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2002年01月28日(月) スクランブル☆パーティ2−2

<スクランブルパーティ2−1から続き>
「はあ? 3つの質問。真面目に本気で答えること。パスはなし」
「ということで、前にきて。じゃあ、タケルくんにしつもーん!」
「はい!」
「ミミくん」
「一番最近で、一番恥ずかしかったことは何ですかー!」
「え・・・・えと。恥ずかしかったこと・・・。えっと、島根から帰ってくる新幹線の中で・・・・」
言いながら、ちらと上目使いに兄を見る。あきらかにぎょっとした顔をしているのが内心おかしい。
・・・・言うわけないでしょ、そんなこと。
「名古屋から乗ってきた金髪のお姉さんに、いきなり抱きつかれてキスされたことです・・・」
「ええええええーーーーー!!!!」
タケルぅ、うらやましいー!と男子からの声の中、ヒカリと京と伊織からは悲鳴に似た叫びが・・。
なぜに伊織くん?と思いつつ、まあ事実だし、しかもその人、胸はあったけど、実は男の人だったってあとからお兄ちゃんに教えてもらったし。
・・とそんなことは言うまい。とタケルが思っていると、間髪を入れずに伊織が手を上げた。
「タケルさん、好きな人いますかー!」
突然の質問に、皆の円の中央にちょこんと正座していたタケルの肩がびく!と震える。
好きな人って・・・。そんないきなり。
胸が急にドキドキしてきて、頬が熱くなってくる。
「正直に答えてね。タケルくん?」
どうしよう・・・。ええい、ままよ。
丈の言葉に、消え入りそうに小さく答える。
「・・・・・・います」
おお・・!とデジモンたちまでもが一緒にどよめいて、タケルが思わず下を向く。
「じゃあ、じゃあ・・・。その人が誰か教えてくださいー!」
「み、京さん!」
「いいじゃない、ヒカリちゃん、こんなチャンス滅多にないよお」
「だ、だって・・・・」
意気上がる京と、それを慌てて止めようとするヒカリと、固唾の飲むようにして見守る伊織に見つめられ、その上みんなの視線を一身に浴びて、タケルが真っ赤になってうつむいて瞳を見開く。
そして、きちんと正座した膝の上で、ぎゅっと両の拳を握りしめた。
(言えないよ・・・・そんなの・・・・だって・・・・)
少しだけ視線を上げて、その先にいるヤマトを見る。
その横にいる空も一緒に視界に入ると、タケルはあわてて再び目線を下ろした。
切ない想いが胸を溢れる。
(だって、誰の目から見てもお似合いだもん・・・僕があの隣にいるよりもずっと・・・でも・・・・どうしよう・・・? それでも、それでも・・・)
僕は、おにいちゃんが・・・・。
「お・・・・」
小さく言いかけたところでそれを遮るかのように、大輔が言った。
「ああ、もういいじゃねえか! くだらねえ! タケルの好きなやつ聞いたって、何の得にもなんねえだろ!」
「ええ?だってさー。あ、そうか。もしもタケルくんの好きな人がヒカリちゃんだったりしたら、この場で即失恋決定だもんねー!大輔。それでムキになってんだー?」
「だだだ、誰もムキになんかなってねーっつーの!」
京と大輔のやりとりと、黙ったまま俯いているタケルに困って、丈が思わず助け船を出す。
「まあ、じゃあ、ここは大輔くんの失恋回避ってことで大目に見ようか?」
「じょ、丈さんまでー!」
「タケルくん? もういいよ。席もどって?」
「ぼ・・・・・僕は・・・・」
丈の言葉に動こうともせず、まだうつむいてじっとしているタケルをいぶかしげに皆が見つめる。
〈動けない・・・・どうしよう・・・)
今少しでも動いたら、目の奥でとまっている涙が、そこからはずみで溢れてしまいそうで・・・。切ない想いと一緒に。
じっとしたまま動けないタケルのその頭に、ポンとやさしい手が置かれた。
見上げるタケルの瞳に、ヤマトが微笑んで映る。
「タケル」
「え・・っ?」
「好きな人って別に“お母さん”でも“おにいちゃん”でもいいんだぜ? 俺はガキの頃からずっと、おまえが好きだったけど。・・・おまえは?」
ヤマトの言葉に、タケルが驚いたように兄を見つめ、大きく瞳を見開いた。
「おにいちゃんを好きだって、言ってもいいの?」と問う瞳に、兄の瞳が「いいよ、もちろん」とやさしく言う。
それをじっと見つめて、それからゆっくりと、ゆっくりと目を細めて微笑んだ。
「うん。僕もおにいちゃんが、好きだよ」
タケルの言葉に、ヤマトがくしゃっとその髪を撫でた。
照れくさそうに笑う兄に、タケルが少し肩をすくめた。じっと見つめ合う。
「あ、あのなあー! だから、兄弟で見つめあって赤くなるなってんだよ、おまえらはー!!」
太一が呆れたように喚くと、クリスマス会の時と同じ流れに、皆が一斉にどっと笑い出した。


「楽しかったねえ、百人一首」
「そうですね、空さん。今度は対戦でやりましょう」
「あら、負っけないわよー、光子郎くん!」
「空くんは、勝負ごとになると怖いからなあ」
「ひどい、丈先輩」
「じゃあな、ヤマト。ごちそーさん」
「ああ、太一。また明日な」
「おう。帰るぞ、ヒカリ」
「はい。じゃあ、おやすみなさい」
「ありがとうございました」
「おう、一乗寺もまた来いよ」
「んじゃ、ヤマトさん。俺たちもこれで」
「ああ、大輔もまたな。・・・と、おい!おまえは帰るな」
「え?」
皆を玄関に送りだしていたヤマトが、同じように靴を履いて出ようとするタケルの首ねっこを後ろから掴まえる。
「後片付け、手伝えよ」
「あ・・はい」
「あ、あたし、手伝おうか?」
戻ってきた空に言われて、ヤマトが笑って答える。
「いや、大丈夫だって。こいつに手伝わせるから。今日は早くきてくれて助かったよ。サンキューな、空」
「どういたしまして。早めに押しかけてきてよかったわ。すっごーーっく汚かったもん」
「はいはい、恩に着るよ。じゃあな」
「うん。またね」
手をあげて太一たちと廊下を行く空と入れ替わりに、京がタケルのもとに駆け寄ってくる。
「あ、あ、あのタケルくん。さっきはごめんね。あの、私、別にタケルくんを困らせようとかそういうんじゃなくて・・」
しどろもどろになる京に、にっこりとタケルが微笑む。
「やだなあ。気にしないでよ、京さん。僕の方こそ、なんか、ウケるジョークでも言わなくちゃって固まっちゃってて・・」
「え?そうだったの?」
「そうだよ? でも、なんか結局パニくっちゃって訳わかんなくなっちゃって・・だから、気にしないでね?」
「そっか、よかったぁ・・・だったら。じゃあ、また。ヤマトさん、ありがとうございましたー!」
ぺこと頭を下げて京が駆けだしていく。
それを見送ってヤマトとタケルは、少し疲れたように顔を見合わせた。


