井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2007年04月30日(月) 夕凪の街桜の国、明るい瞳、パンズ・ラビリンス、アーサーとミニモイの不思議な国、JUST FOR KICKS、リーピング、天然コケッコー

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『夕凪の街 桜の国』
こうの史代が第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞したマンガ
作品の映画化。原作は2003年と2004年に雑誌掲載後、ほぼ同
量を書き下ろしで出版されているが、昨年9月には第17刷が
出るほどのロングセラーになっているものだ。
原作の物語は、昭和30年の広島を描いた「夕凪の街」と、平
成16年を背景にした「桜の国」の2部構成になっている。そ
して「夕凪の街」では、昭和20年の原爆投下から10年を経て
も苦しみの消えない被爆者の姿を描いたものだ。
実は、昨年9月19日にこの作品の記者会見があって、その時
に一部映像をテレビモニターで見せてもらっていたが、その
時は一緒に渡された原作の複雑な構成をどのように映画化し
たか見極める必要があると思い、紹介を控えてしまった。
しかしそれは全く杞憂だったようだ。昨年『出口のない海』
という立派な反戦映画を作り上げた佐々部清監督は、今回は
戦争が一般市民にもたらす悲劇を淡々と、心にしみ入るよう
に作り上げている。
物語のテーマとなる原爆症によって年月を経てから死亡する
人々の話は、実は僕の子供の頃には、テレビやマンガなどで
もよく見かけたものだ。
今まで普通に元気に暮らしていた人が、ある日、突然首筋に
斑点が出て、血を吐いて死んでしまう。それを救うための祈
りを込めて千羽鶴を折り続けるといった話は、1960年代頃ま
ではたくさんあったような気がする。それがいつのまにか消
えてしまった。
もちろん、核武装を平然と唱えるような連中が政権を握って
いる国家だから、非核に繋がる物語は、だんだん一般の人の
目の届かないところに追いやられてしまっているだろうが、
そんな中で、自分でも忘れかけていたこのような話を思い出
させてくれたことには、本当に嬉しい思いがした。
そして、今でも密かに差別が行われているという、思いもし
なかった現実を教えてくれたことにも、感謝したい気持ちで
一杯になる。第2次世界大戦がもたらした悲劇は、まだ終っ
てはいないのだ。
出演は、田中麗奈、麻生久美子、藤村志保、堺正章。他に吉
沢悠、中越典子、井崎充則、金井勇太らが共演。また映像で
は、昭和30年代の「原爆スラム」などが、見事なVFXで再
現されている。
なお、本作を製作したのはアートポート。洋画配給なども手
掛けるインディペンデントの映画会社だが、実は大手ではこ
の企画は通らなかったのだそうだ。ここはぜひとも本作を大
ヒットさせて、拒否した連中を見返してもらいたいものだ。

『明るい瞳』“Les Yeux Clairs”
少し精神を病んでいるかも知れない女性が、一緒に暮らして
いた兄一家の許を飛び出し、新たな世界を見いだして行く姿
を描いたフランス映画。2005年製作。同年のベルリン映画祭
フォーラム部門で上映、本国ではジェローム・ボネル監督が
新人賞に相当するジャン・ヴィゴ賞に輝いている。
ファニーは時々奇妙な言動に走る。そんな彼女を兄のガブリ
エルは優しく見守ろうとするが、兄嫁のセシルには疎ましい
だけの存在だ。そして表面は優しく、裏では意地悪なセシル
の対応に、ついにファニーは家出を決意する。
目的地はドイツの小さな村、そこには彼女が葬儀に参列出来
なかった父が埋葬されている。そしてその目的地に向かう道
中で、彼女はいろいろな人と出会い、その交流の中で自分自
身を見つけ出して行く。
本作は2005年のフランス映画祭でも上映されており、その際
のコスタ=ガブラス訪日団長の解説では、「彼女は病気かも
知れない、しかしそれは重要なことではない」と語っている
そうだ。確かにファニーの行動はちょっと変だが、そのこと
は物語のテーマではない。
物語は、人との出会いの中で、自分自身がどういう人間であ
るか見出して行くファニーの姿を描いている。これは多分、
現代人の多くが自己を見失って暮らしている中で、最も大切
なものが何かを描いた作品とも言えるものだ。
ドイツの森林地帯が美しく描かれ、ここでなら誰でも変われ
そうな雰囲気も漂う。そんな現代人のオアシスのような作品
でもある。
主人公のファニーとその兄ガブリエルを演じるのは、3月に
紹介した諏訪敦彦監督の『不完全なふたり』にも出演してい
たナタリー・ブトゥフとマルク・チティ。また、ドイツの森
の住人オスカーを、2004年11月紹介の『戦争のはじめかた』
に出演のランス・ルドルフが演じている。
なお、監督はチャールズ・チャップリンの大ファンなのだそ
うで、映画には数々のオマージュも描かれているものだ。

『パンズ・ラビリンス』“El Laberinto del fauno”
『ブレイド2』などのギレルモ・デル=トロ監督によるダー
ク・ファンタシー。本作は今年のアカデミー賞で、撮影、美
術、メイクアップの3部門で受賞した他、脚本、作曲、外国
語映画部門にもノミネートされた。
遠い昔、地下にあった王国の姫が地上に憧れ、従者の目を盗
んで王国を脱出する。ところが、地上に着いた姫は記憶を失
い、王国に戻れないまま生涯を終えてしまう。しかしその姫
の心は少しずつ子供たちに引き継がれていった。
一方、地下の王国もいつの日か姫の心を持った子供が帰って
くることを信じ、世界中にその入り口を設けて待ち続けた。
だが、長い年月の内にその入り口も一つずつ朽ち果て、王国
もその力を失って行く。
そして、時代は第2次大戦末期の1944年。ノルマンディ上陸
作戦が開始され、スペインではフランコ政権の圧制に反対す
るゲリラ戦が続いていた。そのゲリラ掃討のため山中に設営
された駐屯地。そのそばで、最後の入り口がいま正に朽ち果
てようとしていた。
その駐屯地に1人の少女が向かっていた。そこでは、義父の
残忍な司令官の大尉が彼女の運命を変えようとしていた。そ
の運命に翻弄されながらも少女は王国の入り口となる迷宮を
見つける。だが、少女にはさらなる試練が待ち構えていた。
第2次大戦/フランコ政権と言われても、今の若い人には多
少判り難いかも知れない。でも、近代銃器がありながらどこ
か中世風の雰囲気というのは、ファンタシーゲームの世界感
にも似ていて、そんな感じで理解されればいいかなとも思っ
てしまうところだ。
目的に向かって試練を一つづつクリアして行く展開も、特に
ゲーム世代の人たちには理解しやすいものだろう。近い将来
にゲーム化される可能性もないとは言えない。その予習のた
めに観ておくのも良いかも知れない。
海外でも、おそらく日本でもダークファンタシーという括り
で宣伝されることになりそうだ。確かにダークな「死」も多
く表現される作品ではある。それに残虐な描写も少しは登場
する。しかし、全体は希望を描いたものであり、その達成が
見事な情感で描かれる。
出演は、主人公の少女役に1994年生れのイバナ・バケロ。監
督の構想では主人公はもっと幼い年代だったがオーディショ
ンに現れた彼女を見て、脚本を書き替えたのだそうだ。
その他、大尉役にはセザール賞受賞者のセルジ・ロペス、母
親役に2003年5月紹介の『ベアーズ・キス』に出演のアリア
ドナ・ヒル、主人公を助ける地元女性役に2002年6月紹介の
『天国の口、終りの楽園』で主人公たちを惑わす女性を演じ
たマリベル・ベルドゥ。
そしてパン(ファーン)役を、『ミミック』から『ヘルボー
イ』まで、デル=トロ監督作品には欠かせないダグ・ジョー
ンズが演じている。
本作は、スティーヴン・キングが昨年度の第1位に選出した
ということだが、それも大いに頷ける作品だ。

『アーサーとミニモイの不思議な国』
              “Arthur et les Minimoys”
リュック・ベッソンが2002年に発表した子供向けのファンタ
シー小説に基づき、自らの脚色監督で映画化した作品。
作品の成立の経緯は、先にパトリス・ガルシアという人の描
いたヴィジュアルコンセプトがあり、そこからベッソンが物
語を考えて小説として発表。さらにそれを元のヴィジュアル
に従って映画化したのが本作ということだ。しかもベッソン
は、2002年の小説の発表以来、この映画化に掛かり切りだっ
たという。
因に、ベッソンはこの作品を監督第10作とし、当初の予定で
は10本で監督業を引退するとしていたものだが、本作の作業
が一段落したときに思いついたアイデアで、昨年3月紹介の
『アンジェラ』を監督したので、本作は第11作となった。
本作発表後には、またぞろ引退を言い出しているようだが、
本作は本国フランスで650万人動員の大ヒットを記録してお
り、続編への期待も大きいようだ。
物語は、アメリカの片田舎で祖母と一緒に暮らす少年が主人
公。ある日、彼は屋根裏部屋で祖父のアルバムを見つける。
そこにはいろいろな発明のアイデア共に、アフリカでの生活
が綴られ、ミニモイという種族の王女の写真もあった。
ところが祖父は数年前に突然姿を消し、以来祖母と2人で必
死に頑張ってきたが、ついに地代の未払いで「3日以内に支
払わなければ立ち退き」を命じられてしまう。その時、祖母
は祖父が裏庭に埋めたという財宝のことを口にする。
そこで主人公は祖父が残したヒントを元に、その財宝を探し
出すことを決意するが…。それは彼をミニモイの国での大冒
険に誘うことになる。
この主人公を『チャーリーとチョコレート工場』のフレディ
・ハイモア、祖母役をミア・ファーロウが演じる実写シーン
と、主人公も含めてオールCGIで描かれたミニモイの国の
シーンが、要所々々で交互に登場するものだ。
物語全体は見事にファミリー・ピクチャーの作りで、大人の
目で見ていると、前半などは多少まだるっこしいところもあ
るが、対象年齢はかなり低めに設定されていると思われるの
で、それは仕方のないところだろう。
ただし、後半のアクションになると、さすがにベッソン監督
作品という感じで、スピード感もあり、大人にも充分に楽し
めるところとなる。その他、いろいろな発明品を応用したミ
ニモイの国の楽しさも満足できるものだ。
また、ミニモイの国の登場人物の声を、マドンナ、デイヴィ
ッド・ボウイ、スヌープ・ドッグ、ロバート・デ=ニーロ、
アレン・ホイスト、チャズ・パルミンテリらが担当し、特に
マドンナの若々しい声には感動した。
なお、今年1月15日のホームページで紹介したように、本作
は原作の2冊目までを映画化しているもので、原作はその後
に2冊の計4冊が発表されている。今後は残る2作の映画化
をベッソン自身が行うかどうか…というものだ。

