井口健二のOn the Production
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2020年05月31日(日) 剣の舞 我が心の旋律、悪人伝、ディヴァイン・フューリー 使者、タッチ・ミー・ノット ローラと秘密のカウンセリング

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『剣の舞 我が心の旋律』“Tanets s sablyami”
旧ソ連を代表する作曲家アラム・ハチャトゥリアンが、彼の
代名詞とも言える舞曲「剣の舞」を作曲した際のエピソード
に基づく作品。
物語の背景は1942年。第2次世界大戦下の戦火を逃れるため
レニングラード国立オペラ・バレエ劇団はウラル山脈の麓の
工業都市ペルミ(当時の呼称はモロトフ)市に疎開していた。
そこで劇団員たちは2週間後に初演が迫るハチャトゥリアン
の新作バレエ「ガイーヌ」の練習に余念がなかった。
その練習の場には作曲家も毎日顔を出すが、振付師からは細
かな修正が次々に出され、彼の精神を圧迫し始める。そのた
めトラブルを起こした作曲家の許にはショスタコーヴィチら
が訪れ、労を労ってくれていたが…。
ところがそのリハーサルの場にさらにモスクワから文化省の
役人が乗り込んでくる。許より共産党政権下の公演は文化省
の承認が必要であり、劇団はその許可は受けていたのだが、
役人は様々な難癖をつけ、要求もし始める。そこには作曲家
とは旧知の役人の秘めた思惑もあった。
一方、作曲家にとってこの作品はアララト山の麓でトルコ軍
の侵攻に追われた故郷のアルメニアを想うものでもあった。
しかしそんなバックグランドは作曲家の共産党への忠誠に疑
いを持たせるものであり、役人はその点を突こうとする。
そして役人が出した最後の要求は、クライマックスの場面に
勇壮な舞曲を付け加えることだった。しかもその作曲に掛け
られる時間は一晩しかなかった。

主演は、ロシアの舞台やテレビで活躍してるアンバルツム・
カバニャン。役人役でアメリカのテレビドラマ『24』などに
出演のアレクサンドル・クズネツォフが登場している。
脚本と監督はウズベキスタン出身のユスプ・ラジコフ。本作
の制作会社が行ったハチャトゥリアン物語の脚本コンテスト
に優勝して映画化に漕ぎ着けたものだが、アルメニアでの制
作中に当地で政変が起こるなど撮影も大変だったようだ。
名曲「剣の舞」が8時間で作曲されたというのは事実のよう
だが、その経緯などは明確ではないようで、役人などの登場
人物は創作だそうだ。しかし当時のソ連なら如何にも有りそ
うな話だし、ロシアの観客もそれで納得したのだろう。
しかも作曲家の故郷であるアルメニアの歴史や当時置かれて
いた状況などは僕には知れないことだったし、それらの事柄
が学べた点でも有り難い作品だったと言える。それは旧ソ連
時代では決して語れなかった内容で、その点も面白いと言え
る作品だった。