「ねえ、さっきさ・・」
大輔の家で夕食を食べていくことになった賢が、一緒に歩く大輔をチラリと見て、呟くように言う。
「僕、真後ろにいたからよくわかったけど。震えてたよね? タケルくん」
「・・・そっかー?」
「冗談で適当にかわしちゃえばいいのに、それもできないくらい、震えるくらい、その人のことが好きなんだな・・・って、そう思った」
「・・・・ああ」
「大輔、カッコよかったじゃない。君が言わなければ僕が、言おうと思ってた。京さんに悪気がないのはわかってるけどね」
「別にィ! 俺はタケルをかばったわけじゃないぜ。ただ、なんとなく、ちょっとムカついたっていうか・・・」
悪びれるように言う大輔に、賢が少し肩をすくめる。
と、後ろから走って追いかけてきた人影に、ふいに立ち止まって振り返った。
「大輔くーーーん!」
「タケル?」
「大輔くん!」
はあはあと息をきらして駆けてきたタケルに、「なんだあ?」と大輔が素っ頓狂な声を上げる。
「さっき、ありがとう。それだけ、言いたくて」
「え?」
「明日、言っても、君、なんのことだ?とかトボけちゃうでしょ?だから」
「あのなあ!俺は別におまえをかばってわけじゃなくて・・・!」
「ああ、やっぱり、かばってくれたんだ・・! ありがと、じゃあね」
「え?え? おいこら、待て! だから、かばったわけじゃなくて!! 本当にそれだけかよ、タケルー!」
言うだけ言って、めいっぱいの笑顔を残して、踵を返して来た道を駆け戻っていくタケルを、大輔は狐にでもつままれたような顔をして、呆然と見送った。
「・・たく、なんだよ、アイツ・・」
「・・・・大輔。顔、赤いよ・・・」
「・・・・・うるせえっ」


「ただいまー」
ばたばたと玄関で靴を脱ぐなり、そのまま廊下を走って、キッチンに皿を運ぼうと何枚も抱えているエプロン姿の兄の背中に、タケルが飛びつくようにしがみつく。
「おいおい」
「おにいちゃん」
「皿が落ちるよ、おいって」
「おにいちゃん!」
「ん?」
「・・・・・・嬉しかった・・・・」
「・・・・・・ん」
「ありがとう」
「礼を言うようなことかよ?」
「うん・・」
そのまま、ぎゅっと兄のエプロンにしがみついて、ちょっと、くすんと鼻を鳴らす。その手に自分の手を重ねて、ヤマトがやさしい声で言った。
「おまえ、寝てていいぜ? 後は俺がやっとくから」
「え?」
「昨日の今日で疲れたろ? 後で飯つくってやるから、それまで寝てろよ」
「おにいちゃん・・・」
「空がさ、気きかして早めにきてくれたんで助かったよ。おまえ、来ねえから、マジでどうしようかと思ったぜ」
「あ、ゴメン。寝てて、メール気がつかなくて・・・・」
「いいよ」
「ゴメン」
「だから、いいって」
皿を流しに置いて、ヤマトがくるりとタケルを振り返る。
その腰に両手を回して指を組み、少し上気した目元にキスをする。
「空のことは好きだけどな、友達としてだからな。・・・・おまえの心配するようなことは、何もねえから」
「おにいちゃん・・」
「だから、泣くなって・・・」
切ない想いに見上げていると、ヤマトが笑ってそっと口づけをくれた。
その口づけに答えようと、かかとを少し上げて、自分からその首に腕を回して、もう一度唇を重ねる。
ヤマトの腕がそっと、彼のいじらしい弟の身体を抱き寄せた。



そんなわけで。
今年も、大波乱が待っているであろう一年が始まった。
デジタルワールドもリアルワールドもひっくるめて、何が起こるかわからない未来が待っているのに違いはないが、
それでもきっと、信じていれば、何もかもがうまくいく。
互いの身体を抱きしめ合っていると、そんな自信さえわいてくるから不思議だ。
第一、よくよく後から冷静に考えてみれば、新年早々、みんなの前で、互いが好きだと大告白をしてしまったのである。
もっとも、誰も本気にしていないというか、この兄弟ならそれくらいのことは言って当然と思われているのか、反応としてはいまいちだったのが気にならないでもないけれど。
その中で唯一。ただ一人。本宮大輔だけはこの一件で、知らなくてもよかったはずの自分の気持ちを知る羽目になってしまい、苦悩の日々を送ることになるのだが・・・。
まあ、それはまた、後の話ということで。それも良しということで。


                     
                              END







というわけで、長いよ!
 あきらめきれなかった新年会をついにアップしてしまいました。
えと、罰ゲームのこの3つの質問てやつは、実は元ネタがありまして。もう、ずいぶん昔の有名な少女マンガのワンシーンなのですが、震えるほど好きというのがそそられて、ついにパクってしまいました。えへへ。
それにしても、登場人物が多くて、台詞がどれが誰なのかおわかりになるでしょうか? だいたい話し方の特徴でわかるかと説明はつけてませんので、わかりにくいとこは適当に予想で読んでやってください〈笑)
えと、この話は、ヤマタケはもちろん両想い。賢ちゃんは大輔。大輔はどうやらタケル。空はやっぱりヤマト。ヒカリは太一?タケル? しかもこの伊織はどうよ?
ということで微妙に「彼と彼とー」の設定とは違うのですが、なんか自分でもややこしいです・・。
「彼と彼と僕らの事情」はじわじわと結構「続きを!」とリクエストいただいて嬉しい限りでございますv
しかもヤマト本命としつつも、一番人気はなんと賢ちゃんでございますよ!
なんかはりきって書かねば!という気になるなあ。またそのうち書きます。
見てやってくださいませね。〈風太)