『JUST FOR KICKS』“Just for Kicks.”
今では誰もが気軽に履いているスニーカー。そのスニーカー
が、若者文化のIconになるまでを描いたドキュメンタリー。
と言っても、スニーカーの機能の進化とか、スポーツとの関
り合いなどを描いたものではなく、正にカルチャーの側面で
描いたところがユニークな作品だ。
スニーカーは、元々ストリートのブレイクダンサーが、踊り
易いということで街で履き始めたようだが、一方、刑務所で
は安全のため靴紐を抜かれたスニーカーが用いられ、それが
出所後も愛用されたなど、いろいろな前史が語られる。
そしてブームは、1980年代前半、R&BグループのRUN−
DMCが、My adidasという曲を発表し、マジソンスクエア
ガーデンに2万人を集めたコンサートで、観客たちが履いて
いたadidasを振り上げて熱狂。それを招待されたadidas社の
広報担当者が目撃して、いままでは運動選手しか使わなかっ
たCMに彼らを採用したことが始まりとされる。
それにNikeなどが追随して行くことになるものだが、つまり
仕掛け人はミュージシャンの側だったということのようだ。
勿論そこにはエアジョーダンの存在も語られるが、全体的に
はR&Bやラップのアーチストたちの存在が大きかったと説
明される。
さらにドキュメンタリーは、コレクターの姿に迫り、ここで
もミュージシャンらを中心に如何にしてコレクションが進め
られて行ったかが語られる。これには対象物は違うが、自分
も昔、古書店通いをしていた頃を思い出して、微笑ましくも
感じられた。
なお、コレクターの中には、『クリムゾン・リバー』や『ゴ
シカ』などの監督で、俳優でもあるマチュー・カソヴィッツ
が登場して自分のコレクションについて語るシーンもあり、
映画ファンの興味も引くものだ。
因に本作は、日本ではMTVシアター第1回作品として公開
されるもので、今後もMTVの目線でいろいろなカルチャー
を見た作品が登場することになるようだ。自分としては一番
疎い方向の目線から作品が作られることになりそうで、いろ
いろ見させてくれることを楽しみにしたい。

『リーピング』“The Reaping”
オスカー主演賞を2度受賞しているヒラリー・スワンク主演
によるオカルトスリラー。
主人公は元女性神父だったが、ある出来事で夫と幼い娘を亡
くし、以来、無神論者となって世界中の神の奇跡と称される
ものの真相を暴いているという人物。そして彼女は、今まで
調べた「奇跡」の中で科学的に説明のつかなかったものはな
いと言い切る。
ところがある日、大学で教鞭を執る彼女の前に1人の男が現
れる。彼はヘイヴンという町で起きている禍について語り、
それが1人の少女のせいだと疑われていて、このままでは少
女が生命が危険だと告げる。
この事態に、主人公は急遽調査に向かうことになるが…そこ
では、川が血の色に染まり、いま正に旧約聖書の「出エジプ
ト記」に描かれた10の奇跡が始まろうとしていた。そしてそ
れは、彼女が遭遇する初めての科学的な説明のつかないもの
だった。
ジョール・シルヴァとロバート・ゼメキスが設立したダーク
・キャッスルの作品。1999年の『タタリ』以来、ホラー専門
で製作を続けてきた同社だが、実は最近ゼメキスが少し距離
を置くことになり、今後はシルヴァが全権を掌握することに
なったようだ。
とは言え同社の、VFXなどにもたっぷりと製作費を掛け、
質の高いホラー作品を製作するというコンセプトは、今後も
踏襲してもらいたいものだ。
そして本作では、実は巻頭で、恐らく後追いで合成されたと
思われるVFXがずれて慌てるシーンはあったが、1956年の
セシル・B・デミル監督『十戒』でも描かれた10の奇跡は、
現代のVFXで見事に再現されていた。
一応、キリスト教の聖書をモティーフにした物語だが、その
状況は映画の中で丁寧に説明されるので、別段キリスト教徒
でなくても鑑賞に支障はない。中には、聖書に書かれた「奇
跡」に対する科学的な論破などもあって、ここまでやっても
いいのかと、ちょっと心配にもなったものだ。
脚本は、先にダーク・キャッスル作品『蝋人形の館』も手掛
けたケイリー・W&チャド・ヘイズ、監督は『24』のファ
ーストシーズンなどを手掛けたスティーヴン・ホプキンス。
また、奇跡を起こすと言われる少女役には、『チャーリーと
チョコレート工場』でいつもガムを噛んでいたヴァイオレッ
ト役のアナソフィア・ロブが扮して、ガラリと違う役柄を見
事に演じて見せてくれる。

『天然コケッコー』
くらもちふさこ原作コミックスの映画化。
物語の舞台は、小中学校併設でも全校生徒が6人しかいない
田舎の分校。主人公は、そこで最年長の中学2年の女子。生
徒は他に、中1女子が2人と、主人公の弟の小6と、さらに
幼い女子が2人。その分校に、東京から中2の男子が転校し
てくる。
そんな都会の匂いをぷんぷんさせた同い年の男子を迎えた主
人公の思春期の心の葛藤が、明るい田園風景と、田舎の人間
関係を交えて、あるときはユーモラスにあるときは清々しく
ゆったりと描かれる。
僕は原作のことは何も知らないが、映画を見ていて、成程こ
の内容なら現代の女性には、ある種の憧れのような感じにな
るのかなあ、と思えた作品だ。取り立てて何か事件が起こる
訳でもないし、日常のことが、でも何か心に残るような物語
として描かれている。
脚本は、『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』の
渡辺あや。試写会の舞台挨拶で渡辺は、「原作を出来るだけ
変えずに映像化できるように脚色を心がけた」と説明してい
たが、そういう作品のようだ。
監督は、『リンダ・リンダ・リンダ』の山下敦弘。この監督
の作品を見るのは、多分4本目だと思うが、どの作品も田舎
の風景を気持ち良く描いている感じで、その雰囲気がこの作
品にもよく合っているというところだ。
だから、途中に挟まる東京のシーンが、主人公の疎外感のよ
うなものを一層際立たせているようにも感じられた。
主人公の右田そよ役は、1月紹介の『ケータイ刑事』シリー
ズにも主演していた夏帆。東京出身で小学生の時にスカウト
されて以来モデルを続けてきたという経歴だが、何故か島根
の田舎の風景にもピタリとはまっている感じで、島根弁での
ナレーションも良い感じだった。
他に夏川結衣、佐藤浩市が共演。また生徒役で、岡田将生、
柳英里沙、藤村聖子、森下翔梧、本間るい、宮澤砂耶が出演
している。
都会の殺伐とした現代生活を忘れて、しばし昔の自分に戻っ
てみる、そんな感じの作品かも知れない。



2007年04月20日(金) デブノーの森、エマニュエルの贈りもの、コマンダンテ、電脳コイル、初雪の恋、テレビばかり見てると馬鹿になる、スパイダーマン3

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『そして、デブノーの森へ』“le Plix du Desir”
邦題にあるデブノーの森というのは、ポーランドでユダヤ人
墓地のある場所のようだ。
また、映画の最初の方には、2人の火星人がアメリカで出会
って、お互いを4桁の数字で呼びあった後に、「俺たちユダ
ヤ人には見えないよな」と言うジョークも紹介される。ここ
で言われる4桁の数字は、アウシュヴィッツを連想させる。
このように作品の背景には、特にポーランドにおけるユダヤ
人の問題が色濃く存在しているようだ。しかし僕には、その
問題を正確に伝えられるだけの知識の持合せがない。まず、
そのことをお詫びしてから、映画の紹介をさせてもらう。
物語は、すでに何作もの世界的なベストセラーを発表しなが
ら、その素性を明かさない作家を主人公にしている。ここで
観客にはその素性が判っているものだ。
その作家が、出先から義理の息子の結婚式に向かうために乗
船したフェリーで若い女性と出会う。そして作家は、結婚式
には翌朝向かうと連絡し、その女性に誘われるままベッドを
共にしてしまう。ところが翌日訪れた結婚式で、彼女が花嫁
だったことを知る。
この事態に戸惑う作家だったが、彼女は初対面のように振舞
い、それどころか再び彼を誘惑し始める。しかし、彼女の行
為には、隠されたもっと大きな理由があった。そしてその先
は、彼の作家生命を奪いかねない事態へと発展して行く。
物語は、表面的に見ればファム・ファタール物なのだが、そ
こには、ポーランドにおけるユダヤ人の事情が深く関ってい
るようにも思われる。しかし、その深い部分を僕は伺い知る
こともできない。
ポーランドは元々がユダヤ人の多く住む土地で、アウシュヴ
ィッツに象徴される戦時中のナチスによる迫害に加えて、戦
後の社会主義の下でも多くの弾圧があったとされる。そのこ
とが物語の背景にあることは確かなのだが、その先が僕には
不明なのだ。それがもどかしくも感じられる作品だった。
作家を演じるのは『あるいは裏切りという名の犬』などのダ
ニエル・オートゥイユ。彼を誘惑する女性を『Novo』の
アナ・ムグラリス。他に、グレタ・スカッキ、ミシェル・ロ
ンズデール、マグダレナ・ミェルツァシュらが共演。
なお映画の中で、若い女性2人の会話の語尾に「チンクエ」
という発音が繰り返し出てくるのが気になった。実は、前回
紹介した『ボラット』でも、主人公が同じ発音を連発してい
た。ポーランド語らしいが、片やユダヤ人の女性、片や反ユ
ダヤの男性が同じ言葉を使っているのにも興味を引かれた。

『エマニュエルの贈りもの』“Emmanuel's Gift”
ガーナで、義足のトライアスリートとして国民的な英雄にも
なっているエマニュエル・オフォス・エボアの活動を記録し
たドキュメンタリー。
ガーナという国は、2000万人の国民の内1割に当る200万人
が身体障害者なのだそうだ。その原因は、赤道直下の自然条
件もあるのだろうが、その他に映画の中では、公害汚染や劣
悪な住環境、さらにポリオやハシカに対する予防対策の遅れ
なども指摘されていた。
しかも、国民の間では伝統的に障害は呪いのためとする考え
方が根強く、そのため今までは身体障害者に対する支援は全
くと言っていいほどされていなかった。従って職に就けない
彼らは、町で物乞いをして生計を立てるしかなかったという
ことだ。
そんな中で、エマニュエルは右下肢が歪んで役に立たないと
いう障害を持って生まれた。しかも父親は、そんな家族をお
いて家を出てしまう。しかしそんな境遇でも母親は彼を学校
に行かせる。実際はその学業も、差別や家庭の事情で挫折し
てしまうのだが…
そんなエマニュエルは、ある日、アメリカの障害者支援団体
に自分の思いつきを実現するための資金援助を求める手紙を
出す。その思いつきとは、障害者の自分が自転車でガーナを
1周し、他の障害者たちを励ましたいというユニークなもの
だった。
そのユニークさが買われて、エマニュエルは自転車の購入費
と、旅を行うための資金を得る。そしてガーナ1周を行い、
それがアメリカに報告されると、今度はアメリカの障害者の
トライアスリートの大会に招待され…
取材期間は2年間ほどのようだが、まさにとんとん拍子に事
が運んで行くという感じの作品だ。しかしこれは実際に起き
たことなのだ。
そして現在の彼は、各地の大会などで得た賞金を基に、ガー
ナで身体障害者支援のための基金を設立。特にスポーツでの
支援を中心とする彼の夢は、2008年北京パラリンピックに、
車椅子バスケットボールのチームを派遣することだという。
さらに彼の活躍は、基金の運用だけでなく、ガーナでは初と
なる障害者法の制定や、現存する各部族の王様からの支援の
宣言など、政治力も発揮され始めている。まさに彼の働きで
ガーナの国自体が変りつつあるようだ。
僕は障害者ではないから、彼らの心情などが的確に判るわけ
ではない。また、アフリカの地でのエマニュエルの活動など
も知る由もなかったものだが、映画の中には示唆に富んだ発
言も多く、いろいろなことを考えさせられる作品だった。

