会ったことから将来のことを考
え始める。そんな折、太鼓職人の父親に連れられて見た古典
芸能の太鼓演奏に魅せられ、その道を志すが…。
苦心の末に太鼓の名手の許に弟子入りした若者は才能を開花
させ始める。しかし意地悪な兄弟子や高貴な家柄の同期弟子
たちに翻弄され、さらにはテレビ局も絡んで名手の許での修
行を断念せざるを得なくなる。
そこにはカースト制度も関り、親からもその道を諦めるよう
説得されるが、恋人の励ましの声が若者を新たな世界へと導
いて行く。

原作と監督は、1963年生まれでCMディレクター出身のラー
ジーヴ・メーナン。音楽を、2009年1月紹介『スラムドッグ
$ミリオネア』でアメリカアカデミー賞を受賞したA.R.ラ
フマーンが担当している。
監督と音楽家はCM時代からの旧知の仲だそうで、音楽家の
推薦で1997年と2000年にも音楽を中心とした映画を監督して
ヒットさせているが、本作は前作から18年を経ての第3作だ
そうだ。
因に南インド出身の音楽家は、地元の作品を手掛けるときに
はローカルな音楽シーンを意識するそうだが、本作でもそれ
はいかんなく発揮されている。特に若者が新たな世界に導か
れるシーンは見事な展開だ。
それに比べると、特に前半の兄弟子からのいじめのシーンな
どはかなりべたな感じだが、そこに見え隠れするカーストと
の関りは、恐らく現地の人には鋭く映るものなのだろう。そ
んな社会状況も巧みに描かれた作品だ。
それといじめの展開の中では、リメイクもされた石原裕次郎
主演の日活映画も思い出したが、それを言うのは野暮という
ものだろう。いやひょっとしてオマージュか?

公開は10月1日より、東京は渋谷のシアター・イメージフォ
ーラム他にて全国順次ロードショウとなる。
実は本作の試写は上記のビートルズの映画と連日で観たのだ
が、ドキュメンタリーとドラマなのに内容的に似通うところ
があったりもして面白かった。それにしてもインドと音楽の
繋がりには奥深いものがあるようだ。



2022年07月03日(日) 人質 韓国トップスター誘拐事件、夜明けまでバス停で

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『人質 韓国トップスター誘拐事件』“인질”
2019年5月紹介『工作 黒金星と呼ばれた男』などの韓国の
人気スター=ファン・ジョンミンが本人役で登場する2021年
本国公開のサスペンス作品。
物語の始まりは映画の製作発表記者会見。その作品に主演の
ファン・ジョンミンは会見場では愛想よく振舞うが、その後
の飲み会はそこそこに退散して帰路につく。ところが自宅も
間近の路上で若者の一団に襲われ、拉致されてしまう。
一方、警察では切断死体で発見されたカフェ店主の誘拐事件
が捜査されていたが、店主と一緒に拉致された女店員のこと
は秘密にされていた。しかしその情報がネットに流れ、やが
てそれがファン・ジョンミンの事件に繋がって行く。
そして犯人の若者たちは、ファン・ジョンミンから身代金を
奪おうと画策を始めるが…。果たして韓国の人気スターは、
凶悪事件の渦中に巻き込まれた自らを救出できるか? 一世
一代の大芝居が開幕する。

脚本と監督は、短編映画で韓国内外の映画祭で受賞歴を誇る
ピル・カンソム。実際に起きた事件のドキュメンタリーから
想を得たという監督は、当初よりファン・ジョンミンを念頭
に置いて脚本を作り上げた。
共演は、韓国ミュージカル界のトップスターでありながら、
本作には1000人以上のオーディションで選ばれたというキム
・ジェボム。『イカゲーム』などのイ・ユミ、『梨泰院クラ
ス』などのリュ・ギョンス。
さらに新人のチョン・ジェウォン、イ・ギュウォンが異彩を
放ち、トップモデルで2020年日本公開の戦争アクション『長
沙里9.15』などのイ・ホジョンらが脇を固めている。
ファン・ジョンミンは、基本的にはコメディタッチの映画に
起用が多いとされているようだが、本作は正にリアル。実際
にスターが誘拐されたらどうなるか、という話だから当然迫
真の演技ということになる。それが見事に決まっているのも
本作の魅力だろう。
しかもそのリアルさからは想像もつかないアクションシーン
が用意されたりもしているのだから、これは見事に作られた
作品だ。そしてそこには俳優の過去の作品へのオマージュな
ども鏤められ、正しく俳優ならではの作品に仕上げられてい
る。いやはや脱帽の作品だ。

公開は9月9日より、東京はシネマート新宿、ヒューマント
ラストシネマ渋谷他で全国ロードショウとなる。

『夜明けまでバス停で』
2012年7月紹介『ふがいない僕は空を見た』などに出演の俳
優梶原阿貴が、2020年11月16日に東京都渋谷区で起きた事件
にインスパイアされて描いた脚本を、2012年4月紹介『道−
白磁の人−』などの高橋伴明監督で映画化した作品。
主人公は昼間は自作のアクセサリーを売りながら、夜は居酒
屋で住み込みのパートとして働いていた女性。ところがコロ
ナ禍で居酒屋が休業となり、住み込みの部屋も退去せざるを
得なくなる。そこで急遽、住み込みの介護職を見付けるが、
介護職もコロナ禍の状況で不可となってしまう。
こうしてホームレスとなった女性はファミレスや漫画喫茶も
閉店する中、ポツンと明かりの灯るバス停で明け方までの時
間を過ごすようになる。しかしその姿を狂悪な目で見詰める
存在もあった。その一方で昼間は公園でホームレスの住人と
話すようになった主人公は…。

出演は、2007年8月紹介『サッド ヴァケイション』などの
板谷由夏。他に2019年2月24日題名紹介『嵐電』などの大西
礼芳、2019年10月紹介『GHOST MASTER』などの三浦貴大。さ
らにルビー・モレノ、柄本佑、筒井真理子、根岸季衣、柄本
明らが脇を固めている。
本作も上の韓国映画と同様に実際の出来事にインスパイアさ
れたものだが、そこからの展開というか作劇が韓国映画とは
別の意味でとんでもないものになっていた。それは1949年生
まれの高橋監督にはちょっと特別な意味を持つのではないか
とも思うものだ。
因に脚本家の梶原は1973年生まれだそうだが、この展開には
僕自身も含む70年安保世代の思いが籠っている。それは特に
1948年生まれの柄本明が演じる役柄から感じ取れる。いやは
やこれを真正面から描いてしまうとは、高橋監督の心意気に
も感じ入ってしまった。
時代へのオマージュが見事に描かれ、思わず喝采したくなる
作品だ。

公開は10月8日より、東京は新宿K's cinema、池袋シネマ・
ロサ他で全国順次ロードショウとなる。


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井口健二