同じ空の下で。
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2002年04月30日(火) 国際化。

さて、久々にまじめなことでも書きましょうか。

もう、数年前から「国際化」という言葉をよく耳にします。
英語直訳ですと「internationalization」とか「globalization」
という感じになるのでしょう。

さて、みなさん、一体「国際化」ってなんなんでしょう??

英語を勉強すること。
英語をGlobal・Languageにすること。
世界史を学ぶこと。
アメリカの真似をすること。
ボーダレスの世の中にすること。

恐らく、人それぞれ意見を持っているだろうし、
いろいろな解釈があると思います。

では、みなさん「日本は国際化されている」のでしょうか??

こちらも、意見は分かれるところでしょう。

僕の意見は、、、非常に曖昧なのですが、「まだまだ」
ということになるでしょう。

例えば、スポーツ世界。
10年前のそれに比べると明らかに「国際化」されているように思えます。
日本の一流の選手が海外で活躍している状態が現に見られるからです。

「中田」という名前。ヨーロッパ人のほとんどが知っています。
(少なくとも、僕の周りの人間は。。)

「佐藤」(琢磨:F1ドライバー)もちろん、イギリス人はこの名前を聞いたことがあるでしょう(先シーズンのイギリスF3チャンピオン)

「イチロー」アメリカ人でこの名前を知らない人は明らかに少ないでしょう。

「原田、阿部(ノリック)」(GPライダー:バイク)スペインを始め、やはりヨーロッパ人の間での知名度はかなりのものです。

もちろん、これ以上にもたくさんの世界的レベルのアスリートはいます。

このように、少なからず、スポーツ界での「国際化」は進んでいます。

とは、言うものの、いくらスポーツ界での「国際化」が進もうが、
それは、ある意味、特殊な一握りの日本人の間だけで、
individual(個人)つまり、日本の人口を形成している1人1人の
「国際化」とは到底いいがたいと思います。

では、その1人1人が「国際化」という言葉に当てはまるように
するにはどうしたらいいのでしょうか??

英語をしっかり身につける??

僕は違うと思います。
もちろん、英語力(=会話力;度胸ですな)は必要なものでしょう。
しかし、それだけでは、例えイギリスに上陸しようが
そこで、己の英語を磨こうが「(個人的)国際化」にはなっていないと思います。

僕は、この国にきて、そして、いろいろな国の人間と話をして思ったのですが、
それぞれ、自分の国に対しての誇り、そして、豊富な知識(歴史的なものを含む)
を持っているのです。
明らかに、日本人のそれよりかも彼らのそれの方が大きいです。

つまり、世界(というか大国)の基準にものごとを合わせるのでなく、
誇りとともに、世界にくりだしているわけです。

自分の足元を見ずに、世界ばっかり見ても本当の「国際化」には
ならないでしょう。
「国際化」と言われている今であるからこそ、原点にもどり
日本という国を見詰め直す必要性があるのではないかと思います。

自分の国をしっかり理解して、外に出るのと、理解する前に、出るのとでは
明らかに、違います。

そして、この「理解」こそが、世界の一員になるための手段であり、
「国際化」の基本であると僕は思っています。

自分の国を知らずして、「国際化」などはありえないでしょう。


2002年04月28日(日) ロンドンに行って気づいたこと。(一言のみ)



俺の綺麗な「鼻ク○」が、ロンドンに1日いると黒くなる。


2002年04月27日(土) スーパースター列伝。

こんにちは、髪の毛を切ってさっぱりした、たけです。

どこに行っても、いませんか?
一緒にいるのはウザイけど、その人のネタは尽きないという人。

つまりは、「俺、昔、ヤンキーだったんだよ」と自慢気に言いつつ
常に、自分の方が、お前より凄いんだと含みを持たせ、
どんな些細なことでも常に上を行こうとし、
年下には、ここぞとばかりに先輩面しちゃったりして、
しまいには、聞いてもないことを話し出す人。例えば、、
「え??この指輪ですか??いやー、これがあると何かと便利なんですよ。
女がよってこなくって。気楽でいいですよ。え??何でつけはじめたのかって??昔、ストーカーにあって、それの予防でつけたんです」




