ういてる・・・かな?
こんなこと考えてた

2001年12月30日(日) あと2日・・・・

月並みですが・・・
時間がたつのは早いですねえ。

何だかこないだお正月だったような気がしますが、あと2日でまた来るんですね。
総じて今年はいい年だったと思います。
ネットに繋いで丸2年、最初はサーフィンからチャット、そしてメル友ができ2ヶ月前から自分のHPを作って。
何だかあっという間でしたよ。
HPも始めたら始めたで、また色々やりたいことがでてきてこりゃ当分PCからは離れられそうにない。

HPの仕組みを知りたくて勉強を始め、もっとも手っ取り早い方法が自分でHPを持つことだと思い作ったと言うのが本音です。
だから、完成する前に人を呼んじゃったり、今考えるとちと恥ずかしい。
しかし、おかげ様で訪れてくれた方々はみな素晴らしい人ばかりです。
自分の運の強さもあるでしょうが、出会いの不思議さも実感しました。
常々思っているんですが、この世に偶然なんてないのじゃないかな。
僕にはすべて必然のように感じる今日この頃です。

ああ、あのアウトドアおじさんはどこに行ったのでしょう。??
今年も鮎釣りはシーズン中10回も行かず、渓流釣りにいたっては3〜4回。
せめて温泉に2ヶ月に1回ぐらい行ったのが今までの名残かな。
外に行かないだけで損したような気もするけど、考えてみればPCも当然好きでやってるわけで結局かなり好き勝手に過ごしました。

案外仕事も順調で、会社の状況はひどいもんですが、個人レベルで考えると中々面白かったり自分でも驚くことがあったりで・・・
驚いたと言うのは、この年でも事務処理能力がまだまだ伸びるんだなあ〜と言う事だね。
社会人になって以来の営業マンから事務部門に移って3年半。
誰もが営業以外の仕事は向かないと思ってたようだけど、やってみれば何とかなるもんで、自分でも驚いているしまだまだ発展途上だなあと思うことしきり。

一生わくわくしながら過ごせたら最高だろうけど、不可能とは思わないね。
エネルギーは楽しんでいる時は、いくら使ってもどんどん増えるんだね。
だから、力の出し惜しみをするなんて愚の骨頂、来年も可能な限り興味の湧いたものには首を突っ込むぞ。



2001年12月23日(日) お正月とは?

お正月とは何ぞや??
などとまたしょうむない事考えてます。
「正月は正月であって、1月だよ。」
そりゃそうなんだけどね、どうしてこう「めでたいめでたい」となるんだろ?

勿論、1年の初めとしてその年を無事迎えられたってこともめでたいし、最初から楽しく始めたいよね。

思うに、当たり前のことではありますが、人間どっかの節目でそれまでの事を一旦リセットして新たに始めないと精神的にもたないのではないかな??

こんなこと言うのは僕は流通業に関係した仕事をしていて、毎年毎年節目というものが薄れていくのを実感してるからなんです。
当然それは消費者の購買行動に顕著に表れてまして、月毎の購買金額の変化がだんだんフラットになってきている。

お正月は今でもそれ程変わってないような気がするんですが、その他毎月ある日本古来の節目の行事や家庭でのことは本当にやらなくなってますよね。
僕にしたところが「菖蒲湯」なんてもう何年も入ってないし、お盆の感覚も薄れてる。

「日本全国酒飲み音頭」じゃないけど、昔のように慣習で毎月なんらか形で精神的にリセットする機会があればもちっと世の中穏やかな方に向かうような気がするのですがいかかでしょう?
ありゃ、また題名からはずれてしまった。(^^ゞ



2001年12月15日(土) 感覚派?

よく世間で言う感覚派ってどういう意味なんだろう?
僕自身このHPのProfileでこの言葉を使っているけど、今日家にある広辞苑で調べたら驚いたことに載ってない。

と言う事は比較的新しい言葉なのかな?
僕は理屈よりも直感的、感覚的になことに行動や好みが作用されると言うほどの意味で使ってるけども・・・
ひょっとしたら、他の人は別の意味で使っているかもしれないね。

でも、普段(仕事中など)の僕は感覚派どころかとても理屈っぽくて感情よりも理論優先。
いわゆる右脳(左だっけ?)ばかり使ってるかもしれないよ。

ところが趣味の世界、とりわけ音や映像、本などになるととたんに直感的、感覚的、あるいは普通の人からすると異様と感じるものに何故か興味を奪われるんです。
一時期凝って読んだのが犯罪心理学関係の本。
異常な行動をとる人間の心理にとても興味があって読んでました。
村上龍の小説が好きなのもそんなところから来ているのかもしれないね。
何年か前にでた「FBI心理分析官」とかも未だに読み返すことがある。
前にも書いた小松左京氏の本の中でも、「ゴルディアスの結び目」とか「神への長い道のり」など深層心理のことや認識論的なものに興味が引かれる。
この辺の感覚(感覚としかいいようがない)は他のことでも一緒で、絵で言えばルノアールよりダリ。
音楽だったら、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリスン、ジョニー・ミッチェルなどちょっとあっちの世界を垣間見たような人が大好き。

勿論、感覚とそれが志向するものは人それぞれ別だから感覚派=上のようなものが好き、と言う訳ではありませんが少なくとも理屈で受け止めるものではないでしょう。
僕が今一番興味があるのが、自分の感覚で選ぶそれぞれの好みがいったい何に向かっているか?と言う事。
これはもう少し年とらないとわからないかな??