2002年01月27日(日) スクランブル☆パーティ2−1

1月7日、あわただしく冬休みは終了し、学年最後の学期が始まった。
いつも通りの眠いだけの始業式が終わり、提出物やらを集められると午前中で学校は終わり、帰宅出来ることになっている。
「ええー?」
「んーなに驚くことねえだろー! じゃ、そういうわけだからよろしく頼むな、ヤマト!」
「頼むって、太一! 俺、そんなこと何も聞かされてねえぞ。だいたい新年会って昨日にやったはずじゃねえのかよ!」
「んなこと言ったって、おまえやタケルがいねえとつまんねえとか何とかいう意見がさあ。それにおまえの携帯かけたけど、ちっとも出なかったじゃねえか」
「え・・・?いつ?」
「ゆうべの7時頃」
「・・・・・・あ。新幹線の中で・・・・ね、寝てた・・かな」
実際は寝てたのではなくて、タケルと・・・。
いや、そんなことはさすがに太一に言えるはずもなく。
ヤマトはそういう、ちょっと後ろめたい部分もあって仕方なしに「選ばれし子供たち新年会」の場に自宅を提供することを渋々ながら承諾するハメになったのだった。
「で、なんでウチだよ」
「おまえんち、昼は両横も下も留守だって言ってたじゃん」
「まー、そうだけど・・・」
「じゃ、2時にな! 掃除しとけよ!」
「あー・・え? 掃除・・って!オイ」
さっさと言うだけ言って行ってしまった太一に、ヤマトはがっくりと肩を落とすと、ズボンのポケットから携帯を取りだした。
そして、慣れた手つきでメールを送る。
ゆうべ島根から帰宅したままのあのすさまじい状態を思うと、それだけでどっと気分が滅入りそうだった。


「ええーほんとーに大輔から聞かなかったのお?」
「だって、大輔くん。朝から今日は一度も口きいてくれなかったし」
「おまえなあ! そっちからだって話しかけてこなかったくせに、俺が悪いみたいに言うなよなー!」
「でも、新年会今日だって知ってたんだから、そっちから教えに来てくれればいいじゃない?」
「うるせーなあ、今聞いたんだからいいだろーが!」
「だって、僕、支度も何も出来てなくて・・・・あれ。Dターミナルにメールが入って・・・・うわ」
タケル宅の玄関で、新年会に誘いにきた「新・選ばれし子供たち」を前に、すったもんだを繰り広げていたタケルは、もしや何か兄から連絡が入っていたのかも?とDターミナルを取りだして青くなってしまった。
「急ごう!!」
「え、え、え、え、ちょっとタケルさん!」
「タケルくんってばー、急にどしたのー?」
皆を置いて、鍵をかけるのも忘れそうな勢いでずんずんと歩き出したタケルに、とにかく部屋に鍵をと説得して、「新・選ばれし子供たち」はとにかく石田宅へと急いだのだった。


メールはヤマトからで、昨日の今日で部屋がめちゃくちゃなので、掃除を手伝ってくれとあったのだ。
学校から帰って、とにかく昨日の長旅の疲れで、もう眠くて仕方がなかったから、ちょっと仮眠をとっていた。その間にメールが入っていたのだろう。
普段でさえひどいあの部屋が、ヤマトが島根にいる間は父一人だった上、帰ってからの荷物もそのままじゃ、さぞかしひどいことになっているだろう。
足早に皆を引き連れ、玄関のチャイムを押して、出てきた人影に「ゴメン遅くなって!」と手を合わそうとしたタケルは、その顔を見るなり固まってしまった。
「あら・・・早かったのね、みんな」
「きゃー空さん、あけましておめでとうございますー」
「ああ、こちらこそおめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「なんだか新婚家庭におじゃましたみたいですね・・・」
「いやあだ。伊織くんったら。さ、どうぞ」
空に通されるままに皆が靴を脱ぎ、一番最後にタケルが呆然と立っていると、ヒカリが軽く腕をひっぱる。
「タケルくん?」
「あ・・・うん」
タケルは促されるままに、靴を脱ぐと廊下を通ってリビングへと足を踏み入れた。
いつも通いなれたその部屋が、きちんときれいに掃除されている。
それを目にすると、知らない人の部屋に入ったようなひどく寂しい気持ちになった。
(僕が来られなかったから・・・お兄ちゃんは、空さんに連絡を入れたのかな・・? それとも、最初から空さんにも頼んでたのかな・・・? どっちにしても、僕が来なくても、ちゃんときれいになっていてよかったな・・・・)
そう考えたら「よかった」はずなのに、なんだかとても悲しくて、タケルは項垂れたままリビングの皆の輪の中へと坐り込んだ。