『コマンダンテ』“Comandante”
題名はスペイン語で司令官の意味のようだ。国民の9割が支
持し、今でも「司令官」と尊敬の念を込めて呼ばれる独裁者
フェデル・カストロ。このキューバの支配者に、オリヴァ・
ストーン監督が、2002年2月に30時間に及ぶインタヴューを
行った記録映画。
作品は2003年に完成されたものだが、アメリカ本国では、映
画祭などでの上映記録はあるものの、一般映画館での公開は
されていないようだ。その理由は、いろいろ取り沙汰されて
いるが、本編を見ると、アメリカ政府にとってはこのように
人望の厚いカストロの姿が公開されるのは、多少気になると
ころだったかも知れない。
インタヴューの内容は多岐に渡っており、チェ・ゲヴァラの
ことや、ストーン監督が2個の勲章を授与されたというヴェ
トナム戦争のこと、そしてもちろんキューバ危機。さらには
好きだった女優や、最近観た映画(タイタニック、グラディ
エーター)などについても語っているというものだ。
その収録場所も、執務室のような場所から、レストランや、
訪問先の学校などもあり、それぞれの場所での歓迎ぶりや、
集まった人々の発言なども織り込まれる。
また、2000年に発生したゴンザレス少年の救出問題に関して
の言及(キューバ政府として動くかどうか迷ったという話)
や、歴代ソ連首相の中でエリツィンが一番の大酒飲みだった
などを、時にユーモアを込め、穏和に語り続ける。
そこには記録映像も挿入されるが、全体としては、功なり名
を遂げた人の思い出話という感じで、実に淡々として、逆に
訪問先での熱狂振りでも挿入しないと、作品全体のリズムが
作れなかったのではないかと思われたくらいのものだ。
ストーンが追求するヴェトナム戦争での捕虜虐待がキューバ
からの軍事顧問団の指図で行われたのではないかという疑問
にも、軽くいなす感じで、多少語気は強めても激昂するよう
なところはない。またストーンもそれを認めてしまうような
雰囲気になっている。
いずれにしても淡々とした作品だが、それでもさすがにスト
ーン監督らしく、観客を飽きさせることなく作られた作品。
日本人の多くはほとんど知ることのないカストロの一面を観
させてくれる感じの作品だった。

『電脳コイル』
NHK教育テレビで5月12日から午後6時30分の枠で放送さ
れるアニメーションシリーズ(全26回予定)の最初の2回分
の試写が行われた。
物語の舞台は、大黒市と呼ばれる地方都市。神社も多く古都
のたたずまいを見せるその街は、実は最新の情報インフラの
整備された街でもあった。主人公の優子は、小学校最後の年
の夏休み直前にその街に引っ越してきた。
その優子は、祖父からもらった電脳メガネを愛用している。
それは掛けるとネットから送られる情報が立体映像となって
表示され、ヴァーチャルのペットなどが、現実の世界の中に
現れるというものだ。そして、情報インフラの整備されたそ
の街では、子供全員がその電脳メガネを使っていたが…
第2回までの物語では、設定の説明と、優子の飼っている電
脳ペットが、謎の電脳空間に吸い込まれたり、電脳ウィルス
に罹病したり、さらにウィルスを襲撃する謎の球体や怪物に
襲われたりという、そこそこのアクションも織り込んだ物語
が展開する。
ただし、第2回までの物語だけでは、その街の成立の謎は深
まるばかりで、正直なところは、描かれたものの全てに合理
的な説明が付くのかどうかというのが、SFファンの目で観
ていて多少不安になるくらいのものだった。
実際、時代設定は202X年となっているのに、背景に高層ビル
が並ぶ訳でもなく、太い土管の置かれた空き地があったり、
駄菓子屋があったりで、子供たちの遊ぶ姿は昭和30年代の雰
囲気なのだ。
原作・脚本・監督の磯光雄は『エヴァンゲリオン』なども手
掛けているアニメーターということだが、この企画には6年
の歳月を費やしているという。しかもそれがNHK教育のお
眼鏡にも叶っているのだから、いい加減な作品ということは
ないだろう。
それで、もしこれがSFファンの納得の行く結末に到達した
ら、これはもしかすると途轍もない世界観が構築されるので
はないかという予感もさせる、壮大な雰囲気も感じさせてく
れる作品だった。
全26回の物語の中盤は、他の脚本家も動員されるらしいが、
最後の謎解きがどのようになるのか。ちょっと楽しみな作品
になりそうだ。

『初雪の恋』
今年2月紹介の『フライ・ダディ』に出ていたイ・ジュンギ
と、宮崎あおい共演による日韓交流の純愛映画。監督は韓国
人だが、主な舞台は京都で出演者もほとんど日本人という作
品。
イ扮するミンは、陶芸家の父親が日本の大学の講師になった
ために、1年間の予定で京都にやってくる。そして高校生の
彼は日本の高校に通うことになるが、日本語を知らないこと
をいいことに、勉強はサボれると考えている。
ところが、神社で巫女のアルバイトをしながら彼と同じ高校
に通い、絵画の才能も発揮する七重(宮崎)と出会い、2人
はお互いを知るために言葉を憶え、交流を深めようとするが
…そんな2人の姿が、日韓それぞれの文化などを背景にして
綴られて行く。
まあ、七重の家庭の描写などには、いまさらちょっと恥ずか
しくなるような展開もあるが、韓国一「美しい男」と言われ
るイと、少し控え目な感じの宮崎の雰囲気は、たぶんイ目当
ての観客にも障害にならない程度に程よく描かれている。
また、清水寺、南禅寺、知恩院、松尾大社、桂川、渡月橋、
祇園祭、宵山など、映画の中に描かれる京都の風物も、日本
人でない監督の目で、何となく新鮮な感じで捉えられている
のも良い感じだった。
因に、監督のハン・サンヒは新人のようだがミュージクヴィ
デオなどで培われた映像感覚はなかなかのもののようだ。
さらに、御神籤を木の枝に結ぶ日本の風習や、石垣道の韓国
の言い伝えなど、日韓のそれぞれの風習や言い伝えが随所に
ちりばめられ、日本人でも忘れているようなことや、自分の
知らない韓国のことを知ることができるのも嬉しい作品だっ
た。
出演者は、他に塩谷瞬、森田彩華、柳生みゆ、乙葉、余貴美
子など。
なお、雨のシーンは日韓共に人工降水で撮影されているが、
日本のシーンではフィルムに写るように大粒の雨で演出され
ているのに対して、韓国のシーンでは霧のような雨で演出さ
れている。これも日韓の文化の違いのようだ。

『テレビばかり見てると馬鹿になる』
山本直樹によるマンガの原作を、昨年12月に『妖怪奇談』と
いう作品を紹介している亀井亨が監督した。
主人公は、高校を卒業して一旦は就職したが、すぐに辞職し
て以来引き籠りになっているという女性。部屋の中はゴミの
だらけで、そこに置かれたテレビは点けっぱなしで、主人公
はそれを見ては眠り、起きては見るという生活を5年間続け
ている。
そこに出入りしているのは、彼女の生活振りをネット中継す
るためその設備の点検に来る男と、彼女の身体で性欲を満た
しに来る男。その2人はそれぞれ現金や食料を置いていき、
また実家からも届く食料で彼女は生きている。
ところがそこに、母親から頼まれたというカウンセラーの男
が現れる。そして偶然3人の男が1つの部屋にいることにな
るが…
この主人公を、AV出身の穂花という女優が演じて、大胆な
演技を体当りで見せてくれる。
しかも、上映時間85分の大半が、据えっぱなしのヴィデオカ
メラでたぶん3日間に渡って連続撮影したものを、途中早送
りにしただけで編集したもので、その間ほぼ出突っ張りで演
技を続けたこの女優には敬意を表したいくらいのものだ。
内容的には、原作に描かれたものを忠実に映像化しているの
かもしれないが、現代の一側面を鋭く切り取っているように
も思えるし、見て考えるところは充分にある作品だった。
出演は、穂花の他には、『長州ファイブ』などの三浦アキフ
ミ、舞台で活躍している大橋てつじ、そして、『雪に願うこ
と』などのバイプレーヤー田村泰二郎。
それにしても、穂花とカウンセラー役の田村との対決のシー
ンは、映画が始まってからかなり経っての部分で、というこ
とは撮影が始まってからの経過時間も相当掛かっているはず
のものだが、ここでの台詞などもスムースに話されているの
には感心した。
映画の長廻しもいろいろ見てきたが、その中でもこれはヴィ
デオでしか出来ない極端なもので、こういうことに着眼した
企画者にも感心したところだ。

『スパイダーマン3』“Spider-Man 3”
5月1日に世界最速で日本公開される作品の、4月16日夕刻
に行われるワールドプレミアに先駆け、同日午前10時30分か
らマスコミ向けの世界最初の試写会が行われた。こんなこと
は滅多にないので、その最初の試写会に駆けつけた。
シリーズの前2作は、いずれも世界的なヒットを記録した。
特にその出足の良さでは、全米興行での1億ドル突破までの
最短記録など、揺るぎない記録を打ち立てている。そんなシ
リーズの最終話とされる作品に観客が持つ期待というのは、
一体何だろう。
単純に、ヒットの要因となったスピード感や爽快感を高めた
だけの作品だっただろうか。しかしそんな2番煎じ、3番煎
じの作品を見せられてそれだけで喜んでしまっていいのだろ
うか。試写会で上映されたのは、そんな観客の思いに見事に
応えてくれる作品だった。
物語は、今回の敵役サンドマンとベノム、それにゴブリンの
再来も事前に予告されていたし、それらとスパイダーマンの
壮絶な闘いが繰り広げられることは当然判り切っていたこと
だ。その中で、新たな展開は何があるのだろう。
思えば、シリーズの第1作の公開時には、ポストプロダクシ
ョン中に起きた同時多発テロによって、ワールドトレードセ
ンターの描かれた予告編が変更されるなど、世界は激動のさ
中だった。
そして復讐を旗印にした米軍によるイラク侵攻。その中で第
2作が作られ、今もなおそのイラク侵攻が泥沼化する中で、
第3作が作られたものだ。
その第3作で、監督サム・ライミが描き出したのは、大ヒッ
トシリーズの最終話とされる本作だからこそ敢えて成しえた
作品、見終えたときの率直な気持ちはそういうものだった。
もちろんこの映画には、敵との壮絶な闘いもあるし、それを
スピード感を倍増して描き出した見事なVFXもある。しか
し、観客にはそれらの目眩ましを通しても歴然とした監督の
メッセージが伝わってくる。
最近、特にハリウッド映画の作家性について討論する機会が
あったが、娯楽映画の際たるものであるこのヒットシリーズ
で、それでもこれだけの作家性を発揮できる監督、またそれ
を認めて映画化を推し進めた映画会社。彼らに拍手を贈りた
い作品だ。
ただし、実は僕自身、試写が終った直後には、その内容に圧
倒され、呆然として拍手もできなかったものだが。