公開は7月31日より、東京は新宿武蔵野館他にて全国順次ロ
ードショウとなる。

『悪人伝』“악인전”
2017年7月2日紹介『新感染 ファイナル・エクスプレス』
で全世界的に大ブレイクし、マーヴェル・シネマティック・
ユニヴァース(MCU)の新作にも出演が発表されているマ・
ドンソクが強面のヤクザの組長に扮し、凶悪な連続殺人犯と
対決するヴァイオレンスアクション作品。
映画の始まりは2005年7月。交通量の少ない裏道で追突事故
が発生。そこで白い乗用車に追突された運転者は車を降りて
状況を検分しようとするが、追突した車から降りてきた若者
がいきなり運転者をめった刺しにし、被害者は死亡、現場は
そのまま放置される。
その事件にはソウル警察の一分署が捜査に当たるが、事件は
単純な強盗殺人として処理されそうになる。ところが現場に
来た熱血刑事がある疑問を感じる。それは先に発生した2つ
の強盗殺人と犯行に使われた凶器が類似すると見えたのだ。
しかし被害者に共通項はなく彼の主張は却下される。
それから数日後、ソウルで違法賭博場を手広く運営している
ヤクザの組長が、配下の組織の長との会食の帰路。自ら運転
していた車が交通量の少ない裏道で追突される。そこで直に
は車を降りなかった組長は襲ってきた若者に反撃し、重傷は
負ったものの撃退して命を長らえる。
その事件に直勘を働かせた刑事は病室を訪ねる。しかし組長
はヤクザの面子で犯人は自分で始末すると一蹴。一方、署内
で意見の取り上げられない刑事は鑑識の情報を教える条件で
共同捜査を申し入れる。こうして刑事+ヤクザ×サイコパス
の闘いが開始されるが…。
その闘いは熾烈を極めるものになる。

共演は、2012年『神弓 KAMIYUMI』などのキム・ムヨルと、
2018年2月11日題名紹介『犯罪都市』でもマ・ドンソクと共
演していたキム・ソンギュ。他にユ・スンモク、チェ・ミン
チョル、キム・ユンソンらが脇を固めている。
脚本と監督は2017年『隊長キム・チャンス』も手掛けたイ・
ウォンテ。元々脚本系の出身で監督は第2作とのことだ。
映画は実際の事件を基にしているとのことだが、多分に脚色
が施されているもので、その物語は見事に痛快ですでにシル
ヴェスター・スタローンの製作によるハリウッドリメイクの
計画も発表されているようだ。
ただ、ヤクザ側から得られた遺留物で捜査本部が動き出すと
いう展開は犯人との関連性が明白でないことから少し強引か
なという感じは持った。それと無辜の一般市民が巻き込まれ
る展開もヴァイオレンスアクションとはいっても少し退く感
じを持った。
もちろんこれらの展開が結末の強烈なカタルシスをもたらし
ていることに異論は挟まないが、もう少し何か工夫があって
も良かったのではないかとは思ったところだ。とは言え本作
が傑作であることは間違いないものだが。

公開は7月17日より、東京はシネマート新宿他にて全国ロー
ドショウとなる。

『ディヴァイン・フューリー 使者』“사자”
2020年1月12日題名紹介『人間の時間』などのアン・ソンギ
がバチカン公認のエクソシストに扮するファンタシーアクシ
ョン作品。
主人公は韓国を代表する若き格闘家。母親は彼の出産の際に
死去し、警官だった父親は敬虔なクリスチャンでもあったが
彼が幼い頃に暴走車を止めようとして命を落とした。そんな
生い立ちの彼は神の存在を否定して生きてきたが…。
アメリカで行われたタイトルマッチで強敵を瞬殺した彼は、
その夜、掌に突然現れた傷口から出血が止まらず、帰国して
診せた医者にもその原因はつかめなかった。そんな彼は紹介
された占い師にとある教会に赴けと言われる。
そして半信半疑で指定された教会に向かった彼は、そこで行
われていた悪魔祓いの儀式に遭遇し、しかも窮地に陥ってい
たエクソシストを、格闘技の技と彼の掌の聖痕に秘められた
力で救ってしまうことになる。
こうして主人公はエクソシストの助手として活動することに
なるが、彼自身は神の存在を否定したままだった。