兄に真相を確認する事も出来ず、ましてや顔を見る事も出来ず、視線を遠ざけているうちに、子供たちは全員集合し、またしても大賑わいとなった。
まあ「旧選ばれし子供たち」のデジモンたちはもうデジタルワールドに帰ってしまったから、多少人口密度はましになったといっても、ヤマト宅のそう広いともいえないリビングは、酸欠状態になるほどの混みようになってしまった。
相変わらず、持ちこまれたカラオケセットと、ヤマトのギターによる生演奏(本人はもちろん本気で迷惑がったが)歌って踊って盛り上がり、もちろんゲームもやって、持ちこまれたお菓子やジュースも食べ放題の飲み放題。
・・・そりゃあ、あのクリスマス会の後、太一の家の近所の部屋から苦情が出ただろうということは、聞かなくても十分想像できる。
「タケルくん。そういえば島根はすっごい雪だったんだってねえ」
「え。ああ・・・・そうなんですよミミさん。もうすごく吹雪いてて・・・」
言ってるそばから、あまりのうるささにこちらの会話が聞こえないらしく、同じ質問を太一からもされてしまう。
「おう、タケル! すっげえ雪だったって、島根!」
「え、はい。もう、やんで雪かきしても、その後から後からすぐ降り積もって・・」
「へええ、そっかー。こっちは少し正月にチラチラしただけだぜえ」
「あ、そうなんだ」
会話の途中で、「太一先輩、次!」と歌の指名をして、歌い終わった大輔が今まで太一のいた場所に坐りこむ。
「で、どうだった?」
「え?なに?君のうた?」
「ちげーよ、馬鹿。島根、すっげえ雪だったんだって」
「・・・・・・あのね!」
「な、なんだよ」
「さっきから同じことばかり聞かないでよ、もう!」
「お、同じことばっかりって、俺、今聞いたとこじゃん!・・ったく、おまえさあ。何で俺にゃそうつっかかってくるんだよ!」
「つっかかってるのはそっち! だいたい、新年会のこと僕にだけ教えてくれなくてさー」
「後で言おうと思ってたんじゃねえかよ。そしたらおまえ、さっさと急いで帰っちまうから」
「じゃあ、電話でもしてくれればいいじゃない」
「したけど、出なかったろ!」
・・えっ・・・?
もしかして、メールの受信の音だけじゃなく、電話が鳴ってるのすら気づかず爆睡してた?
急にマズイという顔をするタケルに、大輔が何か言いかけた時、丈がやおら立ち上がって叫んだ。
「よーし、みんな! せっかくお正月なんだから、お正月らしい遊びをやろう!」
「え? お正月らしい遊びってなんですか? 丈さん」
「良く聞いた、光子郎! これぞお正月の決定版! 百人一首だー!」
「ええええ???ひゃくにんいっしゅーーー!!!」
丈の声に、皆が一斉に驚いたように声を合わせた。


結局、小学生グループと中学生グループに分かれてやる羽目になり、まずは中学生グループでバトルが繰り広げられることなった。
「あ、じゃあ、一乗寺くん。読んでくれる?」
「はい」
「みんな、お手つきしたら罰ゲームだからね!」
ええー?という声を上げつつも、目は皆真剣だ。
「なんだか、丈さん。妙に新年会は仕切ってますよね? 空さん」
「わかんないけど、勉強で鬱憤がたまってるのかも?」
「ではいきます。あまのはらー」
「はい!」
「・・・・・早ぇ、光子郎・・・」
「じゃ、次。いにしえの〜」
「はい!」
「・・・・・・空さん、怖い・・・」
「おい、みんな最後まで聞こうぜ・・・?」
「なげけとて〜・・・」
「はいっ」
「丈さんも素早いですね」
「わがそでは〜」
「はい!」
「やっぱり空さんがこわいー 早くて手の動きが見えないー!」
「さすが家元の娘・・・」
「関係ないでしょう、ヒカリさん」
「これやこの〜」
「ええい、これだ!」
「太一、お手つきー!」
「ええ、マジかよー」
「はい、ここから引いて。罰ゲームかいたくじ」
「丈・・・・。いっつのまにそんなもん作ってやがったんだ・・・・え?早口ことば?」
「じゃあ、読んで」
「赤巻き紙、青巻き紙、黄巻き紙・・・・あかまきがみあおまきまきききま・・・え?」
「オーソドックスですね。言えてないけど」
「まあまあ、伊織くん」
「ルリリマリルマリルリ?るりりまりるまりりりるりりりり・・・・・はあ?」
「ポケモンですね」
「くわしいね、伊織くん」
「タケルさん、知らないんですか?」
「大橋脚、中橋脚、小橋脚・・・・。ええい、だいきょうかくきゅうきょうかきゅちょうきょかくきゃ・・・・いってえ!舌噛んだ!」
太一の大苦戦の早口言葉に大爆笑となり、さらに大激戦が繰り広げられた末、目にとまらぬ速さで札をとばす空の圧勝となり、次に小学生グループの番となった。
さすがに上の句だけで取れるのは一乗寺賢くらいのもので、それなりに目を皿のようにして必死の形相で札を睨む子供たちに、中学生組が余裕で微笑って見守る。
「はいっ!」
「あ、大輔、それお手つきだぜ!」
「えええ? くそーやっと取れたと思ったのにぃ〜!」
「はいはい、罰ゲーム」
「何すか、コレ。ものまね・・・・」
「じゃあ、よろしく」
「よーし、じゃあ、アイドル系演歌歌手! ♪やだねったらやだねえー ♪やだねったら・・・・」
「似てなーい!」
「くそー! じゃあ、とっておきのヤツ! デジモンカイザーやりまーす! ふははははは・・・虫けらどもめ・・・僕にひれふすがいい・・・ふははは・・・・」
「似てないよー・・・」
「おまえが言うな! 一乗寺賢!!」
「あはは・・・じゃあ、大輔くん、もういいやー。次読むねー」
「はいっ、丈さん、お願いしますっ」
「気合はいってるわねえ、伊織」
「あうことのー絶えてしなくはなかなかに〜 人をも身をも恨みざらましー」
丈の読んだ句に、タケルがふっと笑顔をなくす。
そして、ほとんど今日は一度も視線を合わす事のないヤマトを、ちらと盗み見た。
太一となにごとか話している姿を、札を探しているふりをして、伸びた前髪の間からチラリと見つめた。
太一とヤマトの会話に、ヤマトの隣にいる空が何の不自然さもなく話に加わる。
楽しげな3人の姿に目の奥がつんと痛くなった。
(あうことの・・・。逢うことがまったくなかったなら、かえって、あなたをも自分をも恨むことなどないであろうものを・・・か)
「あきのたの〜」
「あ・・・はい」
「タケルくん、お手つき!」
「え?」
「それ、わがころもでにゆきはふりつつ。だよ」
「え・・・あ、そうか、天智天皇だから、わがころもではつゆにぬれつつ・・。ですよね・・?」
「そうそう、詳しいねー。でもお手つきはお手つきだからね、はい、罰ゲーム」
言われて、「あーあ」と嘆きつつも、くじの入った箱にごそごそと手を忍ばせる。
それから一枚とった紙を開いて、タケルは困ったような顔をした。



