肝だめしに肝づぶし-1

近所の子供会で、お盆恒例の「肝だめし」を

夏休みの学校を借りてやるそうで、

「学校の怪談」って、まんまやね〜


して、うちのかみさんがその教室で流す

怖い音担当で、わたしに頼んで来た。


簡単!簡単!

ちょうどフリー素材の音源があるし、

それを、CD1枚に焼けばいいのね!!


ところがぁ〜


なんと、音楽編集ソフトなど持ち合わせていないのに、

簡単に出来ると思ったわたしが、甘かった!

Flashは、仕事で使うので、それで編集が出来ました。

コンピュータで聞くのなら、これで上出来だが!

音楽CDとなると、これをまた変換せねばならん!


その変換することが・・・・・できぬぅ〜

わたしは普段の仕事で使う能力をはるかに越え

いま、立ち向かっている。


すでに、息絶え絶えなのでプロの友人に助けを出し

メールした。肝だめしに肝づぶしてどうすんの?

さて、どうなるか・・・・

                    つづく
2002年07月30日(火)

会話もはずんでおっぱいグニュ!グニュ!

3ヶ月ぐらい床屋へ行ってなかったので

もう髪の毛ボウボウ!

この暑さにもう耐えきれなくなり、行った。

そこは、床屋だというのに、女の店員がいる。

よほど、ラッキーでないと女の子には当たらず

期待が外れるときもある。



が、今日はラッキーだ!

女の子が呼んでくれて、ぼくは椅子に座った。

「まず、シャンプーしますね!」

お?いきなりシャンプーかよ!ま、いいや。

昔の床屋のように、顔を下に向けて洗髪するのでなく

ここは、美容院のように、上向きで

目に入らないようにタオルを顔にかけてくれる。


いつも、頭をさわられると気持ち良くなって寝て

しまうのだが・・・・・今日は寝たふりをした。

だって、わざとかどうかしらないが

洗髪してくれる女の子のおっぱいが顔にあたるんですもの!

ぼくの将軍さまもムクムクと起き出そうとしたが

こんなとこではまずいと、こらえにこらえた。


洗髪が終わって、カットに入るとこんどは男が来た。

なんだ、やっぱ彼女は見習いなんだ!!

そして、平成を保ちカットしてもらっている間、寝ました。


そして、顔スリの番が来た。

たしか、顔スリも見習いがするもんだ・・・と思いきや。

そのまま、カットしてくれたお兄さんが引続きだった。

なんだ、顔スリもやらせてもらえない新米なんだ!!!


顔スリが終わって、シェービングクリームを付けて

もらったら、手の感触がさっきまでの

荒っぽいものでは無くなった。


薄目をあけると・・・彼女だった!

鼻毛も切ってもらって、鼻がかゆくなったところで

「シャンプーしますね!」

「え?」

またシャンプー?と思ったけど、

カットした後だから当然なのだが、

ぼくとしては「また、おっぱいが顔に・・」

いいのかな〜と思って、「え?」と答えてしまった。

そして、「ごめん寝てた!」などと嘘づいてしまった。


これまでの経緯を考えると、彼女は新米で、

お客さんの洗髪に一生懸命で、頭を落としたらいけないと、

おっぱいが付くのも気が付かないのではと思いました。



そう思うと、がんばっている人に応援するがごとく、

おっぱいをくっつける彼女に気がねすることなく

されるがままでした。

将軍さまをおさえつつ・・・



ほろ酔い気分だったぼくに、いきなり熱いシャワーが


「熱くないですか?」

「ちょっと、熱いです。」ビックリしたな〜

「ごめんなさい。」

「こんどは、つめたい!」おい、おい!

「これは・・」

「うん、ちょうどいい」

なんて、会話もはずんでおっぱいグニュ!グニュ!



床屋ってむかしは、そのような所だったのでしょ?

韓国かどこかは忘れましたが、床屋ってやっぱ

男性が気持ちよくなるところだそうで!


今回は、床屋の語源のプチ床屋を体験しました。

また、次回が楽しみだ・・・オイオイ!

2002年07月20日(土)

行って、来いだ!