2007年04月15日(日) 第133回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回は記者会見の報告から。
 『ブラッド・ダイヤモンド』の日本公開に合せて、出演の
ジェニファー・コネリー、ジャイモン・フンスー、監督のエ
ドワード・ズウィックの記者会見が行われた。なお、主演の
レオナルド・ディカプリオは、『ディパーテッド』で来たば
かりだからというのではなく、彼自身が製作している異常気
象をテーマにしたドキュメンタリー撮影のためスケジュール
が取れなかったのだそうだ。
 その会見で、主催者側から「何でもいいから質問してくだ
さい」との要請もあったので質問を試みた。そこで僕が聞い
たのは、「なぜアフリカでの撮影に拘わったのか」というこ
とだ。反政府組織の実態なども描くこの作品では、現地での
撮影は危険が伴うのではないかということを聞いてみた。
 それに対するズウィック監督の答えは、「撮影を行ったモ
ザンビークは、すでに政情も安定していて撮影中に危険なこ
とは一度もなかった。しかし、この国は現在アフリカでも最
も貧しいと言っていいところだ。そこに撮影隊が行くと、計
算上で5000万ドルの経済効果があるという見込みがあった。
この国にその経済効果は極めて大きい」というものだっだ。
 実は上記の質問では、言葉にはしなかったが「前作『ラス
ト・サムライ』は、日本ではなくニュージーランドで撮影し
たのに…」という気持ちもあった。従って監督には、それを
見事に見透かされたような回答をされてしまったというとこ
ろだ。正直に言って前作の海外ロケには、見るからに日本で
はない地形や植生などに不満もあったのだが、経済効果まで
言われると、納得せざるを得ない。別段、ニュージーランド
が貧しい国ということではないが…
 さらに今回の作品に関して、「映画の公開前と後とでは、
ダイヤモンド販売会社のキャンペーンなどに明らかな変化が
見られる」と胸を張って話す監督には、これからも注目せざ
るを得ないようだ。
        *         *
 以下は、いつもの製作ニュースを紹介しよう。
 まずは、『リトル・ミス・サンシャイン』でアカデミー賞
助演女優賞にノミネートされたアビゲイル・ブレスリンが、
主演女優賞を2度受賞のジョディ・フォスターと共演する計
画が進められている。
 この計画は、ウェンディ・オーとケリー・ミラードの原作
によるファンタジー小説“Nim's Island”を映画化するもの
で、物語は、科学者の父親に同行して南太平洋の孤島を訪れ
た少女を主人公にしている。ところがある日、父親が海で行
方不明になってしまう。そして一人残された少女は、読んで
いた本の登場人物と無線で連絡を取るようになるが…という
お話。ブレスリンがその少女を演じることになるものだ。一
方、フォスターは本の登場人物ということになりそうだが、
これがちょっと捻った設定のようだ。
 ジョセフ・クウォンとポーラ・メイザの脚色で、ジェニフ
ァー・フラケットとマーク・レヴィンの共同監督。製作は、
『ナルニア』シリーズなどのウォルデン・メディア。今年の
夏に撮影予定とのことだ。
 因に、フォスターが『タクシー・ドライバー』で助演女優
賞候補になったのは14歳の時だが、11歳で候補になったブレ
スリンとの共演はどんな気持ちだろうか。それにしても、ブ
レスリンは、あの体形で絶海の孤島でのサヴァイヴァルとい
うのは、ちょっとイメージが湧かないのだが…
 なおブレスリンには、その前に“American Girl”という
作品への主演も発表されている。この作品は、すでに展開さ
れている人形を中心にした玩具のシリーズからインスパイア
されたもので、お話は1930年頃の大恐慌時代を背景に、不況
に苦しむ家族を救うために活躍するキット・キッターリッジ
という少女を主人公にしたもの。こちらの作品は、内容的に
『リトル・ミス…』と共通するところがありそうだ。
 “American…”は、ピクチャーハウスとHBOの共同製作
で、脚本は、『ナルニア国物語第1章・ライオンと魔女』の
アン・ピーコック。監督は未発表だが、6月4日に撮影開始
となっている。
        *         *
 『チキンリトル』のディズニー、『モンスターハウス』の
ソニーに続いて、ドリームワークス・アニメーション(DW
A)も作品の3D化に乗り出すことを表明した。しかも発表
では、2009年以降に同社が公開する全ての作品を3D化する
という計画が報告されたものだ。
 また、同社CEOのジェフリー・カツェンバーグの説明に
よると、作品は上記の2作品のように後処理で3D化するの
ではなく、当初から3Dのコンセプトで製作を行うもので、
「そのクォリティは、後からの3D化とは比べものにならな
い」としている。さらにその第1弾として、昨年第123回で
紹介した“Monsters vs. Aliens”を、今年の春から製作に
取り掛かるとのことだ。
 そしてこの製作に当っては、『モンスター…』で製作総指
揮を担当したジェイソン・クラークと、『チキン…』と3月
に公開された新作“Meet the Robinsons”でも3D化の技術
を担当したフィル・マクナリーの2人がすでにDWAに移籍
して、製作の全般を指導することになっており、準備は万端
整っているようだ。
 因に、アメリカの映画館の3D化の状況は、3月公開のデ
ィズニー作品“Meet…”では全米600スクリーンでの上映が
行われており、2009年までには1000スクリーンを超えること
は確実と見られている。さらに今年秋にはパラマウント配給
の“Beowulf”が公開。来年はニューライン配給でリアルD
では初の実写作品となる“Journey 3-D”、そして2009年に
は、ジェームズ・キャメロン監督の“Avatar”の公開も予定
されているもので、3Dは潮流としてしっかりと定着するも
のになりそうだ。
 ただし、今回の発表でも、リアルD以外のスクリーン用や
DVD、テレビ用に2D版も並行して2ヴァージョンの製作
を行うとしており、3D化の進まない国では2Dでの上映が
行われることになる。日本も現状では、関東地区以外はその
状況にあるものだ。
 一方、DWAでは、第123回で紹介したように、今年5月
公開の『シュレック3』の後は、“Bee Movie”が11月2日
の全米公開。また来年は5月23日に“Kung Fu Panda”と、
11月7日に“Madagascar”の続編となっており、ここまでは
2Dということになる。
 そして、2009年5月22日公開の“Monsters…”の後には、
“How to Train Your Dragon”が11月22日の公開予定。さら
に2010年の夏に“Puss'n Boots”となりそうだが、これらが
全て3Dで製作されることになる。この他、同社では“Punk
Farm”と“Shrek 4”も2009年以降に予定されており、特に
シリーズ最終作の“Shrek 4”には期待が増すところだ。
        *         *
 ところで、第123回の記事ではもう1本、アードマン製作
による“Crook Awakening”という作品が予定されていたも
のだが、実は、アードマンとDWAの契約は今年1月に失効
し、配給契約も解除されていた。そのアードマンに対して、
今度はソニー・ピクチャーズとの間で3年間の優先契約を結
んだたことが発表され、今後は同社からの配給が行われるこ
とになっている。
 因に、アードマンとDWAの関係では、最初の『チキン・
ラン』は配給のみで、その後に契約が結ばれて『ウォレスと
グルミット』『マウスタウン』が製作されたものだが、この
内の『ウォレス…』は、製作費5000万ドルで2億ドル近い興
行成績を上げたのに対して、初のオールCGI作品となった
『マウスタウン』では、製作費が1億3000万ドルに対して興
行収入は1億7800万ドルに留まったということで、満足が得
られなかったということだ。
 一方、アードマン側からしてみると、年間2本ずつを公開
するDWAのスケジュールで、指定された期日に合せること
が難しかったという問題もあったようだ。これに対しソニー
では、年間20本を公開する同社のスケジュールの中で、適当
な時期に合せればいいもので、期日管理に制約がほとんどな
いことになる。これがイギリス流の製作にはマッチしている
とのことだ。
 従って、今回の契約でソニーから配給されるアードマン作
品の具体的なスケジュールなどは発表されていないが、アー
ドマンでは現在4つの脚本が製作の準備段階にあるというこ
とで、その内の1本は“Crook Awakening”と思われるが、
その他にニック・パーク監督による“Wallace and Gromit”
の新作長編の計画も進められているようだ。
 なお、上の記事で紹介したように、DWAでは全作品の3
D化を計画しているものだが、CGIと違ってアードマンの
クレイアニメーションの3D化には、撮影機材そのものから
変更を要求される。その辺の問題も今回の契約問題に絡んで
いたのかも知れない。
 元々、立体アニメーションとも呼ばれていたクレイや人形
アニメーションは、本来なら3D映像には最適なものだが、
実際は、カメラの3D化などが容易ではない。これを3D化
するには、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』で行われ
た後処理での3D化の方が簡単にも思えるものだ。
 それに絡めて、短い情報なので一緒に報告しておくと、テ
ィム・バートン監督がディズニーで製作した最初の人形アニ
メーション作品“Vincent”の3D化が実施され、アメリカ
では今秋の『ナイトメア…3D』の再公開に併映されるそう
だ。
        *         *
 トム・クルーズとポーラ・ワグナーが昨年11月にユナイテ
ッドアーチスツ(UA)のトップとなってからの最初の作品
は、ロバート・レッドフォード監督の“Lions for Lambs”
がすでに始動しているが、それに続く第2弾として、ブライ
アン・シンガー監督による題名未定のオリジナルスリラーの
計画が発表された。
 この作品は、脚本を、シンガー監督の出世作『ユージアル
・サスペクツ』を手掛けたクリス・マクアリーが執筆したも
ので、内容は第2次大戦を背景にした集団劇とされている。
それ以上の内容は明らかにされていないが、シンガーは昨年
末にマクアリーからこのアイデアを聞かされ、クリスマス休
暇の間を掛けて2人で物語を練り上げたものだそうだ。
 そしてシンガーとマクアリーは、出来上がった企画を最初
にUAに持ち込み、直接クルーズ/ワグナーにプレゼンした
のだそうで、それに対しその場でゴーサインが出されたもの
だ。これについてワグナーは、「ブライアンもクリスも最高
の才能の持ち主。その2人の作品を第2弾に選べたことに、
トムも私も最高の興奮を覚えた」とコメントしている。
 一方、シンガーは、「作品の内容は、UAで映画化するの
に最適なものだと考えた。歴史上の物語はいつも自分を魅了
するが、その中から我々は、素晴らしい脚本となり得る最高
に興味を引かれる出来事を見つけ出した」とのことだ。撮影
は今年の夏に開始される。
 ただし、これが動くとワーナーが期待している“Superman
Returns”の続編に遅れが懸念されるが、元々シンガーは、
その前に小規模作品を撮りたいとしていたもので、以前には
ワーナーで“The Mayer of Castro Street”などの計画も発
表されており、その替りということなら問題はなさそうだ。
 なおUAは、投資会社のメリル・リンチから総額4億ドル
の資金提供を約束されており、年間4〜6本の映画製作を進
める計画ということで、この他にもスタンリー・アルパート
原作による“The Birthday Party”など、複数の計画が検討
されている。その中で、レッドフォード作品が第1弾として
今年11月9日の公開に向けて進められており、シンガー作品
がそれに続くものだ。公開は、ソニー傘下のMGMの配給で
行われる。
        *         *
 『もしも昨日が選べたら』などのアダム・サンドラーが、
ディズニーで進められているアダム・シャンクマン監督によ
るファミリーコメディに主演することが発表された。
 “Bedtime Stories”と題されたこの作品は、サンドラー
扮するしつこいことだけが取り得の不動産営業マンの主人公
が、甥と姪にいい加減なベッドタイムストーリーを語って聞
かせたところ、それが現実となって、彼の生活が真っ逆様に
なってしまうというもの。マット・ロペスのオリジナル脚本
を、今年の初めにディズニーとシャンクマンが契約し、その
計画にサンドラーが参加するものだ。
 なお、サンドラーは1998年『ウォーターボーイ』に主演し
ているが、この作品はタッチストーンの名義だったもので、
ディズニー本家の作品に出演するのは初のようだ。
 またシャンクマン監督は、現在は7月20日の公開に向けて
ニューライン製作のミュージカル作品“Hairspray”のポス
トプロダクションを行っている最中で、本作はそれが完了し
てから今年後半の撮影予定になっている。
 サンドラーもシャンクマンも、アメリカではヒット作を連
発するコメディの名手だが、その2人が組むとどうなるか、
アダム+アダムのコンビネーションにも期待したい。
        *         *
 またまたレオナルド・ディカプリオの主演作の計画が発表
された。
 今回の作品は“Body of Lies”という題名で、昨年3月に
ワシントンポスト紙コラムニストのデイヴィッド・イグナチ
ウスが公表し、当時は“Penetration”の題名で呼ばれてい
た原作をワーナーが契約。『ディパーテッド』のウィリアム
・モナハンの脚色、リドリー・スコット監督で進められると
いうものだ。
 物語は、中東のヨルダンを舞台に、元ジャーナリストから
CIAのエージェントに転職したという主人公が、地元の諜
報機関のチーフと共にアメリカ攻撃を狙うアル・カイダの幹
部を追うというもの。物語の背景が9/11の前か後かで、意
味合いがかなり違ってきそうだが、中東が舞台のスパイもの
では、2005年の『シリアナ』などもあって注目度も高く、そ
こにスコットの監督なら面白くなりそうだ。
 なおスコットとモナハンは、先に発表された『キングダム
・オブ・ヘブン』と、まだ映画化されていない“Tripoli”
という中東が舞台の作品も進めており、本作はその流れの中
の作品とのことだ。そしてスコット監督は、すでにモロッコ
で撮影地のスカウウティングを進めているとのことで、それ
が進むと実現はかなり早くなりそうだ。撮影は、ヨーロッパ
やワシントンDCでも予定されている。
 一方、前回紹介したサム・メンデス監督作品は、撮影が早
まって4月開始になることが発表されており、そのスケジュ
ールなら、ディカプリオが秋以降にスコット作品に入ること
は、問題なさそうだ。ディカプリオも次々問題作に出演する
注目の俳優になってきたものだ。
        *         *
 第109回で紹介したスティーヴン・キングの息子ジョー・
ヒルが発表した長編小説“Heart-Shaped Box”の映画化を、
『クライング・ゲーム』のニール・ジョーダンの脚色と監督
で進めることが発表された。
 この原作は、以前に紹介したように、歌手の主人公がeBay
で幽霊を購入してしまい、彼自身の過去にまつわる幽霊と悪
魔の攻撃に晒されるというお話。実は以前の紹介の当時は、
短い概要と最初の山場の文章だけが公開され、それに製作者
のアキヴァ・ゴールズマンとワーナートップのケヴィン・マ
コーミックが注目して映画化権が契約されたものだ。また、
その後に完成された小説は今年2月に出版されたようだ。
 一方、ジョーダン監督は、1996年『マイケル・コリンズ』
などIRAを描いた社会的な作品が代表作に挙げられるが、
元はと言えば『狼の血族』など幻想的な作品も得意としてい
たもので、その点では今回の様な内容の作品も問題はなさそ
うだ。どのような映画になるか楽しみにしたい。
 なお、ジョーダン監督の最新作は、ジョディ・フォスター
主演の“The Brave One”という作品が9月14日にワーナー
から全米公開の予定になっている。
        *         *
 今回はワーナーの情報が多くなっているが、次はコミック
ブックの映画化で、ジェームズ・ターナーという作家が、ス
レイヴ・レイバー・グラフィックスという出版社から発表し
ている“Rex Libris”という作品の映画化権を獲得し、この
作品の脚色に、『マダガスカル』や『チキンラン』のマーク
・バートンと契約したことが発表された。
 原作の物語は、貸し出し期限を過ぎたり、盗まれたりした
書籍を追跡する図書館員のグループが、暗黒界の勢力と闘い
を繰り広げるというもの。題名になっているのは、そのリー
ダーの名前で、彼は世界の知識を守り、危険な秘密が悪の手
に落ちるのを防いでいるということだ。これに、いろいろな
図書館の機能や秘密兵器なども飛び出してくるようだが、何
となくバートンが脚色に選ばれたのが判るお話のようだ。
 映画化が実写かアニメーションかも明確ではないが、製作
はモザイク・メディアで進められる。なお、アメリカの紹介
記事では、コメディック・アクション・アドヴェンチャーと
いうジャンル分けになっていた。
        *         *
 もう1本ワーナーで、『バットマン』の復活にも関った脚
本家のデイヴィッド・ゴイヤーが、“Super Max”と題され
たコミックスヒーロー物の製作を行うことになった。
 この作品は、かつてグリーン・アロー(1940年代に誕生し
たゴールデンエイジのヒーローの1人)と呼ばれたが、現在
は特別な牢獄に幽閉され、能力も奪われているスーパーヒー
ローの物語。ジャスティン・マークスという脚本家のオリジ
ナルアイデアに基づくもので、マークスが脚本を書くことも
決まっているようだ。
 そして物語は、最初は普通のコミックスの映画化のように
始まり、その後、徐々にグリーン・アローの本来のアイデン
ティティに迫って行くということで、その展開の中には、過
去にグリーン・アローが捕えて牢獄に送り込んだ悪人との再
会などもあるとのことだ。
 因にゴイヤーは、フォックスで進められているダグ・リー
マン監督の“Jumper”の脚本を担当している他、ディメンシ
ョンでダレン・リー・ボウスマンが監督する“Scanners”の
リメイクの脚色も契約している。さらに、スパイグラスから
4月27日に公開される“The Invisible”では、『ブレイド
3』以来の監督にも再挑戦しているようだ。
 一方、脚本家のマークスは、“Voltron”という脚本の執
筆の他、第123回で紹介した“Street Fighter”の映画化の
脚色も手掛けているものだ。
        *         *
 最後に、『ダ・ヴィンチ・コード』の前日譚“Angels &
Demons”の主人公ロバート・ラングドン博士役にトム・ハン
クスが再登場の契約をしたことが報告された。これで、第2
作の製作がかなり実現性を帯びてきた訳だが、因にこの映画
化が実現すると、ハンクスはハリウッドの出演料で新記録を
樹立することになるという情報もあるようだ。