<スクランブル☆パーティ2−2に続く>


2002年01月11日(金) 彼と彼と僕らの事情(プロローグ)

一瞬、時間が止まったかと思った。
みんなその場に立ち尽くして、一歩も動かない。
ぴんと張りつめた空気が漂う。一発触発のアブナイ状態。
ええっと・・・あのー  もしもし?
僕は、おろおろして、睨みあったままのお兄ちゃんと大輔君の顔を見比べる。
「オイなんだって? もう一回言ってみろ」
静かだけれど、確実に怒っている時の声色でお兄ちゃんが言う。
挑発的なその言い方に、大輔くんがかっとなったのがわかった。
ま、待って、ちょっと。
「だからぁ、俺はタケルが好きなんでぃ!!」
でぃ。って・・。
・・・えーと。
あ、でも、よかった。
やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。さっきの。
耳悪くなったかと思っちゃった。あはは。
・・・って、ちょっと待て。
こういう場合、聞き間違いの方がいいって言わない?
なんだか、余計に険悪な空気が・・・。
だいたい、なんだよ大輔くん。君、僕のこと、あれほど嫌いだ嫌いだって。
そうだよ、ヒカリちゃんとかにだってよく言ってたじゃない。
ねえってば。
睨みあったまま、硬直しているように動かない2人の間に、一乗寺賢がつかつかと歩み寄る。
ああ、助かった。
一乗寺くん、悪いけど、どうにかしてよ。
とりあえず、大輔くんつれて帰ってくれない?
そう心で願っていた僕の甘さを、彼はさわやかな笑みで、木っ端微塵に打ち砕いた。
「抜けがけは困るなあ、大輔。お互いフェアに行こうって約束したじゃない」
「賢・・!」
大輔くんが、はっとして一乗寺賢を振り返る。
え? 何、きみ、止めてくれるんじゃないの?
抜けがけって何それ。約束って?
いや、そんなことはキミたちの事情であって、僕には関係ないよね?
だから、とにかく。
「僕も、タケルくんが好きだ」
ふぇ?・・・今・・・・何と?
あああ、そうか!
ゴメン。わかってる。
君は、君がデジモンカイザーだった時に、思いきり殴りつけた僕を、まだ恨んでいるんだね。
あの時のことは僕が悪かったよ。あやまるからお願い。
ふざけてないで、大輔くんをどうにかしてー!
「賢・・」
いぶかしむように、大輔くんが一乗寺くんを見る。
君もそう思うよね。おかしいって。いや、君だっておかしいけど。
「悪い、大輔。けど、僕は本気なんだ」
ええ? 本気? 本気って何が? 
ところで、君、学校ちがうのにどうしてここにいるんだよ。
あ、そか。
デジタルワールドから帰ってきて、校門のとこまで来たら、お兄ちゃんが待っててくれて。
迎えにきてくれたんだ?と喜んで駆けよろうとした僕の腕を、大輔くんが急に掴んで引きとめて・・・。
気がついたら、こうなってた。
「賢、おまえとの友情を壊すようなこたぁしたかねえけど・・・これだけはゆずれねえ!」
いや、いいよ。譲り合いのキモチは大事だって。・・・いや、そうじゃなく。
「一乗寺さんも、大輔さんもやめてください」
「伊織くん!」
「タケルさんが、困ってるじゃありませんか!」
そうそう。いいぞ。3年生だけど、いざって時は君が一番頼りになるかも。
さすがジョグレスパートナーだけはあるじゃない。
「僕もタケルさんが好きです!」
うんうん。さすがにパートナー。やはり心身共にわかりあわねば。
・・・・・へ?
「あのー・・・・」
言いかけた僕の言葉を遮るように、大輔君が言う。
「伊織! ガキはひっこんでろ。これは俺とヤマトさんの問題だ」
えっ? 
「君とヤマトさんと僕の問題だろ?」
君はいいって、一乗寺くん。第一、そこでどうしてお兄ちゃんが・・・。
「だったら、僕だって! 僕と大輔さんと一乗寺さんとヤマトさんの問題です!」
・・・・・・・
いけない。混乱してきた。
整理しよう。
つまり大輔くんは僕が好き? 一乗寺くんも僕が好き??
伊織くんも僕が好き???
え? と、じゃあ、お兄ちゃんは・・?
さっきから腕組みして、なんだか事の成り行きをじっと窺ってるけど。
もしかして、みんなで僕をハメようとしてるとか?
えと、でもエイプリルフールはまだ先だし。
第一、そんなことしてどうするんだよねえ?
あ、わかった。
これはきっと夢だよ。きっとそうだ。なんだ、そうだよ。
やだなー。僕ってこんな願望があったんだ?
みんなに好きだって言われてみたいって。そんなこと思ったことあったかなー? そんなに僕って愛に飢えてたの?
まあ、いいや。
とにかく、こんな疲れる夢はもうゴメンだ。
それに、どうせみんなからモテるなら、男じゃなくて、女のコがいいよ。
やっぱり。
だいたい、この中にヒカリちゃんが入ってないってのが真実味がないもん。
ああ、ほっとしちゃった。夢でよかった。
ヨシ、もう起きよう。1、2、の、3!で起きるからね。
せーえの、1、2の、3!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〈泣)
「みんなの言いたいことは、わかったわ。でもこういうことは本人の気持ちもあることだし。ね? タケルくん」
「そうそう、我々、新・選ばれし子供たちの士気にもかかわる事だしさあ! 事は慎重に運ばないと。とりあえず抜けがけはナシってことで!」
「タケルくんも、それならいいでしょ?」
・・・・・よくない。
ってか、ヒカリちゃんも京さんも、なんてこと言ってるの???
いや、それより醒めないじゃん、この夢!
どうなってんだよ、なんとかしなくちゃあ・・・・。
焦る僕の腕を、誰かがぎゅっと掴んだ。
「いた・・・・」
え? 痛いってことはもしかして? これ夢じゃあ・・・。
腕を掴んでいる人は、僕に向って怒ったかのように言った。
「帰るぞ、タケル」
「え?」
「ちょっと待てよ!」
「まだ話は終わっていない」
「逃げるんですか、ヤマトさん!」
「話になんねえから帰るんだよ。おまえら少し頭冷やせ」
そ、そうだよね。確かに。お兄ちゃんの言う通り。さすが、パチパチ。
「こいつはもうすでに俺のもんなんだよ!」
・・・・ぱちぱ・・・・・・ え・・・・っ。
「なんだとお!」
「ああ、生憎だったな。じゃあな。行くぞタケル」
「まさか! 本当なのか! タケルくん!」
「そんなこと、しかも実の兄弟で許されることではありません! ヤマトさんは畜生です!」
「そうだそうだ、このケダモノ!!」
「け、ケダモノだとー! 兄が弟に手出して何が悪い!」
「あなたには道徳心というものがないんですか! 世の中にはしていいことと悪いことが・・・」
「一乗寺さんだって、デジモンカイザーの時はさんざん道徳心を欠いたことをしていたではありませんか! あなたにタケルさんを好きだって言う資格はありません!」
「あの時の僕と、今の僕はちがうッ」
「だいたいヤマトさんだって、そんなこと言いながら、空さんとデキてんじゃないすか!」
「空はただの友達だ!」
「へー、ただの友達と腕組んで、渋谷とかに買い物いったりすんですか、へえええええっ」
「うるせえ!」


