徒然なる Short story 集

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【冬の領域】3

2009年02月17日(火)

 と言うアツの言葉に、そんなものかと思うだけで、さほど興味はなかった。
 そのうち会ってみたいとは思っていたが……
 実際に会ってみて、かなり驚いた。
 確かに、二人はよく似ていた。
 その顔は瓜二つ。
 母親が一卵性の双子で、二人とも母親似の容貌(カオ)だからだろうか。
 ただ、くるくると表情のよく変わる、いつも瞳を輝かせているようなアツとは違い、セツはひっそりと静かな、穏やかな表情を浮かべていた。
 面差しも、アツより痩せて陰りがあった。
 髪は癖が強く跳ねっ毛のアツと違い、滝のように流れ落ちる直毛だ。
 指が殆どつっかかりなく、素通りする。
「セッちゃんって、すぐに笑うんだよ〜。笑い上戸だね!」
 そう言ってたアツは、呆れるくらい笑い出したら止まらないヤツだ。
 セツは確かに、アツが言ったようよく笑う。
 ただ、大口開けて豪快に笑うアツと違い、小さい声で、葉擦れのように細やかに。
 二人が似ているのは背や顔だけだ。
 性格は正反対と言っていい。
 明るく元気で多少がさつ。
 行動派のアツと違い、セツは淑やかだった。
 おとなしく、物静か。
 やや消極的。
 時折見せる、憂い顔──
 俺は昼間アツと近所の子達と遊んでいたが、木陰で見学しているセツを次第に気にするようになった。
 セツの家は、昔からその土地では名のある旧家らしく、大人から子供まで、セツに対して遠慮がちだ。
 お嬢さん。お嬢様。せっちゃん。せつさん。せつ姉ちゃん……
 親以外でセツを輪呼び捨てにするヤツはいない。
 とんでもない話だ。
 旧家だかなんだか知らないが、そんなの俺には関係ねえ。
 俺はアツに対するのと同じように、セツに接した。
 それに反感持つガキもいたが、俺は気にしなかった。
 セツもアツも気にしなかった。
 そのうち誰も文句言わなくなった。
 俺はセツと仲良くなった。
 かなり気に入られたらしい。
 セツの母親から、
「これからも気兼ねなく遊びに来てちょうだい。あんな楽しそうなセツの顔、初めて見たわ」
 と言われた。
 大袈裟にも感じたが、わざわざ俺の親にも頼み入れたらしい。
 小学校を卒業するまでの間、長期休暇はできるだけ都合つけて、アツの家に同行するようになった。
 セツは別れ際、毎回こう問い掛ける。
「また、会えるよね?」
 そして。
「私のこと、忘れないでね」
 と──





 つづく



【冬の領域】2

2009年02月16日(月)

 まさか、負けても良いなんて言い出さないわよねえ……
「俺だって、セツの死に目に立ち会えなかったんだ。
 葬式くらい出てやりたい……」
「解るわよ、勿論、陽ちゃんの気持ち……
 でも、大会も今年最後なんだし──
 ああ、さっきと立場が逆転してる。
 あたしは最後に、
「何か良いのあれば陽ちゃんの分まで遺品もらってくるよ。
 今日の試合頑張ってね!」
 と言って受話器を置いた。


 夏休みもあと少しで終わる、八月も後半を過ぎたある日のことだった。
 昨日の夜遅く、母の実家からかかってきた電話で、あたしは同い年の従姉妹・せつが死んだと知る。
 あたし達家族三人(父母と一人娘であるあたし)は、翌日の今日、母の実家に向かうことになった。
 その前にと、あたしは中学最後のサッカー大会に出場している陽介に、電話をかけた。
 あたしは温子(アツコ)。
 陽ちゃんは、アツと呼ぶ。
 せつ──セッちゃんのことをセツと呼ぶ。
 この呼び方は、彼特有のもの。
 他の周りの友達は遣わない。
 グリーン車両に乗り、北へ向かう途中、ケータイには陽介からメールが入っていた。
『俺の代わりに、サヨナラ言っておいてくれ』
 ホントは、それで納得できるわけじゃないだろうに……
『了解!』
 一言だけ返事を返し、目を閉じた。
三人揃って初めて逢ったのは、小学校あがってすぐだろうか。
 あたし達三人は、幼なじみだった。