2007年04月10日(火) ゾディアック、インビジブル・W、ジェイムズ聖地へ…、寂しい時は…、毛皮のエロス、鉄板英雄伝説、ストレンジャー・C、ボラット

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ゾディアック』“Zodiac”
1968年から70年に掛けてサンフランシスコ周辺を恐怖に陥れ
たゾディアック・キラー事件を描いた作品。
物語は、当時犯人が犯行声明と暗号文を送り付けた地元新聞
サンフランシスコ・クロニクル紙の時事漫画家で、当日の編
集会議にも出席していたロバート・グレイスミスの著作に基
づくが、実は彼は現在も事件の真相究明を続けており、事件
によって人生を目茶苦茶にされた男たちの1人だ。
1969年8月1日、クロニクル紙でまだ見習い時事漫画家のグ
レイスミスは定例の編集会議に出ていた。そこに7月4日に
発生した射殺事件に関する犯行声明が暗号文と共に届く。そ
の犯行声明には、真犯人と警察しか知り得ない犯行の状況が
綴られ、真犯人のものと確認される。
この事件を追うのは、サンフランシスコ市警のデイヴ・トー
スキー刑事。イタリア系の彼は、1968年の『ブリット』のモ
デルになったとも言われている人物。しかしこの事件は、彼
の人生に大きな影を落とすことになる。
一方、記者のポール・エイヴリーも事件を追い始める。とこ
ろが彼の行き過ぎた行動は、犯人からも注目され、それは新
聞社の方針とも対立し始める。それでも彼は信念を持って事
件を追い続ける。
そしてグレイスミスは、彼らの姿を間近で見続けることにな
るが…。いつしか彼も、事件の虜になって行く。そしてその
3人3様の生き様が、犯行の再現を織りまぜながら、ほぼ時
間軸に沿って克明に綴られて行く。
この事件については、1971年『ダーティハリー』の元になっ
たともされているものだが、実は映画とは裏腹に事件は解決
されておらず、その後も犯行声明は送り続けられた。なお本
作では、犯人が映画化を要求したようなせりふも出ていた。
監督は、『ファイト・クラブ』などのデイヴィッド・フィン
チャー。2002年『パニック・ルーム』以来の作品となるもの
だが、この5年間のブランクは、それだけこの作品に掛けた
意欲が感じられるものだ。
出演者は、ジェイク・ギレンホール、マーク・ラファーロ、
ロバート・ダウニーJr.。他にアンソニー・エドワーズ、ブ
ライアン・コックス、イライアス・コーティーズらが共演。
撮影には、高感度のHDヴィデオカメラが使用され、その特
性を活かした映像が作られている。元々フィンチャーはスタ
イリッシュな映像で評価が高いが、本作では、さらにそれが
リアルな映像の中で展開され、彼の最高作とも言える。
なお、ゾディアックの最後の暗号は未解読で、グレイスミス
からは、「暗号が解けたら、ぜひ知らせてほしい」というメ
ッセージが添えられている。また綿密なリサーチを行ったフ
ィンチャーは、その中で新たな証拠を発見し、捜査本部に提
出したそうだ。
つまり事件はまだ終っていないのだ。