あのー・・・・・
ねえ、真っ暗になってきたよ?
伊織くん、夕飯の時間すぎちゃうよ?
一乗寺くん、塾は?
大輔くんだって、ジュンさんに頼まれてた番組、ビデオ録りするんじゃあ・・。
お兄ちゃんも。お父さんのご飯はどうするの?
だいいち、手出しって何のこと? 
手出しも口出しも、最近、僕のことあまり構ってくれないくせに。

ねえ、帰りたいよー・・・
泣きたい気分で喧喧轟々と低レベルの言い争いをしている4人を呆然と見つめていると、ふいに両側から腕を取られた。
にっこりと女性陣が両脇を固めている。
「なかなか決着がつきそうもないし」
「今日のところは私たちと帰りましょ」
「あ、う、うん。そうだよね」
「明日からは、私とヒカリちゃんで、きっちりガードしてあげるからね」
「心配しなくて大丈夫だから」
・・・ありがと。心強いよ。
でも、どうして、二人ともそんなに嬉しそうなの??
僕の両腕にぶらさがるようにして、2人で顔を見合わせて、とっても楽しそうなんだけど。
本当に無事にうちに帰れるのかな・・?


それにしても、ところでこの夢、いったいいつになったら醒めるんだろ・・?
もー、お願い。だれか何とかしてよー。
みんな僕のこと、嫌いだって言っていいからさぁ・・・・。








今年はタケルがモテまくる話が書きたい!と豪語していた私ですが、欲望にまかせて早速書いてしまいました。一応、プロローグなので、これから続けて書けたらいいなーvと。タイトルの「彼」は一人足りませんが、まあ、それもおいおいと。〈単に長くなるからやめただけと言えなくもないけど)「僕ら」が誰と誰になるかも、その時々で変えられたら楽しいかな。一応、今の段階ではヤマト優勢ですが、賢タケにもトキメキを隠せないし、ダイタケは読むの専門で来ましたが、楽しそうなのでちょっと書いてみたい気も。伊タケはさすがにないと思うけど、一応大穴ってことで。お兄ちゃんとタケルは、この段階ではまだ何もありません。はい。兄ちゃん、ハッタリかましただけです。
・・しかし、ほんとに続くのかな? コレ。


2002年01月09日(水) もしも明日が・・・。

新年あけてのお正月は、何年かぶりに家族揃って島根ですごすことになった。
家族揃ってというのも何だか、両家の事情を考えると意味合いとしては少し不自然な感じもあるのだが・・。
しかも、タケルには何年か前のお正月に家族でここにいた記憶がないから、この大変な事態(?)は初めてに等しい。
ともかく、それは新年明けての4日に父が東京から合流する形で実現し、妙な緊張感とともに一家団欒の一日が始まった。


滅多にあることじゃない4人の“水いらず”に、上手に水をさしてくれたのは”おばあちゃん”だった。
高石家とは離婚後も、石田家に送るのと同じように、畑で取れた野菜や地方の名物を宅急便にのせて送り、押しつけがましくない程度の世話を続けていた。
その素朴であたたかで、何一つの不自然さもない思いやりに、母はいつも素直に感謝していたし、時折、礼を言う電話口で涙していたことさえあった。

「百人一首」でもするかと父が言い、ひとしきり遊んだ後は、堀こたつに入ってみかんを食べながら、テレビのバラエティ番組などをやたらと見た。
雪が降っている間はとにかくおとなしくしているしかないのだから、退屈とはいえ、そんな時間もたまにはいいものだ。
そんなことを言い合いながらみかんをほおばる父と母が、なんだか少し年老いてしまったように見えて、タケルは不思議な気分でそれを見つめた。
そして「お兄ちゃんも食べる?」と兄に差し出したみかんに、ヤマトが「タケル、剥いて」と甘えるので、兄もなんだかいつもと違って、タケルは思わず笑ってしまった。
そして雪がやむと、タケルはヤマトを雪遊びに誘い出し、両親は近くの大人たちと一緒に雪かきという大仕事に精を出す。
見かけよりも信じられないくらい重い雪を相手に格闘し、家の前に道をつくる。
汗をびっしょりかきながら、それでも父と母はなんだかとても楽しそうだった。
雪のあとの空は青くて、空気はきらきらと澄んでいて。
街の中で暮らしていては、いくらお金を出しても得られないものばかりだから。
都会ではあまりにも、その時間の流れが早いから、心も体も、なんだか置き去りになってしまっているような気がしていたのかもしれない。
それに比べて、田舎の時間の流れはひどくゆっくりだ。一日が、3日くらいに感じられてしまうほど。


それでも一夜明ければ仕事に追われる父は東京に戻り、母は取材に鳥取へと旅立つ。
帰りは兄弟ふたりで6日までいて、のんびりと〈新学期ぎりぎりではあるが)新幹線の旅で家路につくことになっている。
4人揃っての最後の夜の(といっても、もともと1日だけの予定だったのだし)食卓に、手製のおせち料理とお雑煮を運んでくれ、今年は例年より早く積雪があったとか、ゆうべ近所のトメさんちに孫が生まれたとか、そんな他愛もない話に花が咲く。
母が、何1つの不自然さもなく、父に「お雑煮おかわりする?」と差し出した手が妙に嬉しくて、つい笑みを浮かべて隣にいる兄を見上げると、兄はどうやら長い正座に痺れたらしい自分の足を苦笑いを浮かべて見下ろした。
その「助けてくれ」と言わんばかりの表情に、思わずタケルがくすくす笑い出す。

・・・・幸福な食事風景。
   これはやっぱり夢かな? 
   もしかして初夢かな?