。。。。幸せな奴だ。




俺の中で、どーでもいい人No1。
おめでとう。君はスーパースターだ。


ただ、今日、彼に
「うわぁ、髪切った」と遠くから連呼され
軽く、、というか、おもっきしむかついたことは内緒の方向で。


2002年04月24日(水) 今回の色は。

先週の週末は、日本人の友達の誕生日であった。
日曜日が誕生日であったため、日付が変わった瞬間に
団体で、彼の部屋に押し寄せ、それぞれプレゼントを渡すという
ちょっと、軽めのドッキリをしてみた。


以下、各々のプレゼント。


ショーン(中国人・18歳)・・・怪しい中国グッズ。

匿名(日本人・女)・・・木製茶碗。

グレゴリー(ポーランド人)・・・エロ本。

俺(日本人)・・・シャケ茶づけ。















。。。バカばっか。




その後、もちろん、このメンバーがそろえば
やることはただ一つ。


ウォッカ。


今回は3杯で死にました。

毎回のごとく、千鳥足で部屋に戻り、
いつものごとく、リバース。

覚えていますか??
前回は、流しに吐き、おもっきしモンジャ焼きで溢れかえったことを。
その前は、黒い液体を吐いたことを。

んで、今回は、、、赤い液体が出てきました。

いちご食べたからですけどね。


2002年04月23日(火) 思うこと。

「俺は、ここで何をしているのだろう?」
そう、考えるときが時々ある。
もちろん、今は、このイギリスという地で自分を磨いている。

。。。

本当に「自分を磨いている」のであろうか??
何と無しに、来ているのではないか?
時の流れに身を任せて、生きていないだろうか?
いや、明確な目標もあれば、しっかりとした理由も自分の内にある。

何と無しに、生きることは、場合によっては悪いことではない。
時の流れに任せるのも、また、同じである。
自分の心という手段を使えない場合でも、時間という自然治癒に
身を預けなければならない時もある。

しかし、一度過ぎた時間は二度と自分の元には帰ってこない。
この、今という瞬間は、その時にしか味わえない最も最高級な贈り物なのである。
それを堪能するも、しないも自分の意志であり、
他人の意志は影響しても、介入はしない。

イギリスにいようが、日本にいようが、経験できる種類の差はあるかもしれないが
それ以上の差は無いように思える。
どこでも、息をしている限り、人間は経験を積んでいくのである。

別に、肩に力を入れる必要はない。
ただ、ちょっと勇気を持って、今を生きていくは大切なこと。

かの有名な、チャップリンは言った。

「人生に必要なものは、ちょっとのお金と、想像力、そして勇気」だと。


2002年04月22日(月) 拝啓・ロベルト・バッジオ様

ロベルト・バッジオ。
あなたのあまりにも奇跡的な復活に感動しました。
全治4ヶ月と診断され、ワールドカップ絶望と言われてから2ヶ月半。
常人では考えられないような日々を過ごしたのだと思います。
強靭な精神力。己への絶対的な自信がなければ昨日というは日は
夢でもありえなかったことでしょう。

昨日のゴールは決してあなたらしいゴールではありませんでした。
しかし、あなたの力が全てボールに乗り移り
ゴールへと吸い込まれていきましたね。
あの2ゴールは正に「ロベルト・バッジオそのもの」と感じました。

あなたの今までの多くのプレーは、僕の記憶の中に残っています。
そして、昨日の2ゴールも、紛れもなく一生忘れることはないでしょう。
ワールドカップ出場は、未だに、困難を極めるでしょうが、
是非とも、青色をまとったあなたの勇姿を、
緑のピッチの中で見れることを望んでいます。