『インビジブル・ウェーブ』(タイ映画)
タイのペンエーグ・ラッタナルアーン監督が、日本の浅野忠
信と三石研、韓国のカン・ヘジョン、それに香港のエリック
・ツァンを招いて制作された作品。浅野は、監督の前作『地
球で最後のふたり』に続いてのコラボレーションのようだ。
主人公は香港のレストランで働く日本人料理人キョウジ。店
主であるボスの命令でボスの妻を殺害し、ほとぼりが冷める
までとタイのプーケットに身を隠すことを指示される。
そのプーケットに向かうクルーズ船の船室は、いろいろなも
のが勝手に動き始める謎の部屋だった。そしてその船内で、
キョウジは不思議な雰囲気を漂わせる子連れの女性ノイと出
会う。やがてプーケットに着いたキョウジは、安宿に居所を
定めるが…
この女性ノイを、『トンマッコルへようこそ』などのカン・
へジョンが演じて、いつものように不思議な雰囲気を醸し出
す。また、監督は、血の流れないフィルムノアールを目指し
たと言っているようだが、その物語もまた不思議な雰囲気の
中で綴られて行く。
英語、タイ語、広東語、日本語が何の障害なく交わされる。
特に浅野は、いかにも日本人らしい英語で、その辺の演出の
付け方もこの不思議な物語に見事にマッチしていた。
撮影監督のクリストファー・ドイルや、脚本、美術などのス
タッフも前作と同じということで、全てが監督の意志の下に
が統一されて、破綻のない映像が造り出されている感じがす
る。そんな安定感のある作品だ。
殺人が背景にあってこの雰囲気の展開だから、間違いなくフ
ィルムのアールということになるのだろうが、映画はそれ以
上に浅野が演じる主人公の孤独感や、その中でも人との繋が
りを求める焦燥感のようなものが描き出される。
その点では極めて現代を感じさせてくれる作品でもある。そ
の孤独感、焦燥感が、多国籍の人々の中で暮らしているとい
う主人公の設定で増幅され、見事に描き出されていた。

『ジェイムズ聖地へ行く』“James'Journey to Jerusalem”
1月に紹介した『パラダイス・ナウ』にイスラエル側製作者
として参加したアミール・ハレルが手掛けた2003年の作品。
とあるアフリカの村で次期司祭に任命された青年が、村人た
ちの期待を背負って聖地エルサレムへの巡礼に出る。ところ
が、青年はイスラエルに到着するなり逮捕され、何故か不法
労働者として働かされることになる。しかし青年は、それを
試練と受けとめる。
一方、純朴な青年はいろいろな人に気に入られ、また、青年
にはちょっとした能力があって、それらがいろいろ作用して
徐々に頭角を現して行く。そして、イスラエルのユダヤ人社
会の中で純朴なズールーの青年が見たものは…
聖書で「約束の地」と呼ばれるエルサレムのイメージは、緑
の草原が広がり、ミルクと蜂蜜の香りに溢れているというも
のだそうだ。でもそんなものが現実のエルサレムにあるはず
もなく、その現実は青年にも突きつけられるのだが、それを
青年は自分なりに解釈してしまう。
そんな純朴な現代のおとぎ話のような作品だが、そこに、い
ろいろ現代人が抱える問題点が描かれているのも面白いとこ
ろだ。
ただし映画は、中東イスラエルを舞台にしていながら不思議
なほどに危機感がない。確かにテレビで「爆弾テロがありま
した」というような報道がされていはいるが、主人公たちが
それに巻き込まれるようなこともなく、その危機感も全くな
いものだ。
『パラダイス・ナウ』のときも、物語は爆弾テロを描いてい
るが、主人公たちの生活には危機感もなく、平穏な風景が描
かれていた。実は以前に映画祭で観た作品では、もっと徹底
して全く平和な世界が描かれていたものもあり、それは不思
議な感じだった。
もちろん、イスラエルやパレスチナの映画だからといって紛
争を描かなければいけないものでもないし、それを素直に受
け取れない自分の方が間違っているのかも知れないが…
そして本作は、その点を除けば全くの普通に寓意に満ちた物
語であって、普通に観て面白く描かれた作品と言っていいも
のだ。なお、映画ではキーワードとして「フライヤー」とい
う言葉が登場するが、これは「搾取される人」の意味のヘブ
ライ語だそうだ。

『寂しい時は抱きしめて』“Lie with Me”
カナダ在住の官能小説家タマラ・フェイス・バーガーの原作
を、夫で映画監督のクレメント・ヴァーゴと共同で脚色し、
ヴァーゴが監督、テレビシリーズ『ミュータントX』などで
知られるローレン・リー・スミス主演で映画化した作品。
主人公のライラは、肉体的なsexでは絶頂感を知っている
が、本当の愛は知らない女性。関係の冷え切った両親や、結
婚が間近なのに元彼との関係を切れない従姉妹などもいて、
本当の愛情というものがますます判らなくなっている。
そんな彼女が、ある日、立ち寄ったクラブでデイヴィッドに
目に留める。しかし彼は女性連れで、2人は互いに見つめ合
いながら、別の肉体とsexを行うことになる。それでも忘
れられない2人は、偶然を装いまた出会うことになるが…
こんな物語が、スミスの体当たりの演技で描かれて行く。
日本での上映はR−18指定になっている。それだけ際どい映
像が綴られるものだが、実際これだけボカシが掛けられた作
品も久しぶりという感じだった。
ただし、映画はsexを描いていても、そこにはいわゆるポ
ルノグラフィとは違う視線が感じられた。実は映画を観てい
る間中、僕はこの作品を女性監督によるものだと思い込んで
いた。それほどに、自分の視線とは異なる感覚があった。
実際、作品はヴァーゴ監督の名義になっているが、撮影には
原作者のバーガーが付きっ切りだったようで、それを考える
と、事実上バーガーの監督作品なのではないかとも思ってし
まうところだ。
特にライラの心理面の描写は、いくら完璧な脚本があったと
しても、ここまで見事に描けるものかどうか。これはスミス
の役作りとバーガーが傍に居た賜物と言えそうだ。
ただし、自分が男性としては、どうしてもデイヴィッドの立
場が気になって観てしまうものだが、これはかなりきつい。
結局二股を掛けているような印象にもなってしまうし、辛い
ところだ。純粋に女性映画と呼べる作品なのだろう。
なおデイヴィッド役は、ミュージシャンで、『ハート・オブ
・ウーマン』や『ウォルター少年の夏の日』などに出演のエ
リック・パルフォーが演じている。

『毛皮のエロス』
     “Fur-An Imaginary Portrait of Diane Arbus”
1960年代にフリークスの写真で注目された女性写真家ディア
ン(映画の中でこう発音すると説明がある)・アーバスが、
フリークスの存在に目を開いて行く過程を描いた作品。
原作には彼女の伝記が揚げられ、その原作者が製作者にも名
を連ねているが、映画の巻頭には「本作は史実に基づいたも
のではない」というクレジットが表示される。その物語は、
「不思議の国のアリス」をモティーフにした不思議な感覚の
ものだ。
1958年、ニューヨークのアーバス・ファミリー写真スタジオ
には、多くの裕福な顧客たちが集まっていた。そこでは、デ
ィアンの両親が経営する5番街の高級毛皮店ラセックスの最
新毛皮ショウが開かれていたのだ。
ディアンはその会場で、写真家の夫アランのアシスタントを
したり、舞台裏ではモデルのスタイリストを務めたり、両親
を出迎えたりの神経をすり減らす作業を続けていた。
その同じ日に、スタジオが入居するアパートの階上に、引っ
越し荷物が運び込まれる。そしてその入居者は、顔をすっぽ
りと目出しマスクで覆った謎めいた人物だった。その姿に興
味を覚えたディアンは、夫からもらったカメラを手にその部
屋を訪ねるが…
脚本と監督は、2002年『セクレタリー』を手掛けたエリン・
クレシダ・ウィルスンと、スティーヴン・シャインバーグ。
この前作も相当に変だと感じたものだが、本作はそれに輪を
掛けたような作品だ。
なお、監督のシャインバーグは、叔父がディアンの友人だっ
たということで、幼い頃の彼が育った家には彼女の撮った写
真が飾られていたそうだ。それは彼女の代表作ともいわれる
大男のフリークスを写したものだったということだ。
写真家との面識はないそうだが、その写真を観て育った監督
が、満を持して描いた作品とも言えそうだ。しかも彼は、ウ
ィルスンに協力を仰ぎ、妄想を逞しくしてディアンの目覚を
描き切る。まさに究極の作品とも言えるものだ。
主演はニコール・キッドマン、相手役にロバート・ダウニー
Jr.。なお、フリークスのスペシャルメイクをスタン・ウィ
ンストンが担当している。白いウサギがいたり、天井からい
ろいろなフリークスが登場したり、現実の中にいろいろな要
素が詰まった作品だ。

『鉄板英雄伝説』“Epic Movie”
『最終絶叫計画』のチームが描いたパロディ作品。『最終』
はホラー映画を材料にしたパロディだったが、次に彼らは、
“Date Movie”(日本未公開)という恋愛映画のパロディを
手掛けており、今回は“Epic Movie”つまり大作映画のパロ
ディというものだ。
材料にされるのは、主に『ナルニア国物語』と『チャーリー
とチョコレート工場』だが、これに『パイレーツ・オブ・カ
リビアン』から『ボラット』まで、あらゆるパロディが所狭
しと登場する。
アメリカでは公開第1週に第1位を記録したそうだ。しかし
正直なところは、日本人の感覚とはかなり違う部分もある。
でもまあ、馬鹿馬鹿しいのは馬鹿馬鹿しいなりに楽しめば良
いもので、ただ笑って済ましてしまえばそれで良いのだろう
という感じもする。
それに、例えば巻頭に登場する『ダヴィンチ・コード』のパ
ロディでは、それなりに納得して笑ってしまったところもあ
った。
また、本作では、音楽やダンスシーンにはいろいろと気に入
ったところもあったもので、特に『チャーリー…』の工場内
のシーンでは、本物の小さい俳優たちの大量動員で、音楽も
含めてなかなかのものだった。
物語は、世界各所にいた4人の孤児が、チョコレートに同封
されたゴールデンティケットを手に入れチョコレート工場を
訪れる。が、そこには大きな洋服ダンスがあって…となる。
因に、訪れる国はGnarniaというところで、発音は最初のG
はサイレントだそうだ。
それにしても、ここに登場するのは基本的にアメリカでの大
ヒット作となる訳だが、そんな中に、『もしも昨日が選べた
ら』が比較的重要なポイントで登場すると、日本とアメリカ
のヒットの違いを感じてしまう。そんなことを考えられるの
も、面白い作品だった。
なお、ジョニー・デップの2つの役柄は、海賊には『サタデ
ー・ナイト・ライヴ』のダレル・ハモンドが扮し、ウィリー
・ウォンカを『チャーリーズ・エンジェル』などの怪優クリ
スピン・グローヴァーが演じている。