<あの>最後の戦いで、ベリアルヴァンデモンに見せられた夢が、ふっと心の中を過る。
あの夢から醒めた後の、胸の絞めつけられるような絶望感は・・・。
「タケル?」
にっこりと微笑む母と目が合って、はっとしたように現実に引き戻される。
現実に引き戻される。ということは、どうやらこれは夢の中ではないらしい。
箸を置いて「ごちそうさま」と両手を合わせると、たくさん食べてくれて嬉しいと祖母が笑顔で言ってくれる。
「本当だ。今日はたくさん食べられたね」と母が笑み、父が「えらかったな」と小さい子に言うように言った。
なんだか恥ずかしくなって、微笑みながら隣の部屋に行くと、兄の鞄の中で携帯が鳴っていた。
「お兄ちゃん、デンワ」
「おう」
答えて兄が痺れた足を引きずるようにしてやってくると、鞄の中から携帯電話を取りだし、耳に当てる。
「はい・・・ ああ、空? ああ、まだ島根。うん・・・・タケルも」
電話が空からだと知って、タケルはさりげなくその場をたつと、縁側の廊下に出て、ガラス越しにまた降り出した雪を見上げた。
「本格的な降りになってきたわねえ・・・」
食後のお茶を飲みながら、母が呟くように言った。


食事を終えて、ひといきついて、堀こたつに入ってみんなでぼんやりテレビなどを見ていたら、母が突然とんでもないことを言いだした。
いや、とんでもないというほどのことではないのだが、タケルは思わず自分が赤面してしまっていることに気づいたから。
「遅くなるから、あなたたち、いっしょにお風呂入ってくれば?」
同調するように、父も言う。
「ああ、ばあちゃんちの風呂は広いからな。たまにはいいだろ、兄弟で入るのも」
“でも”とタケルが反論しようとするより早く、ヤマトがあっさりとそれに答えた。
「そうだな。入るか? たまにはいいだろ、な?」


(たまに、じゃないくせに・・・・)
胸中でぶつぶつ呟きながら、とりあえず急いでぱっぱと体を洗って、慌てたように湯舟に浸る。
風呂桶が、広い浴室に、カポーンと音を響かせた。
別に恥ずかしいとかそういうわけじゃなく、とにかく急がないと、あっという間に冷気で体が冷えてしまうから。
田舎の風呂場は、母屋から別棟にあり、どこからともなく外気が入りこんでくるため、体を洗うのもそこそこにしておかないと、体がすぐに冷えきってしまうのだ。
あたたかい湯に身を浸すと、思わずほっとしたようにため息が漏れた。
先に入っていた兄がそれを見て笑う。
「だって、おばあちゃんのお風呂、寒いんだもん」
言い訳のように言うと、湯舟の縁に肘をかけていたヤマトが頷く。
「だよな。だいたい冬になんて、今まであまりきた事なかったから知らねえよな、おまえ・・」
「お兄ちゃんは、冬もきた事あった?」
「おまえもいっしょに来てたけど、覚えてないだろ。小さかったから」
「そう・・なんだ。4人で?」
「いや、3人で」
「・・・・・お父さん?」
「そう、仕事」
「じゃあ・・・。もしかして、4人で来るのって、初めて?」
「・・・かもな」
「そう・・・」
「それはそうと」
「え? 何?」
「もっと、こっち寄れば?」
広い浴槽の端と端に分かれて湯に入っている不自然な図に、ヤマトが苦笑して言う。
「だって」
言われて少し赤くなって、上目使いでヤマトを見る。
「変なコト、しない?」
あまりな言われように、少し憮然とした顔になってヤマトが答える。
「しねえよ」
いくら両親が留守がちなのをいいことに、自宅ではしょっちゅう弟と一緒に風呂に入り、そのうえのぼせ上がるまで色々なことをしているからといって、両親と祖母のいるこの家の風呂で何が出来るというわけでもないだろう。
少し、そっけない口調で答えたためか、兄を怒らしたくはないタケルが、少し頬を染めておずおずと傍に寄ってくる。
そんなしぐさが可愛くて、ついヤマトはからかいたくなってしまう。
「ところで“変なコト”って何だ?」
その言葉に思わず真っ赤になって、くるりと背を向けると、また端に戻ろうとするタケルに、ヤマトが慌てたようにそれを背中から抱き寄せる。
「お兄ちゃん!」
「だから、しないって!」
泣き出しでもしそうな顔に強い口調でそう言って、それからおとなしくなったタケルをそっと腕に抱き包む。
「じっとしろって・・・」
「だって・・・・」
「離れると寒いから・・・そばにいろ・・・」
「・・・・うん」
ヤマトの腕の中で、少しずつ体の力を抜いて、タケルが背中からヤマトの胸に甘えてくる。
そのままじっと身を寄せていると、じんわりと体の芯からあたたまってくるのがわかる。
それでも湯に浸かっていない場所は冷やされてるから、頬や肩は少しつめたい。
「ゆっくりあったまんねーと、風邪ひくぞ。外寒いから・・・」
「・・・・うん」
パジャマをきっちり着こんで、その上に祖母の用意してくれる半天を着ても、母屋までの数歩がとてつもなく寒いのは既に経験済みだ。生半可なあたたまりようでは、すぐ湯冷めしてしまう。
「ねえ・・」
「ん?」
切り出しにくそうに、タケルが言う。
「なんだ?」
「あの・・・・さっきのデンワ・・・」
言いあぐねていることに気づいて、ヤマトが笑う。
「ああ、忘れてた。おまえに確認せずに返事しちまったけど」
「返事? 何の?」
「空が、また例のメンバーで6日に新年会やるから来ないかってデンワしてきたんだけど、ぎりぎりまでこっちにいるつもりだったから、俺とタケルは欠席にしておいてくれって。悪い、おまえに先きくべきだったよな?」
「え? ああ、そうなんだ・・・。でも残念だけど、僕もぎりぎりまでこっちに
いたいから」