 ◆陽介 PART1◆


 俺が初めてセツと逢ったのは、小一の夏休みだった。
 温子──アツは俺んちのすぐ隣に住んでいる。
 物心つくかつかない頃からの付き合いで、同じ保育園に通っていた。
 アツは毎年夏休みや冬休み、母親の実家に遊びに行ってたそうだ。
 俺達が小学校にあかったその年、初めて田舎に行かないかと誘われた。
「おばさんのお姉さんに、せつって名前の温子と陽くんと同じ歳の女の子がいるんだけど。体が弱くて、いつも家にいるの。
 学校にもあまり行けないみたいで、友達も少なくて……
 もし良かったら、友達になってあげてくれないかな?
 せっちゃんに、新しい友達を紹介してあげたいの」
 友達になれるかどうかは二の次に、俺は田舎に興味があって承諾した。
 田舎から帰ったアツからいつも話しを聞かされて、行ってみたいと思ってたからだ。
 従妹であるセツの話も度々出たが、
「あたしに似て可愛いよ〜(はぁと)」





 つづく



【冬の領域】1

2009年02月15日(日)

◇◆◇序章◇◆◇



 少女は、いつも其処にいた。
 広い庭にある、大きな樹の下──眩しい陽の降り注ぐ庭で遊ぶ子供達からはなれ、一人、樹の根元に座っている。
 一人静かに本を読んだり、絵を描いたり、ただぼんやり空を眺めたり……
 時折、庭で転げ回る仲間達に目を向けることもあった。
 その瞳(メ)には、仲間をあたたかく見守る優しさと、羨望。
 そして──言い知れぬ哀しみ。
 少女は、仲間と共にいながら、常に孤独だった。
 たったヒトリ……
 少年はそんな少女を気に掛け、いつしかそばにいるようになった。
 仲間と遊ぶより、少女と共にいることが多くなった。
 少女は微笑む。
 少年は、優しく語りかける──
 少女は少年の肩に頭(コウベ)をあずけ、微睡む……
 微かな寝息。
 微かな呟き──

  ワスレナイデ──

「忘れないよ……」
 眠り、聞こえる筈のない少女の閉じられた眼から、一雫の涙が零れ落ちる。
 それは頬を伝い、そよ吹く風に触れ、氷となる。
 地面に落ち、木洩れ日に反射し、水晶のよう煌めくと、すぐに溶けて消えてしまった。
 ほんの僅かな間。
 一瞬の出来事。
 ただ二人にとっては、触れ合った部分のかすかなぬくもりだけが確かだった。
 それは、交わした言葉。
 交わした約束──



◇◆◇第一章◇◆◇


 ◆温子 PART1◆


「……嘘、だろ?」
 それは、予想され言葉だった。
「おいアツ。朝っぱらからそんな冗談はないだろ〜?」
 受話器ごしの陽介の声は、その口振りとは裏腹に乾いたものだった。
「ホントだよ」
 イライラを抑えながら、あたしは言った。
「こんなこと、わざわざ宿泊先に電話かけてまで言う冗談じゃないわっ!」
 声が詰まる。
「じゃあ、本当に……」
「そう……本当に死んだのよ、あのコ。
 せつ……セッちゃんは……き、昨日……」
 喋る途中から、涙声になとてしまう。
 泣かないように我慢してたのに……
 私が落ち着くのを待っていたのか、陽介は暫く無言でいたけど、
「俺も行く!」
「へっ!?」
「今日午前中の試合終わったら、明日は俺達のチームは試合ない。
 だから……」
「何言ってるのよ! 途中で抜け出せるわけないでしょう!?」
 あたしは彼をなんとか会場に残るよう、説得する。
 というか……負けたら明日の試合はないぞ。





 つづく


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如月なつき [MAIL] [HOMEPAGE]