『ストレンジャー・コール』“When a Stranger Calls”
1978年に公開された同名ホラー作品のリメイク。物語は、ベ
ビーシッターを頼まれた女性の許に、謎の電話が掛かってく
るというものだが、オリジナルの公開当時とでは電話の状況
が大幅に変化しており、その変化を巧妙に捉えた作品とも言
えそうだ。
主人公のジルは女子高生だが、携帯は使い過ぎで両親に取り
上げられてしまい、さらに学校で篝火の祭りが開かれる日の
夜にベビーシッターを命じられてしまう。でもそれは仕方が
ないと納得のジルは、父親運転の車でその家に向かう。
その家は医師が所有するもので、郊外の湖に面して建つ豪邸
だった。そしてセキュリティも万全なその家では、風邪をひ
いた子供たちはすでに子供部屋で休んでおり、そのままなら
静かな夜が過ごせるはずだったが…そこに、謎めいた電話が
掛かってくる。
監督は、『トゥームレイダー』や『コン・エアー』、それに
『将軍の娘』のサイモン・ウェスト。それぞれスター俳優を
相手に大作をものにしてきた監督に、1時間27分の本作はも
ったいない感じもしたが、さすがにきっちりと決めてきてく
れた作品だ。
しかも、脚本の上手さもあるのだろうが、それぞれのシーン
が緻密に作られているのも魅力的で、特に前半ではただのい
たずら電話と思っていたものが、徐々に深刻な状況に変化し
て行く展開の良さにも納得した。
また、プロローグで前の事件が紹介され、観客は状況を予め
知っているものだが、それでも主人公の行動が納得できるよ
うに描かれているのだから、その脚本はかなりのものだ。こ
の脚本はジェイク・ウェイド・ウォールという新人が手掛け
たが、早くも次回作も決定しているとのことだ。
主演は、1998年スティーヴン・セガール主演『沈黙の陰謀』
でセガールの娘を演じていたカミーラ・ベル。他に、『ジュ
ラシックパーク2』や『リトル・プリンセス』などにも出て
いるようだが、本作ではほとんどのシーンが出突っ張りとい
う唯一無二のヒロインを見事に演じている。

『ボラット』“Borat”
すでに映画公開されたアリ・Gのキャラクターでも知られる
サシャ・バロン・コーエンが、自身のテレビ番組“Da Ali G
Show”の中で演じる別のキャラクター=カザフスタン国営テ
レビのリポーター=ブラットに扮して炙り出すアメリカ合衆
国の真実の姿。
アメリカでは昨年11月に873館で公開され、1000館以下の封
切りでは新記録となる2650万ドルの興行を上げて第1位。翌
週も1位となって、年末までの1億2600万ドルは年間14位に
輝いたものだ。
という大ヒットの作品で、その内容については噂には多少聞
いていたものだが、それにしてもこんなに過激なものとは思
わなかった。実際の話、その内容はここで書くことも憚られ
る様なものばかりなのだ。
基本的に差別主義者で、反ユダヤ、女性蔑視、しかも母国に
対する盲目的な愛国者というブラットが、ニューヨーク、ワ
シントンDC、さらに南部のジョージア、ヴァージニア、ア
ラバマ、テキサスなどで騒動を巻き起こす。
特に、女性やユダヤ人に関する差別発言は、アメリカで認知
されたことが信じられないくらいのものだ。他に、宗教絡み
の発言も、これがすんなり受け入れられるほどアメリカが成
長したのだろうかというところだ。
そしてその時々の人々の反応や、怒ったり呆れたりの様子を
カメラで追い続けたという設定の作品だが、それがまた、ど
こまでが真実でどこからがヤラセなのか。中にはプロデュー
サーが逮捕されたなどという情報もあるようだが、それもど
こまで真実やら…
もっとも、内容は確かに聞く人が聞いたら怒って告発しかね
ないような過激なものばかりだから、まあ命懸けの作品であ
ることは間違いないだろう。
監督は、テレビで『となりのサインフェルド』などを手掛け
るラリー・チャールズ、脚本はバロン・コーエン以下4人の
連名になっていて、彼らは撮影の状況に合せて脚本をどんど
ん書き替えたということだ。
また、製作を『オースチン・パワーズ』や『ミート・ザ・ペ
アレンツ』、『銀河ヒッチハイクガイド』のジェイ・ローチ
が担当しているのも、注目されるところだ。
なお日本での宣伝は、「!祝! オクラ入りから急転!」と
打たれるようだ。