あなたほど、あの舞台が似合う人はいないのだから。


2002年04月15日(月) 覚えてなさい。

ほぼ、昨日の続きです。

本日、某ポーランド人・グレ○ゴリー・23歳
としゃべったときの話。

彼曰く、まったくもって、昨日のことは覚えてないらしい。
自分が、何を言って、何をしたのか。。。


友達の部屋で、音楽に合わせて叫んだことも、


軽くセクハラまがいのことをしたことも、


なぜか、ドクターペッ○ーを飲んでいたことも、


中国人の友達に向かって「ドギー・ドギー」(犬食に関連して)と
連呼したことも、



すべて、覚えていないらしい。。

挙げ句の果てには、
今日の授業はすべてサボり、
二日酔いで、飯も食えず、、、

といった、誕生日後の月曜日だったらしい。

まぁ、これが、典型的なポーランド人。
決して憎めない奴だこと。


2002年04月14日(日) 飲みすぎ警報 to 某G氏

相変わらず、足の腫れがおさまらない、たけです。
皆さん、こんにちは。ご機嫌うるわしゅう。

本日、友人、某ポーランド人・Gの誕生日でした。
彼は、前回のホリデーの時にポーランドで飲みすぎたために、
今学期は、酒を控えようと決心したのでした。

が。

そこは、ポーランド人。
酒が無ければ、生きられません。
間違いなく、生きられません。いや、まじで。

気がついたら、飲んでました。はい。

しかも、半端ない量を。。。

っていうか、お前の決心はどこに行った。。

何も、48時間飲みっぱなしはないだろう。。。


2002年04月10日(水) 騙されたのか何なのか。。

つい先日、ハードコートでバスケットをやっていた時。
年も考えずについ張りきったおかげで
左足首を「グキッ」っとやってしまった24歳厄年男。

みるみると腫れていく我が足首を見て、
さすがに、冷やさなくてはならないと思い
一路、我が部屋へと向かった。

と、そこまでよかったものの、
よくよく考えてみると我が部屋には冷やす薬が何もない。。

ということで、ショーン(中国人)の部屋に向かうことに。
で、彼に、冷やすものはあるかと尋ねたところ、
彼は、2つの塗り薬を何やら引き出しから取って見せた。

説明文を見ようとも、そこにはまったく理解できない文字が。。。
まさしく、、、














チャイニーズ・メディスン












彼の説明は以下の通り。。。












「最初は、冷えて、汗かいたりすると、熱くなるよ」













「なぁ、それって、、、いわゆるタイガーバームみたいなやつなんじゃねーのか??ってことは、捻挫にはよくないだろ。。。」

と、俺が、言ってみるも、

彼は、「俺を信じろ、俺は中国にいる時によくやっていた」
の一辺倒。

しょうがなく、中国薬をぬる、いち日本人。



その後、俺の足が2倍になろうと彼はお構いなし。。


で、グレゴリー(ポーランド人)には中国人を信じたお前が悪いと言われる始末。


2002年04月06日(土) 笑顔のねーちゃん飛び跳ねる。

久々に、ロンドンに行き、友達とサッカーを見てきた。
中国人の友達と一緒に行ったのはいいのだが、
その友達(名前はショーン)、ロンドンに着くなり突然、


「俺、中華街で友達と待ち合わせているから」


などと、訳も分からないことを口走ったかと思ったら
そのまま、俺を置いて中華街に向かいやがった。
、、、さすが中国人である。

サッカーの開始まで多少の時間があったため、
買い物でもしようと思い、繁華街を一人でぶらつく、いち日本人。

最近、ジーパンに穴があいてしまったので
(しかも、見事にケツの部分)
新しい、ジーパンを買おうと、デパートなどに足を運び
一人、ジーパンを物色していた。

ある、大きなデパートに入り、
いつものように、ジーパンを見ていると、
俺の視界に、黒人のスポーティーなおねーちゃんの
画像が飛び込んできた。

その人は、どうやらスポーツ用品コーナーで何かのデモンストレーション
をしているようである。。

明らかに、俺よりも背が高い(ちなみに、俺は185)
に加えて、めちゃくちゃ笑顔である。
挙げ句の果てには、その場でピョンピョン飛び跳ねている。

ちょっと(っていうか、だいぶ)興味をもった俺は、
そのコーナーのほうに近づいていった。

近くで見る、そのおねーちゃんは、
遠くで見たのと同じように、笑顔で、やはり俺やりも背が高く
かなり高く飛び跳ねている。。。

俺は当然のごとく彼女の足元に目をやる。

そして、次の瞬間、俺は見つけてしまった。

彼女の足には、、、























ドクター中松発明・
ジャンピングシューズ。





まさか、異国の地でお目にかかるとは。。


2002年04月04日(木) Great Journey 后丙能日・いざ風呂の聖地へ)