今日はリサイクル店に来てもらって

電化製品を引き取ってもらった。

やっぱ10年以内でないと引き取れないらしく

冷蔵庫、洗濯機、テレビ・・・

こたつはギリ10年前だったのでセーフ

2つ折りのシングルベッドは客のオーダーがないと

なかなか売れないからと渋っていたが

会社へ連絡したら、入荷待ちの客がいるとのことで

持っていってもらった。

その他、使っていない家庭台所用品や毛布、タオル、カバン

いっぱい持ってってもらったけど、これはノーカウント。

結局、しめて・・・・・・4,000円・・・・

ゴミとして出すしかないモノだから仕方ないですね!

昼めしにファミレスいったら、その金とんでった!

行って、来いだ!
2002年07月19日(金)

生前にやっといて!

今日は、母が一人暮らしをしていた

団地の整理をしに行った。

朝、月に一度の掃除集会があったので

みなさんにお礼かたがた、ご挨拶をした。


20代に会社員になってからすぐにそこを出たっきり

なので、そんな事になっていたとは思っても見なかった。


以前わたしの部屋だったところが、母の衣装部屋と化し

数え切れぬほどの衣装と鞄の山。

ちょくちょく遊びに行ってはいたものの

その部屋へはなかなか入れさせてくれなかったのも

今想うと、わたしに怒られると思ったのだろう。


7年前に旦那を亡くして、淋しいのは分かるが

そこまで買い物魔になろうとは思わなかった。


後に残された遺族が、大変な後始末をしていますが、

自分はこどもにこんな想いをさせないように

生前からいらないモノは捨てて、本当に残るモノ

だけにしようと、思いました。
2002年07月14日(日)

久ぶりの5月病のよう。

何っていうんだろう?この脱力感。

何もしたくない気分だが。

やらねばならぬことが、山積み!


今、亡くなった母の役所関係の手続きをしているが

あっちの窓口、こっちの窓口。

死亡届け出したら、全部リンクして欲しいよ!


おまけに除籍謄本は本籍地の区役所でないと

発行してくれないので、わざわざ本籍地まで

訪ねたが、知らぬ間にこちらへ移籍しとったなんて


オラ聞いてねえよ!



ホント、いつ何時、自分が逝ってしまうかわからない

最低限のことは家族に話すようにしましょう!



別居していたが、孫の顔を見せようと毎週土曜日には

母宅へは行っていたので、

保険証、年金手帳、預金通帳は、入院する時に

しっかり預かりました。


あとで、健康食品の領収書が、ビックリするような

金額でまとめて袋にあったり、高級ふとんを近所の人へ

譲ろうかと言っていたらしい。

わたしにバレると怒られると思ったのだろう。


親しか知らないご友人もいるのでしょうから

年賀状関係を洗い出して、一筆書かないといけません。


仕事も止まったままをいいことに、動いていません。
来週あたりに仕事始め宣言をしないとね!

しかし、久ぶりの5月病のようです。
2002年07月12日(金)

星になった母?

長い看病の末

七夕の願いは届かず、母はお星さまになって静かに

飛んで行(逝)きました。ババァ星ですけど。


膵臓ガンで発見された時はもう手のほどこし用がなく

余命3ヶ月の宣告を受けました。

本人にはガン宣告はしましたが、あと数ヶ月で命がなくなる

なんて言えませんでした。


本人も治る事を信じて、抗ガン剤の投与を試みましたが

すでにガンの威力の方が大きく、痛みを取る処方のみに

なってしまいました。もちろんモルヒネです。


やがて腎臓でおしっこを作らなくなり、体中尿が回って

しまう尿毒症にもなって、辛そうでした。

意識もとぎれとぎれで、モルヒネの量もだんだん増えて

行き、心臓への負担が大きくなり、心配していたところ

2ヶ月半後の7月6日、七夕の前日に息を引き取りました。


最期まで看れたので、悔いはありませんが

毎日、普通に生活できることがこれほど幸せな事なんて

病気になってからじゃないとわかりません。

早期発見、早期治療。

さっそくわたしは検診の予約を取りました。

みなさんも検診にいきましょう!
2002年07月08日(月)

マシマロ。の日記 / マシマロ。

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