・・・お兄ちゃんといっしょにいたいから・・・。

「大輔、待ってるかもな」
なんとなく、笑いを含んでいるような兄の声に、いぶかしむようにタケルが答える。
「なんで、大輔くんなの? ヒカリちゃんとかじゃなくて」
「いや、別に」
くっくっと笑うヤマトに、少し膨れたようにタケルが言う。
「何、もう。だいたい、大輔くんは僕のことなんか嫌いなんだから」
タケルの台詞に゛鈍いよな、おまえって”と心の中で呟いて、何も言わずに後ろからそっと上気したタケルの頬に口づける。
そのキスの意図がわからず戸惑いながらも、ヤマトにキスされることはとても好きだから、タケルは素直に嬉しげに微笑んだ。
「お兄ちゃんは?」
「え?」
「早く、東京に帰りたい?」
「どうしてだよ?」
「だって、デンワ・・」
空のことを言っているらしいタケルに、一笑してそれに答える。
「おまえがいっしょなら、ずーっとここにいていいと思うし、タケルが帰りたいってのなら帰ってもいいと思うけど」
「僕次第?」
「そ、おまえ次第。おまえの望むように」
「ふうん・・・」
小さくうなずいて、それからしばし沈黙して、じっと立ち上る湯気を見つめる。
外には、しんしんと降りしきる雪の気配が・・・。
「雪の音がするね・・」
「ああ・・また、降ってきたな」
「積もるかな」
「どうかな・・」
「あんまり積もると、お父さん、帰れなくなっちゃうもんね・・」
「そうだな」
「ねえ、明日も橇遊びしようね?」
「ああ、いいぜ」
「積もったら、雪だるま作ろう。あ、ピカチュウの」
「ああ、わかった」
「それから・・・」
「ん?」
「お兄ちゃん・・?」
「なんだよ」
「来年も・・・・」
「え?」
「ううん、なんでもない」
「・・・タケル?」
「何でもない・・・」
それからしばらく口を閉ざして、そして、同じように黙ってしまった兄に、ふと心配げに肩越しにヤマトを振り返る。
弟を心配するような兄のやさしい瞳に合って、タケルが思わず“大丈夫”というように笑顔を見せた。

・・・・わかってる。来年のことなんて、言わない。
   今年が特別なんだから。
   毎年、こうあってほしいと、そんなことは望んじゃいけない。
   望んだりしない。
   わかってるよ、お兄ちゃん・・・。

胸の中で呟くタケルに、ヤマトが慰めるようにその唇に口づける。
唇が離されると同時に、体の向きを変えて、ヤマトの胸にしがみつく。
その背中を暖めるように、兄の腕が抱き寄せた。
「ちょっとね・・・今、すごく幸せだから・・・少し・・・こわくなっただけ・・・・」
「ああ・・・」
今年はたまたま偶然が重なっただけ。もうこんなことは、ないかもしれないのだから、期待なんかしちゃいけない。
そう自分に言いきかせている弟がかわいそうで、いじらしい肩を抱きしめる。
今、たとえ幸せでも、次の瞬間からそれが壊れていくのではという不安と怖さを、この子はいつも抱えているような気がする。
だから、夢を描いたりすることもなるべくしないようにしてる。
そんな気さえしてしまう。
「タケル?」
「・・・ん?」
「大丈夫だ・・・俺は、ちゃんといるから。どこにもいかない。おまえのそばに、ずっといるから・・・」
「お兄ちゃん・・・?」
「もしも。おまえが何かに、誰かに裏切られたとしても、俺がそばにいて、ちゃんと慰めてやるから。だから、あきらめずに、しっかり前を見ろよ」
「・・・・お兄ちゃん・・・」
「おまえが望めば叶うことは、いくらでもあるから・・・・」
タケルの手をぎゅっと握りしめて、凍えた頬にあたたかなキスをおくる。
いとしい腕に抱きしめられて、やさしい胸で少しだけ泣いて、白くけぶった湯気の中でタケルは小さく頷いた。

そんな兄弟を包み込むように、外はしんしんと雪が降りしきっていた。
“いっぱい積もるといいのにな・・・”と、兄の胸にもたれながら、タケルは小さく呟いた。



次の日の朝。
夜の間に降り積もった大雪に、父は東京に戻る事を諦めざるを得なくなり、母はそれを聞いて、あっさりと仕事の約束を一日延ばしてもらうことを決めた。
そして、水いらずの時間は丸一日増えた。

タケルはそのことに少し驚いたように両親の顔を見比べていたけれど、やがて、ひどく嬉しそうな顔で笑って兄を振り返った。
そのはじけるような笑顔が、ヤマトはひどく嬉しかった。



・・・・な? 
   望めば、かなうことだってあるだろう・・?
   おまえの望みは、さっそく1つかなったぜ・・?








ええっと、私的に「ヤマタケ理想のお正月」でした。
有り得ないよ〜と思う自分と、いやこういうのもきっと有りと思う自分がいます。最初は夢オチでもいいかなと思ったけど、それではあまりに新年早々タケルがかわいそうなので、やっぱりこれは現実である。ということにしてしまいました。
なんとなく、「大輔は実はタケルが好きらしい」しかし「タケルはそれに気づいてない」。でも「ヤマトはそれに気づいている」という2等辺三角形的三角関係(なんだ、そりゃ)を今年は書いてみたくて、そういう前フリも入れてみたり。
なんか続きモノも書いてみたいなあ。自分で自分の首絞めるだけのような・・。
・・・というワケで、今年もよろしくお願いします。


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