皆様、こんにちは。
更新が遅くなり、申し訳ない。
っていうのも、、、、特に、、理由なし。。

++++++++++++++++++++++++++++++++

何にも後ろ髪を引かれることなくBristolを後にした俺は、
一路、3つ目の街、Bathへ。
電車で約15分。非常に近い距離に位置するBathだが、もう、ここは
Bristolとは大違い。一発で気に入った。
今回の旅でLand's Endの次に気に入った場所である。

大きくもなく、小さくもなく、
ブリストルのように坂があるわけでもなく、
きれいな川が流れていて、町並みもよく、、
はてまた、















町名のとおり、風呂博物館があったり













黒のビキニパンツ・オンリーの2人組み大道芸人がいたり













ちなみに、博物館はローマ人が作った温泉がそのまま博物館になったもの。
今でも、温泉が湧き出ているらしいのであるが、
間違いなく、バスクリン入れているだろ、と思わせる
見事な緑色

と、まぁ、とにかくいいところなんですよ。
機会があったら、また行きたい場所ですな。

その後、Oxfordを経由して
我が町、、(村)に帰って来たのでした。


2002年04月03日(水) Great Journey 検複各目前半・何時やねん)

Bristolで一泊し、早々にこの街とはお別れしようと
久々に、某「地球の○き方」を広げた俺。
もともと、Bristolから、直接帰るろうと計画していたのであるが
いかんせん、Bristolが、あまりにもとっとと観光が済んでしまったので
もう一つ、どっかの街に行くことにした。


それで、決定したのがBath。
「バス」と発音した人。外れです「バース」です。
元阪神のバースじゃぁ、ないでっせ。
(サムイと思った人。俺も十分承知です)


ちょうど、帰り道の途中であったのと、Bristolから
電車で20分ぐらいのところにあるということで、選ばれたバース。

これが、気に入ったんだな。かなり。

と、その前に、Bathに行く途中での出来事が今日のメイン。。


朝10時。Bristolの駅に着いた。
僕の時計は、しっかり10時を指していた。
ちなみに、駅の時計もしっかり10時を指していた。
誰が、何と言おうと、全ての時計が10時であった。


が。。


駅の電光掲示の時刻表を見ると、10時台の電車の表記がない。。。
おかしいと思いつつも、まぁ、何かあったのだろう思い、
とりあえず、一番早い電車は何時なのかとチケットオフィサーに聞くことに。

すると、彼女は、11時20分だと。
俺は、「んじゃ、あと1時間以上あるんですね」と
当たり前の、質問をしてみたところ。。。


彼女の、答えに驚愕。。。





「いや、もう出るよ。」






えぇーと、繰り返させていただきます。



誰が何という言おうと、どの時計も10時を指していました。



が、彼女の言葉から推測するに、今の時間は11時。
間違いなく、1時間ずれています。。。



。。。


。。。。


。。。。。



も、、、も、、もしや。。。









今日から、夏時間かぁーー???








悲しくも、その推測があたっていることに気づくのに
大した時間を要する必要がなかったことは言うまでもなし。。


困惑した顔をしている俺に向かって、
さらっと、彼女は言ってのけた。




「時間変わったのよ」




あぁ、1時間損した気分。。

と、まぁ、軽く凹んでBristolを後にしたのでした。
「きっと、もうあの地に降り立つことはないんだろうな」と思いつつ。


2002年04月02日(火) Great Journey 掘複各目・坂だらけ)

すべての雑音をシャットアウトして爆睡した2日目。
目覚めは、爽快の一言だった。
朝、8時ごろ起き、朝食を早々にすませ
いざ、2つ目の目的地、Bristolへ。

BristolへはPenzanceから電車に揺られて約5、6時間のところにある
そこそこ大きな街である。ちょっと足を伸ばせば、そこは
ウェールズといった所に位置する。

ホテルからバスでPenzanceの駅に戻り、
時間を調べようと、チケットオフィスへ。
そこで、判明。次の電車は1分後。
切符は、電車の中で買えということで、ダッシュでホームへ。

無事、飛び乗り、電車は出発した。

さぁ、ここから長い電車の旅だとちょっと気合を入れて
外を眺めていた。
そして、電車が出発して1時間もしないころ、
突然、車内アナウンスが。。。

あーーーっ??