2001年12月10日(月) 懐かしい作品を読みながら

往復の電車の中、久しぶりに小松左京氏の本を読んだ。
大学時代にもっとも凝って読んだ作家だし、其の後も文庫本がボロボロになるくらい読み返してもいる。
当時外国のSF作家もかなり読んだけど、最後は小松氏に帰ってきたものです。

この人を単にSF作家と言うのはどうだろうか?
今でこそそのジャンル分けの呼称は薄れてきているけど、やはり小松左京氏は作家であり哲学者であり、本来なら政治家的資質のある人だと思う。

今日読み返したのは「袋小路」「偉大なる存在」
両方短編だから往復の電車で読みきってしまったけれど、やはりテーマが大きく「存在と認識」「思いと現出」など学生時代にもやもやと悩んでいたテーマに久しぶりに再会したような気持ち。

驚いたのは同じテーマに再度会った今回は、若い頃とは全く違う受け止め方をしたと言う事。
こちらも年を重ねたから当然との考え方もあるけれど、こう言う抽象的というかある意味で答えを確認できないテーマでは、こちらの経験以上に心境あるいは根本的な心情の変化がない限りそんなに捉え方の変化はないのではと思う。

確かにここ4〜5年で僕の考え方の基本は変わってしまった。
人や自分に対する考えも、世の中の仕組みや成り立ちに対しても・・・・

それでも、小松氏の作品はますます色を増しているように感じられる。
すごい人だ。



2001年12月08日(土) 母の誕生日

今日は母の誕生日。
5人兄弟のうち4人が集まって食事をすることになりました。

ここ数年は恒例のこととなってるけど、ずいぶん変わったものです。
と言うのも我が家は兄弟仲は非常にいいけど、必ずしも親子関係はうまくいってなかったんです。

まあ、それも学生時代から20代までですが、全員が独立心旺盛な上わがままで自分で決めて進みたい方ですから・・・

だいぶ以前の話ですが、家を誰が継ぐかという話題になったとき誰一人希望者がなく、そのうち親に向かって
「それじゃ、この家売っちゃってその金で旅行行ったり楽しんだら??」
「どうせ、財産なんてないんだしその方が楽しくていいじゃないの、僕たちは自分たちで生活してくからな〜〜んもいらないよ」
さすがにこれは親にとってショックだったみたいだけど、あの時は本音だった。

月日がたって兄弟も年をとり、子供ができたり家庭を持ったりして性格までは変わらなくても人間関係に対する考え方は大分変わった。

僕にしても、まあ色々あって現在は自分が形成されてきた上での親のありがたみも感じてるし、この親の子としてに生まれるべくして生まれたと言う気がしています。

亡くなった親父には苦労させられたし、僕ら兄弟も苦労かけたし・・・
でも、やっぱりあなたの子に生まれたのは必然だったよ。
きっと、おれ自ら親父とお袋の子になることを希望したんだよ。
だから、感謝してます。ありがとう・・・



2001年12月06日(木) ありがたいね!!

いやいや、昨日風邪で久しぶりの高熱。
何と9度3分まで上がってしまって医者にいきました。

それでも今朝は平熱に下がって普通どおりに出勤。
ただ、まだホンモノではなくてたぶん薬で抑えてるだけだと思うけど。

今日嬉しかったのは職場の部下が皆心配してくれて「早く帰れ、早く帰れ」って言ってくれたことだね。

どうしても、自分が居ないと他に負担がかかることが気になって、中々休みって取れないですよね。
僕はそんなやつを見ると「迷惑かけたり、かけられたりそれで仕事は動いてるんだよ」
な〜〜んて、もっともらしく言ってるんだけど自分の時だと思い切れない。

でも、「いいや今回は迷惑かけちまえ」ってことで早く帰ってきました。
帰りの電車の中でも何だか嬉しくて気分がよかったよ。

些細なことだけど、暖かい日でした。



2001年12月02日(日) バザーを手伝った

今日は地元でバザーのお手伝い。

身体障害者の為のバザーなんですが、結構沢山の人が来てくれてありがたかったなあ〜。
僕の住んでる市には障害者向けの作業所(彼らの経済的自立を目指して作られた工場のようなもの)が3ヶ所ほどあるんですが、入っている人数はまだまだ少ない。

勿論、ここに入ることは強制ではないのですが問題はまだまだ身内に障害者がいることを隠しておきたいと思ってらっしゃる方が多いこと。

でも、今日感じたのは障害者とその家族の強い愛情、それに全くのボランティアで協力される方達の多さです。
だんだんと、社会そのものが障害を持った方へ目を向けるようになってきたのでしょうか?

ただ、当事者を除けば手伝っていた方達は元々ここに住んでいた方ではなく、いわゆる新住民。
東京のベッドタウンとして僕を含め新住民と言われる人達の比率が高くなって初めてこう言った活動が出来るようになったのかもしれないね。

世間では不況不況と言うけれど、せめて心や身体でお手伝いをしたいもんです。
彼らのあの凄い笑顔を見たら、きっと自分が必要な存在だって感じるよ。!!


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