と言うアツの言葉に、そんなものかと思うだけで、さほど興味はなかった。 そのうち会ってみたいとは思っていたが…… 実際に会ってみて、かなり驚いた。 確かに、二人はよく似ていた。 その顔は瓜二つ。 母親が一卵性の双子で、二人とも母親似の容貌(カオ)だからだろうか。 ただ、くるくると表情のよく変わる、いつも瞳を輝かせているようなアツとは違い、セツはひっそりと静かな、穏やかな表情を浮かべていた。 面差しも、アツより痩せて陰りがあった。 髪は癖が強く跳ねっ毛のアツと違い、滝のように流れ落ちる直毛だ。 指が殆どつっかかりなく、素通りする。 「セッちゃんって、すぐに笑うんだよ〜。笑い上戸だね!」 そう言ってたアツは、呆れるくらい笑い出したら止まらないヤツだ。 セツは確かに、アツが言ったようよく笑う。 ただ、大口開けて豪快に笑うアツと違い、小さい声で、葉擦れのように細やかに。 二人が似ているのは背や顔だけだ。 性格は正反対と言っていい。 明るく元気で多少がさつ。 行動派のアツと違い、セツは淑やかだった。 おとなしく、物静か。 やや消極的。 時折見せる、憂い顔── 俺は昼間アツと近所の子達と遊んでいたが、木陰で見学しているセツを次第に気にするようになった。 セツの家は、昔からその土地では名のある旧家らしく、大人から子供まで、セツに対して遠慮がちだ。 お嬢さん。お嬢様。せっちゃん。せつさん。せつ姉ちゃん…… 親以外でセツを輪呼び捨てにするヤツはいない。 とんでもない話だ。 旧家だかなんだか知らないが、そんなの俺には関係ねえ。 俺はアツに対するのと同じように、セツに接した。 それに反感持つガキもいたが、俺は気にしなかった。 セツもアツも気にしなかった。 そのうち誰も文句言わなくなった。 俺はセツと仲良くなった。 かなり気に入られたらしい。 セツの母親から、 「これからも気兼ねなく遊びに来てちょうだい。あんな楽しそうなセツの顔、初めて見たわ」 と言われた。 大袈裟にも感じたが、わざわざ俺の親にも頼み入れたらしい。 小学校を卒業するまでの間、長期休暇はできるだけ都合つけて、アツの家に同行するようになった。 セツは別れ際、毎回こう問い掛ける。 「また、会えるよね?」 そして。 「私のこと、忘れないでね」 と──
つづく
まさか、負けても良いなんて言い出さないわよねえ…… 「俺だって、セツの死に目に立ち会えなかったんだ。 葬式くらい出てやりたい……」 「解るわよ、勿論、陽ちゃんの気持ち…… でも、大会も今年最後なんだし── ああ、さっきと立場が逆転してる。 あたしは最後に、 「何か良いのあれば陽ちゃんの分まで遺品もらってくるよ。 今日の試合頑張ってね!」 と言って受話器を置いた。
夏休みもあと少しで終わる、八月も後半を過ぎたある日のことだった。 昨日の夜遅く、母の実家からかかってきた電話で、あたしは同い年の従姉妹・せつが死んだと知る。 あたし達家族三人(父母と一人娘であるあたし)は、翌日の今日、母の実家に向かうことになった。 その前にと、あたしは中学最後のサッカー大会に出場している陽介に、電話をかけた。 あたしは温子(アツコ)。 陽ちゃんは、アツと呼ぶ。 せつ──セッちゃんのことをセツと呼ぶ。 この呼び方は、彼特有のもの。 他の周りの友達は遣わない。 グリーン車両に乗り、北へ向かう途中、ケータイには陽介からメールが入っていた。 『俺の代わりに、サヨナラ言っておいてくれ』 ホントは、それで納得できるわけじゃないだろうに…… 『了解!』 一言だけ返事を返し、目を閉じた。 三人揃って初めて逢ったのは、小学校あがってすぐだろうか。 あたし達三人は、幼なじみだった。
◆陽介 PART1◆
俺が初めてセツと逢ったのは、小一の夏休みだった。 温子──アツは俺んちのすぐ隣に住んでいる。 物心つくかつかない頃からの付き合いで、同じ保育園に通っていた。 アツは毎年夏休みや冬休み、母親の実家に遊びに行ってたそうだ。 俺達が小学校にあかったその年、初めて田舎に行かないかと誘われた。 「おばさんのお姉さんに、せつって名前の温子と陽くんと同じ歳の女の子がいるんだけど。体が弱くて、いつも家にいるの。 学校にもあまり行けないみたいで、友達も少なくて…… もし良かったら、友達になってあげてくれないかな? せっちゃんに、新しい友達を紹介してあげたいの」 友達になれるかどうかは二の次に、俺は田舎に興味があって承諾した。 田舎から帰ったアツからいつも話しを聞かされて、行ってみたいと思ってたからだ。 従妹であるセツの話も度々出たが、 「あたしに似て可愛いよ〜(はぁと)」
つづく
◇◆◇序章◇◆◇
少女は、いつも其処にいた。 広い庭にある、大きな樹の下──眩しい陽の降り注ぐ庭で遊ぶ子供達からはなれ、一人、樹の根元に座っている。 一人静かに本を読んだり、絵を描いたり、ただぼんやり空を眺めたり…… 時折、庭で転げ回る仲間達に目を向けることもあった。 その瞳(メ)には、仲間をあたたかく見守る優しさと、羨望。 そして──言い知れぬ哀しみ。 少女は、仲間と共にいながら、常に孤独だった。 たったヒトリ…… 少年はそんな少女を気に掛け、いつしかそばにいるようになった。 仲間と遊ぶより、少女と共にいることが多くなった。 少女は微笑む。 少年は、優しく語りかける── 少女は少年の肩に頭(コウベ)をあずけ、微睡む…… 微かな寝息。 微かな呟き──
ワスレナイデ──
「忘れないよ……」 眠り、聞こえる筈のない少女の閉じられた眼から、一雫の涙が零れ落ちる。 それは頬を伝い、そよ吹く風に触れ、氷となる。 地面に落ち、木洩れ日に反射し、水晶のよう煌めくと、すぐに溶けて消えてしまった。 ほんの僅かな間。 一瞬の出来事。 ただ二人にとっては、触れ合った部分のかすかなぬくもりだけが確かだった。 それは、交わした言葉。 交わした約束──
◇◆◇第一章◇◆◇
◆温子 PART1◆
「……嘘、だろ?」 それは、予想され言葉だった。 「おいアツ。朝っぱらからそんな冗談はないだろ〜?」 受話器ごしの陽介の声は、その口振りとは裏腹に乾いたものだった。 「ホントだよ」 イライラを抑えながら、あたしは言った。 「こんなこと、わざわざ宿泊先に電話かけてまで言う冗談じゃないわっ!」 声が詰まる。 「じゃあ、本当に……」 「そう……本当に死んだのよ、あのコ。 せつ……セッちゃんは……き、昨日……」 喋る途中から、涙声になとてしまう。 泣かないように我慢してたのに…… 私が落ち着くのを待っていたのか、陽介は暫く無言でいたけど、 「俺も行く!」 「へっ!?」 「今日午前中の試合終わったら、明日は俺達のチームは試合ない。 だから……」 「何言ってるのよ! 途中で抜け出せるわけないでしょう!?」 あたしは彼をなんとか会場に残るよう、説得する。 というか……負けたら明日の試合はないぞ。
つづく
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