この先電車がいかないって???











ということで、突然、みんな降ろされたんですよ。
そこから、ちょっと離れた駅までバスで代行ってな感じで。

1時間ほどバスに揺られ、連れてこられたのはPlymouth。
まぁ、この街もそこそこ大きな街ですね。

そこで、Bristol行きの電車に乗り込み、
今度は、何もなく到着することを望んだ俺。。。













なんだかね、やっぱ甘いんですわ。









途中の駅で、ちょっとした挙動不審なおばーさんが隣に座りまして。
あっちこっち見ているわけですよ。
ちょっと、不思議に思いつつも、用心して座っていたわけですが、
ふとした時に、ちょっとした眠りに。
で、次の瞬間。。。












ガサガサガサ。。。










うん?

その音で目覚めた僕の目に飛び込んできた映像が。。。

おばーさんの手が、イスの網に入れておいた俺の
エビアンにかかっているではないですか。
もちろん、俺が起きたことに気づいた、おばーさんは
サッと手を引いたわけなんですけど。。。

一体、何なんだったんでしょう。。。


そんなことがありながらも、無事にBristolに到着。
まずは、先日の教訓を生かし、宿探しから。
と、気合を入れたのだけど、案外、簡単に見つかり、
その後は、ちょっとした観光をしたのでした。

それにしても、このBristol。。。
アホみたいに坂が多すぎ。
しかも、次元を超えて、急でやんの。

ちなみに、そんな坂だらけの街を歩きまわり、
挙げ句の果てに、道に迷って死にそうになったことは
内緒の方向で。。。


2002年04月01日(月) Great Journey 供複夏目後半・「地の果て」編)

4時に、「Land's End」行きのバスに乗り込んだ俺。
PenzanceからLand's Endまでは、約50分の小旅行。

二階だてバスの、2階最前列に乗り込んだ俺は、
たとえ、そのバスがかなりの旧式で、相当揺れようとも
気にせずに、小旅行を楽しむつもりだった。。














やっぱ、ここでも甘かった。。。








まじで、揺れるんだな。
しかも、木の枝とかバシバシ、バスにヒットしようがお構い無しの運転。
道中、かなりの細い道だったのだが、それに加えて
坂道、急カーブ。いわば、イロハ坂もびっくりの道なんですわ。

そこを、おんぼろ2階建てバスがガタガタ言わしながら走る。
正直、生きた心地はしなかったね。
あのまま、道から外れて坂を転げ落ちてもおかしくはなかった。。。
しかも、途中、いきなりエンジンが止まったりしたし。
ちなみに、それは事故じゃなくって、ただ単に










馬が道にいたから。。。









そんな、こんなで、Land's Endに到着した俺。
いやーー、ここはもう一言では表すことができないね。
すっごくきれいな所で、いわゆる断崖絶壁の最西端って感じ。
「地の果て」とはよく言ったものです。

その辺にいたイギリス人のおやじに写真を撮ってもらったりと
すごく、楽しい時間をそこでは過ごせた。

ただ、すごくいい所なんだけど、一言イギリス人に物申したいことが。。。


せっかくの大自然の風景の所に












アミューズメント・パークを作るな!!!










しかも、かなり微妙。。。




そんなこんなで、帰りのバスに乗り込み、
またもや、恐ろしい運転でPenzanceまで帰ってきたのでした。

そこから、苦労して予約したホテルに行き
(かなり、いい感じのホテルだった)
2日分の疲れをとるがために爆睡したのでした。

たとえ、夜に隣の部屋から楽しそうな声にならない声が聞こえてこようとも。


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