2007年04月01日(日) 第132回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 最初は普通の映画の情報から。
 レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが、
1997年の『タイタニック』以来の共演をする計画が発表され
た。作品は“Revolutionary Road”という題名で、リチャー
ド・イェーツという作家が1961年に発表した原作に基づき、
ドリームワークスで製作される。
 内容は、1950年代半ばを時代背景に、夫婦と子供2人の幸
せな一家が、自分たちの真の欲望と周囲の習慣との板挟みで
苦しむというもの。かなり厳しい内容のようだが、原作はそ
の語り口の斬新さなどで評価された作品のようだ。そしてこ
の原作を、1999年の『アメリカン・ビューティ』でオスカー
を受賞し、ウィンスレットの夫でもあるサム・メンデス監督
が映画化するもので、撮影は今夏に予定されている。
 なお、ディカプリオとウィンスレットは、共演以来ずっと
交流を保っていたそうだが、一緒に仕事をする機会には恵ま
れなかった。それが今回は、ウィンスレットの夫メンデスの
監督作品で実現することになったものだ。『タイタニック』
のときはウィンスレットだけが主演女優賞候補になったが、
今年はディカプリオもオスカー主演賞候補を勝ち取って、満
を持しての再共演になりそうだ。
 因に、メンデス監督は第1作の『アメリカン…』をドリー
ムワークスから発表して以来、継続して同社で仕事を続けて
おり、2002年の『ロード・トゥ・パーディション』の監督の
他、製作を手掛けた作品もあるようだ。また、ディカプリオ
は、2002年スティーヴン・スピルバーグ監督の『キャッチ・
ミー・イフ・ユー・キャン』以来の同社での出演となる。
        *         *
 一方、ディカプリオは、マーティン・スコセッシ監督と再
び組む計画も発表している。こちらはワーナーが進めるもの
で、ウォール街の風雲児と呼ばれ、20カ月の懲役も経験した
ジョーダン・ベルフォートの“The Wolf of Wall Street”
と題された自伝の映画化。原作は、9月にバンタムブックス
から出版されるというものだ。
 そしてこの映画化権に関しては、ワーナー+ディカプリオ
と、パラマウント+ブラッド・ピットの間で争奪戦が演じら
れたそうだが、ピットが主演を希望しなかったことと、ワー
ナー側がスコセッシの監督を提示したことが決め手になり、
契約が決まったとのことだ。製作時期は未定だが、脚色には
“The Sopranos”のテレンス・ウィンターが契約し、直ちに
開始するとしている。
 また、この原作では、主人公を追い詰めるFBI捜査官の
存在がかなり大きいとのことで、『キャッチ・ミー…』のよ
うな強力な共演者が期待されている。まさかトム・ハンクス
とはいかないのだろうが。
 さらに、スコセッシとパラマウントの間では、前回紹介し
たように全ての作品の権利の半分をパラマウントが所有する
契約が結ばれているが、今回の計画はその契約が発効してか
ら後のもののようだ。にも拘らず、パラマウントは権利獲得
に固執したもので、前回報告した作品の件も含めて、その扱
いが注目されることになるようだ。
        *         *
 2005年の『マッチ・ポイント』と、2006年の“Scoop”で
連続してコラボレートしたスカーレット・ヨハンソンとウッ
ディ・アレンが、今夏にスペインで撮影予定の新作でも組む
ことが発表された。
 この計画については、2006年1月の第103回で一度紹介し
ているが、その計画にヨハンソンの出演が決まったものだ。
例に拠って題名・内容等は発表されていないが、作品には、
『プレステージ』で共演したレベッカ・ホールや、ジャヴィ
アー・バーデン、それにペネロペ・クルスも出演する。
 それにしてもヨハンソンは、ヨーロッパに渡ってからのア
レン監督作品4本の内3本に出演することになるものだが、
アレンが同じ女優と繰り返し組むのは、初期に6作品を手掛
け、公私ともにパートナーだったダイアン・キートンや、ミ
ア・ファーロー以来のことになる。ヨハンソンと公私ともに
とは考えられないが、アレンのお気に入りの女優になったこ
とは確かなようだ。
 なお、アレンとスペインの関係については、以前の紹介に
も書いたように、休暇を楽しんだり、国王からの勲章の授与
や銅像の建立、『マッチ・ポイント』も大ヒットするなど評
価も高く、気持ちの良い仕事になりそうだ。
        *         *
 ここらは徐々にSF/ファンタシー系の情報に移行する。
 まずは、サー・コナン・ドイル原作の名探偵シャーロック
・ホームズを、新たなアクション・アドヴェンチャーシリー
ズとして展開する計画が、ワーナーから発表された。
 この計画は、『ハリー・ポッター』シリーズの最初の3作
の映画化をワーナー側の製作担当重役として手掛け、その後
に傘下の製作者として独立したライオネル・ウィグラムが進
めているもので、2002年『ドッグ・ソルジャー』のニール・
マーシャル監督と、マイクル・ジョンスンという新人脚本家
の起用も発表されている。
 物語は、原作通りヴィクトリア朝のロンドンを舞台とした
ものになるが、ホームズの特技として知られるボクシングや
フェンシングの技も織り込んで、原作よりアクションの多い
作品にするとのこと。また、助手ワトソンの存在も原作より
大きくなるようだ。なお、ウィグラムは、クリストファー・
ノーランが『バットマン・ビギンズ』で採ったようなアプロ
ーチをこの原作に対して行うとしている。
 また、映画化に並行して原作のコミックブック化も検討さ
れており、両面からの名探偵復活が考えられているようだ。
 因に、ドイルの原作に対しては、1900年以降で200本以上
の映画やテレビでの映像化があり、75人以上の俳優が名探偵
を演じているそうだが、その著作権はすでに消滅している。
しかし、今回の計画に関わるウィグラム、マーシャル、ジョ
ンスンは、いずれもイギリス人なのだそうで、今回の計画で
はドイルの子孫とも密接の連携して、正真正銘の映画化を目
指すとのことだ。またワーナーでは、今回の計画に関して、
その子孫との契約も結んでいるということだ。
        *         *
 昨年7月の第114回で紹介したスティーヴン・スピルバー
グ監督の本格SF企画について、新たな動きが報告された。
 この計画は、以前紹介したように、カリフォルニア工科大
学のキップ・S・ソーン教授が提唱するワームホール理論に
基づき宇宙と次元を越えた冒険の旅を描くというものだが、
今回はこの作品に、“Interstellar”という題名が決定し、
『プレステージ』を手掛けたジョナサン・ノーランが脚本を
担当することが報告された。
 脚本を担当するノーランは、元々は『メメント』の原作を
書いた小説家だったが、兄のクリストファーがその原作を映
画化する際の共同脚本に参加、『バットマン・ビギンズ』で
も共同脚本を担当し、その続編“The Dark Knight”も担当
している。さらに『プレステージ』では、2年を掛けて抜群
のセンスで見事な脚本を作り上げているものだ。
 そんなジョナサンの参加は、スピルバーグの計画について
も強力な助っ人になりそうだ。
 なお、ジョナサンは、その前にワーナーで進められている
“The Chicago Fire”という作品の脚本を完成しなければな
らないようだが、スピルバーグも6月撮影開始の“Indiana
Jones 4”に続いては、リーアム・ニースンがタイトルロー
ルを務める“Lincoln”の計画が進んでおり、それらを考え
ると1年以上の余裕はありそうだ。
 『2001年宇宙の旅』を越える究極SFが期待される。
        *         *
 2004年3月の第58回などで紹介した“The Green Hornet”
の映画化を、『もしも昨日が選べたら』のニール・H・モリ
ッツの製作によりコロンビアで進めることが発表された。
 この映画化については、以前にはミラマックスでの計画を
報告したものだが、結局この計画は、ワインスタイン兄弟が
ミラマックスを離れたことでキャンセルされたようだ。そし
て今回は、その権利をモリッツが獲得し、彼が本拠を置くソ
ニーでの再出発となったものだ。
 因に、作品の起源は1936年にスタートしたラジオ番組で、
西部のローン・レンジャーの遠縁という設定のマスクを着け
たヒーローが主人公。その後にコミックブックや連続活劇に
展開され、1960年代にはヴァン・ウィリアムス主演でブルー
ス・リーが助手カトー役で出演したテレビシリーズが好評を
博した。実は、今回の計画を進めるモリッツは、そのテレビ
シリーズの大ファンだったとのことだ。
 なおモリッツは、最近では『もしも明日が…』の他にも、
『ブルース・オールマイティ』の続編の“Evan Almighty”
を手掛けるなど、コメディ作品での話題作が多いが、元々は
『ワイルド・スピード』シリーズなど男性アクションが得意
分野だった製作者で、その線での期待も高まるものだ。
 またこの計画では、以前にはジョージ・クルーニー主演で
かなり進んでいたが、1997年『ピースメーカー』への出演が
決まったためにキャンセルされた経緯があり、また他にも、
マーク・ウォールバーグやジェイク・ギレンホール主演の計
画もあったそうだ。一方、ジェット・リーがカトー役で出演
するという情報もあった。
 今回はこれらの過去の経緯には縛られないものだが、リー
のカトー役は見てみたいところだ。また、ソニーでは、今年
5月で一応の終了を迎える“Spider-Man”の後釜企画として
の期待もあるようだ。
        *         *
 続けてモリッツの製作で、1981年にジョン・カーペンター
監督で公開された“Escape from New York”(ニューヨーク
1997)をリメイクする計画が発表されている。
 この計画は、『ブラックホーク・ダウン』のケン・ノーラ
ンが新たな脚本を執筆し、『300』が大ヒットを記録した
ばかりのジェラルド・バトラーが、オリジナルでカート・ラ
ッセルが演じた片目の囚人スネイク・プリスケンに扮すると
いうもので、実はモリッツ、ノーラン、バトラーをセットに
して、企画全体がオークションに掛けられていた。そして、
その権利をニューラインが獲得したということだ。
 物語は、犯罪者の急増でマンハッタン島全体が刑務所とし
て運用されるようになった未来社会(オリジナルの設定では
1997年だった)を背景に、大統領専用機が故障し、大統領を
載せた救命ポッドがその中心部に不時着したことに始まる。
そしてその身柄を守るため、成功したら無罪放免を取り引き
材料に囚人の男が救出に向かうが…というもの。
 大統領をドナルド・プレザンスが演じて、結末がちょっと
あっけなかった記憶があるが、アクション映画としては話題
になった作品だ。
 また1996年には、同じくカーペンター監督、ラッセルの共
同脚本と主演で、地殻変動で島になり犯罪者の巣窟となった
ロサンゼルスに、拉致された大統領の娘を救出に向かうとい
う続編『エスケープ・フロムLA』(設定は2013年)も作ら
れた。
 今回は、その第1作のリメイクということだが、バトラー
主演の『300』が第1週の週末だけで7000万ドルという好
スタートで、期待は高いようだ。
        *         *
 次もリメイクの計画で、1978年にジョー・ダンテが監督し
た“Piranha”の再映画化を、『サランドラ』のリメイクを
成功させたアレクサンドル・アジャの脚本と監督で進めるこ
とが、ワインスタインCo.傘下のディメンションから発表さ
れた。
 オリジナルは、1975年公開の『ジョーズ』のパロディとし
て発表されたもので、ジョン・セイルズが脚本を担当。アマ
ゾン河に生息する肉食魚が密かに軍事用に改良され、それが
リゾート地の湖に大量に放流されてしまうというもの。ジョ
ーズの強大な鮫に比べると小さなピラニアだが、集団で襲う
恐怖は抜群で、さらに1950年代のSF映画などを下敷きにし
たギャグも満載。これを見たスピルバーグが、ダンテを当時
製作中だった『トワイライトゾーン』のエピソード監督に抜
擢したという作品だ。
 また1981年には、1984年に『ターミネーター』を発表する
ジェームズ・キャメロンの監督デビュー作となる続編『フラ
イング・キラー』も製作された。
 と言う今回はオリジナルをリメイクするものだが、起用の
決まったアジャは、「僕はこの種のクリーチャーフィルムの
全てに恋している」と、心境を語っていたそうだ。アジャで
パロディというのはちょっと気になるが、オリジナルはその
スタイルで評価されたということで、スタイリッシュさでは
アジャも負けないものを持っており、その点は期待ができそ
うだ。製作は、『300』を手掛けたマーク・カントン主宰
のアトモスフィアが担当する。
 なお、アジャの今後のスケジュールでは、第129回で紹介
したドナルド・サザーランド主演による“Mirrors”の撮影
が5月1日開始の予定だが、本作のリメイクはそれより後の
計画となるものだ。またアジャを含めた、最近のホラー映画
の作家たちには、Splat Packersというグループ名称が付け
られているようだ。
        *         *
 ここからは新規の情報を紹介しよう。
 まずは、『ターミネーター3』のジョナサン・モストウ監
督と、その脚本を手掛けたジョン・ブランカトー、マイクル
・フェリスのトリオが、“The Surrogates”と題されたSF
スリラーの計画をディズニーで進めることが発表された。
 この作品は、ロバート・ヴェンディッティ作、ブレット・
ウェルデール絵によってトップ・シェルフ・コミックスから
発行されているグラフィックノヴェルを映画化するもので、
物語では、人類は家に引き籠もり、人間関係はロボットが代
行しているという未来社会が描かれている。
 この原作についてブランカトーは、「フィリップ・K・デ
ィック的な未来を描いているが、すでにインターネットでは
よく似た状況が出現しており、テーマは現代にも通用する」
としているものだ。なお脚本家の2人は、現在はロバート・
ラドラム原作の“Sigma Protocol”の脚色を進めており、そ
れが済み次第、本作に取り掛かるようだ。
 ただしモストウは、以前に第79回などで紹介したユニヴァ
ーサルの製作によるマーヴルコミックス“Sub-Mariner”の
映画化の計画にも関っており、現時点ではどちらが先になる
か、定かではないようだ。
        *         *
 次は、この夏『トランスフォーマー』が公開されるマイク
ル・ベイ監督と、同作の脚本を手掛けたアレックス・カーツ
マン、ロベルト・オーチのトリオが、“2012: The War for
Souls”というSF作品の計画をワーナーで進めることが発
表された。
 進められている計画は、ワイトリー・ストリーバーという
ベストセラー作家の同名の小説を映画化するもので、この原
作はまだ出版されていないもののようだ。物語は、学術調査
隊の研究者が、並行宇宙に繋がる出入り口を開けてしまうと
いうもの。そして、古代マヤによって予言された2012年に到
来する終末を阻止するため、主人公には並行世界の分身との
接触が求められるというものだそうだ。
 なお、原作者のストリーバーについては、2005年9月の第
94回でも紹介しているが、ローランド・エメリヒが監督した
“The Day After Tomorrow”の基礎になったという作品でも
知られており、また、現在は“The Grays”という作品が、
ケン・ノーランの脚色でソニーで映画化が進められている。
 また、カーツマン、オーチの脚本家コンビは、JJ・エイ
ブラムスの監督でこの秋からの撮影が予定されている“Star
Trek XI”の脚本も手掛けているものだ。
        *         *
 今回はこの題名がよく登場するが、『300』を監督した
ザック・スナイダーが、自身のアイデアによるゾンビ物で、
“Army of the Dead”という計画をワーナーで進めることが
発表された。
 物語の舞台は、そう遠くない未来の隔離されたラスヴェガ
ス。ゾンビが横行するその世界で、死期の迫った娘を救おう
とする父親を主人公にした作品ということだ。因に、スナイ
ダーは、ユニヴァーサル製作のリメイク版『ドーン・オブ・
ザ・デッド』で評価を得て、『300』の監督に起用された
もので、その彼が再びゾンビに挑むというのは興味を引かれ
るところだ。
 ただし、スナイダーの次回作には、アラン・モーアとデイ
ヴ・ギボンズの原作で、引退したスーパーヒーローたちがチ
ームを組み、いろいろな災害から世界を救う姿を描いたグラ
フィックノヴェル“Watchmen”の映画化が、ワーナー製作で
夏の後半からの撮影、2008年の公開予定になっており、ゾン
ビの映画化はその後になりそうだ。
 また、スナイダーは、夫人のデブラと共にワーナー傘下で
プロダクションを設立。今回の“Army…”もそのプロダクシ
ョンで製作されるものだが、さらに同プロダクションでは、
スナイダーのアイデアによる“Sucker Punch”という題名の
アクション−ファンタシーの計画も進めているそうだ。
        *         *
 最後はキャスティングの情報で、
 まずは、撮影開始された“National Treasure: The Book
of Secrets”に、“The Queen”でオスカー主演女優賞を受
賞したばかりのヘレン・ミレンと、エド・ハリスの出演が発
表された。因に物語は、ニコラス・ケイジ扮するトレジャー
・ハンターのベン・ゲイツが、リンカーン暗殺事件の謎に挑
むというものになるようで、ハリスは悪役を演じるそうだ。
またミレンは、ゲイツの母親役ということになっている。こ
の他、ダイアン・クルガー、ジャスティン・バーサ、ジョン
・ヴォイド、ハーヴェイ・カイテルも前作と同じ役柄で再登
場する。全米公開は12月21日。
 “Harry Potter”シリーズ最後の2作に、前回報告したダ
ニエル・ラドクリフに続いて、ルパート・グリントとエマ・
ワトスンも契約を結んだことが発表された。実は、ワトスン
については、推定で390万ドルのオファーがされていたもの
だが、彼女自身がいつまでも「ハリー・ポッターの女の子」
と言われることに嫌気が差しているという事前の情報も流さ
れ、去就が心配されていた。しかしこれで3人揃って全作を
完遂することになりそうだ。
 そろそろ撮影開始の情報も流れそうな“Sin City 2”に関
して、ジョニー・デップとアントニオ・バンデラスに出演の
期待が高まっている。2人はロベルト・ロドリゲス監督の親
友ということで、特にデップに関しては、前作でもジャッキ
ー・ボーイの役で出演の可能性があったが、スケジュールの
都合で実現しなかったとのこと。今回は、前作より良い役を
用意して待っているそうだ。2人とも契約は結ばれていない
が、今までの例から見て撮影に多くの時間が掛かるとも思え
ないもので、何とか少し暇を作ってもらいたいものだ。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二