主演は、2016年に上野樹里が共演した『ビューティー・イン
サイド』などのパク・ソジュン。2017年の『ミッドナイト・
ランナー』でブレイクした俳優が同作を手掛けたキム・ジュ
ファン脚本・監督と再タッグを組んだ作品だ。
他に日本ではNetflixで配信のファンタシードラマ『ザ・キ
ング:永遠の君主』などのウ・ドファン、2020年1月19日紹
介『ムルゲ 王朝の怪物』などのチェ・ウシクらが脇を固め
ている。
プロローグの主人公の父親が死亡するシーンではそれなりの
VFXも使われて、ここでは映画の後半でもっとオカルト的
な因縁話が展開するのかと思ったが、本作ではそこまでは描
いてはいない。
これはまあ若い俳優のアクションを前面に押し出す点では致
し方ないものではあるが、ジャンルのファンとしては少し物
足りない感じは残った。ここはできれば続編を作って、父親
を襲った悪霊との壮大な対決を期待したいものだ。
儒教の国とされる韓国は、その一方でキリスト教が隠然とし
た勢力を持つとも言われているものだが、そういう国からこ
ういう作品が紹介されるとそれなりに構えてみてしまう感じ
はある。
しかし本作は、一部のアメリカ映画のようなキリスト教を絶
対視しているものではなく、それでいながらキリスト教への
敬虔な思いも描かれて、これはこれでバランスの良い作品に
仕上げられていた。
スタイリッシュな映像や荘厳な音楽も巧みな作品だ。

公開は8月14日より、東京はシネマート新宿他にて全国ロー
ドショウとなる。

『タッチ・ミー・ノット ローラと秘密のカウンセリング』
                   “Touch Me Not”
2018年に開催された第68回ベルリン国際映画祭で最高賞の金
熊賞に輝いたものの、同賞史上最大の問題作とされ、日本で
はR18+指定で公開になる作品。
映画の始まりは男娼の裸体を鑑賞する若いとは言えない年代
の女性。彼女はそれ以上の行為は要求しない。実は彼女は他
人に触れられるのを嫌う精神的な障碍者だった。そんな彼女
が寝たきりの父親を見舞った病院である光景を目にする。
それは障碍者同士がコンビを組むグループセラピーの現場。
そこで無毛症の男性と四肢が麻痺した重度の障碍者とのやり
取りを観ていた彼女は、ふと気になって無毛症の男性の後を
つけるが…。
その他にもトランスジェンダーの娼婦や、様々な障碍者との
交流の中で、彼女の心の問題が徐々に解かれて行く。

脚本と監督はルーマニア出身のアディナ・ピンティエリ。以
前にはルーマニアの精神病院に取材した作品も発表している
女流ドキュメンタリー監督の初ドラマ作品となっている。
出演は、1989年『お家に帰りたい』で主人公の生き別れの娘
に扮していたローラ・ベンスンと、2014年『ラストミッショ
ン』や2016年『X-MEN:アポカリプス』にも出ていたという
トーマス・レマルキス。
2012年12月9日紹介『クラウド・アトラス』などの監督トム
・ティクヴァが委員長を務め、坂本龍一らも加わった審査員
がどういう基準で本作を選んだかは判らないが、問題作とい
う点では誰もが認めるところだろう。
それが障碍者やマイノリティが抱える問題を中心に据えてい
るということでは、審査員が選ぶという点に関しては障害も
少なかったと言えるかもしれない。
しかし障碍者の性行動を描くという点では、日本では2003年
10月紹介『ジョゼと虎と魚たち』や韓国映画でも2004年1月
紹介『Oasis』などが先にある訳で、本作はそこに他のマイ
ノリティの問題も絡めたのが評価なのかな。
ただし本作ではフィクションとドキュメンタリーの交錯とい
うのが、結局どっちつかずな感じで、制作者である監督のス
タンスが曖昧なのは気になった。それが真の障碍者の問題を
興味本位に落としてしまう感じもしてしまった。
ここはやはりもっと正面から向き合うべき作品だったとも思
える。でもそれでは一般の興味を引けないと考えたのなら、
方法論としては正しかったのかもしれないが、僕には物足り
なさが残る作品だった。

なお本作は当初6月6日の公開予定だったが、コロナ禍の影
響で初日が7月4日に延期され、東京は渋谷シアター・イメ
ージフォーラム他で全国順次ロードショウとなる。

(以下に随時追加します。)


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井口健二